第63話 脳筋ゴリラのお手柄
「どうすっかな、これ・・・・」
けたたましいと言っていいほどにぅわんぅわんと、鉄鍋も振動しそうな甲高い泣き声が響く。
あの小さく細い喉から、一体どうやってこれほどの音量を発しているのか。
「話を聞いてもらわないと説得も何もないよね」
「やっぱり、こんなに早いお別れは覚悟してなかったのかな」
「ハピネスちゃん、まだ11歳だし」
「姫様は世界会議が終わり、和成殿の授業が再開されることを楽しんでおりましたから・・・・」
上から順に、姫宮、慈、久留米、プチョヘンザ護衛騎士。
ハピネスと和成が心配で集まった、あの時のメンバーたちである。
「ハピネスちゃーん。グルメ共和国の偉い人から貰ったお芋で作った、芋けんぴとフライドポテトだよー。早く出てこないと冷めちゃうよー」
「美味いっスね、これ」
「早く出てこないとー、ケルル護衛騎士が全部食べちゃうよー」
当然、その側には小さい方の女騎士もいる。
女騎士の方は相変わらず態度が軽い。全く事態を深刻に捉えていない。
ちなみに、久留米が持つ皿の上の油取り紙にのる芋けんぴは青色で、フライドポテトは紫色である。
品種が違うので仕方ない。これが一番、味と触感的には近いのだ。
「食っとる場合か!」
巨漢であるプチョヘンザ護衛騎士の怒号も、小柄なケルル護衛騎士には糠に打った釘のように効果がない。
「別にいいんじゃないっスか。姫さんがこうやって、自分の不満を表に出せるようになったのも成長っスよ。前はそれができなくて、あんな騒動になっちゃったわけっスし」
「それはそうかもしれんが・・・・」
ケルル護衛騎士は口が回る要領のいい人間だ。控えめに言っても不器用で口下手なプチョヘンザ護衛騎士では相性が悪い。彼は上手い反論も出来ず、ただ口ごもるだけに終わる。
「どうするか・・・・ぽりぽり」
その隣で、和成が芋けんぴに手を伸ばしていた。
「食べてんじゃないよ騒動の元凶!!」
そして姫宮に、はたかれる。
「久留米ちゃん、それ和成君の手が届かないところに持って行ってて」
「前々から思ってたけど、平賀屋君って結構食い意地が張ってるよねー」
和成がパーティーで食べ過ぎて喋れなくなった光景を、彼女たちは何度か見た記憶があった。
「食べる暇があったら、ずーっと泣いてるハピネスちゃんを何とかしなさいよ!」
「・・・・あの子が落ち着いて泣き止むまで放置する」
「却下ァ!!」
「けど、今の話が通じない状態だと打つ手がないだろ。・・・・泣きじゃくる子供は、いったん放置するのも手の内だと俺は思っている」
「こんなにぎゃんぎゃん泣いてるのに良く放置できるね!!」
声を張り上げるか顔を近づけ合うかしないと、聞き取れないほどの大声である。
自然と姫宮が張り上げる声も大きくなり、和成との顔も近くなっていった。
「小さい子と接してるとね、これぐらいの泣き声に一々反応してると身が持たないんだよ。うちの実家は家と診療所を兼ねている。そして両親は小児科医と産婦人科医。俺の聴覚は子供の泣き声を受け流せるよう適応している。おかげで親戚の子の泣き声もスルーできる。ただの泣き声と、様子がおかしい時の泣き声の聞き分けもできる」
「和成くんってホンットーに、偶に妙なスキルを発揮するよね!」
和成の子供に対する姿勢は、良くも悪くも程よく雑である。
子供は泣くのも仕事の内と考えている彼に、泣き落としはほぼ効果がない。彼はこのままやり過ごし、ある程度疲れさせてから話を切り出した方が早く済むだろう――とすら考えている。
「・・・けど、ハピネスちゃんを放置したら、話がこじれると思うよ」
しかしそれは、どの年代にも通じるわけではない。
「――その根拠は?」
姫宮の態度から、その話には説得力がありそうだと結論を出し、和成は意見を求める。
「私があの子ぐらいのときに大泣きするのは、文句を言いながらも怒ってる人に、構ってほしい時だったから。別に謝ってほしいとかじゃなくて、閉じこもってる自分を追いかけて、話を聞いて――いや、やっぱり、かまってほしかったからとしか言えないかな」
「・・・なるほど」
「11歳は、子供だけど、子供じゃないよ」
「・・・その辺りの塩梅が俺には今一つかめない。子供は好きだけど、10歳を超えたあたりから苦手だ。特に女児。どう扱うべきか分からん。子供として扱うべきか、大人として扱うべきか、同年代として扱うべきか分からん。成長に個人差があることを知っているから、尚更にな」
「――私は、今ちゃんと、ハピネスちゃんと話しておかないと駄目だと思う」
「・・・だがなぁ、実際問題どうする?鍵をかけられたまま閉じ込められたら手出しは出来ないぞ」
「――よし」
言うが早いか姫宮は、和成の何時もの学生服の襟を左手でつかみ、右手で固く閉じられた扉のドアノブに指をかけた。
「責任は私が取ります。弁償もしますから――」
メベキャァ
姫宮は強引に力技でノブを引き千切り、重厚な扉を半壊させながらこじ開けた。
その場にいた全員の、開いた口が塞がらない。
まごうことなき脳筋ゴリラの所業である。
「――ハピネスちゃんと和解するまで、この部屋から出さないからね!」
そのまま和成を室内に放り込み、半壊してドアノブのとれた扉を無理やりバキンと閉める。
無理に開けたことで扉は半分からへし折れかけ変形していたが、無理やり元のスペースに押し嵌める。少し壁の方にもヒビが入った。
蝶番は外れかけ、設置されている壁の方まで被害が及ぶ。
扉周り一体が、べきべきのばきばきである。
「・・・・・・」
扉には姫宮が背中を預けて和成を出させまいとしているのが、閉められたあとの振動で何となく察っせた。つまり彼女のその決定に逆らえるはずもなく、自力でその扉から出られる気はまるでしなかった。
☆☆☆☆☆
両手を広げても十分に余りある廊下の広さ。
首を目一杯限界まで上げ、それでも足りない天井の高さ。
二人分の肩幅がある扉の大きさ。
そして、やたらと広い扉と扉の間隔。
入室前にそれらを総合的に組み合わせ予想した以上に、ハピネスの部屋は広く大きい。
天井は吹き抜けがあるかのように高く、上から足元に影を生み出す照明も豪華。緻密なガラス細工が彩られている。
二十畳以上はある床と、踏むことにも躊躇と恐れがつきまとう高級カーペット。むろんそれは全面に敷き詰められている。その所為で足の踏み場もないように感じた。
それ以外の家具も、全てが触れるのがはばかれるほどの高級品である。
『観察』のスキルの副次的な効果か、王城のあちこちに置かれている調度品よりも、こちらに配置された者の方が高級であることが何となく分かった。
それどころか、いかにも高級そうな宝石が装飾に使われている物も少なくない。
テレビの中だけで見た高級ホテルのスイートルームを数段ゴージャスにした部屋としか、庶民である和成には表現できない。
しかし扉がいくつかあることを見るに、この部屋だけが彼女の部屋の全てではないのだろう。
緊張しかしない空間であった。見とれるよりも先に背筋が伸びる。
これが子供部屋なのがすごい話だと、間の抜けた感想を和成は抱いた。
そして部屋の中央。
広すぎるぐらいに広い空間の中央で、フリフリのドレスのような部屋着を着たハピネスがうずくまっていた。裾が汚れることも構わずに、土足で歩くカーペットに座り込んでいる。
少女なりの反抗心の表れだろうか。
和成の経験上、拗ねた子供ほど自分や衣服を積極的に汚そうとする。
「姫宮さまも中々、むちゃくちゃなことをしますね・・・・」
そんなハピネスの涙は引いていた。
ハピネス自身も姫宮の行動に引いていた。
しかしその頬には明確に涙の跡が残っており、目は赤く声もかすれている。
あれだけ大声で泣き続けたのだから当たり前だ。
ただ、姫宮の強烈な行動の所為で、すっかり冷静にさせられてしまったらしい。自室のドア、それもめったに壊されないように頑丈に作られた高級品をぶち壊されて、泣くどころではなくなったのだろう。
まだ鼻をすんすん鳴らしているが、先ほどのように頑として話を聞かない様子ではなさそうである。それでも目は合わせてくれないが。
「――ハピネス」
「・・・・・」
うつむくハピネスの視線の先にあるのは、彼女の靴の先。
「まずは、俺が何故エウレカへ行くことを決めたのかを聞いてくれないか」
「・・・・そこはまず、ごめんなさいじゃないのですか」
幼い王女は顔を上げることもなく、うつむいたまま応答する。
「ごめんと一言、それだけ言って納得してくれるならそうするが、そうはならないだろうからな」
「・・・・・・」
むっつりと無言を決め込んだまま、しかしハピネスは立ち上がって歩き出した。
そのまま、別の部屋に繋がる扉に手をかける。
「まずはついてきてください。話はそれから聞きます」
その先にあったのは洗面所だ。無言ではハピネスは顔を洗い、コップに注いだ水で口をぐちゅぐちゅとすすぐ。
一度退室して、姫宮が破壊した唯一外とつながる扉がある中央の部屋へ。
そして別の部屋へ繋がる扉を開け、入室する。
その先にあったのは簡易的な台所だ。といっても簡易的というのはあくまで王城の巨大台所を基準にしているからであり、和成の家以上の大きさはある。魔導冷蔵庫も魔導熱プレートも完備されていた。
使われた痕跡のないピカピカのその場所で、ハピネスは食器棚から取り出したコップに水を注いで飲む。
泣き声によって乾燥した喉を潤したのだろう。
再び退室。和成は黙ってその後について回る。
そして再び、ハピネスは中心の部屋の別の扉に手をかけた。
「――この扉の向こうには、わたくしの寝室があります。女性以外の護衛も、お父さまであっても入ることは許されない男子禁制の場所。ここに入ることが許されるのは、わたくしにとって特別な立場の人だけ」
いったん瞳を閉じて、開いて。
せりあがる涙を瞳の奥に押し戻すようにしてからハピネスは、その部屋の扉を開いた。
自分の体を半身ずらし、部屋の中を和成に見せつけるようにして。
「――この部屋の中でなら、あなたの話を聞きましょう」
「・・・理由は?」
「・・・・・・特にありません」
そんなはずがないだろうと和成は思いつつも、何も言わない。
一応ここまで心を開いてはくれているのだ。
余計なことは言わない。
口は禍の元。
「そこで何をするつもりだ?そこに俺を入れるってことが、周りに知られたらどう受け取られるかは知ってるだろ」
「別に何もいたしません。ただ、和成さまの話を聞く前に、わたくしの話を聞いて欲しいだけです」
うつむいたハピネスが、そのまま寝室に足を踏み入れた。
和成は。
「・・・・その言葉、信じるからな」
自分の呼び名が戻ったことを根拠に、ハピネスを説得するため入室した。
☆☆☆☆☆
広い部屋。その中央に置かれた巨大ベッド。
ダブルサイズのベッドの更に倍はあるそのベッドに腰かけて、隣同士に二人は座る。その沈みこむような柔らかさでは、バランスをとるのは難しい。クッションだけで出来た椅子に座っている気分だ。背もたれはない。
そして見上げれば天井は高く、少女が一人で寝るには広すぎるベッドには隙間を埋めるように、可愛らしいヌイグルミで満杯だ。そしてその侵食は床全面にまで及んでいる。
一国の王女様の部屋がこんなに散らかっていていいのかと、思わなくもない。
総評すると、キュートでチャーミングでガーリッシュガーリッシュした、童話に出てくるお姫様の部屋のような寝室だ。
子供らしい豪華絢爛さを感じさせる、おもちゃ箱の中のような部屋。
「――この部屋について和成さまは、どう思いましたか?」
ただ、すぐ右横でベッドに小さいお尻を沈めるハピネスの質問。
そのイントネーションには、この部屋をまったく自慢する気配がない。
可愛いヌイグルミに囲まれて尚、寂しそうな気配がなくならない。
「・・・・豪華で大きい。好きな奴は好きなんじゃないか?」
「――なら、この部屋で過ごしたいと思いますか?」
「思わない。全く、これっぽっちも思わない。俺にとってこの部屋は――無駄が多すぎる」
広すぎる床面積。高すぎる天井。
ここは、人が一人で住むには大きすぎる。
「起きて半畳寝て一畳・・・・でしたか」
それは何時だったか、授業の際にハピネスに教えた諺だ。
和成の価値観に合った諺である。広すぎる住居は彼にとって無駄としか受け取れない。
「見たり人が住んだりする分には構わないが、自分が住むのはごめんだ。広すぎる家は嫌いだ。無駄が多くて嫌になる」
確かに、そんなことを言った覚えがある。
「――わたくしも、そう思います」
うつむくハピネスのその表情を見れば、この寝室こそが彼女のコンプレックスの根源であることは明らかであった。今のような極めて特殊な状況を除けば、知ることも入ることもできなかったであろう部屋。
ベッドの上ではヌイグルミが、みっしりと敷き詰められている部屋。
この空間を人ひとり分埋めたところで何の意味もなさそうな、有り余る空間に満ちた部屋。
この部屋の中では、人が一人いようがいまいが何も変わらない。
そう思わされる部屋だった。
そうハピネスは感じているのだろうと、思わされる部屋だった。
「この部屋は、お前にとってどういう部屋なんだ?」
和成は察した。
きっと、それが一番、今のハピネスが聞いて欲しいことなのだろう、と。
突然ですが、新生活の始まりを見据え、更新の日時と速度を変更させていただきます。
詳しい内容は初めて使用した活動報告へ記入していますので、目を通していただけたらと思います。




