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第64話 ハピネス王女と大きな部屋


「・・・・わたくしには、王位継承権がありません。お姉さまと違って『王女』の『職業ジョブ』を得られませんでしたし、先の大戦で母上が亡くなってすぐお父様がそのように手続きをしてしまわれたようです。物心つく前のことです。理由は、先の大戦から立て直し、将来必ず襲来するであろう魔人族に対抗するには、お家騒動を予め防いでおく必要がある――からだそうです」


 きっと、彼女の実の母親に対する執着はとても薄いのだろう。

 母上。そしてお父様。

 その呼び方の違いを聞いて、和成はそう直感する。


「結果わたくしは、どうやっても王にはなれない人間になりました。そういう意味では、上級貴族のみな様の方が重大な地位にいます。――しかしそれでも、わたくしは王族です。継承権がないからと言っても、わたくしにはお姉さまと同じ血が流れ、相応のステータスを持って生まれついています。継承権を持たないから放逐するなんてことは、外交的に出来ません。他国に火種を放置しては復興もままなりませんから。ですからわたくしは、この代々の王族が居住してきたスペースで暮らすことになっています」

 そう言って少女が見上げる先にある天井は、高い。

「ここはお風呂もおトイレも台所も完備していて、その気になればここから出ずに暮らすこともできます。とても、贅沢な空間です。モンスターが壁の向こうから襲い掛かってくることもありません」

「・・・・それは別に、俺の世界では珍しいものではないけどな。と言うか、それは貴族たちも同じだろう」


「――ですが、その方たちは自らの義務を背負っています。有事の際は前線に立ち、命をもって戦うからこそ、この空間にいることを許される。しかしわたくしは、今まで一度も命を懸けて戦ったことがない」

「それは偶々有事の際って状況にならなかっただけだろ。魔人族軍も今は動きがないってだけだし」

「なら、なら・・・・・・何故わたくしは、ここにいるのでしょうか」

「それは、王族だから――」

「継承権を持たないのにですか?」

 被せるようにして、ハピネスは和成の返答に質問で返す。それは、質問であって質問でない質問であったが。

 そしてさらに、和成にはその速度に心当たりがあった。


 何度も自問自答を繰り返したからこその返答の速さだ。

 和成の問いにすぐに反応したのは、それが既に彼女の中で何度も繰り返し行われていたものだからだ。


「・・・なんでハピネスが俺に、あんなにもすぐ懐いたのか分かった気がするよ」

「――――――」

 その呟きに答えは返ってこない。

 しかし、質問に対する答えを口にしていないにもかかわらず、否定の声が上がらない。


「俺に、シンパシーを感じていたからだな」

 それこそが、ハピネスが和成に求めていたものであると推測した。


 ――こくり、と首肯が返った。


「この空間にいることが許されると表現していたが――内心を的確に表すにはそれでは不適当だ。こんな空間に居たくないと、はっきり言えばいい」

 そう言いつつも和成は、彼女がそう言えない理由を共感していた。


 二人の置かれている状況には類似点がある。


 望んでその環境にいるわけではないこと。

 ハピネスが王位継承権を持たない王族であることは本人が望んだことではなく、和成がこの世界に召喚されたことも本人の意思とは無関係である。


 おかれている状況が不遇であること。

 また、共に優先順位が明確に下であること。

 ハピネスは未来のエルドランド王国の頂点に立つアンドレよりも、和成は他の優れた能力を持つクラスメイトよりも下に置かれ、その態度には露骨な差が存在している。

 かと言ってその意識を改善することは出来ず、強硬な姿勢を取れば却って状況が悪化するだけである。背後にやむを得ない状況や大人のしがらみがあるため、下手な行動や反発は単なるワガママであり迷惑と受け取られてしまう危険性が高い。


 そして、単なるワガママ・迷惑ということにしたがる者も一定数いる。


「言えませんよ。ここにいることの恩恵も、受けているのです」


 そして、同時に恵まれた立場にもいるということ。


 いくつもの宝石を持ちや高級なドレスを何着も所有し、専任の料理人の料理を食べ、モンスターに襲われることのない絶対安全な部屋に住まうことが出来ている。国有数のステータスを誇り、英才教育により高い戦闘能力を持ち、美貌と知性まで兼ね備えている。


 『聖女』といった生涯お目にかかれることのない者たちと友情を結び、国のトップや権力者とのコネをもち、権力を手にすることも出来ている。安全圏で暮らし、異界より召喚されし救世の勇者たちとほぼ対等に扱われている。


 本人の努力や運の助力が大きいが、そもそもどれだけの運や努力を重ねようとも、その境遇に辿り着くことのできないものは大勢いる。

 二人より恵まれているものは多く、二人より恵まれていないものも多い。


 つまるところ二人は、偉いと言えば偉く、偉くないと言えば偉くない微妙な立ち位置にいるのだ。



 継承権を持たないとはいえ、ハピネスは王族。

 王家の者が持つ血も、優れた容姿やステータスも、アンドレ王女と遜色がない。


 ステータスがカスとはいえ、和成は異界より召喚された存在。

 クラスメイトらとの関係性はそのままで、この世界にはない知識を持つ。


 2人の現状は所詮、「何をもって幸福とするか」という問いと同じだ。

 見方1つでどうとでも言える。


「それに、わたくしが王都から出るなんて、そんなことになったら一大事です」

 ただ、中途半端な立ち位置な二人は間違いなく火種を超えた火薬であり、一歩まちがえれば国家間に重大な禍根を残す可能性を持つという点は確実である。


「それなのに和成さまは――王城から、出て行かれるんですね・・・・。あなたなら、わたくしの気持ちを分かってくれると思ってました」

「――分からない、とは言わない。俺が逃げようとしていることも、否定しない」


 その状況は、一言で言えばストレスがたまる。

 中途半端な立場で露骨な扱いの差にさらされ続けるのだから。


 何故、次期王であるアンドレ王女と、王位継承権を持たないハピネス王女の扱いが同じなのか。

 何故、『勇者』様や『聖女』様方と、大したステータスを持たない和成の扱いが同じなのか。

 誰も何も言わないが、そう思って接する者がいる。

 そうでない者もいるが、そうである者の方が多い。

 かといってその状況を無理に是正すれば、それこそ不公平だ。


 王位継承権を持つアンドレと、持たないハピネスが同列な筈がない。

 歴史と法を重んじる者たちからしてみれば。


 救世の存在と、戦えない和成が同列な筈がない。

 維持のため血税を払う民草からしてみれば。


 自分たちが同じ扱いをされない理由を、二人はちゃんと理解している。

 自分たちが我慢すれば、禍根が残ることはない。

 なら我慢する。2人は、そういう気質の2人だ。

 しかし和成は、一人その境遇から抜け出すことになる。

 王城から一人離れるのだ。


 ――ズルい。


「・・・・わたくしも・・・、連れて行ってくれませんか・・・・・?」

 泣きながら少女は縋り付いた。

 少年の学生服が握りしめられ、皺ができる。

「この部屋が嫌いなのです・・・・豪華なだけでスカスカで、・・・・中身のない空間でいっぱいになっているのです・・・・。まるでわたくしが置かれている状況のようじゃないですか・・・・!」


 大切なのは、ハピネスがこの部屋を使っているという事実だけ。

 形骸化した建前の象徴がこの部屋である。

 一人で住むには無駄に大きいスペース。どうでもいい贅沢。

 その恩恵を必要としているかどうかではなく、恩恵を享受していることだけを重視している。

 要らないのに押し付けられて、要るものはくれなくて。


「・・・・ここにいるからこそ、出会えた人はいます。ここにいるからこそ、味わえる体験もあります。けど、それは・・・・それとこれとは別なのです・・・・」


 和成も同じ思いだ。


 ――ここでしかできない出会いがある。経験できない体験がある。クラスメイトの意外な一面を知れて、親しくなれたものたちがいる。

 それは尊く、恵まれたものだと自分でも思う。

 けどそれで、自分をそんな境遇に引き入れた奴の罪がチャラに出来たと思うな。

 謝罪しろよ。誠意を見せろよ。

 行動して人に害を与えておいて、それとは別の益があるんだから我慢しろ?

 どの口が言っている。

 まずは、納得がいっていない奴を納得させるための努力を惜しむんじゃない。


 そう口にしたところで、そんな余裕はこの国にはない。

 戦争は近く、復興もまだ終わっていない。

 命の脅威が常に側にある。


「分かるよ、何となくだけど。その気持ちは」

 少女の泣き声で震える背中に、和成は静かに手を添えた。

「だからその状況から、俺は脱出することを望んだ。そのための努力をした。クソみたいな柵から抜け出して、王城の外に逃げる」

「わたくしは・・・・・逃げられません」

「ああ、俺にもどうすれば状況を変えられるのか分からん。根本的にあるのが人の蔑視の感情だからな。一朝一夕ではどうにもならん。時間をかけるしかない」

「それは・・・・わかっています。教育係の人に言われました。わたくしが今、行動してしまえば、王城は大きく揺れる。復興のためにも国防のためにも、がまんしないといけないと・・・・わたくしのワガママで王国に迷惑がかかれば、そのしわ寄せは民へ向かうと・・・・」

 国の中枢に問題が起きそれが防衛などに悪影響を与えれば、それは民衆の生存率に大きく影響する。

 でも。

 つらいものはつらい。


「・・・・行かないでください。この場所は・・・・寂しいのです。夜ベッドで寝ていると、天井のすき間に押しつぶされる気がするのです。天幕で上を覆っても、その向こうにある何もない空間が恐ろしいのです。誰もわたくしの隣にはおりません。近侍たちはみんな、わたくしとは深くかかわろうとしません。護衛騎士さんたちは、部屋の中まで入ることはありません。外を巡回しているだけ。わたくしにつけられた護衛は、あくまで形式上のものなのです。わたくしは、お姉さまと比べれば重要ではありません。・・・・心細いのです」


「プチョヘンザさんも、ケルルさんも、ハピネスのために一生懸命なのは間違ないと思うけど」

 短い付き合いではあるが、和成から見たあの二人は情に厚い人間だ。

 それは間違いない。二人ともハピネスのことを大事に思っている。


「それは分かっているのです。けど二人とも、位の高い者たちではないのです。上級貴族の命令には、簡単には逆らえません」

 しかし大事に思っていることと、第一に行動できることは別だ。


「ハピネスが本気の本気で、どうしようもないぐらいに悲しくて苦しい時は、二人なら助けてくれると思うけど・・・・」

「そこまで迷惑はかけられないのです・・・・」

 彼女の涙は止まらない。

 何時の間にか胸元に頭を強く幼児のように押し付けていた。

 涙が学生服に沁み込んで、その下の肌着にまで達しているのが触感でわかる。


「――分かった。なら、俺も帰って来よう」

「・・・・・え―――?」

「俺はエウレカに行く。その決定を覆すつもりは無い。俺の最終目標は故郷に帰ることで、それには故郷へ帰るまで生き残らなくてはなれない。その為の力を手に入れられるチャンスを、逃すわけにはいかないんだ」

 そう明言されたことで、ハピネスが学生服を握りしめる力が強くなる。

 ビリ・・・・と、不安な音も同時に鳴る。


「けど俺が教育係を辞めることを決めたのは、一応は仕事をもらっている社会人として俺なりにけじめをつけるためだ。厚意でもらった仕事が自分の都合で出来なくなる以上、ちゃんと頭を下げて辞めさせていただきますと言うのが筋だからだ。その責任を背負うためだ。もしもエウレカで何の成果がなくとも、すぐに王都へ帰ってくることになっても、もう一度雇ってくださいだなんて虫のいいことを言わないためだ」


 続くその言葉で、ハピネスは顔を上げた。


「なら、ハピネスがもし良いのなら――、向こうでの訓練がいつ終わるかは分からないけど、王城へ帰って日本に帰るまでの間、また君の教育係として雇ってくれないか」


「・・・・・・!」

 目と目が合い、深く考える前にハピネスは頭を振った。


「・・・・・当たり前です!――当たり前ですっ・・・・!!」



☆☆☆☆☆



 その後しばらくハピネスの愚痴や不満に付き合ってから、泣きつかれて寝落ちした彼女の寝姿を整えてから退室した。

「ちゃんと話はまとまったの?」

「一応、お陰様で」

 扉の前に仁王立ちして待ち構えていた姫宮も、和成の返答にしかめっ面を笑顔に変えた。

 二人の護衛騎士も、慈も久留米もほっと一息ついた。


「ならよし!」

「――で、姫宮さん。よしじゃない方はどうするんだ」

「?」

 疑問符を浮かべる『姫騎士ゴリラガール』に、『哲学者』は指でさし示した。

 その先にあったのは、破壊された扉の破片と壁の瓦礫である。

「・・・・私の持ってるお金で弁償します」


 そして後日。

 提示された請求書の金額に姫宮の目が飛び出た。


「貴重な素材が使われてまして・・・・」

「どうしよう和成くん!全然足りない!」

「自分で責任取れてないじゃん・・・・」


 仕方がないので、和成が城造を説得して、瓦礫を材料に元の形そのままに修復してもらうことで何とかした。


「自分で責任取れてないじゃん」

「二回も言わないでください」

 

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