第66話 「ゲームの世界」を楽しんでいる連中の話・序
今回の一連の話は、いつもと毛色の異なる内容に挑戦してみました。
薄暗い天井に、松明と手持ちランプの灯り。
その光が照らすのは、人工物の如きレンガ状の石を重ねた石壁に床に天井だ。
しかしその壁は、厳密には人工物ではなく自然物である。加工されているように見える石は、実はその全てが自然現象によって生み出されたもの。そしてそれは、そのレンガ上の石によって構成される建築物も同様である。
ダンジョン。
エネルギーが溜まり、凝り固まったことで生まれるダンジョン・コアと呼ばれる物質。それによって創り出された自然に生まれる建造物のことである。
地面から建物が生えることがあるということは、子供でも知る常識だ。そのダンジョンの発生によって居住地が崩壊することも稀にある。しかしダンジョンがもたらすものは破壊だけではない。恵みもあるのだ。
その地面から生える建造物は基本的に、外敵を排除しようとコアがモンスターやアイテムを生み出す。その生み出す魔獣や物質には、外に持ち出せ活用できるものも多いのだ。つまりダンジョンとは、自然現象であると共に、モンスターやアイテムを産出する一種の資源であるとも言える。
そんな資源を採取するこの世界独特の産業に従事する者たちこそが、『冒険者』と一纏めにされる者たち。
そして今、ある『冒険者』の一行がダンジョンへ足を踏み入れた。
一切の防具を『装備』していない、私服そのままで悠々と歩む少年。
同じく一切の防具を『装備』していない、私服そのままで歩む少女。
『装備』した黒い衣装で全身を覆い隠し、フードと口元を隠す布の所為で目以外の顔を伺うことのできない、見るからに後方支援職である少年。
楽器を『装備』した、気のよさような柔和な笑みを浮かべる少年。
木製の十字弓を背負う、羽飾りのついた帽子と動きやすそうな軽装を『装備』した少年。
そんなまとまりのない5人を怪訝な目で見る門番の視線を受けて、居心地が悪そうにしている弓を『装備』した少女。
日本より召喚された少年少女たちによって結成された一党である。
☆☆☆☆☆
「改めて今日の予定を確認するよ。目標は第三階層の大ボス討伐と、第四階層の探索。ただし、大ボス戦との消耗によっては、第四階層の探索は取りやめにして引き返す。対応は臨機応変に、行動は慎重に。いいね」
きびきびと場を仕切るのは、背中に矢筒と弓を背負う少女。
弓道部副部長、名前を矢田由美子。『弓使い』の『職業』を得た、このパーティにおける常識的なまとめ役だ。和成のクラス分類でいうところの、“一般人”代表であると言えよう。
「隊列は昨日のが一番安定してたと思う」
「確かに。じゃあこれからはあの陣を軸にして、状況次第で変えたりする方針で。だれか他に意見は?」
腰に十字弓を携えた少年の意見も積極的に取り入れて、よりパーティの安全を確保する。彼女のその姿勢に他の者から否定的な意見が出ることはなかった。
「じゃ、昨日通りに俺は前に出て、敵を警戒すればいいんだな」
そう言って十字弓の少年は、折り畳み式のそれを何時でも手に取れる構えのまま、パーティから離れてダンジョン内を歩いていく。
彼らがいる場所は、ダンジョンと言ってもまだモンスターが出現しない区域なので問題ない。
弓道部所属役職なし。永井範太。得た『職業』は『狩人』。
このパーティにおける斥候役を担当している。
「うん、地図作りは任せて」
そう永井の言葉に答えを返したのは、人の良さそうな顔の少年だ。その手には『装備』された楽器とは別に、鉛筆と方眼紙が握られている。
吹奏楽部所属役職はなし。トランペット担当、音羽歌丸。
獲得した『職業』は『吟遊詩人』。
このパーティにおける地図係を務める。
そうやって各々の役割を果たそうとする、分類するところの“一般人”である3人を、フードと口布で顔を隠した少年が無言で見つめる。彼は何も喋らない。議論に参加する素振りも見られない。
帰宅部所属。名前は戸村井禊。その『職業』は『祈祷師』。
兎に角まるで喋らない、分類すれば間違いなく“孤高”、或いは“ぼっち”に属する少年だ。
そんな彼のことも同じパーティメンバーなので気に欠けつつ、まとめ役である矢田はこの一党の主力である2人に激を飛ばす。
「いいね?特に雄山と魔美華!」
「殿は任せろ!」
「分かってるって分かってるって」
そして彼女の言葉に分かってなさそうな言葉を返すのが、このパーティの主力であるこの二人。一切の武器を『装備』していない、丸腰状態の少年と少女だ。
ただ少年の方は腰に金属のベルトを。少女の方は、手首に矢鱈と目立つブレスレットを装着している。
このパーティの攻撃役にして盾役。
雄山英人と法華院魔美華だ。
分類は共に自由人。いけいけどんどんトラブルメーカー。
「さぁ、いざ行かん!冒険の地へ!!」
「ゴー!!」
「あ、こら二人」
「斥候より先に行くなっての!」
頭を抱える『弓使い』のリーダーは、慌てて先走る自由人二人を追いかける。
それを見た一般人組の男子コンビも、苦笑いを浮かべて後を追った。
孤高の戸村井は無言で、何を考えているのかまでは分からなかったが、彼もまた小走りで後に続いた以上、仲間意識がないわけではないのだろう。
☆☆☆☆☆
そして一行がダンジョンに潜ってから、1日が経過した。元々ダンジョン内で一晩を過ごす予定だったので問題はない。簡易野営基地を作る準備はちゃんとして来ている。今はテントの中で、今日消費したアイテムの確認と、獲得したアイテムの確認と、装備の点検を分担して行なっている最中だ。
「装備確認!指を指して順次詠唱!」
「回復薬よし!」
「アイテムよし!」
「武器よし!」
「防具よし!」
「緊急脱出用のアイテムは?」
「「よし!」」
「それぞれちゃんと持ってるか?」
「「よし!」」
どうやら個々人の補充は必要なさそうだ。
上手くMP、SP、消耗品を節約できている。
「経験値確認!」
続くリーダー役の矢田の点呼に、各々がステータス画面を確認しながら返答する。習得するスキルや魔法は、パーティのバランスや役割、装備とよく相談しなくては。
「ボーナスポイントはまだ使わないんだよな」
「まだ使わない。もっと後になった時に、必要となる時がくる!きっと!」
矢田の確認にそう断言するのは雄山だ。その横では法華院が首を振って賛同している。
何故自由人二人の方針に全員が従っているのかというと、このぱっと見ではまとまりがなく見えるパーティは、メンバーがこの自由人二人によって集められたパーティだからだ。
自由人二人が意気投合してパーティを組み、それに法華院のストッパー役である友達の矢田が加わって三人に。
押しに弱い一般人男子二人組が、自由人二人の勧誘を断り切れずに五人に。
そして自由人雄山がパーティの役割による穴を埋めるため、どのパーティにも属していない『職業』的に適したクラスメイトである戸村井を引っ張ってきて、六人組となった。
そしてこのパーティの方針として、「やったことのないことをする」というものがある。攻略したことのない、スマホゲームFMSでは体験できなかったダンジョンに挑もうというものだ。
その方針を決めた自由人二人曰く、
「「攻略本を見ながらゲームしても楽しくない」」
とのこと。
だからわざわざマッピングを行い、モンスターとの相性を考え、陣形や役割分担の試行錯誤を繰り返して進んでいる。
ちまちまやっているとも言える。
少なくとも単純なステータスだけで判断するなら、攻略済みのダンジョンを彼ら彼女らはより深い階層まで進むことができる。
しかしそれをしない。
何故なら、雄山と法華院は浪漫を求めて生きている。効率と非効率を同時に追い求める人間だからだ。
そしてそれに付き合わされる一般人三人と、どちら側か判断に迷うのが一人。
ただ、そんな彼らも、パーティの結成と活動は既に1ヶ月以上経過している。
新しいパーティメンバーを補充できる世界会議のパーティーを無視して活動し続けている。
“一般人”三人は雄山が、性格的な相性を考えて戸村井を引き入れたのか確信が持てないが、なんだかんだで上手くやれているのは間違いない。
まとまりがないように見えて、意外とまとまっているのだ。
「地上に出たら、まずは武器の新調だな。あたしと永井の矢も補充しとかないと」
「魔法使いと違って俺たちは弾がないとどうにもならんからな。全く、かさばってしょうがない」
永井がゆさゆさと、背中に背負う矢筒の矢を揺する。
「消耗が大きいのがたまにキズだよね、二人の『職業』は。僕らは『道具袋』でたくさん持てるから、まだましな方ではあるんだろうけど」
それをフォローするのは音羽だ。
『狩人(永井範太)』と『弓使い(矢田由美子)』の矢は、消耗品かつ必需品。そのため、回復薬と同じようにパーティ共有の財産として扱っている。
召喚された際に得た『吟遊詩人』の楽器や、自由人二人の装備品は新調の必要がないため、総合的に見れば実際はそこまで痛手にならないのが嬉しいところだ。
「じゃあさじゃあさ!帰ったらまず、二人の弓をバージョンアップしようか!素材使ってー、足りない分は買ってー、強化しちゃおう!」
「それはいい!強くなるワクワク感!打ち倒せる敵は増え、パーティはより強力になる!これぞ浪漫だ!」
そして、唐突にはしゃぐのが二人。この自由人二人は基本的にやかましい。
常にハイテンションである。悪い奴じゃないのは知っているのだが。
「――――――――」
ダンジョンの中でも目深くローブを被り、口を黒布で隠している『祈祷師』戸村井は何も喋らないが、頷いているので不満はないのだろう。彼は口は開かないが、ちゃんと話は聞いている。
そうして会話を続けていると、カンラカラカラと鳴子の音が響いた。『狩人』の永井が仕掛けておいた罠である。
その音に反応して、雄山が意味もなく格好つけた。
「おっと、お客さんが来たようだ」
「ならなら!丁重におもてなししないとね!」
「あまり私たちから離れないこと。探しに行くのは疲れるんだから」
「この襲撃を乗り越えたら、夕食を食べて早めに就寝って感じか」
「休憩は大事。基本だね」
「――――――――」
臨戦態勢に入るのが早い法華院。忠告を忘れない矢田。
やれやれといった調子の永井。落ち着いている音羽。
そして、誰よりも早く立ち上がった戸村井。
準備を整えた後にテントから飛び出した彼らからしてみれば、奇襲に失敗したモンスターは敵ではなかった。
☆☆☆☆☆
それから数日後のことである。
「「「「「いただきまーす!」」」」」
「――――――――」
手を合わせて食前の挨拶を済ます五人と、手は合わせても無言なまま会釈をするだけの一人がいた。
矢田をリーダーに据えたクラスメイトのパーティが、エルドランド王国辺境のダンジョン、その四階層より帰還した祝杯をあげているのだ。
彼らは冒険者ギルドの酒場では、かなり目立っているパーティでもある。
まずは四人。『弓使い』『狩人』『吟遊詩人』『祈祷師』らが格好からして後衛職であるにもかかわらず、残りの二人――自由人二人――が丸腰でダンジョンへ挑んでいること。根本的に前衛職なしのパーティなど、後衛に余程の実力がないと成立しない。
次に、全員が黒髪黒眼で統一されていること。体毛や眼の色が多様であるこの国では、それらが一色で統一されている集団は家族以外ではまず無いと言っていい。しかし親族や兄弟姉妹かというと、まったく似ていないから違う。
だが髪や眼の色が同じ者としかパーティを組まないなんて、そんな誕生月でパーティメンバーを選ぶような奴はまずいない。つまり髪色や目の色が統一されたパーティは、偶然の一致ぐらいでしか生まれることはない。
その常識が共有されているために、彼ら彼女らのパーティーは嫌でも目についてしまう。そしてそのことに、パーティメンバーは誰も気づいていない。全員が上手く溶け込んだつもりでいる。
順調に経験を積み進んでいるとは言っても、彼らは全員が社会人経験のない高校生だ。そんなものだろう。
さらにもう一つ付け加えるなら、ギルドの酒場で祝杯をあげているにもかかわらず、誰も酒類を頼まず一滴も口にしていないという点がおかしい。単にアルコールに興味がある者が一人もいない上、そろって真面目なので全員が未成年時の飲酒に抵抗があるだけなのだが、それが周囲に伝わるはずもない。
矢田たちがギルドの酒場で食事をとっているのは、単に会計の際に『冒険者カード』を提示すれば割引してもらえるからであるということでしかないことも、周りに伝わるはずがない。
だから注目を集めている彼らがとった次の行動が、後々にギルド全体へ周知される結果となったのは至極当たり前のことであった。
ギィィィィ。
祝杯の声に割って入るような、重厚なギルドの扉が焦り混じりに開けられる音を、ステータス画面に記されたスキルによって強化された聴覚で『弓使い』矢田は捉えた。
それは扉の重さで生じる摩擦を、無理やり力で押し通そうとする時の音だ。
実際その予感は当たり、バタンと扉が閉まるのを待ちきれずに、少年少女が一人づつ、計二人飛び込んできた。
荒い息。額にかいた汗。
明らかに両方とも、激しい運動をした直後である様子。
装備を見る限り魔法使いと神官の類いだろうか。
二人とも年下ではあるが、ここに来たということは冒険者なのだろう。
「――あのっ!」
そしてどうやら緊急の様子。
「誰か、手の空いている人はいませんかっ」
そう言い切ってからケホケホと、少年は無理に出した空気を吸い込み直す音を立てる。全力疾走の後で無理に声を張れば、そうなってしまうのは当たり前。
そんな彼の背中を、もう一人の少女がなでさすっている。
――どうするか。
パーティリーダーを務める矢田は思考する。
二人の様子を見れば、一度話を聞けば「やっぱ無理だわ」と言い難いことはすぐに分かる。この状態で事情を聞くことは、それ自体が了承の意味を強く持つ。
だからか、少女の声が響いても、周りの冒険者は動かない。
混雑した酒場で酔った冒険者のおやじ集団の中で祝杯をあげる気になれなかったので、元々人が少ない時間を狙って食事をしていたというのもあるだろう。が、しかしおそらく、これは安易に話を聞いていい状況ではないのだ。
しばしの逡巡の後に、パーティリーダーを任された矢田は全員の意見を聞くべく向き合った。
「どうした?何があった?」
「大変なの?ピンチなの?」
そしてその時にはもう、自由人二人が少年少女に話しかけていた。
「何やっとるんだアイツらは!?」
「いや、あの二人なら、ゲットした『職業』的に、ああするだろ」
「僕らのスピードじゃ、どっちみち間に合わなかったよ」
「――――――――」
バンと机を叩きながら立ち上がる矢田と、それに対する男子二人の諦観の声。
その呟きを聞いて、基本喋らない戸村井も頷いていた。
そして、仕方がないので取り敢えず話だけ聞くことになる。
ただ矢田には、その予定が予定通りに進む気は全くしなかった。
「ぼくたちは、いつも通りにダンジョンへ挑んでたんです。――その第六階層の中ボスに、パーティが半壊して……」
「一人が負傷して追い詰められ、リーダーが離脱を決めました。その過程で更にもう一人が負傷。リーダーが残ることを決めて、わたし達二人が救援を呼びに別れることになありました」
「よし、助けに行こう」
「GO GO!」
席に着いた少年少女の概要を聞いて、自由人二人が救出を即決した。
スパッコーン。
そして二人の頭がはたかれる。パーティリーダーの矢田によるものだ。
「相談しろよぉ! 何のためのパーティなんだよ!」
「けど、義を見てせざるは勇なきなりと言って」
「助けないとは言ってない! けど、どうやって助けるのか、そもそも私たちに助けられるのか、まずは話を聞いてからだ!相談してからだっ!何のためのパーティだと思ってんだー!! 何のためにみんなで話を聞いてると思ってんだー!!」
「ぬぅ……」
普段の矢田らしくない荒い言葉での反論に、雄山も圧されたじたじになる。彼はバカで考えなしだが、頭が悪い訳ではない。理屈より感情を優先することが多々あるが、理が理解できない訳ではない。
〜〜〜〜〜♪
そんな2人のピリついた空気を、『吟遊詩人』音羽歌丸の笛の音が和らげた。
旋律に特殊効果を付与する魔法の音色である。苛立つ心情が半ば強制的に落ち着かせられる感覚を、初めて矢田は知った。
「二人が怯えてるよ。話し合いは、冷静になってしないとね」
そう一言呟いたかと思うと、音羽は再び笛を咥えて音色を奏で始める。
落ち着いた矢田が見回すと、たしかに少年少女の二人が怯えていた。
「ああ、ごめんなさい。別にあなたたちを責めるつもりはないの」
「い、いえ……」
「自分たちの依頼が、かなり勝手なものだってことは分かってますから……」
伏し目がちに俯く少年少女は、その場にいる誰とも目を合わせようとしない。目線が机の木目より上に上がることもなかった。
見かねた永井が頬杖をつきながら尋ねる。
「――けど凄いよな。俺たちより年下なのに、第六階層にまで進めてるんだから」
「いや、それはリーダーがイケイケどんどんと……」
「ああーなるほど。つまり雄山と同じタイプってことか」
そして少年の回答にため息をついた。当の揶揄された本人であるところの雄山はキョトンとした顔で首をひねるだけである。
それを見てくすりと少女が微笑んだことで、少し場の空気が柔らかくなった。
無言で矢田と永井の弓道部組みが机の下で親指を立てたジェスチャーをやり取りする。それにパーティメンバーも気づいていた。
「イケイケどんどん!実に素晴らしい!やはり人間、倒れる時は前のめりだ!!」
雄山と、もう一人の自由人である法華院は除くが。
「……はぁ。お前は切込隊長としてのリーダーはいいけど、頭目としてのリーダーには向いてないよな」
矢田の言葉を真摯に受け止めているのかないのか。彼の態度からは内心を読み取り辛い。
どんな状況でも、彼のペースは変わらない。少なくとも矢田という少女が、雄山という少年のペースが変わった場面に立ち会ったことはない。
だから首輪をつけておかないと心配でしょうがない。
雄山英人はそういう人間だ。そして彼女は、彼がそういう人間であることを知っているからこそ、彼の勧誘に乗ったことを思い出した。
「――じゃあ、詳しい話を聞かせてもらえる?」
結局、最後の最後には断れないのだ。




