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第58話 『哲学者』と、結ばれた縁


 時刻は夜。ライオンハルトの騒動から大体一週間が経過した、連日連夜行われているパーティー。

 その一角にて和成は、ジェニーと共に商談を行っていた。

 モウカリマッカ商会代表、ジェニー・モウカリマッカ。

 端的に言ってデカい。人間とは縮尺からして違う。初対面時は、彼女がずっとスライム椅子に座っていたことと、部屋が薄暗かったこと、家具類の縮尺がジェニーに合わせられていたこともあって気づけなかったが、改めて対面すると、その巨乳が身長170㎝の和成の目前にくるほどにデカい。

 体格差が大人と子供ほどある。

「ほいポチっとな」

 そう言ってジェニーが魔道具のスイッチを押すと、ブゥンという起動音と共に見えないカーテンに包まれているような感覚を味わう。会話が外に漏れないようにする、防音の魔道具だ。


「すまんなぁ、こんな所で。色々忙しゅうて個室も確保できなんだわ。予約でいっぱいなんや」

「まぁこれだけ人がいれば、そういうこともあるでしょうね。かと言ってモウカリマッカ商会で話すことは禁止されてますし」

 世界会議の開始期間中は、異界より召喚された勇者たちは保護のため、目の届かない場所で法的な契約が行われることや、予め用意されていた個室以外での交流は禁止されている。ちなみに前回の交渉は開会式前だったので、グレーゾーンのギリギリセーフだ。


「で、売りもんの折り紙の調子はどうや?ああ、現物は出さんでええで。ワテの商会の専売にしたいし。ほかの奴らに見られたらかなわん」

「独占禁止法みたいのはないんですね。別に俺は売ってもらう立場ですし、構いませんが」

「竜人族にはそんなんはないな。人族にはあったはずやけど、ワテは竜人族やから関係ない。人族領でも法整備が整っとらんうちはいけるやろーしな」

 

 こんな感じで、二人は何度か商談を行っている。諸々の書類などもジェニーとその部下たちが行ってくれており、折り紙もかなりの高値で取引してもらっていた。

 代わりに和成は、こちらの世界には存在しない知識を提供した。

 マルサスとリカードの穀物法改正論争から、地代論、賃金論、利潤論。

 マルクスの社会主義と労働価値論に、限界革命の経済学と水とダイヤの問題。

 ワルラスの純粋経済学からケインズの経済革命。

 そして産業革命から資本主義と社会主義の西と東の対立を経た、現代までに至る世界史。

 覚えている範囲で可能な限り伝えた。

 けっこう感謝された。細かいところはあやふやな部分も多かったが、かなり参考になったらしい。

 

「ほな、ここに指印を押してもろうたら契約は完了や」

 念のため念入りに読み込んでから、和成は赤インクを塗った薬指で判を押す。

 これで契約成立だ。


「これからも、よろしゅうな」


☆☆☆☆☆


 またある日のことである。

 和成がジェニーと知り合うこととなった白龍仙――白龍天帝に与えられた特別な来賓用の一室で、雑談に興じていた。

 ちなみに、予め用意されていた個室以外での交流の禁止は、ハクが権力と方便で何とかした。急ごしらえで作った法律なので穴が多いのだ。

「そこまでする必要があったのか、という気がしなくもないですけどね」

「なんや、ウチと話すんはいやなんか?」


 そう言って目を細めるハクを見ていると、自分が蛇に丸呑みされる寸前の獲物な気分になる。

 和紙を重ねたかのように光を緩く吸収するその肌。白を基調とした簡素な着物から覗く首筋からは、鱗が何枚も見える。蛇のものではなく竜のものだが。

 しかし彼女と自分のステータスさを考えれば、自分が獲物であるというのは否定しきることは出来ない。友好を示して切れている相手に、そのようなことを考えるのは申し訳なかった。


「いやぁ、別にそういう訳では。ただ、何故そこまでするのか気になって」

「簡単なことや。ウチみたく特殊な立場におるもんは、多かれ少なかれ対等な相手を欲しとる。特殊な立場っちゅうもんが形骸化しとる場合は特にな」

「―――――」

 それはおそらく、彼女の周りに一人の護衛もついておらず、和成があの時に生垣の周りでウロチョロしていても、誰も咎めなかったことが関係しているのだろう。

 ハクが複雑な事情を抱えてることを察していながらも和成は、それを聞くことで更なる泥沼に嵌ることを警戒して聞けない。


 当たり前だ。彼女は実体はどうであれ、連合国の代表にして象徴。

 和成が雑談を交わすことを許されているのは、彼が警戒の必要すらないほどに雑魚であることと、彼が持つ『聖女』らとの人脈があってこそ。

 建前があるからにすぎない。

 連合国の代表にして象徴が抱える、悩みや人間関係に首を突っ込めるような力があるなら、そもそも謁見など許可されない。


 深入りは出来ない。


「なんか困ったことがあったら、ウチのことを頼ってくれてもええんやで」

 その言葉を社交辞令と受け取るべきか額面通りに受け取るべきか、和成には分からなかった。

 ただ、彼女から貰った『文通』の魔道具で、交流を行おうとは思った。

 どこか人との繋がりに飢えていそうな彼女の寂しそうな言葉を、そのまま受け取りたかった。


☆☆☆☆☆


「二人は、対等な話し相手が欲しいとか思うのか?」

 また別の日のこと。

 スケジュールの合間を縫って開いてお茶会にて、和成はエルドランド王国王女ハピネスと、ホーリー神国『姫巫女』のルルルに尋ねる。勿論、ハクに関することは伏せたうえでの雑談である。

「思わない、と言えば嘘になります。私はハピネス王女との交流が公に認められ、推奨されてますので、友達が誰もいないお方に比べればそういう欲求は薄いようにも思いますけど」

 そう言ってルルルは、目隠しの黒革の存在を歯牙にもかけずにティーカップをとり、和成がハクからいただいた龍仙薬茶に口をつける。


「あ、これ美味しいですわ」

「ふーむ。ハピネスはどうなんだ?」

「思います。わたくし、ルルルさまとお話しできないときは、一人ぼっちですごく寂しかったです。今は和成さまや久留米さまがいらっしゃいますので、大丈夫ですが」

「あの軽薄な方の騎士・・・・ケルルさんだったか?あの人なら話し相手になってくれそうに思うんだが」

「プチョヘンザ護衛騎士の方が厳格で、そのたびに注意されましたので」

「なるほど」

「今はそこまで言われることはありませんけどね」

 王城を抜け出したハピネスの行動を目の当たりにして、多少のガス抜きは必要と判断されたからだろう。


「何かあったのでしょうか?」

「それは秘密だ」

 しかしこの場では、何があったのかを他国の重要ポジションにいるルルルへ話すことは出来ない。その辺りの国家の政に関する情報のやり取りの重要性を思えば、話す内容を吟味することを無視するわけにはいかないのだろう。が、和成はめんどくさく感じる。

「―――そうです。秘密なのです」

 ただ救いがあるとするなら、にひひひと王女らしからぬ悪戯っ子の笑みを浮かべるハピネス王女だろうか。

 共通の秘密を共有していることを楽しんでいそうな彼女を見ていると、ルルルに対する罪悪感が少しはましになる。


「楽しそうですね、ハピネスさま」

「ええ。わたくし、和成さまたちと出会ってから、と―――っても楽しいです!」


☆☆☆☆☆


 その次の日。

 かりかりかりと、紙の上をペンが走る音が室内に響く。偏にそれ以外の音が存在しないからに他ならない。部屋の主である和成もメイドのメルも、無言で各々の仕事に集中している。

 和成が行っている作業は、超賢者スペルから貰った古文書の解読の仕事である。と言っても、既に『意思疎通』のスキルによって翻訳されている文字を写すだけの、クラスメイトなら誰にでも出来る仕事ではあるが。

 しかし和成以外はレベル上げに忙しく、実質的にはレベルの上げようがない和成限定の仕事となっている。生産系の『職業』を持つ久留米や城造も、しばらくすれば最低限+α程度のステータスを確保するために活動する予定なのだ。


 ふぅー・・・・。

 一旦溜息をつき、ペンを置く。

 その際にスイッチを切ることを忘れない。和成が持つペンは、スイッチを入れている間、常に微弱な『回復』の魔法を放つ魔道具のペンだ。デスクワークの疲労がたまりにくくなり、書く作業によって右手首が痛くなることもない。そんな希少なものを必要経費としてポンと与えられる辺り、流石は大国と同等の発言権を持つ一都市、『学術都市エウレカ』の代表である。

 おまけに報酬も目が飛び出るほどに高い。わざわざジェニーと取引をする必要がなくなるほどの報酬を前金でもらった。

 かと言って、ジェニーとの取引を辞めるつもりはないが。必要がなくなったからポイだなんて、そんな失礼な真似は死んでも出来ない。


 (スペル先生がそこまでする理由は分からなくもないがね。俺だって、どうしても読みたい本があって、それを読める人が一人しかいなかったら――出来ることは何でもする。いくら目が飛び出るほどの報酬と言っても、スペル先生の財産からしてみれば氷山の一角よりも小さいみたいだし)


 そこまで考えてふと気が付けば、何時の間にか開始から数時間が経過している。ステータス画面に映るデジタル時計を見たので間違いない。

 目の前に浮かぶステータス画面。そこに映るデジタル時計。

 それは、ノートパソコン大に拡大したスマホ画面そのままだ。

 つまり事実上、この世界では生まれた時点で個人が時間を把握できるということだ。そしてそれは地球の時計のような技術ではない。誰しもが持つ能力でもない。


 単なる自然現象だ。ステータス画面の時計を自然現象と呼ぶことに抵抗はあるが、それが最も適切な単語なのだから仕方ない。

 この話をスペルにしてみるとそれはそれは喜んだ。ステータス画面の存在しない世界の話や、その歴史。知識欲の塊である彼の、人族最賢の頭脳をもってしても――答えを出せない領域に存在する。

 人間の知覚には限界がある。その限界を超えようとしても、限界という名の枠が何処にあるのかを見つけられなければ超えようがない。

 さらに客観的な視点や俯瞰的な見方に加えて、比較対象がなければ、妄想の域を出ることはない。

 (・・・・・・・・・・)

 それは和成も同じ。スペルと夜通し行った語らいをもってしても、この世界がゲームの世界か現実かを断定する根拠は発見できなかった。



 ゲームの世界としか思えない、ステータス画面にやこの世界独特の法則システム

 それらを実感する度に、現実感が失われていく。


 現実の世界としか思えない、意思をもって活動する人々や積み重ねられた歴史。

 人と交流し、その葛藤に触れる度に、この世界がゲームの世界だと思えなくなる。



(・・・・・・・難しいな)

 ハピネスの願望。ルルルの悩み。ライオンハルトの苦しみ。

 それらがゲームのものだとは思えない。

 かと言って、“そうでない”と明確に否定できるだけの根拠がある訳ではない。

 古代文字の記された古文書を前にして、和成は再び溜息を吐いた。

 

 そこに記されているのは、勝手に翻訳された日本語だけ。

 和成たち異界の存在は、『意思疎通』のスキルの都合上、この世界の文字も言葉も認識できない。液晶のような画面が張り付き、画一的な電子版の文字で塗りつぶされている。初めから訳された単語のみが、言葉として耳に届く。

 意思を媒体とする『意思疎通』のスキルでは、文字そのものに然程意味はないのだ。

 和成の脳裏に、真のコミュニケーションとは何なのかという疑問が浮かんだが、答えが出ないので諦める。

 そこまで考えてステータス画面を見ると、1分しか経過していなかった。


☆☆☆☆☆


 そしてまたまたある日のこと。


「―――和成殿。私の心に決着をつけさせてくれた其方の話術を見込んで、頼みたいことがある」


 和成が詐欺の嫌疑で『勇者』天城より糾弾されるのは、同じ悩みを持った者同士で年の離れた友人となったライオンハルトから、難題を持ちこまれた数日後のことであった。


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