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第78話 三馬鹿の喧嘩

今回の話は多少、人を選びます。


 またその話とは別に、今作を「HJネット小説大賞2019」に応募しました。

(2019年4月30日)

 

 『医者ドクター』山井はその日、礼を言いに和成の元へ訪れた。

 しかし王城の、あと1週間と経たずに部屋主のいなくなるその部屋には、既に先客がいた。

「ゲースッスッス、王手」

「むーん・・・・負けだ」

 囲碁将棋クラブ所属、『職業』は『忍者』。

 常にふざけた物言いをする、山井が大嫌いな伊賀(いが)高雅(こうが)である。

 そんな伊賀と和成が床で将棋を指していた。丁度いい机がないからだろうか。

 確かに、備え付けられている机では対面で将棋を指すには不向きで、床を除外すればあとはベッドぐらいしかない。それは分かる。


「―――――」

 ただそれはそれとして、それで何故、和成が伊賀と将棋を指しているのか。

 それが分からない。

「ああ、いらっしゃい山井さん」

 そんな状況が飲み込めずにいる山井に和成が反応し、メルが椅子を一つ用意してくれる。

「おやおやぁ?これはこれはご両人、なーんぞしっぽりいいことでもするんでゲスか?逢い引きですか?」

 ただその後の、伊賀の下衆な勘繰りはいらなかった。

「黙れ」

 嫌悪に満ちたそんな言葉以外、口にしたくもない。分かっていておちょくっているところも、にやにやと見上げるように目線を向けるところも、どちらも同じくらい極めて不愉快である。そのまま踏みつけたいくらいに、生理的に受け付けない。


「それで?なんで平賀屋は将棋を打ってるの。というかなんで将棋があるの」

「『職人』城造に作ってもらった。雑談でこの世界の人たちに日本文化を伝えると、やってみたいって要望があったんでな」

「そして、あっしは囲碁将棋クラブに所属してるでゲスから」

「あなたには聞いてない」

「おお怖」

 山井の態度は和成と伊賀ではまるで違う。

 前回酒に酔った3バカに絡まれ、半泣きにされたことを根に持っているためだ。

 そして当の伊賀は、酒のせいかそのことをすっかり忘れている様子。

 そんな彼を見ているだけでむかっ腹が立つ。

 和成には、そんな彼女の全身から棘が噴き出ているのが見えた。

 なので話題を変えようと、最初は勝てていたが向こうがコツを覚えてからは中々勝てなくなり練習していた、という旨を伝える。


「・・・・ふーん」

 すると山井の表情が明らかに不機嫌なものに変わっていった。


「あっしは囲碁」

「黙れっての」

 将棋クラブなんでと言おうとした伊賀の台詞を、途中で乱雑に遮るほどである。

 その口調も表情や態度と同じ、乱暴なものだ。少なからず嫌いでない和成が、大嫌いな男子と親しげにしているのが不愉快だからだろう。


「あとついでに、こいつの相談に乗っていたところだ」

「へぇ、相談に乗るような仲なの」

「まぁ腐れ縁だな。親戚のあんちゃんが囲碁将棋クラブの前部長で、こいつの先輩な訳。その縁で少しな。そうだな・・・鬼太郎にとってのねずみ男が、俺にとってのこいつだ」

「知らん。その例えだと分からない」

 ばっさりと切り捨てるように答える山井の視界の端で、伊賀がゲスススと作った笑い声をあげる。

 眉間に深い皺を寄せつつ睨みつけてやるが、効果はない。

 全くもって腹立たしかった。


「こんなのと付き合ってると、その内あなたも同類扱いされて不利益を被ると思うわよ」

「問題ない。そうなったら切り捨てる。だからこその腐れ縁だ」

「ひでーなぁ、2人とも」

 そう言い切った和成と、笑って受け流す伊賀。

 それが男子の友情といった風にも見えて、山井には理解できない。

 既に腹は立っていたが、なんだか一層に腹が立った。

「――で、何なの相談って」

 だからこのまま引き下がるのも気にくわないので、時間に余裕があるわけではないが首を突っ込むことにした。


「いやな、こいつとパーティを組んでる三馬鹿のうち、2人が1人の女を取り合って喧嘩してな」

「・・・・へえー、そう」

 そして山井は今日一番の笑みを浮かべた。顔には“ザマァ見ろ”と書かれており、背後には“いい気味だ”の文字が浮かんでいる。


「あっしら嫌われてるでゲスなぁ」

「それだけ根に持たれてるってことだ。勉強している様子から予想するに、良くも悪くも山井さんはかなり執念深いタイプだぞ。一度こうと決めたら長い」

「てか、あっし何かしやしたっけ?けどそういやぁ確かに、憎しみでもぶつけてるのかってぐらいノートに書き込んでてたでゲス」

「聞こえてるわよ」


 そして十分後。

 伊賀から喧嘩の概要を聞いて山井は、心底軽蔑した表情を、伊賀とここにはいない残り2人へ向けた。

「最っ低・・・・!」


 まとめるとこうだ。

 『傭兵』金山(かなやま)(つよし)と、彼の専属となったメイドが肉体関係を結んだ。

 結果メイドは妊娠。しかし『傭兵』は子を認知しなかった。そんな傷心のメイドに『拳闘士』道島(どうじま)(たける)が手を差し伸べる。

 そしてメイドが『傭兵』の元から離れると、金山は彼女を淫売ビッチと呼び非難したという。


「ムカつく話ね。貴方達、クズなんじゃないの?」

「手厳しいでゲス。というか貴方達と一纏めにしないでほしいでゲス。クズなのは金谷であって、あっしじゃないでゲス」

 山井の目が釣り上がり、口もへの字に歪んでいった。

 心の底から嫌悪感がにじみ出ている表情である。

「――それで、平賀屋はそれを聞いてどんなアドバイスをしたの?」

 返答いかんによっては、簡単に飛び火しそうな雰囲気であった。

 故に、誠意を持って正直に答えるしかない。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その言葉に込められた誠意が『ミームワード』によって伝わり、嘘を言っていないことが半強制的に理解できる。

 理解させられる。


「理由は?」

「一つは、俺には男女の仲なんてものは分からないから。分からないのなら口を挟むべきではない。

 もう一つは、この世界に於ける価値観と日本の価値観が全く違うから。さっきの理由と合わせて、どこでどんなすれ違いが起こるかが俺には分からない。ただでさえ男女間の恋愛は俺にはさっぱり分からないんだ。口を挟みたくない」

 山井も伊賀も知る由もないことだが、先日の四谷の一件を和成は引きずっていた。結果的には上手くまとまったが、あれが不用意に口を挟んだことで予想外の方向へ転がっていったことに、変わりはないからだ。

 何か起きた時に、自分では責任を取れない。

 だから和成には口を挟むつもりがない。

 先日の四谷の一件は、和成からしてみれば偶々運良く良い方向に転んだだけだ。


「――それに、そのメイドさんの方にも不審な点がある」

「例えば・・・・?」

 そう問いかける山井の口調は剣呑なものだ。既に彼女の中ではメイド=被害者、金谷=加害者の図式が成立している。

 自分の説明で彼女が納得できなければ、金谷の肩を持っていると受け取られ、同じクズの仲間に入れられてしまうかもしれない。和成はそれを危惧した。

 だから『ミームワード』を最大限に活用する。

 実際のところは、流石に和成と金谷を同レベルに捉えることはないが。

 少し機嫌が悪くなる程度である。


()()()()()()()()()()()()()()()。そこが少し気になった。まだ俺たちがこの世界に来てから2ヶ月が経つか経たないかぐらいだぞ?その割には濃密な経験をしているが・・・・。それでも2ヶ月は2ヶ月だ。つまりだ、仮に召喚初日に行為に及んでいたとしても、妊娠の初期症状を自覚するには少々早くないか?」

「けど、確か妊娠検査薬とかは、この世界のでも数週間あれば反応する、と聞いたわよ。それに個人差はあるし微弱らしいけど、妊娠には初期症状があるんじゃなかったかしら。眠気やだるさみたいな。ならそこから調べようとなったんじゃないの?」


「個人的には、その眠気やだるさを即妊娠と結びつけるか?って気がするんだよ。風邪か疲れと判断して放置する人も少なくないんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()、ね」


「――つまり、そのメイドが妊娠を待ち望んでいたという話?」

「この国では、バツイチ子持ちなんてのは結婚の上でマイナスにはならないからな。それを理由に夫婦内での立場が低くなるのは事例としては極めて少数派。常識の範疇外。結婚する年齢は若いし、安産の加護の派生で閉経も遅いし、子沢山が尊ばれているし、モンスターや災禍で旦那や妻と死に別れるのもよくあること。経験のある人と復縁するのは――家族として妻のうちに受け入れるのは――当たり前のこと。そもそも処女性に対する神聖視が薄い。初経験を大事なものとして捉える考え方はあるが、西洋的貞操観念ほどじゃない。神職に就く者なら結婚していて当たり前。この国の、女神様の宗教は地球に存在するどんな宗教とも違う。ここでは経験豊富なことは穢れではない。

 それに将来的な付加価値の話をするなら、“女神様が異世界より召喚された者の子を孕んだ”という付加価値は、俺たちが想像する以上に大きいと思うんだよ。そしてその価値はおそらく、日本人の俺たちには本質的には理解できない。だから口を挟むつもりはない」


「――それじゃあまるで、金谷が良いことをしたみたいじゃない」

「ははは、それはない。少なくとも日本人である俺にとってはな。行為をして孕ませておいて認知しないなんてのは、俺にとっても嫌悪の対象だよ。そもそも妊娠の可能性を考慮せずに行為に及ぶこと自体に反吐が出る。

 例えば日本で妊娠し、子どもを堕ろすとしよう。かかる金はだいたい、初期なら約15万円、中期なら約30万円前後ってところだ。ちなみに保険は効かないから、全額自己負担でかかる。更に胎児の火葬やら埋葬には、まぁ10万前後ってところか。で、それだけの金銭を消費して、やってることは医者と看護師に胎児を殺害させ、母体を傷つけさせてるだけ。そして水子供養は別途料金がかかる。それも足すなら合計でウン十万てところか。―――なお、この計算に母体が負った精神的な苦痛は考慮されていない」

 つらつらとそう述べる和成の顔は半笑いである。

 ただし目が笑っていない。


「うん、あなたが激怒してることは伝わった」

 淡々としながらも言葉に棘が含まれていることを思えば、それぐらいは簡単に察しがつく。そして山井は内心、初めて見る怒った和成に少しビビっていた。ただただ淡々と思想を語る姿は、異様であったとすら言える。

 しかし実際のところは、これでも和成はかなり抑えていた。『ミームワード』は感情の昂りで勝手に発動するところがあるので、下手に口にした言葉にどんなドロドロした感情が宿り、伝わった相手に悪影響を及ぼすか分からない。

 いつぞや姫宮が自分の嗜好を侵略されたように感じたのと同じで、和成の思想の影響をモロに受ければ、山井の価値観を捻じ曲げてしまうかもしれない。

 それはコントロール不能な擬似洗脳と同じだ。そしてそこまでいかないにしても、他人の思想を捻じ曲げることを和成は良しとしない。


 尊重するのは個人の意思であり、他者の自分なりの考えだ。

 自分の脳内情報を一方的に押し付けて、相手の考えを変えてしまうやり方を和成は拒絶する。


「ちなみに、あっしはちゃんと避妊してるでゲス」

「黙れ」

「してるだけ褒めて欲しいところでゲスがね。人間の理性なんてそもそもアテになんねーんでゲス。思春期男子ナメるなって話。美人のゲームキャラにゲーム世界で誘惑されて、そんなの断ち切れる奴らは少数派。何かしらの理由がないと無理でゲス。そしてコイツが誘惑されないのは、単に誘惑されないだけの理由があるってだけ。別にコイツが俺らより上等な訳じゃない」

 和成を指差して、伊賀は下衆な、含みをたっぷりと持たせた言葉を口にする。

 踊る舌が、山井には本当に不愉快で仕方なかった。


「そしてそれが俺にはない。他の奴らもそう。我慢する理由がない。そもそも女が妊娠したからって、男に法的責任はねーんでゲス。人間の理性なんざ誰も信じちゃいない。だから男親が実子にすべき扶養について明記されていない。女が妊娠しようが男に責任なんてねーんでゲス」

「表へ出なさい。道徳的責任という言葉の意味を教えてあげる」

「やめろ2人とも、喧嘩するな。お前もわざわざ本心でないことを口に出して、煽るような真似をするな」

 嫌そうに和成は2人を仲裁する。誰かが不毛な争いをする様子など、彼からしてみれば直視に耐えないものだ。


「平賀屋はどっちの味方だ!」

「どっちの味方もしたくない。何度でも言うが俺には恋愛はよく分からんし、性行為に及びたい欲求もない。なんせ初めからゼロなんだからな。出来るのは淡々と機械的に、中立な立場から意見を言うだけだ」

「実際、あっしは向こうが誘ってきた上に、避妊の方法も向こうが提案したのをそのまま使ってるだけでゲス。いつかは日本に帰ることを知っていながら、向こうからヤッてくださいって頭を下げて来たんでゲス。だからイイコトした。それだけでゲス。そしてそれはこっちの世界の価値観では起こり得ることと、今そこの奴が言ったでげしょう」

「責任取ろうとか思わないの?このクズ!」

「へっへーん。美人のかわい子ちゃんで童貞を捨てれて、それも酒が入ってる時に責任を取らなくていいからーとか言われちゃって、それで反応しない奴の方が異常でゲス!少数派でゲス!据え膳ガマンできる奴なんてほとんどいないでゲース!」

「なぁ平賀屋!コイツは嘘を言ってるんじゃないか!?本当に向こうから誘惑してきたのか!?」


 怒る山井の質問に、和成は複雑な表情で答えた。

「少なくとも、今の伊賀は嘘を吐いてないと思う。正直すぎるぐらいに正直だと思う。もう少し取り繕った方がいいんじゃないかって思うぐらいに」

「その根拠は?」

「この世界では別に、男に法的責任をとって貰わなくとも何とかなるってところかな。さっきも言った通り、男に捨てられた程度で女性側の尊厳が地に落ちるということはない。女性側が、伊賀たちを利用しようとしている可能性を否定し切れない。少なくとも客観的に見て――あくまで自分は客観視に努めているという主観によるものだけど――女性側から誘惑するという状況は、あり得ないものでない。可能性はゼロではない。それにこの国に帰属意識のない人間を繋ぎ止めるには、いい仲の奴をあてがうのが合理的だしな。不快だけど」


「そーうでゲス!というかそんなことを言うなら、女子たちにだって執事たちとやることやってる奴は多いんじゃないんでゲスかぁ!で、山井氏の場合は相手にしてもらえないだけじゃないでゲスかぁー?」

「そろそろ本気で怒るわよ!」

「・・・・だからやめろっての」

 いきり立つ山井の前に立ちあがり、伊賀の方へ進行させまいと和成が間に挟まった。その際に将棋盤に並ぶ盤面が崩れたので、今日の将棋を和成はあきらめる。


 そもそもこの議論は根本的にとことん不毛である。人の心情を客観的に証明できない以上、何処まで行っても水掛け論である。

 どんな結論が出ようと禍根が残る争いだ。

 和成が最も嫌いで、最も関わりたくない争いである。


「そもそも妊娠なんてのは男と女がいないと成立しないものなんだ。だから無理やりの強姦でもない以上、双方ともに、男にも女にも責任があるものなんだ」

 だから強引にそうまとめる。

「産婦人科医の母の言葉だ」

「平賀屋の言葉じゃないのか」

「そもそも行為に及びたいというのが俺にはイマイチよく分からんよ、山井さん。俺は男としてはまだ未熟。みんなが若くて青くて硬い果実だとしたら、俺は蕾すら生えていない幼木だ」

 真っすぐに山井を見つめる和成の視線が、彼女の眼球に突き刺さる。

 その眼に彼女は虚無を見出した。

 まるで置いてけぼりをくらう子供のような表情だ。

 数日前にエイセクシャルについてのカミングアウトを聞かされたことを思えば、より一層にそう見える。


「だから俺は今回の問題に口を挟まない。あと一週間でエウレカに引っ越すし、好きにやってくれって感じだ。山井さんだって明日には王都を発つんだろう?」

「・・・・まぁそうだけど」

「ん?ならなんでここに来たんでゲスか?」

「うっさい!」

 問いかける伊賀を、山井は過敏に怒鳴りつけその後は黙り込んでしまった。彼女は結局、その言葉を最後に何も言わなかった。お別れの挨拶を和成としたかったと言うことを、伊賀にだけは知られたくなかったからだ。


 そのためそのまま自然と三人は解散し、各々思うところがありながらも無言で分かれた。


 ☆☆☆☆☆


「・・・・・・」

 そして夜になった。 

 2人が退室してから和成は、パーティーへ参加しないことを決め、1人ベッドに寝転んで思考する。側には護衛のメルが佇んでいるが、それはもういつものこと。


(―――フィルターの効果が、こんな所にも現れてるんだな・・・・)

 伊賀の直接的な言葉を受けて、怒りにふるえていた山井の姿を思い浮かべて和成は思う。

 何故、彼女は激怒しなかったのだろうか。

 女性は、男性のああいう態度に激しい嫌悪を示すのではないか。

 途中で怒りのままに手を出したり、相手をヒステリックに罵倒したり。

 伊賀が山井に向けて発した言葉は、そういった行為をさせてしまうほどの言葉ではないのか?

 その疑念がどうしても拭えない。


(思えばみんな、割とあっさりこの世界の価値観を受け入ている。懐がかなり深いように思う。20人も女子がいるのに、一夫多妻制に反発を覚えたり、女性にちやほやされて鼻の下を伸ばしてる男子を嫌悪したり軽蔑したりする人が一人もいない。呆れたり文化のギャップに戸惑う人はいるが、逆に言えばその程度でしかない)

 それはおかしいと、和成は思う。

 男女の情欲だとかいうものを分からないからこそ、情報だけは人一倍収集しているのだ。そして今まで集めた情報と、現在の周囲の態度とが一致しない。


(俺の収集した情報が間違っていると考えるよりも、フィルターによってみんながこの世界の価値観を受け入れやすくなっている、感じる違和感や嫌悪感が抑えられている、と考える方が自然だ・・・・と思う)


 女性が男性を誘惑したなんて話は、人によっては烈火のごとく怒り出すタイプの内容だ。和成の主観によるイメージでは、山井はまさにそういうタイプの女子だったように思う。しかし彼女は、腹を立てていたし不愉快に感じてもいたが、途中で議論を打ち切って退室することもなかった。それは怒りつつも、伊賀のゲスで正直な意見に耳を傾ける余裕があったからではないか。

 この世界を受け入れ易くする、フィルターの存在があったからではないか。

 そう和成は考える。フィルターの存在はあくまで状況証拠から導き出した仮説ではあるが、和成はその存在をほとんど確信してしまっている。

(・・・・あと四谷さんが姫宮さんへの告白へ踏み切ったのも、フィルターによって同性愛に対する拒否感や恐怖が薄れたからかもしれない)

 だからそう思考したことは、責められることではないだろう。四谷の勇気に泥を塗るような発想だが、否定できるだけの根拠はない。


(――やはり恋愛沙汰は鬼門だ。あまり、関わりたくない。まぁ、どうせエウレカに行くんだ。どうでもいいか)

 性欲も欲情も恋愛も理解できない自分に自嘲気味な発想をしながら、和成は少し早めの就寝に就いた。


 自分がいたから、四谷綺羅々は自分の気持ちに決着をつけ、前を向けたのだろうとは思う。

 自分のこの見方が、拗れた状況を打開することがあるのかもしれない。

 しかしそれでも和成には、自分の、男の厚い胸板と女の柔い乳房の違いが分からない性質が、欠陥でないとは思えなかった。


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