第72話 難しい問題
申し訳ありません!所用で投稿が遅れてしまいました!
「姫宮さんに告白したのは、四谷さんじゃないか?」
「――な、なんで分かったの!?」
「根拠1、姫宮さんが俺を最初の相談相手に選んだこと。確かに事を大きくしたくないのなら、俺に話を持ちかけるのは分かる。しかしそれは姫宮さんと仲のいい4人のメンバーでも同じこと。俺はあの4人が、姫宮さんの意思を無視して事を荒立たせるタイプには思えない。なら相談できない理由が別にあるのではないかと考えた。例えばパーティメンバーの1人から告白された、とか。
根拠2、四谷さんは幽霊部員とはいえ文芸部の1人であり、俺は文芸部の部長だ。彼女が男子と接するのが苦手で、女子同士でいることを好む性質を知っている。
根拠3、そして俺は図書委員でもある。図書館で誰がどんな本を借りたのかは、図書カードを見ればすぐに分かる。熊谷さんの嗜好を知っていたのと同じで理由だな。で、四谷さんが借りた本の中に、女同士の恋愛を描いた小説やレズビアンが自分の生涯を本にした手記、LGBTについてまとめられた啓蒙本が何冊かあったのを覚えている」
「―――――」
淀みなく流れる和成の言葉に少しだけ姫宮は、頼もしさよりも嫌な恐ろしさを感じた。どきりとした心臓を鎮めるために、龍仙薬茶を飲み干してから喋る。
「なんでそんなの知ってるの…というか調べたの……」
「本を読みまくってるとな、興味があったジャンルの本を一通り読み終わって、何を読もうか先の予定が全くない空白の時期が来るんだよ。一旦そのジャンルの本は読み過ぎで満足しちゃって、俺は今この本を読みたいんだっていう本が湧かない虚無の期間が偶にある。で、その時に今まで読んだことのないジャンルを開拓しようと思ったんで、他の人が読んでいるジャンルの本を参考にしようと思ってな」
「愛美ちゃんには聞かなかったの?読書友達なんでしょ?」
「だからこそだ。慈さんが愛読しているジャンルならとっくに読破してたからな。その段階を過ぎたから他の人のを参考にしようとしたんだ。文芸部に所属してるのは他には下級生女子しかいないしな」
「そう・・・・」
何時もの和成だ。訳が分からない謎な行動を彼はとるが、理由を聞くとそこには彼なりの理由と目的があり、一応筋は通っている。
変人と狂人は違う。行動がどれだけ理解不能なものであってもその裏に何かしらの法則があるのなら、それは狂人とは言えない。「理解不能な変人である」以上のことは言えない。その法則すらないのが狂人である。
そんなことを何時ぞや和成が言っていたことを、姫宮は思い出した。
「で、なんでその四谷さんが、急に告白に踏み切ったのかってことだけど―――多分、こっちの世界の影響を受けたんだろうな」
「そうそれ!それってどういうことなの!?」
「簡単な話だ。女神様の宗教に於いては人族の繁栄――つまりは子孫繁栄とそのための行為を尊いものとしているからな。結婚しないという選択肢はいい目で見られない。そしてこの国は男性の三倍女性がいるから、必然的に女性側のあまりを防ぐために複数の妻を持つ――持たされるのが当たり前になった。そうなると夫婦間の安寧のためには妻同士の仲が良くなくてはならない。
だから“仲が悪いよりはイチャイチャしてくれていた方がいい”って考えが主流なんだよ。妻同士の仲が良過ぎて自分がほったらかしにされてるっていうのが、この国だと割とあるあるネタなところもある。そして、対照的に男同士の恋愛は極端に厳しい。ただでさえ少ない男の数がさらに減るってことで嫌がられてる。図書館の文献から調べて生の声も収集しているから間違いない」
「カルチャーショーーック!!」
姫宮は叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
「で、姫宮さん。可能なら件のラブレターを読ませてくれないか?」
「無理だよ!そんなの恥ずかしいし見せられるわけないじゃん!プライバシーの侵害だし、渡してくれた四谷ちゃんも絶対嫌がるだろうし・・・・だいだいなんで読みたいのさ!興味本位とかなら怒るよ!」
「まぁそれが全くないとは言わんが―――それ以上に気になることがあってな」
「―――?」
神妙な顔をして顎をさする和成を見て、姫宮は何と言えばよいのか分からなくなる。少なくとも彼が、自分のために動こうとしてくれているのは分かった。
「ならちょっと、調べものをしてから理由を話そうか」
☆☆☆☆☆
そして二人が移動したは王城の図書館である。
そこで和成が司書の女性に頼んで、貸し出しの記録を見せてもらった。
「ここの設備は意外とハイテクだ。魔法によって、どの本どこの棚からが誰によって抜き出されたのかを全て記録してある。――で、四谷さんが借りてた本だけど、これなら俺も読んだことのある本だ」
そう言って和成に見せられた本のタイトルを読んでみる。
目次をめくり、裏表紙のあらすじも読む。
「――いやこれ女の子同士の恋愛小説じゃん!和成くん、これ読んだの!?」
「読んだよ。四谷さんの図書カードに記された読書遍歴を参考にして、新しいジャンルに挑戦したと言っただろう」
ためしにペラペラとめくったページを読んでみると、マシュマロを溶かして混ぜたホットミルクのような、濃厚で甘い文字が綴られている。そして挿絵では登場人物らしき少女と女騎士が濃厚なキスをしていた。
「えぇ・・・・」
姫宮にとっては理解の範疇外にある内容だ。
「なんで?」
ほぼ条件反射的にその疑問が飛び出る。
「面白いからだ。他者の人生の蒐集が俺の趣味。人のフェチを集めたり、自分では生涯思うことのないだろう心の動きを知ることが俺は好きなんだ。同じ女性として少女のこのような部分に興奮するといったことが赤裸々に描かれているだろう。俺は、俺には見えない世界が見える人たちが見ている世界を見たいんだ。それにすべての文章は所詮、紙の上のインクであり電子版の文字だ。そこに貴賤はない。俺は本を読む時に食わず嫌いだけはしないと決めている。好みか好みでないかを読んでから決めると決めている」
そう語る和成の表情は真剣そのものである。
というか『ミームワード』によって、自分がその本を読んでどのように感情を動かされたか、どれだけ面白いと感じたかが伝わってくる。そのせいで少しだけ、この本を読んでみたくなった。
まるで趣味嗜好を侵略されている気分である。
本の内容が伝わったことによって背骨がくすぐられるような感覚を味合わされ、そのまま姫宮は耳をふさぎたい衝動にかられた。
しかし続く和成の演説に、それを行うことははばかられた。
姫宮自身が共感したためである。
「そして俺はな、純愛が好きなんだよ。国境も身分差も性別も年齢も乗り越えるような、そんな互いが互いを思い合い高め合うような、愛し合う二人だけで世界が完結している究極の相互理解を読みたいんだ。そういう純粋でピュアピュアな恋愛が好きなんだよ。そういうのが読めればどんな恋愛でもいい。男と女でも男と男でも女と女でもいいし、人間同士である必要もない。何でもいいしどうでもいい。俺はただ、人が何かを愛する姿を見て感動したいだけだ。尤も、性別を乗り越えるって言うのは男と女の恋愛ではないからな。だから他のも読むだけだ」
「・・・・ひょっとして和成くん、少女漫画とか読むタイプ?」
「そもそも創作物の対象を制限することが嫌いなタイプ、だな。俺には少女漫画と少年漫画の区別がイマイチつかない。昔からどっちも面白いやつは面白かったし、面白くないやつは面白くなかった。それにそもそも文字として紙に記した時点で、文というのは作者の手から離れているもの。特定の層に向けて物語を紡ぐのはひとつのやり方だとは思うが、その結果生みだされたものに勝手に線引きするのはどうかと思う。誰が何の創作物を楽しもうが個人の自由。脳内に於いて人は自由。そうあるべきだ。
現実に迷惑をかけない限り、脳内で何を思おうとも許される」
「・・・・そう」
納得できなかったわけではない。むしろ共感できる点は『ミームワード』の存在を抜きにしても多かった。
しかしそれはそれとして姫宮の態度は素っ気ない。
何故ならこの話が相当長くなりそうな予感がしたからだ。
当たり前である。読書家に本について語らせれば、半日程度は軽く吹き飛んでいくものだ。寧ろ、半日程度で終われば上々だろう。
しかしこれまた当たり前だが、姫宮からしてみればそれはごめんだった。
早く何故和成がラブレターを読ませてほしいと頼んだのか、その理由が知りたかった。
「――で、この本が何なの?」
「ああ、うん、そうだ。忘れてた。いや実はその本に書かれてるんだよ。主人公の女騎士が、誰にもその思いを打ち明けられずに恋焦がれていた少女がいる。その主人公が恋していた少女自身が、勇気を振り絞って主人公に送ったラブレターが、全文」
「え!?」
「そして俺がその本を読んだのは、パーティー会場の隅の方で気配を隠して、その本を読んでた四谷さんを見かけたからだ。あの人が選ぶ恋愛小説は面白い表現が多いんだなこれが」
和成の発言がマイペースに続けられたが、それは姫宮の耳には届かない。
なら、あの感動した自分あてのラブレターは――
「ひょっとして丸パクリってこと!?」
「いや、そこまでは分からない。それを確認するために読ませてほしかったんだよ。あの人は感受性が高くて、読んだ本の影響を受けやすいところがある。病弱で通院があったから幽霊部員ではあったけど、四谷さんは来れる範囲で来てたからな。いつぞやあの人が体育の授業で怪我して、保健室に運ばれたことがあっただろう」
「――あったね。その時に連れ添ったのが私だよ・・・・」
その時のこともラブレターに書かれていた。文字を目で追うたびに全身の肌が熱くなって、それでも読まずにいるのも申し訳なくて読み進めていたのに。
「その時、確か四谷さんはスポーツを主題に置いた小説を読んでいたはずだ。前日に借りる手続きをしたのが俺だからよく覚えている。そしてすぐスポーツで無茶して怪我をした。そんな感じのことが部活中もあったんだよな。本の影響を受けて思想が変化したり、口調が微妙に変わったり。
別に本読みからしてみれば、読んだ本の影響を受けるなんて珍しいことではない。というか、誰にとっても珍しいことではない。読書とは本に書かれた人生を自分の中に吸収する行為だからな。影響を受けるなんて当たり前に起きうることさ。余程やらかさない限り恥ですらない。
果たして四谷さんが姫宮さんに綴った手紙には、いったいどれだけ本の影響あったのか。そこにどれだけ彼女の思いが詰まっているかは――読んでみないと分からない。というか読んでも完全に分かることはない。その判断は、最終的には主観によるものになる。文字から分かることなんて、高が知れている」
そう言って和成は、姫宮が開いていた件の本を指さして言った。
「この物語は、人知れぬ恋心を秘めていた高貴な身分の女騎士が、平民出身の少女の勇気ある行動を切っ掛けに結ばれるという話だ。四谷さんがこの話にどれだけ感情移入したのかは分からないが、勇気をもって一歩踏み出すことの重要性を熱く説いたこの話を読んで告白する人は、男女問わず多いそうだ。ルルルから聞いた」
「へぇ・・・・ルルルちゃんと語り合ってたのか、この本について。というか引かれなかったの?こっちの世界では男の人もこういうの読むの?」
「人による。読む人は読むし読まない人は読まないってだけだ。慈さんは、俺たちの世界と比べたら読んでいる人は多そうと言っていたが」
「愛美ちゃんとも語り合ってたのか」
「まぁそれはいいからおいといて。要は俺が言いたいのは、四谷さんは意図的にパクりをするタイプの人ではないってことだ。
偶々受けた影響が強かっただけかもしれない。文章のクオリティが高いからこの本を参考にしただけかもしれない。パクりに見えてもちゃんと自分の言葉を使ってるかもしれない。
そこで条件反射的に否定的な感情を持ってはいけない」
「――――そう・・・・」
一度目を閉じて、開く。そして姫宮は気付いた。
「結局その話を聞いても何も解決してないじゃん・・・・。話がややこしくなっただけで、また元の場所に戻ってきちゃったよー・・・」
「まー俺は、この世界の価値観に背中を押されて四谷さんは告白に踏み切ったのでは?という推測を伝えただけだからな。あとラブレターの盗作疑惑――してないと思うけど――については、後からこの事実を知るよりは、予め伝えておいた方が話が拗れなさそうだから伝えただけで。けど知らないよりは良かったんじゃないか?これから告白に返事をする相手の性格の一端に触れられたんだから。まぁ、あくまで一端でしかないけど」
「ほんっとーに和成くん、恋愛のアドバイスするつもりは全くないんだね。どうすればうまく断れるのか、とか無いの?」
「ない。俺には恋愛はサッパリ分からん。付き合うつもりがないのなら真正面から堂々とフッてしまうしないんじゃないか、ぐらいしか言えない。あ、四谷さん」
「―――え?」
それはあまりにも唐突で、かつ最悪のタイミングであった。
少なくともその時の姫宮は、口から心臓が飛び出るかと思った。
振り向くとその本棚から、パーティメンバーである四谷綺羅々の見慣れた黒ローブの裾が見えていたからだ。
そして彼女は何を思ったのか、大人しく和成と姫宮の視界に入る位置へと足を踏み出し移動した。
図書館の奥の本棚の隅。棚に挟まれた広がりに欠ける空間。親し気な男女。
断るフるといった単語は、距離的におそらく聞こえていただろう。
その片方の手には、彼女が先日読んだ百合小説が握られている。
室内だというのに目深く被られた黒ローブの奥で、満杯に蓄えられた涙がこぼれないよう必死で耐える彼女が、それらを見て聞いて何をどう判断したのか、結局のところ姫宮には分からなかった。
ただ、言葉にはできない嫌な予感だけが、急速に胸中で渦巻いた。




