第59話 詐欺と方便の境界
『勇者』天城正義のもとに「『哲学者』が人を誑かし報酬を得た」という話が伝わったのは、世界会議が始まって一カ月が経とうとして頃だった。
シュドルツ・アスクレピオス。
エルドランド王国における医者の権威。
『医者』として様々な治療法を発見し、それらの技術を惜しみなく市井に広く広めた敬虔なる女神の信徒。
その信徒が、女神ではない他の神を拝みだしたというのだ。
『哲学者』と会話し終えた後で。
☆☆☆☆☆
「おい平賀屋!どういうことだ!!」
アンドレ王女より話を聞いてすぐ、天城は和成の自室へ押しかけた。今なら和成以外、誰もいないという情報がアンドレ経由で入手できたからだ。実際に和成は一人机に向かい、カリカリとペンを動かしている。
「どういうことだってどういうことだよ。いつ(When)、どこで(Where)、だれが(Who)、なにを(What)、なぜ(Why)、どのように(How)の5W1Hを明確にしてくれ。あと、今日は何時もの二人はいないんだな」
「鋼野と守村は用事だ。それより俺が聞きたいのは、一週間ほど前に、王城で、お前が、シュドルツ・アスクレピオスさんを、騙した話についてだ!」
「人聞きの悪い。騙したとは何のことだ」
「これのことだ!」
椅子から立ち上がった和成の鼻先に、天城は一枚の紙を突き付けた。
それはお札だ。
お地蔵様の絵と、ミミズがのたくったような文字が書かれたお札。
「これはコピーしたものでオリジナルのものではないが、お前がこれをシュドルツさんに高値で売りつけたことは調べがついている!」
「だったらなんだ。何故それで俺が騙したことになる」
「――!ふざけるな!こんな紙切れをあんな高値で売りつけるなんて、詐欺そのものじゃないか!」
「・・・・おい天城、言葉には気をつけろよ。何をどこまで把握しているのかは知らんが、シュドルツさんはその紙切れに、お前の言うところのあんな高額な価値があると判断したんだ。これは正当な商取引だ」
天城の剣幕に一歩も引かない和成に、今度はアンドレが前に出た。
「和成様、しかし私どもといたしましても、この紙にそれほどの価値があるとは思えません。正当な商取引というなら、詳しい経緯と説明をお願いしたいのですが」
「別にそれはかまいませんよ。尤も、二人が思考にバイアスをかけずに、ちゃんと話を聞いてくれるなら、ですけどね」
そう前置きを置いてから和成は、納得がいかない様子の天城を見つめてこう言った。
「あのなぁ天城。天と地の狭間には思いもよらない、二十年も経っていない俺らの人生の枠外にある事象に満ちているんだ。この世は有限ではあるが、限りなく無限に等しい神秘と脅威に満ちている。この世に不思議なことがあるなんて、不思議でも何でもない。不思議なことなんざ早々ありゃしないんだぜ」
☆☆☆☆☆
「そもそも、ここに書かれた言葉?は何なんだ」
「 おん かかか びさんまえい そわか 」
「はぁ?」
「真言というやつだ。仏さまの真実の言葉。ありがたい呪文みたいなもの、という解釈でいい。ありがたーい言葉さ」
「・・・・効果があるのか?」
「知らん。そもそも呪文そのものには大した意味はない。呪文とは、唱えるという行為自体に意味があるものだ」
「訳が分からない」
「 おん かかか びさんまえい そわか が、 のうまく さまんだ ばざらだん かん になろうが、 おん ころころ せんだり まとうぎ そわか になろうが違いなんか分からないだろうということだ。他に例を出すならそうだな。『式』って分かるか?」
「陰陽師とかが使う不思議な術だろう。人の形をした紙で出来ていて、破ァッ!てするやつ」
「そう言うと思ったよ。俺が言う式は、それとは違う。陰陽師が使う摩訶不思議な式と、俺が使う式ではその意味合いが全く異なる。尤も、俺が言う摩訶不思議ではない式を、陰陽師が使う場合はあるかもしれんがな」
「お前は怪しい術なんて使ってないって言いたいのか?」
「俺は霊能力者でも何でもないんだ。摩訶不思議な呪いなんか使えない。俺が使う式は、“概念や現象に手順や過程を加えることで、別の意味や概念、属性、名前を与える行為、技”のことだ」
「それは怪しい術とどう違うんだ?」
「何もかもが違う。摩訶不思議な術は摩訶不思議な術でしかないが、俺が言う式はやり方さえ知っていれば誰でも出来る。と言うか、高校生なら全員使ってなくちゃおかしいし、使えなくちゃおかしい」
「・・・・・?」
「分かり易く言うと、これなんかがそうだな」
そう言って和成は、机の上にドラゴンの折り紙を一つ置いた。
「天城、お前にはこのドラゴンの折り紙が何に見える?」
「ドラゴンだろう」
「何故そう思った?」
「ドラゴンの形をしているからだそして。お前がこれをドラゴンの折り紙だと言ったからだ」
「そうだな、そうだろうな。――これが『式』だ」
「・・・どういうことだ?」
「紙という物質に、折るという手順と過程を加え、『ドラゴン』という概念と名前を与えた物がこの折り紙だということだ」
「あ・・・!」
「この折り紙は、折り方さえ習得すれば誰にでも折れる。不思議なことなど何もない」
「・・・・なるほど」
「他にも式は数式の式でもある。アンドレ王女、一を二にするにはどうすればいい?」
「え?そうですね・・・・一を足したり、二をかけたりすればよいのではないでしょうか?」
「その通り。他にも回りくどいが、五を足した後で四を引くという手順もある。まぁ、一を足すのが一番簡単で手っ取り早いだろう。
1+1=2。幼稚園児でも分かる、幼稚園児でも出来る式。 誰がやっても同じ結果が出る当たり前の現象。不思議なことなど何もない。1という概念に1を足すという過程を加えて、2という概念に変えた。
元々あったものを別のものに変えたのが、少々怪しく見えるだけだ」
「・・・・・・」
「あと、俺がこの折り紙をドラゴンの折り紙だと言ったから、ドラゴンの折り紙と判断したと言ったよな。それから分かる通り、人間の認識には名前という概念が深く関わっている。知ってるか天城?肩こりという言葉を知らない人は肩こりにならないんだぜ。ただ『疲れたなぁ』と思うだけ」
「だからなんだよ」
「例えば空腹という名前を知らない場合、体が空腹の状態でも『腹がヒューッとして何かを無性に食べたいなぁ』としか思えない。 現象や物事は、名前があって初めて自覚可能となるんだよ。 式はこの名前を付ける行為そのものを指す言葉でしかない。
納得出来ない悩み、言葉にできない感情、訳の分からないモヤモヤに、納得出来る形を与え、言葉にできるよう名前を与え、訳の分からないモヤモヤを訳の分かる形に落とし込む技。
その過程で神仏を利用したり、理解して貰うために化け物を例として使うことがあるだけだ。摩訶不思議な術ではない。悩みを聞いて説得する。納得できる見方を教える。理解できない感情の正体を解き明かす。俺がやったことは、唯の技術であり話術だ。お前らからしてみれば詐術かもしれないけどな」
「・・・・シュドルツさんに、お札を売りつけていたじゃないか!つまりそれが何の効果もないオカルトグッズで、紙に墨でそれっぽい文字を書いただけの偽物だって認めたということだろう!そしてそれで利益を得たのなら、これが詐欺でなくて何なんだ!!そんなものは詭弁だ!!」
「ナンセンスだな、天城。お前の主張は的はずれも甚だしい」
「何だと!」
「なぁ、天城。じゃあ聞くが、俺が作ったこのドラゴンの折り紙は偽物か?」
「・・・・はぁ?」
「このドラゴンの折り紙は、当然本当のドラゴンとは全く違うものだ。火を噴くこともないし空も飛ばない。大きさだって全く違う。 だが、ドラゴンの偽物かと言われればそれは違う。この折り紙はあくまで『ドラゴンを模して折られた紙』。この折り紙に火を噴くとか空を飛ぶとかいった属性はない。この折り紙は、何処まで行っても『ドラゴンを模した紙』でしかない。それ以上でもそれ以下でもない。
本物か偽物かという問い自体が的はずれだ。
お札も同じ。
俺が作ったあのお札は、それっぽいだけのお札だ。お前が言うように特別な力は何も込められていない。そんなことは俺にはできない。あれは唯の紙きれとそれに書かれた墨だ。
シュドルツさんは、それを承知の上で受け取って感謝しているんだよ。天城が俺を詐欺師と呼ぶのは、このドラゴンの折り紙を買った奴が「本物のドラゴンじゃないじゃないか!詐欺だ!」と難癖をつけているのと同じこと。シュドルツさんは俺のお札を偽物と承知の上で受け取って感謝しているんだ」
「・・・っ!ふざけるな、そんなことがある訳ない!!」
「自惚れるなよ、天城。この世は広いんだ。お前が知らないことも、俺には理解し難いことも、山より高く海より深くある。知ろうともせず理解しようともせずに、簡単に否定するんじゃねぇよ。シュドルツさんがどんな葛藤を抱えて生きてきたのかも知らずに、偉そうなことを吐かすなよ」
突然、明らかな怒気と思わずたじろいでしまう迫力を発して、和成は天城を否定した。
超賢者スペルより教えられた、『ミームワード』が持つ真の力の一端。
情緒が不安定であったとはいえ、歴戦の猛者であるライオンハルトすら気圧すことのできる、言葉の使い方。
「シュドルツ・アスクレピオス。エルドランド王国における医者の権威。その技術は国最高とまで言われる。人格者として知られ、医療費を払えない貧しい人に無償で治療を施したり肩代わりすることで有名な善人。非差別主義で種族を問わずに負傷者を治すため、人によっては嫌われるが絶大な支持を誇る傑物。向き合い接してみればわかる。あの人は善人で真面目で優しい。人を助けることに躊躇がなく、常に人を助けたいと思ってる。そういう人間だ。
だからこそ苦しんでいた。
数多くの命をシュドルツさんは救ってきた。だが、救えなかった命も多かった。
シュドルツさんは、自分の中で膨らんだ罪の意識に追い詰められていた。
だから俺はシュドルツさんに罪の意識と折り合いをつける方法を教えた。それがあのお札なんだよ」
「・・・どういうことだ?」
「シュドルツさんはな、自分の罪を誰かに咎めて欲しかったんだよ」
「・・・?」
「理解できないか?」
「当たり前だ。偉業を成し遂げ続けているシュドルツさんに、何の罪がある!?誰がシュドルツさんを責めるんだ!!」
「誰も責めてないよ。誰かに咎められたかったんだと言っただろうが。強いて言うなら責めていたのはシュドルツさん自身だ。『人を救えなかった自分が、英雄のように扱われることに耐えられない』んだとさ。この一言を引き出すのに、かなりの言葉を費やしたよ」
「そんな、何で・・・っ!?」
「さあね。俺には分かった気には成れても完全に理解することは出来ないんでね。そんなものだよ。お前の見ている景色と、俺の見ている景色と、シュドルツさんが見ている景色は違う。それだけだ」
「訳の分からないことを言ってんじゃない!!どうしたんだ!シュドルツさんに何をした!」
「引いて駄目なら押すしかない。 咎めて欲しがっていたから、咎めた」
「・・・っ!シュドルツさんは、咎められるようなことはしていないだろう!!」
天城は和成の胸倉を掴んだ。
「その考えは否定しないよ。だいたい、俺はシュドルツ・アスクレピレオスという個人のことを碌に知らない。そもそも俺に咎める権限なんかない。そんな偉そうな立場に俺は居ない。この世にシュドルツさんを咎めることができるのは、咎めることでシュドルツさんを救えるのは、シュドルツさんの罪を全て知っているシュドルツさん自身しかいない。
シュドルツさんは、自分が救えなかった命の全てを事細かく覚えていた。法に基づいて調査し裁くことが不可能なほどに過去のものも含めてね。尤も、その記憶がシュドルツさんを追い詰めていた訳だがな。
だからお札を渡してこう勧めた。
『責めたいのなら自分で自分を責めればいい』
女神様ではシュドルツさんは救えない。何年も前にシュドルツさんは女神様に自分の罪を咎めて欲しいと祈り、その罪を許されてしまっている。家族も親類も神官も患者も友達も女神様も、皆んなが皆んな「貴方は悪くない」と許していた。今更シュドルツさんを裁き、救えるような人はいなかった。
自分自身に咎めて貰うしかなかった。
だがそのまま自分自身に咎めさせてしまえば、シュドルツさんは納得しない。それが自己満足でしかないから。
シュドルツさんは自分よりも上位の存在に。法や女神様に裁いて欲しかった。だから自分で自分を責めなかった。責めても納得できなかった。
だから俺はお札をあげて、「このお札を大切に奉ることで罪滅ぼしをしなさい」と勧めて、具体的な奉り方と罪滅ぼしの仕方を教えたんだ。納得できないシュドルツさんが、自分で自分を救える形に落とし込む必要があったからな。
あのお札は、シュドルツさんが自分自身を咎めてくれる上位の存在をシュドルツさんの中に生み出すための装置だ。既存の女神様の代わりとして、地球の神仏の呪文を与えたんだ。
おん かかか びさんまえい そわか。
地蔵菩薩の、つまりはお地蔵さまの真言。
六道世界を巡り、子供や貧乏人などの弱者を率先して助けてくれる愛と慈悲の仏様。親不孝の罰によって、賽の河原で石積みの刑に処される子供たちに救いの手を差し伸べる仏様。
『地蔵菩薩を敬い、拝み、その行動を倣ってより多くの人を救いなさい。このお札を見て自分の不徳を反省し、自分自身をより戒めなさい。そして今まで以上に人を救いなさい。善行を積めば悪行を成して良いことにはなりませんが、悪行は善行で打ち消せます。私には神様の声を聞いたり、その力を使えるような能力はありません。このお札は所詮、知識だけの奴が作ったそれっぽいだけのものです。そもそも俺たちの世界の神様なので、この世には絶対居ない存在です。
必ず救われるとは言えません。
しかし、俺たちの世界でこの仏様を信仰する人はいます。六道という世界を巡り、救いを齎してくれる地蔵菩薩様なら、ひょっとすれば救ってくれるかもしれません。救われる可能性は極めて低く、救われないと考えるのが自然ですが、それでも、貴方の不徳を戒め、咎める役には立つでしょう』
そう言ってお札を渡した。
シュドルツさんの場合、この『必ず救われるとは限らない』所がありがたかったんだろうな。
シュドルツさんは自分が許されたかったから、救われたかったから咎めて欲しい訳じゃない。あの人には、救えなかった命があることに対する後悔から来る破滅願望があった。あの人は英雄でも聖人でもない。強いて言うなら、真面目をこじらせたお人よしだ」
「・・・・・・」
「理解出来ないだろう。俺も出来ない。分かった気にしかなれない」
「・・・っ!けど、それで!それで本当に解決したのか!?シュドルツさんが破滅すれば、悲しむ人は大勢いる!」
「その通りだ。だからこうも言っておいた。『地蔵菩薩様が救いの手を差し伸べる賽の河原の子供たちは、親不孝の罪で石積みの刑に処されています。自分を心配してくれる人たちの忠告を無視して自らを蔑ろにし、結果命を落とし心配してくれた人たちを悲しませたことに対する罰。自分を大切にしないのは、場合によっては人殺しより重い悪徳になります。罪滅ぼしがしたいのなら、自分を大切にすることを忘れてはいけません。地蔵菩薩様が悲しみます』ってな」
「・・・っ!」
「分かったか、天城?俺が詐欺をはたらいたわけではないということが」
「・・・しかし、お地蔵さまなんて実際にはいないじゃないか!いないものをいると、騙しているんじゃないのか!?」
「俺は地蔵菩薩がいないとは思っていない。絶対にいると信じている訳ではないが、ひょっとするといるかもしれないとは思ってる。信じることと信仰することは別。そもそも信仰とは心の所作であり在り方だ。実際に信仰対象がいるかどうかはどうでもいい。
受験生が菅原道真に御祈りするようなもの。
人が葬式を行い死者を弔うようなもの。
自分の気持ちに決着をつけるためのおまじないで、所詮はただの方便だ。そういうことにしておいた方が良い結果を生むからそうしているだけだ。
シュドルツさんもそのことは理解している。
頭の良い人だからね。
嘘を嘘と承知で信じ込めば、それはもう現実と同じこと」
「・・・っ!だが、金を取ったんだろ!」
「ロハであげると効果が薄くなるんでね。高級な容器に入った高い化粧品と、ビニール袋に入れられた無料の化粧品なら、例え成分が同じでも前者の方がよく売れる。それと同じさ。ここで金を受け取らなければ却って効果がない。意味もない。目的と矛盾している」
「・・・・・・」
和成の言葉に対して、天城は反論が思いつかなかった。
「無粋なんだよ天城。今のお前がやっていることは、人形劇を見て笑っている子供にあんなものは偽物だと余計なことを言う愚か者と同じだ。そんなこと言われなくても知っている。子供はそこまでバカじゃない。有るものを無いと言い張って、無いものを有ると言い張って前を向いているのに――その裏を暴いて晒して、それが何になる?」
「・・・・・・」
「自惚れるなよ『勇者』。この世に絶対に正しいことなんてありゃしないんだ。お前の常識がみんなの常識という訳でもない。人間の脳髄に収まる事柄には、どうしたって限界があるんだからさ」
☆☆☆☆☆
そんなしみじみと語られた言葉を締めに、天城とアンドレ王女は退室せざるを得なくなった。
その後も理路整然と言い返され、その結果法的な処置もとれないことが明確に分かったからだ。宗教的な観点から見ても、異教どころかこの世界にいない異世界の神を勝手に信仰することまでは否定できない。
故に退室後二人はアンドレの自室に帰り、二人っきりで話し合っていた。
そこは王位継承権を持つ王女の部屋であり、国王であってもそうそう入れない。
つまり正真正銘、二人っきりの部屋である。
「無理に咎めようとすれば、周りの方々の反発を招いてしかねません」
「・・・・別に、咎める必要はないと思う。平賀屋にはそれがいいことなのかって聞いたけど、よくよく考えてみれば、誰かが救われるならそれでいいと思う」
「――しかし、良いのですか、正義様。和成様の態度がああも不遜なのは、姫宮様たちの虎の威を借りているからですよ?」
「・・・・・・・・・・」
そう。
天城はそれが気に入らない。
周りの、国防や民のことを思い悩む人々が、和成の所為で思い通りに活動できていない。
姫宮、慈、親切、化野、城造・・・・・他多数。
戦争が近く不安を抱く人々の希望となれる者たちが、和成の味方ばかりをする。大勢を救えるその力を、個人を守るために使う。
やり方を変えれば、より多くの民衆が救われるというのに。
力を持った以上、その力は世のため人のために使わなくてはいけない。
個人に費やすには、みんなの力は膨大過ぎる。
平賀屋にはそれだけの価値があるのか?
「大丈夫です『勇者』様。貴方は何も間違えてはいない」
ベッドに座る暗い表情の天城の耳元で、アンドレの唇が震える。
そっと両頬に手が添えられるが、天城はまるで無反応だ。
「正しいのは貴方様。間違っているのは『哲学者』。間違っているのは周りの方ですわ」
「おれは・・・・・・まちがって・・・・・・いない・・・・・・」
「ええ。しかしーーーー今はまだ、動く時ではありません。行動するのは下策で御座います」
「・・・・・・そうか・・・・・・」
「どうか御心配なさらずに。わたくしにお任せくだされば、何も問題はございません。貴方様は、わたくしの意見に従ってさえ下されば。
ーーーー既に、いくつか手は打っております」
「・・・・・・そうか・・・・・・」
何時の間にか部屋に香がたかれていることに、天城は気付かない。
既に何時間も経過していることにも気付かない。
「それでは『勇者』様。今晩も、愛してくださいませ・・・・・・」
☆☆☆☆☆
「最近、天城達に目の敵にされてる気がする」
天城とアンドレを説得して後。参加する予定はなかったパーティー会場にて、和成は姫宮グループの一人、乗山颯に相談を持ち掛けていた。
「未来に相談しなくていいのか?」
「あの人の意見は素直な分、主観が強いからあんまり当てにならない。俺は冷静で客観的な意見が欲しい。それに女版『勇者』と言える『姫騎士』に相談するとなると、どうしても話が大きくなる」
「そうか、――まぁいい。何かあったのか?」
「詐欺師扱いされて流石に腹が立った。ムカつく」
「・・・・・・苦言を呈しておいた方がいいか?」
「それもいい。下手にクソみそにやり返して反感を買うのは嫌だ。既に十分な反論で納得させたしね。ただこれ以上、話がこじれるのはちょっと・・・・て感じだ」
「そもそもその反論で反感を持たれた場合はどうする」
「どうしようもない。変に衆人環境でやるよりは穏便に済ませたつもりだけど、あれでなお反感を持たれるのなら、自分の意見を言えなくなる。それはこちらとしても納得がいかない。多少の譲歩は出来るけど、それなりに信念をもってとった行動だ。コチラが折れることはあり得ない」
折れれば、シュドルツに対して申し訳が立たない。
あの言葉には信念がなければ意味がない。
「ふむ・・・・・・」
「――ただ・・・・天城はもっと、人を安易に糾弾しない奴だと思ってた。今の天城は、少々様子がおかしい気がする」
「ふーん・・・・あたしはそうは思わないけど――まぁ、それとなくアプローチをしてみるか」
「お願い」
何事も、なければよいのだが。
結局和成の懸念は現実のものとなるが、それはまだ、かなり先の物語。
先日、ブックマーク登録数が3桁の大台に乗りました!応援ありがとうございます!
登録されていない方も、私の作品のために時間を使ってくださり誠に感謝いたします!
高評価・ブックマーク登録と共に、完結まで末永くお付き合いいただけたらと思います!




