第86話 魔術特訓ワンランクアップ
エウレカに和成が引っ越してから、今日で一週間が経った。
つまり、とうとう待望の属性への適性が発表されるのだ。
「では、和成クンの適性属性を発表する」
時刻は夜。1日の修行と研究への協力を終えた和成は、与えられた自室でナインから属性適性検査の結果発表を知らされている。
ゴクリ。
意識してはいなかったが、それでも和成の喉がなる。生唾を飲み込み、背筋が自然と伸びた。
やはり発表の瞬間というものは、多かれ少なかれ緊張するものだ。
「全てだ。おめでとう!和成クン。君は全ての属性に適性を持っているのだね!」
「――――――!」
全身の血液が弾け飛ぶような気がした。
「そ、それは凄いことなんじゃあ……」
「いや、それがそうでもない」
そしてそれは気のせいで終わった。
和成はがっくりと、仰け反るように脱力する。
その結果、ガゴンと背後の壁に頭がぶつかった。
「なんかこの前もこんなことがあった気がする。そう、スペル先生にもこんな風に上げてから落とされた」
「しょうがないね。事実は事実だし。嘘を言っても仕方ないし。それに、属性の適性は多ければ多いほどいいって訳じゃない。特に君みたいなタイプはね。つまり習得できる魔法の数に限りがある人―例えば1つ魔法を覚えるのに10年かかる人は、18属性全てに適性を持っててもしょうがないでしょ。180年も生きたら森人とか竜人族だよ」
「なるほど、そういうことですか」
「そういうことなんだよ。一つ魔法を覚えるのに何ヶ月もの時間をかけて習得しても――それを戦闘の中、本番で使いこなすには、更にそれ以上の時間がかかるからね。ステータス画面の補正なしで戦いながら魔法陣を作るのは難しい。『剣術』スキルなしで剣を振り、パラメータ抜きでモンスターと戦うってぐらい難しい」
「……たしかに」
ナインの言葉も尤もだと和成は思う。
「まだ魔法の方が勝算は高いし、自衛のため一から剣術を学ぶ――なんて選択は、しなくて正解だと思うけどね。けど炎、雷、凍、水、風、土、金属、鉱物、毒物、植物、光、闇、竜、不思議、自然、死霊、神聖、邪悪。18種類の全属性の魔法を、適材適所で使い熟せる人なんていない。お祖父様でも厳しいね。というか邪悪属性とかは、使ったら色々と問題がある」
「そういや宗教的…というか社会情勢的に邪悪属性は使えませんね。魔人族と戦争中ですし」
「それを除いても17種類だ。そんなにいらない。数種類あれば十分。一種類でも使い熟して大成する魔法使いは多い。けど、10種類を超える属性を全て使い熟せる魔法使いをワタシは知らない」
魔術の習得に関する研究を行う彼の言うことだ。その集められたサンプル量から判断するに、それがこの世界における限りなく客観的事実に近い見解なのだろう。
「というか、魔導の道を極めようとするならそれぐらいが限界だね。ひとつかふたつか。それより多くの属性を使いこなせて、その上で名が通れば大したもんだよ。かなりの才能の持ち主じゃないと無理。たくさん使えても使いこなせるとは限らない。そして和成クン。君に複数の属性を使い熟せるような、そんな魔法使いになれる才能はない。時間的に無理だ。ひとつの魔法を極めるのなら分からないけどね」
「まぁ確かに、今日の修行も全然進みませんでした」
「それは君の内在魔力が2pしかないからってのが大きいけどね。すぐエネルギーが枯渇するから。かといって魔力回復薬で何度も回復するのは、心に悪い」
「心なんですか? 体じゃなくて?」
「マジックポーションを使っても、体には特に悪影響はない。けどだからって多用しすぎると、魔力回復の高揚で頭がハイになっておかしくなる奴が出てくるんだよね」
「それヤバい薬じゃないですか」
「少量なら問題ない。短い時間に何度も何度も摂取して、魔力の回復を繰り返した場合に起こるだけ。過剰摂取すればどんな物質も毒になる」
「そりゃあそうでしょうが」
水ですら過剰摂取すれば水中毒を起こす。
薬と毒には、害と量以外の差はない。和成もそれは知っている。
しかし異世界の、それもステータスという地球とは全く異なる法則で働く薬に対しては、どうしても抵抗が拭いきれない。
効果が強力すぎるため、かなり便利というのが更に困る。
「一説によると、魔力回復のエネルギー補充に伴う肉体的高揚を精神的高揚と勘違いすることにより、酒を飲んだのと似たような状態になるとか」
ちなみにこの世界では、酒を大量に飲み著しく酔うと『毒耐性』のスキルを得ることがある。
「それ、変な脳内物質でも分泌してません?」
「――ふむ。その説は一考の余地があるかもしれないね」
そんな和成の懸念を聞いて、ナインは大真面目な顔で和成の言葉をメモした。彼との雑談で飛び出た言葉の、何がどのようにしてこの世界へ新たなる発見をもたらすか分からないためだ。
ナインはどこまでも研究者である。
知的好奇心の塊であり、割と平気で一線を越える。
そもそも一線を意識していない。
「ハッキリ言えば、君は全ての属性に適性はあるけどその適性度が低い。最高適性度を10とすると、君のは精々最大でも5以下だ。全てがね。突出して得意な属性、みたいなのがないから、同程度の実力者同士であっても魔法の練度で負けると思う。それを補おうにも――さっきも言った通り、習得して使いこなせる数に限界があるからね」
だからだろうか。こうもズバズバとやる気を削ぐようなことを言うのは。
「――尤も、それは同じ土俵で戦うことを想定した場合。ワタシはあくまで自衛の手段としての魔法を習得させるため、研究を進めている。要は和成クンは敵を倒すのではなく、敵に襲われた時に助けが間に合うまでの魔法を覚えればいい。つまりは、時間稼ぎのための魔法だ。君が敵を倒すのは諦めた方が無難だね」
だからこそ、明日からは内在魔力を増やす特訓を始めようと思う。
そんな結びの言葉を最後に、ナインによる本日の授業は終わった。
そして次の日。
夜は明けて時刻は早朝。
季節は地球で言うところの夏へ近づき、気候も昼は蒸し暑さを感じる折。しかし暗がりが残る今の時間帯には、夜の寒気がまだ残っている。
ナインはそれを、雪の精霊が残っているからだと表現した。
それが比喩か事実かまでは、『意思疎通』のスキルは教えてくれない。
「では、修行を行う。今日から起きる時間は今と同じくらいにしてもらうからね」
「分かりました」
「はーい、いい返事。始める修行はこれだ」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド。
雪の精霊が混じる空気を裂くような音と、空中にもうもうと舞う水しぶき。水の精霊が大気に混じり続けている光景とでも、この世界では表現するだろうか。
ナインに連れられた場所。研究施設が集まる建物群のど真ん中。
そこで不自然に、空中から滝が落ちていた。
何もない空間が歪み、その中心から大滝が流れ続けている。
「この滝に打たれて精神統一をしてもらいまーす」
「なんとなくそんな気はしてました」
現在、和成はパンツ一枚である。
その肌には鳥肌が立っていた。
☆☆☆☆☆
「第1段階は自分の内在魔力を感じること。
第2段階は体の外のマナを感じること。
第3段階はその体内の魔力を手足のように操ること。
そして第4段階で体外のマナと体内の魔力を繋げ、内在魔力の最大値を増やす。
最後の第5段階で、次の魔力操作の段階へと移る。魔法陣を構築する方法を学べるのは、この最後の段階まで行きついてからだ。まだその後にも、越えなければならない段階があるけどね。一先ずこれが、ワタシの研究で導き出した魔法の習得方法になる。特に和成クンの場合、目的はあくまで魔力を操作して魔法陣を描き、魔力を通して魔法を発動させるところまでだ。お祖父様の推測が的中すれば、細かい魔法陣を覚える必要はないからね。
しかし今の、2pの魔力しかない状態ではまだまだ先の話。まずは魔力量を増やす必要がある」
「――確かに、内在魔力量を増やすには精神統一により体外のマナを少しづつ取り込む方法があると、本で読んだことがあります。
―“魔力とマナは、宿る場所が異なるだけで同じエネルギーを指す言葉だ。体内にあるものを魔力、体外にあるものをマナと呼ぶ。だからこそ、そのマナを体内に魔力として取り込むことができれば、無限に魔法を使うことも理論上は可能である。”―と」
「実際のところ、意識してマナを取り込むのは難しいけどね。体内の魔力と体外のマナを繋げて自分の中に引き込まないといけないけど、逆に自分の魔力が外のマナへ全部引っ張られて、最悪死ぬ可能性が高い。だから繋げるのは一部だけでないといけないけど、その一部だけってのが難しい」
そこまで言って、ナインは滝へ手を差し込んだ。温度を計っているのだろう。
「うん、冷たいね。――そのために、厳しい状況で精神統一を行うんだ。体に常に刺激と緊張を与えて防衛本能を働かせる。すると体が体内のエネルギーを保持しようとして、魔力が流失するのを防いでくれる。
ただ、自分の体から魔力が流れ出すのを体自体が防ごうとしているわけだから、その状態でマナと魔力を繋げて余所から魔力を持ってくるのは難しい。
全身が力を込めて魔力を保持しようとしてるから、一部だけでも繋げるのはコツがいる。全身の筋肉に渾身の力を込めて、一部だけ力を抜くなんて芸当が難しいようにね」
「確かに、それは矛盾してますね」
「まぁ、魔法と筋肉は少し違うかもしれないけど。で、まずは第1段階の内在魔力を感じることなんだけど…実はこれ、この前の属性適性検査の時にやってるんだよね」
「全身の力を抜かれたアレですか?」
「そうそれ。今回やるのはそれと似たようなことだね。滝に打たれて精神統一をしている時に、ワタシが魔力コントロールで和成クンの魔力を1pだけ出し入れする。これなら枯渇状態のせいで、修行を中断しなくてもよくなる。そのために、和成クンのステータス画面を確認するための魔道具を使うけどね」
和成は教えてもらっている立場だ。
文句などあろうはずもない。即、了承の返事をする。
「まずは、和成クンが精神統一してくれないことには、外部から魔力を出し入れするのは無理だ。ワタシが君に触っていることにも気づかないレベルで集中して貰わないと、ね。外から干渉されてることを認識しちゃうと、精神が無意識のうちに魔力を拒んで和成クンに負荷がかかっちゃう」
「しかし、肉体が魔力を逃すまいと力を込めているのは大丈夫なんですか?」
「肉体は魔力を逃すまいと必死だから、ワタシの干渉に抗う余力がないんだよね。つまり、精神がワタシに意識を向けなければ問題ない。そして、この修行はそれが出来るようになるまでが長いと考えている。滝に打たれた経験はある?」
「―――あります。思うところあって、滝に打たれ精神統一と自問自答を繰り返した時期があります」
☆☆☆☆☆
祖母が亡くなった時、和成は生きる意味というものが分からなくなった。
何を成そうとも何をなさなくとも、最後に死という結末が用意されているのであれば違いはないのではないか。いつか必ず絶対に誰でも死ぬのなら、幸福も不幸も成功も失敗も同等なのではないか。
次の瞬間自死することと、百年後に天寿を全うすることの間にどのような違いがあるのだろうか。
人生は何事をもなさぬにはあまりに長いが、何事かをなすにはあまりに短い。
文豪中島敦の代表作、山月記の一文である。
それを読んで和成は思った。何事かを“なす”、“なさない”に違いなどあるのか。
長い短いに違いなどあるのか――と。
中学二年生のことである。
明日自分が自殺することと、百年後に家族に看取られること。
その違いは何なのだろうか。
前者を正解と言ってはいけないと、漠然と周囲の反応から分かってはいた。
しかし反論を挙げられるような根拠を持っていなかった。
彼が宗教や哲学、脳科学や心理学といった学問にのめり込んだのは、ちょうどその時期である。
親戚の住職へ頼み込み、夏休みを利用して座禅と瞑想を行ったのもその時期だ。
滝に打たれる精神修行もついでに体験した。
その経験から思うに、悟りとはすなわち答えであり、初めからそこにあるものなのだろう。
なんで今までそんなことが分からなかったんだということが、ふとした瞬間に分かる。気づく。見つけられる。それを人は、「悟りの境地に達する」や「答えが下りてきた」、「何かに取り憑かれていた」と表現するのではないかと思う。
少なくとも和成の場合はそうだった。
滝に打たれる和成は久方ぶりに見た魔境を冷静に体感しながら、そんなことを思い返し自己分析する。今の和成は、肌を刺すような滝の冷水で神経・感覚が鈍くなりながらも、同時に五感が研ぎ澄まされている状態だ。滝の水が冷たいことも、流れる水がどのように蠢いているかも、舞う水滴の一滴一滴も和成は認識している。しかし水の冷たさに和成の体は震えない。
肌の間隔と精神の間に、強い集中と深い瞑想によって見えない隔たりができるためだ。
感覚はあるが、同時にない。
神秘的な幻覚を見つめ、自分もその中にいる感覚を味わっているが、同時にどこか遠くで自分の体が冷水を浴びていることも理解している。
考えていないが、考えている。
そんな相反する状態こそが深い瞑想であるり、極限の集中というものだ。
そしてある瞬間。
和成は体内を流れる何かを感じ取った。
血液ではない。深い瞑想の最中は脈拍が速くなり、血管周りの皮膚や筋肉が微細に動く。強い集中によりそれらを感じ取ることは珍しくない。そして和成が感じ取ったそれは、血液の流れとは明らかに違うものである。
―――これが魔力か?
そう思った時だった。
流れる何かの一部が出たり入ったりを繰り返し始めた。
――ナインさんが言っていたやつなんだな。
和成はそう思った。
そしてそう思ったことに対して、肉体は反応しなかった。
それが魔力であることを確信して、またすぐのこと。
しかし、それが実際に外の時間でもすぐであったのかは、判断のしようがない。今の和成は極限の集中により、体感時間が何の意味も持たない状況だからだ。
ともあれ、和成の感覚としてはすぐのこと。
自分の外。体内に流れる魔力の向こう側に、より多くの魔力――体外にあるのでマナ――があることを認識した。自分の内側にあるエネルギー(魔力)が意識により動かせることを確認すると、言われた通りにそのエネルギーの一部を外のエネルギーに向けて伸ばした。
そして自分と世界を区切る境越しにマナへ触れた瞬間、外にあるエネルギーが内側に流れ込んでくる。体内の魔力を一部に寄せると、流れ込むエネルギーは増していく。
そして、これ以上は入らない―――。
そう考える前に感じた瞬間に、意識が途切れ視界を含めた五感がシャットアウトされる。
次に視界が戻った時には、目の前にナインの顔があった。
頭から被る水の冷たさを直に感じ、途端に体の芯が縮み上がる。歯の根がガチガチと鳴っていることを自覚した。
指先にもしびれるような感覚が残り、全身を上手く動かせない。
しかし対照的に意識と感覚はハッキリしていた。ナインの黄緑色の髪の一本一本から毛先までくっきり明瞭に視認できる。
「――和成クン。君、何があった?何が感じた?」
その顔に浮かんでいたものは驚愕。
そして、歓喜と興奮だ。
「わずか二時間の内に、一気に第4段階までクリアしちゃったじゃないか!?ワタシの知る限りこれは最速だっ!!」
☆☆☆☆☆
『魔法使い』、『魔導士』、『賢者』といった『職業』への適性を持たない、魔法の扱いに関して素人である者の、魔法習得に関する研究。魔法の才能のない者は、如何にして魔法の修行を行えば、より簡単に短時間で習得できるのか。
それがナインが現在行っている研究だ。
和成のような、上記の条件を満たす人間が魔法を習得するまでの仮定を、詳細にデータとして保存しておくことは研究を積み重ねる上で重要である。
そしてその魔法を扱う才能のない人間が、わずか数時間で魔力を感知し、外部からの魔力を吸収した。
それはナインの研究を大幅に目的へと近づけるものである。
何故、和成がこんなにも早く魔力の自己感知を行えたのか。
その問いに答えを見つけ出すことができれば、他の者にもその技術を伝えられる。
それはナインの最終目標。
魔法の習得をより簡単にし体系化できれば、より多くの人々が自衛の手段を得ることが出来る。
そうなれば彼の両親のように、モンスターの被害で命を落とす者を減らすことが出来る。
それがナインの夢であった。
「教えてくれ和成クン!一体君の中で何が起きたんだっ!」




