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第87話 魔境と悟りと『魔法』

投稿開始から二カ月と半月弱、とうとうめでたく総合ポイントが500を超えました!これもひとえに皆様のご愛読のおかげです!ありがとうございます!今後とも完結までお付き合いいただけたらと思います!


 魔境という言葉は、仏道を歩むものを邪魔する魔の境地を意味する。仏教の祖である釈迦もまた魔境を経験したらしい。ゴーダマシッダールタが目覚めた人(ブッダ)になる前、マーラが目の前に現れ悟りを妨害したという逸話がそれだ。

 そして釈迦曰く、そのマーラは自分自身である、と。

 実は瞑想を行うと幻覚や幻聴を体験することがある。

 神の声が聞こえる。何か光が見える。そういった幻覚・幻聴が起こるのだ。

 同時にそれを体験する際には、それはまるで胸のつかえが全て取り払われたような清々しい感覚を味わい、著しい達成感や幸福感に包まれるらしい。

 まるで自分が世界の中心にいるような、自己と世界が混然一体となったかのような、そんな感覚を瞑想や座禅では味わえることがあるという。

 その種類は個人によってさまざまなのだが、そういった体験を神秘的に感じる者は多いだろう。


 しかし問題は、その魔境を体験することで、自分は悟りを開いたのだと勘違いする者がいるということだ。仏教において魔境は幻覚そのものではなく、幻覚を体験することで“自分は特別である”と思いあがる状態を指す。

 魔境を体験することは悟りを開いた状態ではない。

 特別な体験をしたからと言って、特別な人間になれるわけではない。

 魔境と悟りは全くの別物だ。

 その魔境を受け流すことこそが修行である。

 しかしその違いが分からないものがいる。

 それが所謂、修行の成っていないものである。

 

 そもそも魔境とは当たり前に起こり得る現象でしかない。

 瞑想や座禅とは、要は感覚を狭めることで深く集中し、その結果五感を研ぎ澄ますもの。

 薄暗い部屋に座り、静かな場所でただひたすらに壁に向かってる座る。

 その間、何かを考えてはいけない。

 ただひたすらに座る以外のことをしてはいけない。

 すると段々緊張状態にあった脳は弛緩した状態と同じになり、最終的には睡眠時と似た状態になってしまう。代り映えのない行動を継続することにより、感覚や精神が鈍化していくためだ。長々と授業などで話を聞いていると眠くなり、気が付くと寝落ちしていた状態が近いだろう。

 その睡眠時と似た状態のまま、何も考えずに考え続けるのが禅であり修行だ。


 瞑想や座禅では脳が活発に活動していない、起きていない状態を継続しようとするため、脳の一部が鈍化し寝ているのと同じような状態になる。何故なら何も考えないようにしているからだ。

 しかし寝ている訳ではない。起きているし、目も開いている。

 しかし同時に考えている訳ではなく何かを見ているわけでもない。

 例えるなら、寝起きの状況が最も近いだろうか。呆然と虚空を見つめ、見てはいるが見ているのとは違う状態。

 ただこの例えはおそらく、近くはあっても正解ではない。

 深く瞑想した状況を他者に伝わるように伝えるのは不可能だ。

 だからこそ仏教の教えは抽象的なものが多く、言葉では伝えられない教えを重視している側面がある。


 そうとしか言い表すことができない。言葉にはどうしても限界がある。


 そしてこの状態の難しいところは、神経や感覚は鈍くなりながらも、同時に研ぎ澄まされてもいるという点である。冷たい滝の水を浴びている和成がそうだ。

 滝の水が冷たいことも、流れる水がどのように蠢いているかも、舞う水滴の一滴一滴も和成は認識している。しかし水の冷たさに和成の体は震えない。

 感覚を狭めることで集中し、通常時以上に五感が研ぎ澄まされることは、当たり前に起こり得ること。そもそも人体というものは、じんわりと時間をかければ状況に適応してしまうもの。


 寒い冬の早朝でジョギングを行う時、体が温まっていなくても、寒さが気にならなくなることがある。肌が冷たいことは理解していても、それによって体の芯が震えない。冷たくならない。

 集中によってどうでもよくなるのだ。ただ足を動かしジョギングを行うことのみに集中するため、寒さが気にならなくなる状態が生まれる。

 和成が味わっている感覚はそれに近い。

 体が冷えていることも、ナインが自分の肌に触れていることも、知ってはいるがどうでもいい。

 心と体がそう言っている。何故なら深く集中しているから。


 魔境が生まれる原因は、脳の無意識の部分が活発に動いているからだと言われている。脳の一部の働きが低下しても、或いは何らかの理由で働けなくなった場合でも、脳の他の部分が発達しそれを補うことがある。

 一説によれば、これは超能力や霊能力の分野であるとか。

 つまり、ある意味では科学サイエンスで解き明かされていない隠秘学オカルトだ。

 この状態はだからこそ危険も大きい。明確な因果関係が解明されていない上に脳の無意識の部分が活発に働いているため、忘れていたトラウマを思い出し恐怖で発狂する事故が起こる可能性もある。異常な興奮が高血圧を起こし心臓に負担をかけることもある。また肉体に負荷をかけている状態である以上、滝の水を浴びる和成は放置されれば低体温症で命を失うだろう。


 仏教で言う魔境とは、深い瞑想と強すぎる集中とは、胡散臭い新興宗教で言うところの自己啓発や自己解放に通じている。


 この状態は薬でも人為的に起こせる極めて危険なものである。

 日本では信頼できる住職が、この世界ではナインが。それぞれ専門家が側にいてくれるから行えるのだ。

 間違ってもこれは、素人が安易に手を出してはいけない。


 魔境。悟り。自己啓発。ドラッグの幻覚。

 これらは全て、科学的に見れば大差のない同じものだ。

 しかし同時に全く別のものでもある。要は視点の違いだ。


 肉体に負荷をかけながら五感を研ぎ澄まし過度に集中すれば、過剰に分泌された脳内麻薬で神秘を見ることは当たり前に起こり得る現象なのだから。


 ☆☆☆☆☆


 朝の修行後。初めて体験した体内を過剰な魔力が駆け巡った影響により和成は、滝の水で体が冷えていた。そのせいで身動きは取れず、メルに抱えられシャワールームまで移動させられ、そのままナインとメルの2人がかりで全身を温めさせてもらってようやく滝行前の感覚を取り戻せた。

 ちなみに、全裸に剥かれ丁寧に全身を拭いてもらうまで行ったことに対する気恥ずかしさは、この三人にはない。


 和成は羞恥のポイントが人とはズレている。あの状況で人に介抱して貰うことは仕方がないと、彼の中では既に決着がついていた。

 メルは真面目な仕事人だ。それに純情な生娘ではない。年下男子の裸に一々過敏に反応などしない。淡々と職務を全うするのみである。

 ナインは根っからの研究者。新たなる発見と自分の知識欲、そして目的のためなら恥という言葉は何処かへ吹き飛んでいく。そもそも同性の裸だ。意識するようなものでもない。それに、彼は既に既婚者だ。


 そして現在。

 朝食を終えた和成は、ナインへ自分の体験と考察を伝え終えていた。

「体外のマナと体内の魔力をつなげる行為は、かなりの時間を要する難しいものだ。しかし和成クンはそれを2時間で達成してしまった。想定以上の早さだ。ワタシが集めていたサンプルの中では勿論最速になるね。そして今までワタシは、魔法の習得に必要なものは感覚であると考えていた。しかし和成クンの話を聞くと、脳という器官が分泌する成分とそれに伴う肉体の反応が、内在魔力と外部のマナを結びつけるという可能性が示唆された!」


 ガタリ!

 うつむき読経でもしているかの如く研究に関する自問自答を行っていたナインは突如、座していた椅子を跳ねのけるようにして立ち上がる。

 精神的高揚によるものだ。

 彼の脳内には今、研究と新たなる発見以外は存在しない。倒れかけた椅子をとっさにメルが掴み、食堂に音を響かせるのを防いだことにも気づかない。

 尤も、ここは学術都市エウレカの研究機関。学者たちの学術活動の最高峰。

 研究に没頭し周りが見えなくなる奇人は何も珍しくない。

 それどころか寧ろ、よくある光景である。


「ふぅーむ……興味深い。感覚に制限をかけたり、肉体に負荷をかけた状態で強い集中状態になると、体が未知の物質を作成しそれが精神や魔力に影響を与える。

 これは今までになかった発想だ。魔法の習得には精神のみならず、肉体も重要であるということ――かもしれない。

 そしてそれは逆に言えば、肉体を和成クンと同じ状態へ持っていければ、薬によって第4段階まですぐに移行できるということ」

 何よりその重要な点を、示唆とは言え発見できたことは大きい。


 もしもその仮説が正しく、投薬によって魔法習得の過程プロセスを短縮・省略することが可能になれば、ナインの最終目標に一段と深く近づくことが出来るだから。

 そのことに興奮と歓喜を隠しきれず、彼の口角は上がっていた。

 端的に言えばにやけている。


 しかしそれに対する和成の考えは批判的だ。

 その表情はかなり否定的ですらある。


「もしやるのなら慎重にやってくださいよ。簡単に人生が狂っちゃうんですから。そういうことを外部から無理やり起こせる薬は、俺の世界ではドラッグとか麻薬とか呼ばれるヤバイ薬なんですから」

 和成はナインとは違い乗り気でない。ナインは言ってしまえば、投薬によって脳内麻薬を分泌させることにより人為的に魔法習得の第4段階までを起こそうとするやり方を、実践してみる価値があると判断している。

 それは現代日本人としては待ったをかけざるを得ない危険な方法だ。

 脳内麻薬―一種の快楽性物質―を生み出させる薬品と言えば、程度はあれ麻薬やドラッグと同じなのだからそれも当然。それらの中には医療として有効なものあることも、毒と薬の間に量以外の差はないことも知っているが、それを知ってもなお警戒心が抑えられないし、抑える気もない。


 確証を得るには実際に投薬を行いサンプルを集めなければならないが、そうなればそれはある種の人体実験であり、研究の過程で被験者の脳に障害が残る可能性がある。


「……ホントーに、慎重にやってくださいよ」

「分かってるって。あくまでワタシの研究の最終目標は、誰でも魔法を習得できるようにしてモンスターの被害を減らすこと。そんなヤバイことはしないさ」


 そう熱っぽく語る研究者ナインを見つめる和成の眼は胡乱である。

 どこでどの学問が繋がっているかは、繋がってみないと分からない。

 魔法の習得に関する研究が、何時の間にか体内生成物が脳に与える影響に関する研究へつながっているのと同じように。こういったことは、学問の世界ではよくあることだ。

 自分の知識がこの世界でどのような発展を遂げるのか。それは分からない。

 それが和成には不安だった。


 ――自分はこの世界に、どれだけの知識を与えるべきなのか。どれだけの情報を与えてもいいのか。


 結局その日はナインと議論を重ねたものの、結論は出せなかった。


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