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第77話 (間話)異世界将棋交流

今回は軽めになります。つまり次回は重めです。

そして今章の終わりは明るめの話になり、八十話以降から新章へ突入します。


 ぱちん。

 間を置いて、もうひとつパチンと似たような音が鳴った。

 将棋の駒が盤上に打たれる音である。

 その駒によって取られた角を見て、少女は熟考し悩み始める。

「め、珍しい組み合わせだね」

 向き合う二人にそう話しかけたのは、和成の自室へ本を返却しに入室した慈愛美であった。王城の図書館で借りた本は借りた当人が返却しなければならないため、この場合は慈に又貸しをした和成自身が返しに行かなければならない。


「少し懐かしく感じたのでな」

 そしてそんな慈の言葉に反応したのは、凛々しい眼差しをジッと向ける少女の方である。

 やたらと整った姿勢。苦も無く行われている正座。着物に羽織、袴に手甲。

 裾から僅かに覗く脚には足袋が装着され、普段は腰から下げられている日本刀は今は床に置かれていた。

 ただし、そこは何時でも彼女が鯉口を抜ける位置でもある。


 剣藤けんどう道花みちか。職業は『侍』。

 剣道部部長かつクラス副学級委員長を務める、初日に和成をフォローしてくれたパーティメンバーの1人。

 ただパーティメンバーになったといっても、和成がモンスター相手に戦闘を行ったのは麒麟に襲われたあの日だけであり、共闘に至っては一切おこなっていない。和成が戦闘においてピンチになった際の救助役として、慈と共にその傍で見守っていただけだ。

 そもそも彼女が和成達のパーティメンバーとなったのは単なる流れであり、特別親しかったからという訳ではない。彼女はクラスの誰とも似たような距離感である。それは裁も同じであったが。


 ぱちん。

 飛車を取り返した剣藤の香車が、和成の桂馬で再び取り返された。

「むぅ・・・・」

「――ねぇ、なんでここに将棋があるの?」

 慈のその尤もな問いに答えたのは、再び熟考を始めた剣藤ではなく相対する和成であった。


「お茶会とかの雑談でこっちの世界の人たちに日本文化を伝えてみると、自分もやってみたいって要望があったんでな。城造に作ってもらった。あとは他にも、オセロ、チェス、囲碁も作って貰った。材料はそこら辺の廃材を使ったから、材質は違うがね。碁石は木製だし、プラスチック製品もない」

 そう言って和成は、ベッドの下から諸々の道具を取り出して慈へ見せた。それは確か慈にも見覚えのあるものばかりである。見た目の再現度は高い。試しに渡された碁石を持ち上げてみると、重量と質感は木製である。しかし見た目の質感は塗料の塗り方がいいのか、碁石にしか見えない。


 ぱちん。

 剣藤の歩が和成の陣地へ入り、()()へと裏返った。

 2人の勝負でも見守ろうかと考えたが、しかし何処に座るべきか。

 手ごろな机が無いので、2人は床で打ち合っていた。つまり部屋の床の多くを二人が占領しているため、それを見ようとすれば無理に和成のベッドに座るしかなくなる。

 和成が常用しているベッドに、だ。

 それは流石にはばかられた。


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 そんな迷う慈へ、気の利くメイドのメルが椅子を手渡してくれた。

 2人が将棋を指す場面を上から見下ろす形になるが、盤面に熱中している2人がそれを気にするとは思えなかったので厚意に甘えそのまま使わせてもらう。


 ぱちん。

「王手」

 惜しみなく、先ほど取った剣藤の角を和成は使った。

 仕方がないので金で王を守る。

 そうしているとその角で、今度は飛車が取られてしまった。

 王を逃がすしかない。


「むぅ・・・・」

「剣藤さんて視野が狭いというか、割かしこういうミスリードに弱いよな」

「やかましい」

「相手の行動の裏を読むのが苦手というか、真っすぐで行動が読みやすいというか」

「やかましいわ!」

 ぱちん。

「そう来ると思っていた」

 攻めに転じ時間を稼ごうとした剣藤が、香車を敵陣へ切りこませた。

 その盤面の対角線を挟んで対称となる場所で、和成も()()を敵陣へ深く入り込ませた。桂馬の真ん前であり、また銀でとれる位置ではあるが、そう指せば銀が王を離れて角に入り込まれような隙間が生まれてしまう。


 放置すれば桂馬と銀を取られる。

 かと言って()()をとれば、王が危険にさらされる。

「ああああああああああ」

 剣藤の口からそんな呻きが漏れた。

「ならこれでどうだ!」

「はい香車ー。これで王手な」

「ああああああああああ。盤外の駒あああああ」


 和成が言う通り、確かに彼女は視野が狭いと慈は思った。

「剣藤さんが持ってる和成君の飛車なら、上手く使えば牽制に使えたのに」


「それがあったああああああああ」

 その後悔の叫びを聞くに、普通に見落としていたのだろう。

「ど、どんまい。そういうこともあるよ。というか将棋のあるあるだと思うよ」

 今度こそは見落とさないぞとばかりに、剣藤は盤面の全体から手持ちの駒まで目を走らせながら、また熟考に入った。少し長くかかりそうだと慈は思う。

 そしてそれは和成も同じだったのか、何ともなしに説明が始まった。


「みんなに見せて教えて――ハピネスにルルル、ジェニーさん当たりとは何局か勝負したんだけどね、その内追い詰められたり負けが込んだりしてるから、ちょっと修行をね」

 最近の和成の日常は、もっぱらエウレカへ移住への手続きと人脈を築いた人々との交流に当てられている。その中でも頻度が多いのがその三人だった。


「確か、あと4人ぐらいいなかったっけ?ハクさんと、ライオンハルトさんと、シュドルツさんと、スペルさんと――」

「その4人は仕事が忙しいみたいでね。ハピネスとルルルはお偉方への挨拶が終わればだいたい暇だし、ジェニーさんは上手く時間を作ってるみたいだから交流も多めにとれる。ただハクさんは『白龍天帝』としての役割があるらしいし、ライオンハルトさんは職場復帰したから騎士団の戦争と防衛関連で忙しい。シュドルツさんは色々と無理を頼んでるし、スペル先生は世界最賢の頭脳が引く手数多だ。みんな官僚に近い社会人だからね」


「成る程・・・・それで、どんな感じだったの?」

「一番強いのはスペル先生だな。ハンデもりもりなのに完膚なきまでに負けた。何回かやれる機会はあったから勝負したけど、そのたびに完敗した。一回も勝ててない。それも初対戦の時から。なんで負けるのか分からないくらい力の差がある。

 次点で強いのはジェニーさんとハクさんかな。10回やって2回勝てるかどうか。たぶんもう少しで向こうが慣れるから、その内勝てなくなるだろうね。

 ライオンハルトさんとシュドルツさんとはいい勝負だ。だいたい五分五分ぐらい。ただ、シュドルツさんはもう少しで6と4ぐらいのところまで追い込まれてる。ライオンハルトさんは俺の勝ち数の方がまだ上回ってるけど。

 で、ハピネスとルルルには今のところ常勝無敗だ。けど2人ともメキメキ上達してるから、多分その内負ける。それが嫌だから、今こうして特訓している訳だけど」

「成る程」


 ぱちん。

 ぱちん。

「ああああああああああ」

 今度は盤面と自分が和成から奪った駒に集中しすぎて、和成が自分から奪った駒を失念していた剣藤の、もの悲しいうめき声をBGMに慈は考える。


 (和成君の性格が出てるよね。スペルさんとかの年上に負けるのは悔しくない。同年代の剣藤さんに負けても、たぶん悔しがらない。けど、ハピネスちゃんやルルルちゃんみたいな、年下の子に負けるのはすごく嫌がるんだよね。年下と年上、そして同年代。自分と相手の関係性によって割と態度が変わる。別にその中のどれかが嘘って訳ではなくて、どれもみんな一面にすぎないんだろうけど)

 年下の前ではかっこつけ、年上の前では若輩として振るまい、同年代の前では対等を望む。

 和成の行動はだいたいその三パターンに分かれていると、慈は分析していた。


 ぱちん。

 剣藤が果敢に攻め込んだ。


「何というか、将棋の指し方ひとつとっても性格が出るよね」

「そうだな・・・・例えば剣藤さんは香車みたいな打ち方だ。融通が利かなくて行動が先読みしやすい。そして前に進み過ぎて、気が付けば後退ができなくなっている」

「やかましいわ!」

 攻め込んだ直後にそう言われては決意が鈍る。相手は自分に心理戦を仕掛けてきているのではないかという空想が、彼女の頭の中によぎった。

「けどモンスターを相手にしてる時も、先走り過ぎて敵陣に突っ込んでることが多いよね。耐久が紙なんだから気を付けてよ?」

「ううぅ・・・・・」

 剣藤は心底悔しそうな顔で呻いた。『聖女』慈の防御壁に守られたことが何度もあるので、強く言い返せない。


「というか剣藤さんの場合、そもそも根無し草な冒険者って職業自体が向いてない気もするけどな。堅実地道がモットーなタイプだし、浪漫より安定の方を重視してそうと言うか」

「確かに日本で大人になる際はそうしただろうが・・・・ここはゲームの世界なんだ。私だって、今までの自分が取らないような行動をとってみたくなる時もある」

「それが剣藤さんがゲーム世界に召喚されるのを了承した理由?まぁ俺からしてみたら、この世界が仮にゲームの中だとしても、中にいる以上は現実と同じだと思うがね」

「いや、召喚されることを決めた理由は――何となくだったか?忘れたな」

「・・・・そう。ああ剣藤さん、王手」

「ああああああああああ」

 序盤で奪っておいた剣藤の歩を、和成は王の真ん前に置いた。これではそれを金でとらざるを得ないが、そうなれば前線——自陣の手前に送り込まれた歩兵たちが一歩進むたびに()()の群れとなり、陣地を蹂躙されそうである。


「あちこちで歩が睨みを利かせている・・・・」

「これはこれで性格が出てるよね。和成君は弱い駒の使い方が上手い」

「いやいや、将棋に弱い駒がないってだけさね」

 と言いつつも、和成の表情は得意げである。

 一時期、文芸部内で将棋がはやった際。傍で和成の指し方を見続けていた慈はそのやり方にパターンがあることに気付いていた。


 (序盤は王を積極的に取りに行くと見せかけて、実は相手の駒をとることに集中する。そうして自分の大きく動ける駒を盤面全体で動かしまくって、そこに相手の意識を向けさせる。その隙に地味に歩とか桂馬とかを敵陣近くに置いといて、好きな場所における相手からとった駒を起点に、一気に勝負をつけに行く。――と見せかけて、攻め切れないと判断すると、そこから相手の駒をちまちま奪う長期戦に持ち込んだりもする。短期決戦と長期決戦の二つのやり方を、場面によって好きに選んで揺さぶりをかける)

 だいたいそれが、和成が指す将棋の定跡であった。


 将棋に弱い駒がないというのは、和成の本音である。

 和成にとって全ての駒は同等に強力である。

 そしてだからこそ、同等に無価値でもあるのだろうと慈は思う。


 (結構防御を考えずにガンガン攻めるというか、ピンチになったら王以外の駒はアッサリ切り捨てるというか。――和成君は、これだけはとられちゃいけない王の駒以外は、割とどうでもいいんじゃないかと思う指し方なんだよね。で、そういう指し方の傾向があることを見抜かれてるから、和成君は負けがこんでるんじゃないかと思うんだけど・・・・)

 そんなことも思った。

 ただ、一部に集中しすぎて全体が見えなくなる傾向の強い剣藤は、ミスリードを多用する和成の指し方では分が悪いとも思う。


「これでどうだ!」

「ハイ俺の勝ちー」

「何故だ!?」

 何度か駒が将棋盤を打つ音が鳴って、勝負が決着した。

 王手をかける和成の竜王の侵攻を阻止しようと、剣藤が歩兵を盾として王の真ん前へ置いたためである。


「二歩だ。つまり反則負け」

 そう言われて自分が置いた歩の先をすすーっと視線を向けると、確かに一枚自分の歩が和成の方を向いていた。序盤も序盤に動かして、終盤は和成の猛攻をしのぐのに精いっぱいであったために見落としていたのだ。


「ああああああああああ」

「待ったなし。よって俺の勝ちだ」

「ど、ドンマイ剣藤さん。プロでもよくするミスらしいし、気にしなくてもいいと思うよ」

「ああああああああああ」


 剣藤けんどう道花みちか

 真面目で、勉強も運動も仕事もできる少女である。副学級委員長であり、剣道部の部長にも選ばれた文武両道の少女である。

 ただ、その集中力が仇となるゲームの類では、クソザコなめくじであった。

 

「次は負けん!」

 そして同時に負けず嫌いでもある。

「取り敢えず、初心者の姫宮さん辺りに勝ってから顔を洗って出直してこい。ふぁーっふぁっふぁ」

「ぬああああああああああ」

 煽るような和成の物言いに彼女の表情が凛々しくない凄いものになるが、対面する当人は釘が打たれた糠のようである。


「――喧嘩はしちゃだめだからね」

 和成と剣藤は共に戦ったことはない。しかし曲がりなりにも同じパーティに所属しているのだ。

 なら、仲良くして損ということもないだろうと、ふたりを見て慈は思った。


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