第75話 (間話)パーティーのワンシーン
今回は少し軽めです。
チィンチィンチィンと、おちゃらけた音が鳴っていた。金属のフォーク類と陶器の食器が打ち鳴らされるふざけた音である。
そんなくだらないミュージックを鳴らすのは、考えなしの子供か分別を失くした大人だけであろうが――しかし、この音楽を奏でる者たちがどちらに属するのかは中々判断が難しかった。
そのバカ騒ぎという名の、マナーも何もあったもんじゃない音楽を演奏する者たちが、誰あろう日本より召喚されたクラスメイト達だったからだ。
パーティーということで、また日本の法律は適用されない異世界ということで、つい酒に手を出して酔っぱらってしまった連中だからだ。
うえっへへへと口の端から変な声とよだれを漏らしている者。
赤い顔をぶらぶら動かして、何がおかしいのか笑っている者。
がちゃがちゃと幼児のように食器を打ち鳴らして遊ぶ者。
挙句の果てには大声で歌い出す者。
どいつもこいつも完全に慣れない酒に飲まれていた。
何よりそれらの行動が衆人環境で行われているのが悪い。世界会議に出席できるほどの立場にいる、一般的なマナーを知る周囲の大人たちも呆れていた。中には露骨に嫌悪の表情を浮かべる者もいる。
そんな彼らが何も言わないのは、クラスメイト達が異界より召喚されし救世の存在だからである。時間と共に彼らの評価はどんどんと下がってきているが。
「これはひどいな、色々と」
「でしょー」
それを見る和成の眼も、呆れ果てたものになっている。
その隣には、この事態を収拾させようとお節介を焼き、そのために和成を引っ張り出した姫宮がいた。
エウレカへ向かう手続きのために、このところ参加していないパーティーに和成がいるのはそれが理由だ。
「で、姫宮さんはこれを俺に何とかしろと」
「そう」
「なんで俺?」
「だって、和成くんなら何とか出来るでしょ?」
「・・・・・・」
何時の間にか、姫宮の和成に対する期待は非常に高いものになっていた。
そしてなんだかんだで和成は、期待されれば出来る限りその期待に応えたくなってしまう。
だから人の頼みを断ることが苦手で、特に姫宮やハピネスのような純粋に助力を願う手を振り払うのが苦手だ。それが絶対に不可能だと断言できるような内容でない限り、取り敢えず彼は請け負ってしまう。
最初に取り敢えず否定的な返答から入るのも、結局最後には受けてしまうのだろうなという諦観が根にあるからだ。
和成は、どうせ最後には受けてしまうのだから、最初ぐらいは断っておくぐらいでちょうどいいと考えている。
そしてその最初に断るくだりはもう済ませた。
今はもう既に、その過程を終えてここにいる。
「―――ならやってみるか」
そして和成は、呆れと友好が入り混じる半笑いを浮かべて酔っぱらうクラスメイト達へ声を掛けた。
「出来上がってるな、お前ら」
「うぇーい?」
その声に坊主頭の少年が反応した。かつての学校生活における態度から思うに、今回の酒飲み事件の主犯は彼であると和成は考えている。
原田海斗、『職業』は『大海賊』。
どのクラスにも一人はいそうな、学校行事や日常生活での盛り上げ役を自然と担う少年である。性格がお調子者なお祭り野郎であるとも言う。
体育祭の創作ダンスでは普通に女装し、トランクスがもろ見えになるまでスカートをはためかせた。危うくゴムが緩んでいたそれすらも脱げかけて、半ケツを晒し、後日クラス全体で厳重注意を受けた。
文化祭のお化け屋敷設立の際には、血に見せかける装飾の赤ペンキを勢い良くばら撒き過ぎた結果、汚さないよう敷かれた段ボールの許容を超えて床に飛沫が飛び散りまくっていた。そしてそれはクラス総出で清掃にかかるハメになった。
そういう奴である。彼一人に責任の所在がある訳ではないが、調子に乗ってやらかすことが度々あるクラスメイトなのだ。
「おーう平賀屋もいるのか珍しうぃっく。お前も飲め飲めー」
適当にコップに注がれた酒を絡みながら押し付けるあたり、彼のやらかす性格が透けて見えるというものだ。そのコップは彼がさっきまで口をつけていたばかりのものである。
「あいにく俺は腹がいっぱいだ。水も飲みたくない」
腹をさすりながらの和成の誤魔化しに、原田は大人しくコップを引っ込めた。
根は悪い奴ではないのだ。素直で単純で考えなしなだけで。
「あー、お前意外と食い意地張ってうぃっく。るもんなーゲフっふ。ならいいや、ちょっと一発芸でも見してくれやひっく」
その赤ら顔を弛緩させた酔っ払いの言い分に、他の酔っ払い同級生も反応した。
ヤレいいぞやれやれだの、平賀屋君のちょっといいとこ見てみたいだの、ドラマか何かで聞いたような台詞の囃し立てが巻き起こる。
おそらく、ただ言ってみたかったから言ってみただけである。
多分、みんな何も考えずに言っている。
「わぁったよ・・・・一発芸、アルカイックスマイル」
そしてそう呟かれた瞬間に、和成のあきれ顔な表情が粘土のごとく変形し菩薩の微笑へと変わった。
「「「あははははははは!」」」
ドッと酔っ払い達から笑い声が上がる。
それを見た姫宮は、
(たぶんみんな、誰が何をやっても爆笑していただろうなー・・・・)
と、説法印――仏像が結んでる印――まで詳細に組んで微笑を向ける和成を見ながら、そんなことを考える。
なお、説法印の詳細を姫宮に教えたのは和成である。
他に姫宮にそんなことを吹き込むヤツはいない。
「良いですか皆さん。苦しみというものは執着から生まれるのです」
「「「あははははははは!」」」
そして新たに始まった、まるでお釈迦様が本当に話しているかのような穏やかな口調の説法に、再びドッと笑い声が上がる。
不覚にも普段の表情と声色のギャップに、姫宮もまたツボに入り少し吹き出してしまった。
アルカイックスマイルが微妙に面白くなく油断していたために、不意打ちで笑わされてしまった。そのことを少し屈辱に感じながらも、事の推移を黙って見守ってみる。
「四苦八苦と言って、人間には避けられない八つの苦しみがあるのです――」
「「「あははははははは」」」
「まず愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五陰盛苦と言って――」
「「「あははははは」」」
「愛する人と別れなければならない悲しみ――、会いたくない人と会わなければならない苦しみ――」
「「あははははは」」
「そして生きる苦しみ、死ぬ苦しみ、老いる苦しみ、病気になる苦しみ――」
「あははは・・・・」
そしてそんなこんなで和成の説法は2時間続き、その頃にはみんな全滅した。
全員とも酒に酔い、パーティーの御馳走で腹も膨れていたからだ。
笑っているうちに全員寝落ちした。
「よし、姫宮さん。これでいいんだな」
「・・・・何だろうなぁ、このこれでいいんだけど、いいと言いたくない感じ」
「なんだそれ」
姫宮は少し、釈然としなかった。
「――まぁいいか。それよりさっきの話・・・・説法?面白かったからもうちょい聞かせて」
ただ、変な奴という点では姫宮も大概である。
だからこそ2人は、召喚され接点ができた途端に仲良くなれたのだ。
「……この呑兵衛どもを運んでもらってから、な」




