第9話 トラブル発生(起)
召喚された部屋からの帰り道。
「和成くんの目から見て、この世界の女神様はどんな感じなの?例えば神話とかさ」
歓待の間へと続く廊下を並んで歩きながら、姫宮は和成に尋ねる。
不思議、という言葉から連想して、和成が「神」という存在をどのように捉えているのかが気になったからだ。
尚、会場から和成が持ってきた骨つきチキンは、和成が試しに使った『収納』のスキルにより異空間に収納されている。それにより、5分ほどファンタジーなその光景に二人が興奮して「会場に戻らなければならない」ということを忘れるという一幕があったりした。
「神話・・・・というよりは、宗教と言った方が近いな。神話は文献を読むか口伝を聞くかして頭に入れる「知識」。宗教は態度や会話から推測できる「文化」や「倫理」。この世界の知識に何にも触れてない現状じゃあ、神話について知っていることも知れることもない。宗教だったら会話と態度からなんとなくわかるところはある」
「ふーん。まぁ、考えてみればそれもそうか。ごめんねーややこしいこと言って」
「別にいい。で、分かった情報を元に考察すると、この世界・・・・国?の宗教は、多分一神教だな」
「いっしんきょー・・・・」
「日本の神道やギリシャ神話、北欧神話のように多くの神様が存在するのが多神教。その逆が一神教で、キリスト教やユダヤ教、イスラム教がそうだ」
「ああ、・・・・何というか、その・・・・色々ややこしそうなとこの・・・・」
「そう、ややこしそうなとこのだよ。多神教は神様が複数いるのが当たり前だから、ある程度は他の神様を受け入れられる余地があるんだが、一神教が信仰するのは唯一無二の絶対神だ。他の神様を「神様」という形で許容出来ないことが多い」
「なるほど・・・・で、根拠は何?どうしてこの国の宗教が一神教だと思ったの?」
「この国の人が神を呼ぶとき、一貫して「女神様」と呼んでいるからだ。例えば偶像禁止といってな、形而上に存在する信仰対象と現実世界に存在する人間の間には越えられない壁があり、「畏れ多くも人間風情が神の御姿を想像するなど不敬だ」ってな感じで姿を思い描くことが禁忌とされている。仏像みたいに形にすることも絵として描くことも禁止だ。また、キリスト教でも信仰する神様を指して呼ぶ際は「主」や「神」という言葉を用いる。人が神の名を呼ぶことも付けることも不敬とされている。そもそも名前ってのは区別のためにある訳だからな。神様が一柱しかいないのならば、名前は必要ない」
長々と語っているが、重要なのは“名前は区別のためにあるから、神様が一柱しかいないのならば、名前は必要ない”の部分だけである。
「なるほど。名前すらない呼び方をしているから、逆説的に一神教だと。・・・そこから導き出す、考えられることは?」
「んー・・・・一応言っておくが、これはあくまで想像でしかなく、特別根拠がある訳ではない。妄想と言われれば否定できない類いの薄い仮説だ。ひょっとしたらこうかもしれない・・・・程度の可能性の話で、事実は全く異なる可能性だってある話だ」
頭をかきながらそう言う和成は、二つの意味で不安そうにしていた。
「そう・・・・だけど、私は聞きたいかな。少なくとも、和成くんがその可能性を考えて不安になってる以上、励ました私はあなたの話を聞いておかなくちゃ」
そんな和成の様子を察して、姫宮は聞き上手スキルを発揮する。
(こういう気遣いができる女子だからモテるんだろうな)
「一神教は他宗教の神様を「神様」という形で受け入れられない。なら、どうやって受け入れると思う?」
「え、うーん・・・そもそも受け入れなくちゃだめなの?受け入れられないんだから、否定するしかないんじゃないの?」
「否定するってのは正しい。ただし、受け入れられない訳ではない。まぁ、受け入れてないと解釈することも可能なやり方だがな。
答えは、『悪魔として受け入れ否定する』んだよ。例えばキリスト教の悪魔バフォーメットは、イスラム教の創始者ムハンマドを悪魔化したものと言われている。あくまで一説にすぎないけど。
宗教ってのは、広がっていく過程で別の信仰を何らかの形で吸収していく場合が多い。この特徴は大なり小なり凡ゆる宗教に共通する。だからまぁ、それが必ずしも悪いって訳じゃあない。宗教はそもそもそういうもんだからな。ただ、現状にこれを当てはめて、一神教の持つ厄介な性質・・・・というか歴史を考えると・・・・」
「邪神が本当に悪なのか分からない」
姫宮は、和成が言いたいことを見事に言い当てた。
「・・・・その通りだ」
そして、その和成の返答には苦悶の感情が込められていた。
「繰り返すが、これはあくまで仮説でしかなく、明確な根拠がある訳ではない。
『全ての元凶が女神の悪行である』なんてのは、俺自身が戦いたくないから『魔人族と戦う必要はない』という結論を求めているだけなのかもしれない。
しかも、『悪には悪なりの事情があった』という日本人的価値観に合った『裏設定』。
どこの世界だろうが絶対に好む奴が居る『陰謀論』。
はっきり言って、俺の仮説は流言飛語の類いだ。証拠はないし根拠も薄い。
ただ、女神様を信じるに足る根拠もない。
戦争なんてのは、そもそも良い国と悪い国が戦ってるようなものじゃない。
エゴとエゴのぶつかり合い。みんな自分が正しいと思ってる。両方が両方に言い分がある。
そんなものだ。
ましてやこの戦争が宗教戦争の側面を持っているのなら、そもそも宗教に対する興味の薄い日本人が介入すること自体間違ってる。
ただ、それはあくまで地球の場合。
ここが俺たちの世界と全く異なる異世界である以上、この戦争が良い国と悪い国が戦う戦争である可能性だってある。
考えても答えは出ず、可能性ならいくらでもある。
考えれば考えるほどドツボに嵌る。
だから不安で不安で仕方なかったんだよ」
不本意そうに溜め息をつきながら、和成は心の内を吐露する。
この話をすることにほとんど意味がないからだ。
現状では根拠のない仮説を相手に伝えることは、いたずらに世界に対する不信感を植え付けているようなもの。
伝えた相手の不信感が周囲に伝わった場合、その者の立場が悪化する可能性がある。
そもそもこの話は、誰かに聞かれるだけで立場が悪くなってしまう。
衆人環境の中にいた王の間や控え室で根拠のない誹謗中傷とも取れるこの仮説を言えば、雑魚もいいところの和成なら確実に顰蹙を買う。
しかしここは一本道の廊下だ。周囲に誰もいないことは確認でき、召喚の直後で歓迎のパーティーの最中である今なら、自分たちの話を盗み聞いている者はーーーおそらくーーーいないと判断できる。
もしも何者かによって四六時中監視されていれば、その時点で和成は詰んでいる。何をやっても無意味だ。
姫宮自身の人柄については、半年の間クラスメイトとして過ごした経験と今までの会話がある。
人間関係に対する慎重さ。
人から信頼を寄せられる人格。
失礼な物言いも笑って流せる度量。
和成の言葉の含みを理解する聡明さ。
困っている人の力になろうとする優しさ。
それらを実感して、浅慮な行動には移らないだろうという思えた。
仮にもしも浅慮な行動に出た場合も、高ステータスを誇る『姫騎士』姫宮の立場の悪化が現状の和成以下になることはないだろう。さらに、クラスでも人望を集める姫宮への悪辣な対応は、クラスメイト全員の反感を買う可能性が高いであろうことを大国の狸たちが理解出来ない筈もない。
だから和成は話すことが出来たのだ。
しかし、それらはあくまで可能性の話でしかない。
和成の予想に反する事態に発展する可能性は勿論ある。
どっちにしろ。
平賀屋和成が姫宮未来に胸の内を吐露することは、彼女にリスクを背負わせようとしているという事実に変わりはない。
故に、和成は不本意なのだ。
「・・・・和成くん!」
グイッ!と、突然姫宮は和成の手を掴み、握り締めた。
「うおっ」
突然のことに、思わず声にならない驚きの声が漏れる。
「私は、和成くんを励まして力になるって言った。
今の和成くんは立場があんまり良いとは言えなくて、ステータスも低いから出来ることも少ない。
けど私はかなり歓迎されてるし、出来ることもきっと多い。
私は、出来る人が出来ることをすればいいと思う。
今の和成くんが持てないぐらい重い荷物をたくさん持ってて困ってるなら、私は代わりにそれを持って運ぶのを手伝いたいんだよ。
クラスメイトじゃん。友達じゃん。頼ってよ」
真っ直ぐに和成の目を見つめながら、姫宮は力強くそう言った。
(こういう人だから、人気と人望を集めるんだろうな・・・)
「・・・・そういうことを迂闊に男子にすると、惚れられちゃうよ」
「なーにー?照れちゃってるのー?」
手に添えていない方の手を口に当てながら言ったそのからかうような物言いに、和成は何も言えない。
「はいはい、参りましたよ」
(こんな面倒くさい状況に巻き込まれたことは間違いなく不運なことだが。
トモ、慈さん、ーーーあと一応化野さんもーーーが一緒だったこと。
あいつらが国も無視出来ないほどの力を持っていること。
手を貸すと言ってくれる姫宮さんに、こちらを気にしてくれていた剣藤さんや裁。
そんなクラスメイトが居たこと。
さっきも思ったことだが、矢ッ張りそれは、間違いなく幸運なことなんだろうな)
図星を突いた姫宮の言葉に場が和む軽い冗句を返しつつ、改めて自分の境遇を反芻し評価する。
「ありがとうな、姫宮さん。なんか、元気出てきた」
「うん!それはなにより!」
和成の微笑みと共に発せられた感謝の言葉を受けて、心底嬉しそうに姫宮は溌剌とした笑みを浮かべるのだった。
「また和成くんの話を聞かせてよ。すっごく楽しくて面白かったからさ」
ありきたりな表現ではあるが、花のように美しい笑顔を。
その顔を見つめているうちに、門へと続く廊下への曲がり角の直前に辿り着いた。ここを曲がれば門番たちに視認され、気付かれるだろう。
「で、和成くんはどうするの?私はこのまま会場に入るつもりだけど・・・・」
「そうだな・・・・姫宮さんが俺がいないことに気づいた以上、他の人も何時気がつくか分からないし・・・・俺も戻るよ。じゃあ姫宮さん。姫宮さんが先ず入って中の人の注目を集めて欲しい。その隙にこっそり入り込んで、隅っこの方でひっそり終わるまで大人しくしてるから」
「うーん・・・・それで良いの?門番の人たちには抜け出していたのがバレると思うけど」
「門番の人たちも抜け出されていたのを見逃していたなんて、そんな失態を大きく騒がないと思うしたぶん大丈夫だろう。何の能力もないのに歓迎されても居心地が悪かったーーーと、正直に言ってもいいしな」
「そう・・・・けど、隅っこでジッとしてるってのも・・・・」
「良いの良いの。俺は目立つのは嫌いだ。良い意味でも悪い意味でも注目されたくない。特に今回みたいな、目立つことにメリットを感じられないときは特に」
「・・・・わかった。じゃあ、そうしようか」
「うん、そうしようーーーああ姫宮さん。無いかもしれないけど一応参考として言っておくけど、ハニートラップには念のため気をつけておいた方がいい。周りに使われているかどうかも見ておけば、この国をどう信じるかの判断材料になるかもしれない」
☆☆☆☆☆
そして姫宮は、なるべく目立つように意気揚々と大胆に入場した。
しかし姫宮が『歓待の間』に入場したとき、意外にも、或いは当然のことながら、注目は集まらなかった。
何故なら、そこに修羅場があったからだ。
☆☆☆☆☆
丁度、姫宮が和成に驚かそうとして、やり返された時のこと。
異世界に召喚されるという稀有な体験をしたクラスメイトたちは、『歓待の間』で散り散りになりながら談笑を楽しんだり高級料理に舌鼓を打ったりしていた。
そして、そんな強力な召喚者と仲間になろうとやって来た、お近づきになりたい貴族たち。
クラスメイトたちも、貴族たちからチヤホヤされて有頂天な者。強い冒険者を仲間にしようと交渉を始める者。料理を食べること以外、何も考えてない者。冷静に冷徹に人間関係を見極めようとする者。斜に構えて飛んでくる賛辞に対する聞く耳を持たない者。わらわらと押し寄せる人の波に只戸惑う者。
実に多種多様だ。
そんな中。
「なぁ、慈」
「な、何かな?天城くん・・・・?」
「俺たちのパーティに入らないか」
爆弾が一組。