第65話 (間話)移ろいゆく人間関係と、それぞれの反応
「――そうか。それは少々寂しいが・・・和成殿自身が決めたこと、なのだろう」
ライオンハルト・ガオーレの反応は、重く揺るがない、他者の意志を尊重したものであった。
たった一言、学術都市エウレカへ行く旨を伝えただけで全てを了解し、それ以上は何も言わなかった。
だから和成もまた、一礼を下げただけで退室した。
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「ふーん」
親切友成の反応は、無味乾燥とした極めて淡白なものであった。
尤も、それは元々予想していたことである。短い付き合いではないのだ。
基本的にこの友人は和成の判断を否定しない。肯定もしない。
行動の責任を自分でとれるなら好きにしろ。
困ったことがあれば相談しろ。
聞くだけは聞いてやる。
できる範囲でいいのなら手を貸してやる。
そういう感じだ。
そして和成は、男子の友情なんてそんなものでいいと思っている。
「何のメリットもない選択肢を選んだわけじゃない。リスクは少なくリターンは大きい。ちゃんと考えて導き出した結論なんだろ?なら言うことは何もない。実際これから先、ステータスがカスなヒラを守り切るのは苦しいだろうしね。自衛の手段を身につけてくれるなら、行動の幅も取れる選択肢も増える」
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「成る程・・・・・まぁ、悪い判断ではないんとちゃいますか」
天龍連合王国の象徴『白龍天帝』のハク――あくまで仮称のものだが――の反応は、口元を扇子でかくしていることもあって判断に困る。
親しい仲で交流も多ければ、表情や声の変化から何を思っているのか多少は読み解ける。生来の性質は『観察』のスキルで強化もされている。
しかし彼女の場合、種族差からくる骨格・表情筋の違いや、そもそも彼女の感情の変化が―ハク自身、意図的に隠しているのもあって――表に出ない。
そのため、とても分かりづらい。
一応何度も二人だけのお茶会に招かれているので、自分との雑談を楽しんでくれて居るとは思うが、断言はできない。おそらく彼女は、自分の感情だとか思いとかいうものを、表に出さないことを美徳と考えている。
或いは、表に出せない環境にいるか、だ。
「うちかて世界会議が終われば国に帰るんや。和成はんが何処に居っても関係ありまへん。――渡しとる魔道具で、文通してくれるんは変わらんのやろ?」
「それは勿論」
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「そう・・・・・和成君なら、そのうちそんな感じのことを言う気はしてたけどね」
慈愛美の反応は、矢張り親切と同様に和成の予想の範疇のものであった。
「和成君の場合、『ミームワード』の新たなる可能性を手に入れるため――っていうのも勿論あるんだろうけど、そのステータス学に関する研究に携わりたいって願望も芽生えちゃったかな?」
当然、自分の考えが見抜かれるかもしれないとも予想していた。
「ステータスという概念を数式で解き明かす。その研究の一端に携われば、ステータスがカスでレベル上げすら碌に出来ない俺が、この世界に巻き込まれた意味が少しは見えてくる気がした。単純な知的好奇心もあるけどな」
「三つ目の理由――いや、一つ目かな?――は、どうなの?」
「・・・・自分の身は、やっぱり自分で守りたい。俺のために誰かが怪我をするのは――嫌だ」
「私としては、別に付きっきりで守ってもいいんだけどね」
「―――周りの状況を思えば、四六時中守ってもらうのは現実的じゃない。慈さんもレベル上げをしないとこの先どんどん危なくなるだろうし、戦争の被害が大きくなれば世論がそれを許さない。『聖女』の慈さんでも出来ないことはあるし、女神様に嫌われて帰れなくなっても困る。不本意だけど――俺たちは多分、距離を取った方がいい」
「変に事を荒らげるのも、和成君の望むところじゃない、と」
「そうだ」
「ま、いいか。エウレカなら会いに行けないこともないし。それに私は、あなたが幸せならそれでいい。あなたがそれで納得できるならそれでいい」
「・・・・・・・・」
和成は、慈と目が合わせられなかった。
「待ってるから、ずっと」
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「なるへそなぁ。エウレカに行くんか。なら、ワテとしても都合がええな」
モウカリマッカ商会代表ジェニー・モウカリマッカの反応は、和成が全く予想していないものだった。
「都合がいい、とは?」
「土地と家買うんには、多種族に対してガッチガチなエルドランドより、一応は多種族都市のエウレカの方が簡単やっちゅう話や」
「―――?」
その言葉だけでは何のことか分からなかったが、によによと揶揄うような笑みを浮かべるジェニーの顔を見て和成は察した。
「・・・・ひょっとして、ジェニーさんも来るんですか? なんで?」
「一つはアンタが心配やから。もう一つは、エウレカの知識と技術が欲しい。土地も家も買うんは簡単やけど、それはあくまで居住区画の話。研究専用の区画には入れんのや。審査も厳しいし。なぁに、そこからアイデア持ってくるだけでええんや。頭の吹っ飛んだガチの天才の、ワテには思いつかんようなアイデアは、それだけでも金になるかもしれんしな」
「いやそれは・・・・」
「それが嫌なんやったら、かずやんが関わる研究者連中の内の誰かがそれで商売するとき、ワテらの商会を紹介してくれたらそれでええけん。紹介料は払うで」
脳裏にドア・イン・ザ・フェイス(敢えて大きな頼みごとをして一度断らせてから、本命の小さな頼みごとを承諾させる交渉術)や、返報性の心理(他人から何らかの施しを受けた際、何かお返しをしなければならないという感情を抱く心理)といった単語が浮かぶが、特に拒む理由もないので和成は了承した。
注釈付きであるが。
「あくまで向こう側が商売したいと思ってる時だけですからね。あと一応言っておきますけど、アコギな商売はしないでくださいよ」
「わぁっとるわぁっとる。商売人にとって信用は命や。裏切るような真似はせん。それに――」
続くその言葉に和成は、大人の世界の闇を感じた。
「かずやんは利益が最小限保証されとって、自分の意志が尊重されとったらそれで満足するタイプやろ。金のために誰かを蹴落とすんは嫌ってタイプ。ワテの商売相手で、あんたみたいな腹に一物抱えんでも向かい合える、利のある商売ができる相手は貴重やからな」
同時にそれがリップサービスでないことを何となく察し、彼はジェニーという人情派の商人と出会えた幸運を強く実感した。
「ホンマに気が楽やで」
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「・・・フン、そうか」
城造創作の反応は、その一言を言ったっきり黙りこくるという、予想通りも何もないものであった。コチラに顔を向けることも一瞥することもなく、木材を削り何かを作っている。
だから暫く経ち、和成が退室しようとしたときに口を開いたのが意外だった。
「・・・いつ出発する」
「数週間後。だいたい世界会議が終わるころに、スペル先生たちと一緒にエウレカへ向かう。だから今は並列して、諸々の手続きと書類を片付けているところだ」
「・・・フン・・・・・そうか」
何時ぞやだったか、“フン、なんて口癖は直さないとその内、面倒くさいことになるぞ”と言ったことを、どうやら彼なりに改善しようとしていたようだ。
「俺がいなくなったら誰もわざわざ訪ねに来てはくれないんだ。定期的に外に出ろよ、引きこもり」
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「そうですか、エウレカに・・・・・・」
ホーリー神国『姫巫女』のルルル・ホーリー・ヴェルベットの反応は、ひどく穏やかで、どこか嬉しそうだった。目隠しの下の目がどのような形なのかは分からないが、ほのかに笑っていることは花弁のような唇でわかる。
「それはわざわざ、伝えていただきありがとうございます。世界会議が終われば私も母国に帰りますし、あまり伝えても意味がないと思いますが―――」
「いや、ルルルが“スペル先生は話が長いから、熱心に話を聞けば親しくなれるかも”と教えてくれたおかげで、縁がうまれた可能性があるからな」
「・・・かと言って、意識してそんなに話し続けることは不可能だと思いますが。ご老体とは言え、超賢者様がお倒れになるまでお話に興じていたのでしょう?伝え聞いておりますよ」
呆れ混じりのその顔は、黒革の目隠しもあってとても年相応には見えない。
和成は彼女の年相応な面を知っているが、少し時間を空けて相対すれば、それがまるでなかったかのように感じる。
こうして大聖堂の中で談笑できている以上、その記憶は事実であり幻ではないだろうが。
「―――ではせめて、貴方様の未来に、幸福と安寧が訪れますよう―――」
祈らせてくださいと言って、ルルルは和成の眼前で跪く。
異国の地の異界の地の、和成が現在抱えている葛藤の元凶とも言える、女神を信仰する少女。
その祝福を和成は喜んで受け入れた。
信仰対象と、信仰と、信者。それらは彼にとって全くの別物だ。
女神が嫌いであること。
女神の加護によって救われる者がいること。
女神の存在を精神的支柱としている者がいること。
そして目の前の、祝福を送ってくれる少女の優しさ。
全て、まったく別の話だ。
「《幸あれ》」
「ありがとう」
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「そうかー。王都から出て行っちゃうのかー」
久留米料理子の反応は、やはり和成の予想内であった。
「寂しくなるね」
人懐っこい表情を曇らせて、何時の間にかすっかり私物化している王城の巨大台所の一部で創作料理に励んでいる。
交友を結んだ「美食の国グルメ共和国」の王族たちと試食会でも行うのだろう。グルメ共和国の王族は、権威はあっても権力はない実質なお飾りに近い。国民のアイドルでありマスコットキャラクターであり、申し訳程度の発言権と共に行政、司法、立法に携われない立場にいるだけだ。
和成が久留米を通じて、そんな彼らとジェニーのモウカリマッカ商会と関係を持たせると、かの国の豊富かつ高級な食材を牛耳ることができるということで、それはもう喜ばれた。ジェニーの目がGになっていた。
「実を言うとね、私もグルメ共和国に来ないかってお呼ばれされてるんだよね。疎開ってことになるのかな」
「確かに、地理的な面で考えればグルメ共和国は大陸の南端にあるからな。あの国は魔人族領から最も遠くにある地域の一つだ。あそこまで魔人族が攻め込むようなことがあれば、人族は負けたも同然。安全を考えれば、悪くない選択肢だ」
「行かないけどね。だって、平賀屋君は同じ状況になってもいかないんでしょ?」
「・・・・・・まぁな」
「私も同じだよ。クラスメイトのみんなが戦ってるのに――自分だけ安全圏にいるのは嫌。だから寂しいけど、平賀屋君がエウレカに行こうとする理由は分かる。何らかの形で戦いたいんでしょ。たとえそれが自己満足だったとしても」
「――戦わずに済むのなら、それが一番なんだけどな」
「あはは。だから私も戦うよー。戦闘は無理だけど、自分なりの戦いを。取り敢えずは――王都を出る山井ちゃんの手伝いでもしようかな」
久留米のその言葉もまた、予想の範囲内である。
山井が世界へ進出する、その切っ掛けと方法を与えたのは和成自身なのだから。
「まぁここはゲームの世界だし、そこまで酷いことにはならないでしょ」
そうあっけらかんとした表情とは裏腹に、和成の胸には不安が渦巻く。
とてもそうは思えなかった。
「油断は大敵、だよ。久留米さん」
『ミームワード』で少しでも自分の危機感が伝わることを期待して、和成は言葉を紡いだ。
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問い三「コミュニケーションにおいて打算はどこまで許されるのか」
―――許される許されないではなく、そもそも打算とは勝手に湧いてしまうものなのだと、人と人との関係を積み重ねたことで分かった気がする。
打算とは妥協の産物だ。
しかし難しいことに、妥協が誠実から生まれることもある。健康的な人間関係に、全く妥協が――譲り合いがないなんてことはないんだから。
だから自分に出来ることは、なるべく誠実から打算を生み出そうと努力することぐらいなのだろう。
『世界会議編』終了。
そして視点は一旦、学び舎にて机を並べた者たちへ。
『クラスメイト編part1』へ続きます。
またそれに伴い、第四章は金曜日から更新します。




