第6話 和成の味方
「いじめはダメだよ、三人さん!」
話に入る少女は、天城と並ぶクラスの中心人物だった。
茶色に近い肩までの髪。両側面に対象になるよう純白の羽が飾られた銀の兜。
そして、絢爛豪華な金の意匠が走る白と水色の鎧。武具ではなく芸術品と言われた方が納得できそうな、『武器』を装備した1人の少女。
その名を姫宮未来。『姫騎士』の天職に選ばれし、相応の精神性を持った少女だった。
「人聞きが悪いことを言わないでくれ。いじめてなんかない。ただ、何時間も経って、慈さんに慰めて貰って、それでもまだ立ち直らないのはどうかと思って声をかけただけさ」
姫宮の忠告に、天城は爽やか笑みを浮かべながらも毅然とした態度で返す。
実際、彼の胸中には一片の疚しさもない。
「いじめてるつもりが無くてもいじめてるように見えるんだよ、天城くん。特に鋼野くんや守村くんみたいな大柄な二人に囲まれてるとね。鋼野くんの「何がそんなに気に入らないんだ?言ってみろ。」なんて、まんま脅してるみたいに見えたよぅ」
場の空気を和らげるかのように、朗らかな笑顔で姫宮は注意する。
鋼野のくだりでは、自分の目を指で吊り上げて鋼野のモノマネをする小芝居付きだ。
「学級委員長だって副学級委員長だって三人を警戒してたんだからね。ほらー」
そう言って姫宮は背後を示す。そこには、こちらを見つめている少女と少年がいた。
自分のことを言われていると気がついた少年は、ステータス画面より入手した専用の武器を持って。
また、やたらと姿勢のいい少女は、背筋をピンと伸ばした長身で集団の輪に近づいた。
「…………三人とも、決して間違ったことを言っている訳ではない。だから、何かしら事が起こるまではと静観していた」
鎖が全身に巻きつくように、意匠として至る所に組み込まれた不吉な革の鎧。
肩に担いだ金属斧は刃の部分が人間の頭部以上に大きく、その大柄な少年から紡がれる言葉は、その鎧と斧に匹敵しそうな程に重く感じる口調であった。
裁伴樹。職業は『処刑人』。
ラグビー部部長。兼、学級委員長。
平等中立という言葉で表せられる、厳格な顔つきをした公平で有名な益荒男にして、寡黙にして鉄面皮、背中で語るという高校二年生に似合わぬ気迫を持つ硬派な男子である。
「平賀屋。一応言っておくが、座り込んでいるだけでは何にもならんぞ」
もう一人は、背中まである黒髪をポニーテールに纏め、端正な顔を凛々しく引き締めた少女。
こちらは、威風堂々の四文字が背後に浮かんでいるかの様に思える。
着物に羽織、袴に手甲。裾から僅かに覗く脚には足袋が装着され、地べたを踏みしめる草鞋履き。そして最後に、腰に下げられた日本刀。
剣藤道花。得た天職はそのまま『侍』。
剣道部部長。兼、2年8組の副学級委員長。
真面目を絵に描いたかのような、自分にも他人にも厳しい少女だった。
周りからどう思われようとも己の信じる道を行く、頑固な一匹狼気質。
「打って反省打たれて感謝。突発的理不尽に打ちのめされた時こそが、人間としてより高みへと成長するチャンスだ。うずくまり背を丸めていたところで何になる。そもそも――」
そして説教が長い。
「あんまりへこたれてても良いこと無いよ!私だって出来ることはするしね!だってクラスメイトだし!!」
説教が長くなりそうになるのを察知して、姫宮が剣藤の言葉を無理に遮った。
彼女は誰に対しても親切な、いわゆるお人よしだ。
困っている誰かがいれば、取り敢えず助ける。
「せっかくのゲームの世界なんだからさ、皆んなで楽しまないと損じゃん。まぁ、私たちが何もしなくても、慈ちゃんとか親切くんとか化野ちゃんとかが助けてくれただろうけどね」
「……………」
それは確かにその通り。他のクラスメイト達に説明を行いながらも、親切と化野がこちらに気を使ってくれているのは事実。慈が励ましてくれても立ち上がろうとしなかったのは、友人である慈が励ましてくれないということを想像していなかったからだ。
もしも慈が励ましてくれなかったら?
おそらく今以上に凹んでいただろう。
(結局、俺はただ甘えていただけ……か。いや、こんな状況に不本意にも突発的に巻き込まれたんだから、少しは甘えさせてほしいと思わなくもないが……)
ストレスで鈍化し周囲の刺激を遮断しようとしていた五感が正常に戻る。
(巻き込まれた俺の運がいいとはとても思えないが、それでも友人たちが居てくれたのはやはり幸運。俺の運は悪いけど、悪いだけじゃない)
和成は、指し伸ばされた姫宮の手を、手甲越しに掴んだ。
(俺は弱い――が、まだ死んだわけじゃない。死んでないのなら、生きているのなら、やれることはいくらでもある、か)
「分かったよ。やれることを、自分なりにしよう」
☆☆☆☆☆
テーブル、壁紙、絨毯、柱、シャンデリア。
その空間には、一級品を見極める学のない者でも、価値を叩きつけられ高級感を感じずにはいられないものしかない。
どれもこれも、その全てがおいそれとは手を出せない美しさや、煌びやかなデザインに彩られていた。
何列も並べられた机には純白のテーブルクロスが敷かれ、その上には多種多用な料理の数々と高級感あふれる食器が惜しげも無く並べられている。
異界の勇者たちへの歓待を示すその部屋は、公の場としてエルドランド王国の有力者、有権者たちを接待し、戦闘への士気を高める意味合いがある。
そのため、この空間に存在する全てのものは一つの例外なく一級品のみ。
それは訪れている者たちの衣装や装飾品も例外ではない。
この空間にいることが許されるのは、一級品とされる品々を所持可能な者のみ。
伝説の傭兵。歴戦の冒険者。名高き魔術師。上級貴族。王国騎士団団長。最高位神官。
彼らがその身に携えている武器も防具も宝石も、服も靴も装飾品も、能力もスキルもステータスも、一つ残らず一級品。
しかしそんな彼らも、扉が開かれ異界の勇者たちが現れる瞬間を今か今かと待ち構えている。
☆☆☆☆☆
着替えを終えたクラスメイトたちは、王直属の秘書を名乗る男性に「王の間」のそれとは異なるこれまた絢爛豪華で威圧感を放つ扉へと案内された。この扉の奥にある場所こそが、王族、貴族、名のある冒険者、実力者が集まる御披露目会兼歓迎会の会場である。
会場へ続く廊下は演出のために光量が落とされ、演劇の舞台裏のような緊張感を生んでいた。
「それでは、よろしいでしょうか。」
秘書の指示を受けた門番の手が、扉の取っ手にかかる。
場の空気が引き締まり、クラスメイトたちの背筋も自然と伸びる。
「皆様は、女神様の御力によって召喚された、我が国を、延いては人族を救われる我々にとってこの上なく重要な客人でございます。どうかあまり、肩に力を入れないように」
そうクラスメイトたちの肩の荷を下ろさせながら、秘書は門番である騎士たちに重厚な門を開けさせた。