第68話 「ゲームの世界」を楽しんでいる連中の話・破
リーダーの少女が扉を開ける手には一切の躊躇がない。
何故ならすでに覚悟を決めているからだ。
ダンジョンへ挑み手に入れた富は、外では小さなひと財産になるほどである。一度だけの挑戦であっても、慎ましく節制を心掛けば半年は保つ。潜ったばかりの第一階層では大したものはないが、それでも日雇いの仕事と比べればかなりのもの。
常に命をかけているという前提がなければだが。
そんな職業である冒険者になる者には種類がある。
命を失うリスクを歯牙にもかけない命知らず。
命をかけているという事実を理解していない物知らず。
それ以外に稼ぐ手段のない、諸々の理由で社会的信用のない者たち。
ステータスを上昇させ、より高みを目指そうとするロマンチスト。
或いは、戦争に備え力をつけようと義侠心で動く者。
その一行がダンジョンへ挑んだ目的は、経営難に陥った孤児院への恩返しだ。手厚い教育を辺境にもかかわらず行ってくれた――その結果じわじわと資金を失っていった――孤児院が少しでも持続するために、彼ら彼女らは迷宮に足を踏み入れた。
全ては、血の繋がっていない妹と弟たちのために。
ただまぁ、そんなことはモンスター側には知ったこっちゃない訳で。
自分を殺そうとする相手であることは関係ない訳で。
第六階層の中ボス部屋に出現する中ボスからしてみれば、奴らは自分の命と肉体を狙う略奪者な訳で。
ガァァァァァアァア!!!
その口から発せられる声か音かの区別のつかない轟音は、今まで彼女たちが耳にしたことのない音だ。
デコボコの大きい粗悪な皿を無理やりこすり合わせれば、あのような不快な低音が出るかもしれない。
そしてそんな感想を抱かされる重低音を響かせるモンスターは、その声に相応しい不気味な姿であった。
「――なんて仰々しい姿」
モンスターの容姿は、孤児院の数少ない娯楽である絵本に描かれた、鬼の生首が最も近いように思えた。
ただし目を持っていない上に、その口は伝承で聞く縦開きの口ではなく、虫と同じ横開きの口だ。
目があるはずの場所からツノが生え、顔の中心からは歪な牙が8本飛び出している。
実におぞましい容姿だ。その2本のツノも8本の牙も、ワラワラと自在に動いている。
そして奴は、その8本の牙を動かして這うようにして移動するのだ。牙には関節があり、まるで牙が足であるかのような動きである。
更にその全身は、水気を含んでいそうな独特の質感を持つ鎧に余すところなく覆われている。
牙はおろか口腔内に至るまで鎧に覆われているのだ。尤も、その口腔は普段は蓋のような鎧でふさがれ、偶に白い泡を吐く以外では開かない。
そんな中ボスモンスターの攻撃はワンパターンなものである。歪な形の動かして這うように動き回り、自在に動く二本のツノを突進する牛のような構えで攻撃してくる。防御は鎧に任せて、ただただツノと牙を振り回すだけの怪物。
大きすぎる巨体とその巨体に相応しいパワーで、自分たち小さきものを蹂躙するだけ。
単調であるからこそ、堅実で対処しづらい戦法であった。
何より足場が悪い。
そこに広がるのは広大な砂のフィールドであった。ダンジョンでは珍しいことではない。室内へ向かう途中の廊下で遭遇した場合は兎も角、中ボス部屋、ボス部屋には巨体のモンスターと集団戦が出来るほどの広さがあるのが基本だ。その天井にも、外の景色と変わらない青空が天高く広がっている。空間がねじれているからだと言われているが、研究者ではない一行にはその原因は分からない。
そこにある事実が全てだ。たとえどんなものであろうとも。
例えばその砂のフィールドが今まで経験したことのない足場であるため、普段の連携がうまく取れないことなどがそうだろう。
対してその部屋の中ボスは、虫の腹で蠢く節のある足のようにその牙をワラワラ動かして、多少巨体が砂に嵌ろうともすぐに這い出てくる。ここが中ボスしかでない専用の部屋であることを思えば、その相性の良さも当然だろう。
戦闘開始から程なくして、まずは振り回されたツノの一撃でパーティの盾役が吹き飛ばされた。砂で踏ん張りが効かなかったためである。辛うじて息があったが、傷が深く帰り道には耐えられないと判断し、やむを得ず撤退を決める。回復薬は既になかった。
そして、防具で守備を固めたパーティ内で最も重い盾役を連れて脱出するするために、リーダーがパーティを逃がすための囮役を買って出た。
しかし鬼の生首のシルエットを持つモンスターが狙ったのは、囮役であるリーダーの少女ではなく、盾役の少女を抱えて移動速度が落ちた五人だった。
攻撃から仲間を庇った少女が一人負傷し、つまりはメンバーの2人が戦闘不能に追いやられた。誰か一人でも『瀕死』状態へ行きついてしまっては、まともな戦闘など行えない。
既にパーティは半壊していた。
「――救援を呼んできて!」
ただ幸いだったことに、リーダーが冷静だった。無事なメンバーは四人。2人で『隠蔽』の魔道具を使用し、負傷者を守りながら隠れ時間を稼ぐ間、他の2人に地上へ救援を呼んでもらう作戦を決定した。
☆☆☆☆☆
そしてその救援を呼びに行くという大役を任せられた二名の少年少女が、異界より召喚されし者たちのパーティと出会ってから数時間が経過した。
「いざ行かん!」
朝日と共に拳を掲げる雄山が立つ場所は、救助対象の少女たちが待つダンジョンの入り口前。そろそろ夕闇が帳が下ろされる時間帯ではあるが、ダンジョンへ潜ってしまえば昼夜はあまり関係ない。
リーダー矢田が率いるパーティがあげた第四階層踏破の祝杯は、消耗品の補充や一日休憩を挟んでから行われていたため、話を聞いてすぐに救出へ向かうことを決めたのだ。何時でも再びダンジョンへ潜れる準備は整っていた。
そんなあらかじめの備えがあったからか、雄山の自信満々な態度にも磨きがかかっている気がする。彼の場合は備えがなかったとしても、大して態度は変わらなかった気もするが。
しかしどうあれ、その溌溂さに後衛職の少年少女たちもつられて手を掲げてしまう。
そして自由人の片割れ、法華院の方は最初からノリノリで掲げていた。
「「・・・・・・・・」」
やってから少年少女2人は顔を見合わせる。
こんなことをやっている時間はあるのだろうかと思いつつも、焦らせて相手が危険な目にあってはいけないので何も言えない。自分たちが命を危険にさらす頼み事をして、親切にも相手が受けてくれた幸運。そのことと自分たちの立場を、2人はちゃんと認識していた。
ただそれはそれとして。
「しかしあの、大丈夫なんでしょうか。武器も防具も『装備』していませんけど・・・・・」
「心配するな少年!この『ベルト』があれば問題ない!」
「問題ない問題ない!この『ブレスレット』こそが私たちの武器であり防具!」
そう言って決めポーズをキメる2人を見ていると不安にしかならない。
「ねぇ、この2人はシリアスな人からは遠ざけといた方がいいんじゃないの?」
「「僕も(俺も)そう思う」」
こんな2人でも、決める時は決められる。
それを知っている矢田、音羽、永井の3人でさえ、頭が痛くなる姿であった。
彼らの分も自分たちがしっかりしないと、と考え、装備の点検やアイテムの補充の最終確認を黙々と進める。彼らと自分たちでは役割分担が異なるのだから。
かくして準備を終えた一行は人命救出のため、迷宮へ進行した。
暗い人工物めいた自然物の洞穴、モンスターの巣窟に、自由人二人は気負うことなく歩みを進める。
彼らが恐れずに進むから自分たちも心が軽くなる。そういった側面は確かにあるのだ。そしてその効果は決して小さいものではない。
そんな一行の隊列は役割を明確にした基本に忠実なものだ。
盾役兼、攻撃役の雄山と法華院を前衛に。
斥候役の『狩人』永井はそれより少し前、主力の二人がすぐに駆け付けられる程度に離れた位置に出る。敵との遭遇を感知すれば即座に隊に戻り、周囲の警戒と矢田と共同でクロスボウによる遠距離攻撃を担う。
司令塔を務める矢田は、『弓使い』として遠距離攻撃で相手を牽制しつつ、中央で指示を出す。
最後尾にて警戒するのは、楽器を鳴らしていつでも異変を知らせられる『吟遊詩人』の音羽だ。無口な戸村井では分断された際に面倒くさい。
そしてこの『祈祷師』と『吟遊詩人』の2人が、後方から様々な遠隔サポートで戦いをスムーズに進める。
この後方支援担当2人と矢田・永井の弓道部コンビの間に、後衛職である少年と少女は配置された。
ステータスの仕様上、少年少女の2人はステータスという観点から見た場合は、パーティメンバーではない。ステータスからパーティに登録し、メンバーとして設定できる者は最大で六人までだからだ。パーティが主に六人で組まれることが多いのもそれが理由である。
ただ、経験値が共有されない、即座に使える回復技や支援魔法の効果範囲にいないという欠点にさえ眼を瞑れば、ステータス上ではパーティメンバーに数えられないことに然程デメリットはない。
寧ろ自分たちも助けを待つ仲間のもとに駆け付けられるのだ。
少年少女の2人に、文句などあろうはずもなかった。
ギィィィィぐぅゥロロロロロロロロロ!!!
そして階層を降り進むと、背中に蝙蝠の翼を持つ狒々型のモンスター、『デビルマンキー』の群れが襲いかかってきた。今回のダンジョンアタックで遭遇した最初の敵である。
合計五匹の急襲。しかし、斥候役を務める『狩人』永井によって襲来は事前に予測できていた。
「ハハハハハハ!よーし2人共!俺たちの実力を見せてやる!かかってこいや!」
「頑張っちゃうよ!頑張っちゃうよ!」
ただし、不意打ちが出来ないという条件ではこの自由人二人も同じだ。
性格的にもステータス的にも、隠密行動の対極に位置している。
尤も、それが無くとも勝てるから、というのもあるが。
ゥロロロロロロロロロ!!!!
その証拠に向かい合うデビルマンキーが襲来する直前においても、2人は堂々と構えている。
雄山英人は左手を掲げて、右手でベルトの留め金部分に埋め込まれた赤い宝石に触れた。
法華院魔美華は両手を突き出し、右手首に巻いたブレスレットのピンクの宝石に左手を乗せていた。
そして、二人の『天職』の本領を発揮する言葉が発せられる。
「「変身!」」
有り体に言ってそれは変身ポーズであり、変身のトリガーである呪文だ。
ステータスという概念に、何故か起きた逆輸入。
FMSというスマホゲームにおいて、期間限定コラボという女神も予測してなかった出来事によって生まれた、この世界には存在しないはずの『職業』。
言うなれば、『特殊職業』にして『固有職業』。
その『固有職業』の光がそれぞれ2人を包み込み、一瞬で晴れる。
その中から現れたのは、フルフェイスヘルメットに全身をピッチリ覆う、勇気を象徴する赤の衣装。
腰には金属のベルトが巻かれており、燃えるようなマントをたなびかせている。
「『胸に燃える真っ赤な勇気!炎の一号、レッドモード』!!」
その中から現れたのは、リボンとフリルを大量に纏った、ガーリッシュでピンクな装い。
手には材質不明の魔法のステッキが握られており、髪を装飾するアクセサリーの数は膨大だ。
「『癒しをもたらす浄化の煌めき!光の戦士、シャインモード』!!」
決めゼリフ。そして決めポーズ。この2人、徹頭徹尾ノリノリである。
そして背後からは、熱風を伴う爆炎と煌めく光のエフェクトが溢れ出した。
その強烈な光によって暗闇に適応した肉体を持つデビルマンキーの目がくらむ。が、それは単なる偶然であった。変身したことにより二人の体から光量が勝手に溢れているだけである。これが夜中であったなら、彼らのみならずパーティを巻き込んで周囲一帯が発光しているように見えるだろう。そのエフェクトは暗闇を明るく照らしていく。
「な、何ですかあれ・・・・・?」
「私たちも詳しくは知らないんだけど――何故かあの二人、他に例のないオリジナルの『職業』を持ってるんだよね。
職業名『ヒーロー』。雄山英人が持つ、彼だけの『天職』。
職業名『魔法少女』。法華院魔美華が持つ、彼女だけの『天職』」
質問役は少年。解説役はリーダー矢田だ。
「な、なるほど・・・・・?」
ちなみにそれを聞いた少女は、その解説ではピンときていなかった。
クラスでも誰もピンときていないので仕方ない。
そしてそうこうしているうちに、迫るデビルマンキーとの距離が間近となる。接近戦の開始だ。
盾役にして主力の攻撃役、『ヒーロー』のスーパーパワーの発揮する時。
まずは飛来し上方から襲来する一匹が対象だ。ダンジョンに出現するモンスターは、中ボスや大ボス以外であれば、必ずしもそのダンジョンに適した能力や肉体を持つという訳ではない。複数人で並んで動ける広さがあるとは言え、制限された空間であるダンジョンの廊下で、それも低い天井ではその翼を最大限に生かすことはできない。
実際に雄山に狙いをつけられた個体が、雄山の強烈な跳躍からの飛び蹴りで天井に叩きつけられ、白眼を向いて苦悶の表情を浮かべたように。
そして続けて顔面へ繰り出された通常攻撃、ヒーローパンチによって吹き飛ばされる。その結果デビルマンキーのHPはゼロとなり、ドロップアイテムを残して消滅していった。それこそがダンジョンにおける生物の最後である。
「来てますけど大丈夫なんですか!?」
更にデビルマンキーの一匹が『魔法少女』法華院へ向かった。このモンスターはそこそこの知識を持つモンスター。ダンジョンの性質上罠を仕掛けるようなことはできないが、接近戦に弱い後衛職を積極的に狙うだけの知能を持つ。少女はデビルマンキーに関する知識こそなかったが、前衛に立つ変身した法華院が狙われていることは分かった。
「魔法少女ってことは、よく分かりませんけど魔法を使うんですよね!?なら、接近戦は――」
「ああ、大丈夫。アイツのは魔法といっても――」
慌てる少女とは対照的に、矢田は落ち着いていた。
深く考えるのをやめていたとも言う。
実際、その直後に起きた壮絶な光景を思えば、さもありなんだろう。
「物理攻撃という名の魔法だから」
メゴス。
矢田の一言の直後、細かい氷の詰まった皮袋に鉄球を勢いよく叩き落としたような音が響いた。同時にそれは、中の氷が粉末に変わったことを確信させられる音だ。
そしてそれは、フリフリのスカートを大胆にめくり上げながら――変身の際に見られても問題のない下着へ変化しているが――厚底ブーツを履いた足で、『魔法少女』法華院がデビルマンキーの腹を蹴り飛ばした音だ。
「あのステッキは何のためにあるんですか?」
「一応、浄化魔法とかは使えるから・・・・。一部のモンスターにしかダメージは与えられないから、基本蹴ったり殴ったりだけど」
「あのステッキの、リボンや羽の装飾は何のためにあるんですか?」
「それはわからない」
そんな会話を交わすうちに法華院が蹴り飛ばしたデビルマンキーは地面に沈められ、ダンジョンへと還って行った。
『ヒーロー』の二撃で消滅した一匹。
『魔法少女』の直撃一発で消滅した一匹。
つまり、彼らを引いて残り三匹だ。
「投石が来るぞ!」
その三匹が戦闘で発生した瓦礫を掴み投擲するが、その程度の対応なら今までの戦闘で何度も行っている。
「音羽、防御!」
「了解!」
警戒役の永井が敵の遠距離攻撃を察知。素早く矢田が指示を飛ばす。
そしてすぐ、素直に『吟遊詩人』音羽が対応する。
口に自らの武器である『笛楽器』を咥えて。
「『音壁防御壁』!!」
パァップゥ!と、軽快な音が一息だけ発せられた。
音は周囲のパーティメンバーに何の影響も与えず、音の後から遅れて発散されたエフェクトがある一定のラインで具現化し、壁のような衝撃波で敵の石飛礫を弾いた。
『吟遊詩人』の防御技だ。
更に敵のうちニ匹が雄山にロックオンされ、一匹は天井を足場にした飛び蹴りの、もう片方は拳の餌食となる。一撃だけでは二匹のデビルマンキーを仕留めきることは出来なかったが、それも時間の問題だ。あと一撃で終わる。
最後の一匹はエフェクトをまとった両翼を広げて『技』を発動しようとするが、右翼を矢田の矢で、左翼を永井のクロスボウで撃ち抜かれてしまう。
「『影に潜む小鬼ども。奴らの邪魔をしてやりな』―――『足引っ張り』」
そして戸村井の詠唱以外では殆ど聞けない声が聞こえたのは、それとほぼ同時であった。途端にデビルマンキーの影から何本もの手が生えて、三匹の四肢から翼から絡みつく。行動を妨害し敏捷のステータス値を下げる、『祈祷師』の相手全体への弱体化技だ。
そんな影の手によって満足に動けない三体が、『ヒーロー』と『魔法少女』の打撃で迷宮へと還ったのは、それからすぐのことであった。




