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第85話 『哲学者』のドラゴニュートとの付き合い


 ステータス学という学問に於ける謎として(それを専門に研究しているのはサファイアぐらいだが)、“ステータス画面上のパラメータが幾らであれば、どれだけの重量を持ち上げられるのか”というものがある。また、それに付随する謎に、“その際、ステータスの影響はどれだけなのか”というものがある。


 例えば和成が持ち上げられるものは、地球で持ち上げられるものと変わらない。ステータスが最低値であることを考えれば、その事実から和成がステータスの補正を受けていない(とみなせる)という結論を出せるだろう。

 対して姫宮などの高いパラメータを持つ者なら、そのステータスに応じた分の補正が筋力へ加算され、和成が手も足も出ない重量を持ち上げることも可能だろう。


 この法則を根拠に置けば、「和成の運動能力と骨格や筋肉量などの身体情報を組み合わせることで、おおよその人族・男性・17歳の『ステータスが関与しない素の身体能力』を導き出せる」という推測が成り立つ。

 そしてそこから姫宮が持つ筋肉量などを測定・比較・計算すれば、ステータスが関与しない理論上の身体能力を導き出すことも可能と言える。

 ならあとは、実際の姫宮の身体能力から理論上の身体能力を引けばいい。その値がステータスの補正による身体能力の上昇値となる。


 最終的には、それらを式によって計算で求められるようにすることこそが、サファイアの目的であり研究である。

 本日、和成はその研究のため必要なデータ収集のため身体能力検査のようなことを繰り返し、一先ず大体の運動能力をデータにまとめた。

 明日は計測器具によって筋肉量や骨格といった肉体の情報を収集する予定だ。


「いちち・・・・」

 そのため、その研究のカギである和成は、研究で一日中動かされた筋肉痛による妙な挙動を行いながら夜の街を歩いていた。その側には目立たない服装へ着替えたメルもいる。和成は何時もの学生服だ。

 

 しかしそんな2人が歩く場所は、研究機関が集まるエウレカの中心街ではない。

 80年前。十代にして瞬間移動の魔法を確立し、物流に革命を起こした少年スペル(当時)。そんな彼がその利益を使い生み出した場所こそが、研究者が自由に自分の研究に没頭できるための学術都市であり、それが今のエウレカである。

 そうして人が過ごす以上、日用品から食品、研究機材に至るまで様々なものが必要となる。

 その結果、自然と商人たちが集まり民間街が生まれた。

 2人が歩くのはそんな民間街の、特に高級な酒場が集まる一角である。


 なぜそのような場所にいるのか。

 それはその先の居酒屋――と表現してよいのか判断しづらいが、『意思疎通』のスキルは看板に書かれた文字をそう訳している――で待つ人物のためだ。

 そして名前を告げ店員に連れられた個室には、既にその人物がいた。机にはいくつかの料理と酒が既に並べられている。 


 焦茶色、赤茶色、黄土色の混じり合う三色のおどろ髪を、シュシュによって頭のてっぺんでまとめたパイナップルヘアー。

 明るい茶色に近い褐色の肌。その額から生える肌と同色の短い一本角。

 深い金色の瞳と、それを僅かに隠す小さな黒眼鏡。

 その人間とは根本的に異なるドラゴンの手と、右手の爪で器用に弄ばれている長煙管。

 脇の辺りに横腹に至るまでを完全に露出している大穴が開かれた、袂や袖も存在しない乳袋つきの着物――に似た衣服。その臀部にも竜の尾を通すための大穴が開いていた。

 また裾も膝を隠す程度にしかない。竜の鱗が膝下まで生え揃っているため必要ないからだ。

 その安定性の高い靴というものを必要としないであろう竜の足は、床がくりぬかれた机の下の穴に仕舞われている。


 モウカリマッカ商会代表にして竜人族ドラゴニュート有数の大商人。

 ジェニー・モウカリマッカである。

「おー、来たか。早速飲むで?」

「いえ、研究の都合上、明日にアルコールを残すわけにはいかないので」

 ただ、そう言って気安く酒瓶を勧める姿からは気のいい親戚のねぇちゃんといった印象である。とても大商人には見えず、逆にかなり庶民じみて見える。場所が居酒屋の雰囲気に近いというのもあるのだろう。

 彼女ならここ以上に高級な場所を確保できるだろうに。


 尤も、それは自分に気を使ってくれているからであると和成は分かっていた。

 性格的に和成は、過度の贅沢が嫌いだ。

 肌に合わない高級なサービスを分不相応に受けてもストレスがたまるだけである。特にそれがジェニーのおごりであることを考えれば。

 だからこそジェニーはここのような、良店ではあるが格式は高くない場所を、待ち合わせ場所として選んだのだろう。そう和成は予想する。


「つまらんなぁ。やったらワテが全部飲んでまうで」

 ただそう言って嬉々として酒瓶を煽り中身を飲み干す姿を見ると、単に彼女の嗜好自体が高級店よりもこういった店を好んでいるだけではないかとも思えるが。

「あー店員さん、すまんけどこの酒あと10本ぐらい持ってきて」

 これから商談――という体で行われる情報交換兼雑談――を控えているというのに、躊躇なく彼女は酒を飲みまくっている。その辺りは文化の違いだ。いっそ生態の違いと言ってもいいかもしれない。

 竜人族はまず酔わない。大抵の酒は水やジュースと同じだ。


 ドラゴンともなれば、個体によっては高威力のブレスから煮えたぎるマグマ、燃え盛る炎に有毒ガスをも吐き出すモンスター。その喉が燃えるように熱い酒―程度で焼かれるはずもない。

 それは竜の血をひく竜人族でも同じこと。

 この世界における“ドラゴンの喉”とは、酒豪をさす諺だ。

 日本で言うところの鯨飲である。

 ついでに大喰らいでもあるので、竜人族はほぼ全種族が鯨飲馬食だ。

「ああ、かずやんも好きなもん頼みや」

 机には大量の料理が既に並んでいるというのに、そう言ってメニュー表を指さすジェニーの行動も、今並べられている料理は全て自分が食べる用という、彼女からしてみれば当たり前な常識に基づいている。


「では、これとそれとこれを」

 メニュー内の訳された名前から、比較的内容の想像しやすい料理を取り敢えず頼む。

「――それで商談の折り紙のことなんですけど、他のバリエーションを用意したりはしなくていいんでしょうか」 

 そして早速和成は『収納』の魔法陣の中から、納品用のドラゴンの折り紙と、いくつか予め作っておいた別種の折り紙を取り出す。

 酒をぐびぐびと一本分一気に飲み干したジェニーの目つきが商人のものへ変わった。

 手をさっと動かすと、彼女の部下と思われる人と大差のない手を持つ竜人が、丁寧な手つきでドラゴンの折り紙だけを持っていった。あとには和成が持ってきた試作品が残る。


「その辺りは難しいわな。既に折り紙は、折れるもんが、かずやんしかおらんからこその希少品として売り出しとる。ほなけんそんな大量には売れんし、下手に売りまくったら既に高値で売りつけたお客様らからの信頼を失くす。ワテもどうするか悩んどるところや。折り紙をひとつの文化として定着させて、恒常的に利益が出るようにしたらもっと売れたかもしれんけどな」

「――別に今の売り方を決めたことを、後悔はしてませんけどね」


 ジェニーの仮定の話なら、和成も考えたことがあるのだ。

 折り紙というものを文化として定着させヒットさせれば、希少価値を高めて個人に高値で提供する以上に、多くの利益を出せるかもしれないと。

 しかしそれは皮算用。何かしら創作物があったとして、それがどれだけ当たるかを計算することは不可能である。和成にそんな能力はない。

 だから目先の堅実な利益を優先した。


 一枚の正方形の紙を、切り込みを入れることなく折るだけで独立する立体へと変える技術と作品の希少性をハクから教えてもらい、ジェニーの伝手を通して一部の物好きに芸術として高値――和成にとっての高値であり、その人物にとってははした金――で売ったことを、和成は後悔していない。

 確かに、今はスペルから『意思疎通』の翻訳能力による古文書の解読と、研究協力に対する固定給をもらえている状況ではある。

 だが、折り紙が高く売れるかもしれないと分かったあの時は、国から支給される針の筵に座らされるようなお小遣いと、ハピネスの教育係(不定期)でしか金銭を得る手段がなかった。衣食住は確保されていたが、自分の裁量で自由に動かせる自分のお金はなかった。その衣食住の確保も、逆に言えば生活を信頼していない者たちに依存しているも同じ状況だった。


 一分一秒でも早く、和成はその状況から脱出したかった。


 それに金は何かと使い道がある。


 無茶苦茶な値段のするレベルを上げられるアイテムや、ステータスを上げる装備を集めるためのお金を確保したかった。それにお金は便利だ。とれる選択肢の多さは金銭が最も柔軟だ。

 だから和成は、あの時に手っ取り早く金銭を得られる手段をとったことを後悔していない。


「下手に欲をかけば足元をすくわれます。それに何時かは日本に帰るんですから、永続的に少しずつ設ける手段があっても仕方がない」

 その都合上、和成は就く職業に制限を設けていた。人の身である以上どうしても限界は存在するが、最悪明日この世界から離れることになっても、問題がない暮らしを和成は心掛けていた。


「まぁそれに、竜人族の間やと折り紙は定着せんやろうしな」

 そんな和成の言葉に賛同しながら、ジェニーはそのナイフのような爪を肉料理のひとつに突き刺し、そのまま骨ごとぼりぼりと食べ始める。鱗に覆われた竜の手では食器を持つのが難しいためだ。下手にガラスを掴めばまず間違いなく傷がつき、耳をふさがなければ耐えられない不快な音が響くだろう。

 紙など触れただけで破れる――を通り越して、ハサミを使用した後のように切断しかねない。


「ワテの手ェやと、かずやんが見せてくれとる簡単なやつすらも折れんやろうしな。種族によって違うやろうけど、そんな繊細な真似ができる竜人は少数派や

 例えば白龍仙――あんたがハクと呼んどる奴やったら、人のと同じ腕が二本あるんや。折り紙ぐらいやったら折れるやろ。竜人族はその中に何個もある種族に分かれ取るからな。白龍仙が白蛇仙龍族はくじゃせんりゅうぞく、ワテが土竜人族ドリュウぞくや。んで、見て分かる通り、部下はそのどっちにも当てはまらん赤竜人族レッドドラゴンぞくやな」

 そう言われて和成は先ほど折り紙を回収した、生物的な顔つきの違いから男女の区別がつけられない部下の方へ視線を移す。すると、確かにその赤い瞳と目が合った。


「――なら、この折り紙は持って帰りましょうか」

「ああいや、それはちょっと待ってくれんで。実のところ白龍仙の奴から、かずやんと話せんようになってさみしーって愚痴が来とってな。なだめるんにそれ使わせてくれんか。ワテの方から送っとくけん」

 その冗談めかした口調がどれだけ真実を口にしたかは分からないが、断る理由が無いので和成は持ってきておいた折り紙を全てジェニーへ渡した。

「なら、ハクさんからもらった『文通』の魔道具に何か書いておいた方がいいんでしょうか」

「そうしてくれるんならありがたいな。あぁあと、白龍仙が他の折り紙の折り方教えてくれって言うとったで」

「分かりました」

 竜人族の連合国における象徴である彼女は多忙だ。最近は約束した日時に書き込みがなく、やり取りが滞っている日も多い。


「…それにしても気に入られよるよな。何ぞ魔法でもかけたんか」

「かけてませんよ。そもそも使えませんし。やってることと言えば、時間が許す限り話を聞いて、コミュニケーションをちゃんとしてるってだけですよ」

「――そうか」

 そこでジェニーは再び酒を一瓶飲み干して、ふぅぅと息をついた。


「それがたぶん理由なんやろな」


 聞き上手な人間というのは、好かれやすいものである。

 私はあなたとコミュニケーションが取りたいですと暗に主張することは、人間関係の構築に置いて重要だろう。

 だからその日、和成が可能な限り一秒でも長くジェニーと会話を続けようとしたことは、彼からしてみれば当たり前のことだった。


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