第76話 罪と罰と『処刑人』
前回が軽めだったので、今回は重めです。
「人を殺してしまった」
それは、学術都市エウレカに向かう準備を着々と進め、王都を出るのに残り三週間を切ったある日のことであった。
数日ぶりのハクとのお茶会で、彼女の愚痴と雑談に付き合った帰り道にて。
待ち構えていた裁に、和成はその言葉を押し付けられた。
さる事情で世界会議とそれに付随するパーティ―に参加せず、王都の外で数日活動していた『処刑人』が、帰宅そうそう和成に向かってそう告げたのだ。
「・・・・そうか」
唐突に言われた言葉により和成は固まってしまったが、相手を刺激しないことを第一に考え動揺を隠した無難な言葉で返答する。
裁伴樹。それが『処刑人』の『天職』を得た彼の名だ。
和成のイメージする彼は、質実剛健や公正明大を旨とする偉丈夫であり、口下手ながらも誠意や覚悟を行動で示し背中で語ろうとする益荒男である。そんな彼がわざわざ人殺しをしたと自己申告を行ったということは、相応の理由があったからだ――と予想する。
「何があった」
一先ず情報の収集から始めることにした。何も知らないままでは何も言えない。
「・・・・・・俺は口下手だ。あまり説明は得意ではない」
「別にかまわん。お前が口下手なら俺は聞き上手だ」
そもそもわざわざ自己申告を行ったということは、話を初めから聞いて欲しかったからだろうに。という言葉を和成は飲み込んだ。
それを今言っても何にもならない。寧ろ却って裁の口を重くしてしまいそうだと判断する。
何故なら和成には裁の全身をがんじがらめにする鎖が見えたから。その鎖は彼の体から出た、自縄自縛の鎖だ。重くてかたい実際には存在しない鎖である。
そんな和成の主観は当然のように知らず、裁は何が起きたのかを語り始めた。
「・・・・・・少し長くなる」
結論から述べると、それは別段口下手というほどでもなかった。自分が今何を話しているのか、どう言えば相手により伝わるかを度々熟考するため言葉が詰まることが多かったが、時間的ゆとりと共に心に余裕を持って聞けば十分理解できる内容だ。
そして話を聞くうちに和成は、何故彼が自分にその話を持ち掛けたのかを推測する。最終的には、自分がライオンハルトといった人々の悩み相談を行ったという話を聞いて、裁もまた葛藤を持ち掛けたのだと判断した。
メルに席を外してもらってから聞いた話をまとめるとこうだ。
まず、裁は他の複数のパーティーとで国から依頼されたクエストを行ったそうだ。世界会議のパーティーで出会った人物の頼みを断り切れなかったらしい。
クエストとは、スマホゲームFMSの要素の一つと見た場合は、一種の小遣い稼ぎである。報酬と依頼を決め、個人間で契約を交わして依頼を達成できれば報酬が支払われる。基本的には実力があればお気楽なアルバイトといった感じであるが、クエストでのみ獲得できる特別な武器や魔法、技、技能があるらしい。あくまでスマホゲームの時の話であり、その中に入り込んだ今の状態でどれだけ符合する点があるのか、和成は疑問でならない。
その疑問はある程度的中しており、そのシステムをこの世界の社会における現実的な視点で見た場合、クエストとは上限と下限の差が著しい何でも屋である。基本的にクエストとは、根無し草で信用のない人物が就く冒険者の仕事だ。冒険者でなくともクエストを受けることは出来るが、事例としては少数派である。
そして今回『処刑人』裁が受けたクエストは、とある盗賊団の討伐であった。彼らは国に相応の被害をもたらしており、半分が賞金首として手配されている筋金入りの悪党であったらしい。
何故、裁に白羽の矢が立ったのかというと、『処刑人』は全『職業』の中でも珍しい対人戦闘で高い攻撃力を発揮するという特性を持つためだ。
彼の振るう『処刑人』専用武器『断罪斧』は、『賞金首の賞金1000Gにつき攻撃力を1上げた状態でダメージを与える』効果を持つ。つまりはモンスターとの戦闘ではなく、対人戦で真価を発揮する『武器』なのだ。当然国が指名手配するほどの被害をもたらした悪党の賞金が1000Gで収まるはずもなく、その百倍は少なくともあるため、Lvの桁が一つ上であっても討伐は容易い。
実際に『処刑人』裁は、レベルが上の賞金首を含めた盗賊団を全滅させた。
「・・・・・・天城に言われたんだ。『殺す事は無かったんじゃないか』と」
「――なるほど」
社会制度が物理法則に影響を及ぼすステータスという概念に、頭が痛くなるのを感じながらも和成は、裁の話から思索する。どう話を運ぶべきか悩んでいるため対応が無難なものになっているが、彼なりに裁の精神に気を使っているのだ。認めたくはないが、和成は自分が周りからずれているらしいことをちゃんと認識している。認めたくはないが。
「・・・・・・実際に討伐を行った際の俺は、義憤にかられ周りが見えていなかったように思う。怒りに任せて斧を振った。俺の行動は果たして奴らの罪に見合ったものであったのか・・・・どう思う?」
「そうだな・・・・」
この問題は、ある意味シュドルツの時と同じだ。裁の葛藤を聞いて和成はそう結論付ける。
自分が納得し、折り合いを付けられなければ意味がない。
しかしだからと言って、「裁自身はどう考えている?結局はそれが1番大事なことだ」と直接返してもおそらく意味がない。
一応、和成が様子を見る限り裁はそこまで思い詰めているようには見えない。相手を同情の余地がない相手と捉えているからだろうか。そもそも賞金首になるレベルの犯罪者は、例え殺さずに拘束したところで、この国の法に則り処刑される。
なら何故わざわざ相談に来たのか。
そこがおそらく肝であった。
「悪い奴だから殺していいなんて思わないし思いたくもない。けど、かといって善良に日々を送る人の人生をクズが滅茶苦茶にするのは業腹だ。賞金首になる時点で少からず人を殺してるだろうし、それだけのことをやってきたのだから殺されても仕方がない、とは思う。法にのっとって裁かれ罰を受けるべきだ。この世界においてその罰が処刑なんだったら、それはもうしょうがないんじゃないか」
そう思考した結果、和成が選択したのは持論を真摯に開示することだった。
これは先日の王都での、王女ハピネスとチンピラたちの騒動にも近い。この国の法ではチンピラたちは処刑されるが、和成たちは現代日本人だ。そう人を簡単に死刑に処するのをよしとしないのは、至極当然のこと。またこちらの倫理観の影響を強く受けてしまえば、日本に帰った時の生活に支障が出る。異世界に来たからこそ、そしていつかは帰るつもりだからこそ和成は、日本人であることを捨てるつもりはない。
そして少なくとも世界会議では、国の法に則らずとも行動できる権利を、異界より召喚した勇者たちに認める方針が決定された。細かい部分の調整はまだだが、クラスメイト一人一人が治外法権の亜種を有する未来がくる可能性は高い。
そうなったとき自分たちは、こちらの法にどれだけ従うべきか。こちらの価値観と自分たちの価値観の、どちらをどれだけ優先すべきか。
その答えはまだ暗中のまま。
だからそれを探している。自分も、裁も。
「・・・・・・ならば。平賀屋はどう考えている」
展開した持論に対する結論を求めた『処刑人』裁の態度から、彼が抱える葛藤はそういった系統であると、『哲学者』和成は判断した。
裁は自分の考えをより高みに導くため、自分以外の者の意見を聞き自己の答えを客観的に見直すため、彼は和成に相談という名の議論を申し込んだのだ。
それを明言していない当たり、確かに口下手である。
彼はある意味ではシュドルツとは違う。答えを求めていた彼とは違い、裁は不確定ながらも既に答えを持っていた。
なら和成がすることは簡単だ。
裁の問いに対して、ただ自分なりに真剣に考えた考察を述べればいい。
「そうだな、俺が裁と同じ立場ならなるべく殺さないようにはする。さっきも言った通り、悪い奴だからぶっ殺せというのは個人的には嫌いだ。相手がたとえ犯罪者であっても、誰も死なずに済むのならその方が良い。尤も、そいつらは何らかの報いや罰を受けて欲しいとは思うけど。それが死であるのなら自業自得だけど。そいつらに気を遣い過ぎて他の、犯罪者じゃない人の命が失われることはあってはならないと思うけど。
だからそれでうっかり殺したとしても、犯罪者たちが死刑になっても、それはそれで構わない。
悪因悪果。天網恢々。自業自得。因果応報。こっちは殺さないようにしているのに死ぬって事は、向こうが殺されるだけのことをしたからだろ。生きて罪を償ってくれるのならば、それはそれでとても素晴らしいことだとは思うけどね。尤も、俺の意見はあくまで当事者ではない第三者としての意見だ。殺された被害者やその遺族の無念なんてこれっぽっちも考えてない。世の中には償いようのない罪もあると思う。ただ、被害者の気持ちなんて被害者じゃない俺がいくら考えたところで、そもそも絶対に分からないと思うがね。
――それにな、裁。罪と罰が釣り合うなんて絶対にあり得ないだろ」
「・・・・・・相対的なものだからか」
「そうだ。善悪と同じ。時と場合と状況で簡単に変わる。例えば、『雉も鳴かずば』と言う昔話がある。
昔々、ある所に大きな川が流れていた。
その川は、大雨が降るたびに村々を飲み込んで大きな被害を出していた。
堤防を作って何とか防ごうとしても、あっという間に壊されてしまう。
そんな川の近くに、ある女の子が住んでいた。父と娘の2人だけで、母親はとうの昔に流行り病でなくなっていた。女の子にとって、母親が買ってくれた手毬をつくのが唯一の遊びだった。
それでも二人は貧乏ながらも幸せに暮らしていた。
そんなある時、女の子は母親と同じように流行り病にかかり衰弱し、いつ死んでもおかしくない状況になってしまった。
おっ父は、そんな我が子のために何かしてやれないかと娘に尋ねた。
そしたら、お赤飯が食べたいと言った。
女の子はずっと前に、母親が生きていた時に一回だけ食べた小豆まんまの味を覚えていた。
おっ父はその願いを叶えてやりたかった。
しかし、貧乏なお菊の家には一掴みの米も小豆もない。
だから、おっ父は庄屋どんの蔵から一掴みの米と小豆を盗んだ。
その米と小豆で小豆まんまを食わせてやった。
庄屋どんは、誰かが蔵から一掴みの米と小豆を盗まれた事に気付き奉行所に報告しておいたが、盗まれた量が量なのであまり大事にはしなかった。
一方、小豆まんまを食ったその子はそれまでの衰弱がまるで嘘だったかの様に回復し、元気になった。
おっ父も大層喜んだ。
喜んだ女の子は、手毬をつきながら歌った。
〜小豆まんま食った、小豆まんま食った、うまかった、うまかった〜
一方その頃、川は増水によって氾濫し大きな橋を一つ破壊した。
今度氾濫すれば、近隣の全ての村が呑まれるかもしれない。そう考えた村の衆は、人柱をする事にした。
しかし、人柱にする罪人がいないという問題があった。
たった一人、庄屋どんの蔵から米と小豆を盗んだ者を除いて。
おっ父は、その子が手毬をつきながら歌った歌が証拠となって捕まり、人柱として生きたまま埋められた。
この場合重要なのは、『おっ父以外に、誰も犯罪を犯した者がいない』という点だ。罪と罰は相対的なもの。俺は、おっ父が死ななければならない程の犯罪を犯したとは思ってないが、視点を変えればある意味では妥当な判決なのかもしれないとも思う。“たとえそれがどんなに小さな悪事であったとしても、他の誰もが犯罪を犯していないのならばその悪事を行なった人間は極悪人ではないか”ということだな。
例えば何百年も経過して、日本から俺たちが思う重犯罪がなくなったとしよう。
けどたぶん、犯罪はなくならないし罪も罰も消えてなくなったりはしない」
つらつらと、何時息継ぎをしているのかを疑える速度で語る和成の口元を、裁は無言で見つめていた。
その表情は聞き漏らすまいと真剣な表情である。
尤も裁という少年の場合、真剣でない表情をしている時の方が少ないが。
「なぜなら、犯罪がなくなった場合質の低い犯罪が重犯罪に格上げされるからだ。犯罪の基準値が下がる、と言ってもいい。つまり、殺人や強盗などの全ての凶悪犯罪がなくなった場合、ゴミのポイ捨てやちょっとした悪口等の程度の低い悪徳が、凶悪犯罪並みの犯罪として扱われるのではないか、という考えだ。
結論として何が言いたいかというと、罪と犯罪が釣り合うことなんてそもそも絶対にないってこと。だからこそ日本の刑罰と云うのはあくまで更生のためにあるんだよ。痛めつけるためにあるんじゃない。数値化できるものじゃないからな。
所詮罰なんてものは基準の一つであり、区切りをひとつつけるための禊でしかないんだよ。状況によってコロコロ変わるものに、あんまり囚われてもしょうがないと思うぜ」
「・・・・・・了解した」
真っすぐに述べられた和成の持論に対し、『処刑人』裁はぼそりと呟き、それだけを口にして退室した。
☆☆☆☆☆
「・・・・・・・・はぁ」
その退室から数分後。メルも自室に入りエウレカに移住するための書類にサインを行いながら、ペンでこめかみを掻く和成は憂鬱そうに溜息を吐いた。
(フィルターの存在は、ほぼ確定していると考えてよさそうだな・・・・・)
認識の補正。精神への干渉。
この世界に感じる違和感を軽減する認知偏向
和成はそれに、認識矯正という名称を付けた。
あくまで状況証拠から判断した仮説ではある。
しかし和成は人殺しを行ってなお、日本にいた時と同じように行動する裁の態度を見て、それと類似の存在があると前提して行動することを決めた。
『処刑人』は近接格闘の『職業』である。基本的に魔法は使えず遠距離攻撃の技も乏しい。彼が盗賊を討伐したということは――殺したということは――彼が直接斧を振り、仕留めたということ。それによって精神に変調をきたしていない裁のいつも通りの態度は、肉を刃が断つ感覚や断末魔の絶叫、飛び出る血しぶきの色や臭いから受けるストレスを著しく軽減させ、認知を変更させる何かがあると考えなければ説明できない。
その状況で平気でいられるメンタルが、同級生にあると思えない。
可能性としてだけなら、裁が元々人殺しに忌避感を感じない人間である可能性もなくはない。
しかしその可能性を和成は真っ先に切り捨てた。
何故『処刑人』裁が断り切れずにクエストを受けたのかを、話を聞いて察したからである。
ひとつは彼自身がそう言ったように義憤にかられて。盗賊たちによって辱しめられた女たちの救出と、これ以上被害者が出ないための討伐だ。
そしてもう一つ。
和成を守るためのレベル上げだ。
経験値というものは、レベルの低い者が高い者を倒した際に、より多く得られるという法則がある。そういうシステムになっている。おそらく現段階において裁は、レベルだけならクラスの誰よりも高い。
しかしそれを彼が明言することはこれからもないだろう。誠意だとか真心だとか優しさだとか、そういったものを口に出さずに行動で示そうとするから彼は不器用なのだ。
だが、とにかく死にやすい自分が、自分なりに自衛の手段を獲得するため行動したことを聞いて、彼もまた行動に移してくれたのだろう。
口ぶりからそう和成は察した。
同時に、裁はサイコパスの対極にいる人間だとも思う。
それは間違いないという確信があった。
だからこそ和成は、フィルターという認識に何らかの影響を及ぼす謎の存在を確信したのだ。
(ただ、これは誰にも言えないんだよな)
そして懸念がもう一つ。
もしもフィルターの存在がなくなった時、殺人の瞬間を思い出した裁の心は壊れずに済むのかという点。
もしも和成の「何故、人を殺して何も感じていない」という問いかけを切っ掛けにして違和感に気づき、フィルターが外れてしまったらという最悪。
一度その疑念が湧いてしまえば、下手に覚えている違和感を伝えるような、フィルターが外れてしまうかもしれない行動はとれない。その行動は精神を破壊する行動に繋がっているかもしれない。
つまり、クラスメイトの誰かが人殺しを行ってしまった時点でなくなった。
世界会議で手に入れた人脈のように、時間と共に出来ることは増えていく。
しかし同時に、時間と共に取れなくなった手段も増えていく。
どれだけ努力を重ねようとも出来ないことは出来ないし、一度に取れる行動は限られている。それは誰であっても同じな絶対の法則。右を見ながら左を見ることは出来ない。
そのことに理不尽と諦観を感じ、和成は再び深くため息をついた。
Twitterの方に、タイトルの腹案を乗せてみました。興味があれば見ていってください。たぶん三十秒あれば十分なことしか書いていないので。
 




