第70話 メル・ルーラーとキングス王
「平賀屋様、お話が御座います」
静々とたおやかに腰を折り曲げて、メル・ルーラーは一礼を下げる。
重大事項伝達のためなのだから、それも当然のことであった。
「キングス王より勅命をいただきました。学術都市エウレカへ行く平賀屋様のお供をしろとのことです」
「そうですか・・・・」
学術都市エウレカへの引っ越しまで残り二週間。そろそろ選択しなければ、メルがエウレカへ移住するための手続きが終わらなくなる時期であった。
既に和成の手続きはあらかた終了している以上、「我々もついていきますが我々の手続きが終わっていないので待っていてください」とは言い辛いだろう。和成とエウレカ側に、待つ義理はない。
そろそろ結論が出る頃だろう。
そう和成はあたりをつけていた。
和成としては、メルがついてきてくれることは心強い。
何故ならこの国において和成は女神の失敗の象徴とも言え、他のクラスメイト達とは一線を画すほどの雑魚である。そんな和成に対して特に何の理由もなく、当初より礼をつくしてくれたのは王国の人族では彼女が主であった。次点ではキングス王だろうか。背負う責任の重さから考えて。
王女ハピネスや護衛騎士団前団長のライオンハルト、医者の権威シュドルツも礼をもって親しく接してくれてはいるが、言ってしまえばそれは、和成が三人にそれだけ利のある行為をしたからである。結果、三人と友情にも近しい親近感と共に関係を築けたことは喜ばしいが、もしも何もなければ、彼らの和成に対する態度は他の王国中枢に構える者たちとそう変わらなかっただろう。
人間関係とはそういうものだと和成は思っているし、それでいいとも思っている。
それに和成が事態を好転させなければ、そもそも彼らの追い詰められていた精神的状態は改善されていない。その状態では信頼を築くも何もない。
そしてそんな中、何のメリットもなく、むしろ多大な迷惑をかけながらもメルは、和成の護衛として側につき礼を尽くしてきた。尽くしてきてくれた。
ならば信じないでどうする。誠意には誠意で返すものだ。
「俺は別にかまいません。メルさんのことは信用してますし」
だからそのことを正直に伝える。
それに対してメルは、ただ深く頭を下げた。
「ありがたいお言葉、誠に感謝いたします」
彼女にそう言われると少し罪悪感を感じなくもない。
その真意を図るため、あえて振り回すような態度を取った側面もあるのだ。
☆☆☆☆☆
和成の返答を聞いたのち、移動しながら彼女、護衛メイドのメルは思う。
***
この世界における護衛は、形式的な側面が強い。
何故なら、そもそも守り切ることなど限りなく不可能に近いからだ。
異界より召喚した救世の存在たる皆様が、レベルも技も装備も整えた上で滅私の想いで団結したとしても――ありとあらゆる時と場合と状況を考えれば、平賀屋様を絶対に守れるだなんて、口が裂けても言えない。
例えばモンスター。この世界に存在するすべてのモンスターに勝てる者などいない、とするのが基本であり常識だ。何故なら戦闘や能力には相性というものがある。剣を主武器にして戦う者は多いが、斬撃が通じない相手は殊の外多い。
例えば敵対する人族。その『職業』とスキル。魔法を得意とする『魔法使い』、素手で戦う『拳闘士』、『剣士』、『呪術師』・・・・・その戦い方は千差万別。相性というものだけでなく、頭脳策略といった要素も絡む。ステータスのゴリ押しで勝てる場合もあれば、勝てない場合もある。
例えば異種族。身体特徴が世界規模で変わらない者は人族ぐらいのもので、獣人族も妖精族も竜人族も――魔人族――も、単一の種だけでは終わらない。狼人族、牛人族、森人、鉱人、飛竜族、・・・・・。その全員の能力は異なる。
例えば災害。山から吹き出る大波。歩く猛吹雪。突発的に起こるダンジョン化現象。モンスターの大量発生や突然変異。これらもまた、実に多様。
それらすべてから平賀屋様レベルの非戦闘員を完璧に守れる者など存在するはずがない。
そもそもトップクラスまでレベルが上がれば、個人が山を吹き飛ばせて当たり前。
万の軍勢を率いる将は、万の軍勢より強くて当たり前。
だから本来は、護衛する側よりも護衛される側が強くて当たり前。
アンドレ王女の護衛団よりも彼女個人の方が。
ハピネス王女の護衛騎士2人よりも彼女1人の方が。
王都を守る騎士団よりもキングス王のみの方が。
圧倒的に強くて当たり前なのだ。
故に護衛というものは、“この者はこれだけ重要な立場にいますよ”という事実をアピールするための記号である。建前としての側面が強い。
また、いくら強いとは言っても――或いは強いからこそ――ハピネス王女のような子供を大人が一切守らないなど、教育に悪い。幼少の頃、護衛という枷を持たず手加減を知らずに育った子供がどうなるか――。そしてその子供大人は、隔絶したステータスを誇っている。
考えたくもない。
この世界に於いて信頼という二文字は重い。おそらく平賀屋様の世界以上に。
世界会議が成立したのも、五大国が利害関係はあれども敵対関係になく、距離が離れているためだ。
上に立つ者が自らの力を抑えられなくなった国から滅んでいくことは、世界の歴史が証明している。
だから王が私を護衛として平賀屋様へ派遣した理由は、部下を預けることで“私は貴方を尊重し大事にします”という誠意を見せる――ただそれだけだ。
そもそも私の戦闘スタイルは護衛向きのものではない。ただ王が信頼して任せられる子飼いの人材の中で、荒事に向いている者が私しかいなかったから――というだけだ。
適材適所だとは思う。
しかし同時に、消去法でもある。
――それを平賀屋様は、おそらく理解している。
あの人は常に、この世界とあちらの世界の常識との差を埋めようとしていた。
私の力が及ばない存在がいることを知っている。
必ずしも守り切られる保証はないと知っている。
この世に絶対などないと知っている。
自分の命の脆さを知っている。
自分が立つ場所が薄氷の上で、ガラスでできた蜘蛛の糸の上を綱渡りしているだけだと感づいている。
その上で信じると――私が護衛でいることが頼もしいと、彼は言ってくれたのだ。
***
「――なら、それに答えなくてどうすると言うのです」
誰も聞く者はいない闇の中で、護衛メル・ルーラーは決意をもって呟いた。
☆☆☆☆☆
既に和成は、国家において極めて重要な立ち位置にいる。
それがエルドランド王国国王、キングスの見解であった。
女神が召喚し加護を与えたクラスメイト達。その中でも特に高いステータスを持つ者――からそうでない者まで、彼は人脈を築いた。そしてそのほぼ全員から信頼を集めている。
それだけではない。自分が異界の者であることを生かし、この世界の者たちとも太い人脈を築いてしまった。
天龍連合王国の象徴『白龍天帝』のハク(仮称)。
竜人族有数の大商会『モウカリマッカ商会代表』、ジェニー・モウカリマッカ。
ホーリー神国『姫巫女』、ルルル・ホーリー・ヴェルベット。
エルドランド王国騎士団の元重鎮、ライオンハルト・ガオーレ。
エルドランド王国における医者の権威、シュドルツ・アスクレピオス。
学術都市エウレカのトップである超『賢者』スペル・デル・ワードマン。
エルドランド王国『王女』、ハピネス・クイン・エルドランド。
そしてそれらすべての者たちと、相応の信頼関係を築いている。
控えめに言っても頭のおかしい成果である。
こんなことがそうそう起きてたまるか。
率直に言えばそんな下品な言葉がつい漏れるような結果を、平賀屋和成という少年は生み出した。キングス王はその根幹に、誠意を伝える『ミームワード』の存在があると考える。
言葉に裏が無いことすら伝えられる、コミュニケーションのための能力。
彼は『ミームワード』をそう評した。
「権力を持つ者には、常に近づく者に打算や利害関係というものが存在する。それらに対する不信がない状態で築ける信頼と云うのは――さぞ心地がいいだろう」
王がメルを前にして口にしたその一言が、和成の人脈の本質であった。
誠意という人が勝手に感じ取るしかないあやふやなものを、確実な現象として伝えられる。そのアドバンテージの結果だ。
だからこそ真摯な態度を心掛けている。
「そういったものが言外に、或いは言内に『ミームワード』によって伝わっている――という訳なのだろうな」
「おそらくは。信頼という明確に伝えることの難しい感情を、彼は伝達することが出来る。それは確かに、とても心地の良いのものです」
メイド服の胸部分を握り締めてメルは答える。
「そもそも、ライオンハルト様とシュドルツ様、ハピネス王女様とルルル姫巫女様の場合、彼は純然たる善意で動いております。失敗し敵が増える可能性に怯えながらも、結局彼は人の心が前を向けるように尽力している。そんな無償の想い――愛というものが、伝わってしまうのでしょう」
「ははは。まさかお前から愛という言葉が聞けるとはな。それだけの月日が流れ、お前も変わったということか」
そのメルに向ける声や表情が、まるで娘に対する父親の用だとを指摘できるものは、この場にはいない。
音を通さない『防音』の魔法がかけられた、機密保持のための王の職務室。
その場にいるのは、メイドのメル・ルーラーとキングス王だけだ。
「だがあまり、入れ込み過ぎるなよ」
「――分かっております」
「ならいい。これからも自らの任務に、尽力せよ」
そして王は話の終了を告げる言葉を口にした。
その瞬間にはもうメルはいなかった。
「まったくせっかちな奴め。十年前から変わっておらん」
そう口にする彼の表情からは、不敬罪や選民思想といった概念は全く読み取ることができない。和成達クラスメイトが目撃したことのない――目撃することの出来ない――柔らかい微笑みである。
「平賀屋和成殿。『職業』は『哲学者』。一切の戦闘能力を有しない代わりに、誠意や信頼といったものへ言葉によって干渉する『天職』を有する者・・・・か」
誠意。そして信頼。それらは目には見えず触れることも出来ないものだ。
つまりは概念である。
『哲学者』とは、概念に自分の意思を介入させ干渉する『職業』なのだと、特に根拠はないがキングス王は結論を出す。
そして同時にその能力は、社会がなければ無意味な産物だ。他の誰かが居なければ何にもならない『職業』だ。
人の頭の中にあるからこそ、概念は概念として成立する。
存在しないが、頭にはある。
その状況がなければ、自分以外の誰かがいなければ、『哲学者』の力は活用のしようがない。
そんな脆弱とも言える、コミュニケーションを根本に置く能力が『ミームワード』だ。
おそらく、話が通じない者には『ミームワード』は効果がない。
それが戦争という殺し合いの場において、一体どれだけの効果があることか。
(だからこそ彼は、自らが戦うための手段を探している。自分に何ができるかを模索している。――それは、メル好みの行動だ)
既に彼女が相当和成に入れ込んでいることは簡単に分かった。短い付き合いではないのだ。
(召喚者である彼らの周りにも、不穏なものが出てき始めている。和成殿の選択はそれらから回避するためのものでもあり、超賢者スペル殿は回避させるためにそのような提案をしたのだろうな。——不穏なものは、まだまだ裏に蠢いているのだから)
そこまで考えてキングス王は天井を見上げた。
その奥にいるのは女神の虚像だ。
彼にとっては、彼女は人に業を背負わせる存在である。
そして自分は、既にその片棒を担いでいる。
「願わくば、彼ら彼女らに取り返しのつかない不幸が、訪れないことを――」
ただ、今の情勢でその願いが叶うのが難しいことは分かっていた。
彼はエルドランド王国国王、『キングス』である。




