第55話 禁忌と業
「平賀屋、お前バカだろ」
「和成くんのアンポンタン!」
早朝の目覚めの言葉は、山井と姫宮の罵倒が最初であった。山井に至っては普段と口調が変わっている。
「・・・・・・・?」
寝起きの和成にはその理由が思い至らない。寝ぼけ眼をこすり欠伸を一つ。
ふあぁ。
べしぃ。
はたかれた。
「むぅ・・・・・・何なんだ一体。起きた途端にこれか。何を怒っている」
「和成くんが二日連続で夜のパーティーをすっぽかしたことを怒ってるの!私、色々さがした上に待ってたのに!」
「しかし、パーティーで待ち合わせはしていなかったと思うんだが」
「参加するって言ってたじゃん!」
「その元々の目的はコネクションを結ぶため。学術都市エウレカの顔、超賢者スペル先生と語り合う機会に恵まれたから、そっちを優先しただけじゃないか。だいたいコネクションを結ぶってことは、こっちから頭を下げてアプローチする必要がある。けど今回は向こうから異世界の住人に興味を持ってアプローチをしてくれた。コネクションを結べる可能性は高い。ならそのために尽力するのは当然だろう」
「・・・・・・・・・むぁ――――――っ!!!」
姫宮は反論できなかった。
「おいおい。未来の奴、寝起きの奴に言い負かされてるぞ」
そう三人を俯瞰する位置で、三白眼の鋭い少女が姫宮を下の名前で呼び捨てた。
乗山 颯。『職業』は『騎乗者』。
『医者』の山井に与えられた、学校の保健室のような診察室兼治療室の一角にて、彼女は親切、慈、化野、メイドのメルと共に待機している。混沌としそうな場を仲裁するためだ。話がわき道にそれるのを防ぐためとも言う。
「ヒラのことだから、そのスペル先生って人と話してる間に理論武装を整えてたんだろうな」
「あと色々理屈をこねてるけど、たぶん和成君、お喋りが楽しくて夢中になっていただけだと思う」
「あの知識バカは蘊蓄の収集が趣味だからな。メイドの人の話を聞く限り、その可能性が高そうだ」
「確かに、平賀屋様の態度は皆様の予測が適当であると考えます」
姫宮と比べるまでもなく、彼ら彼女らはかなり冷静だ。
「しっかし、甘えてるなぁ、未来の奴」
そんな冷めているとも表現できる『騎乗者』乗山の視線の先では、姫宮が和成の両頬を引っ張っていた。
「それはヒラの方も同じだと思うよ。アイツの場合、親しくなるにつれて表層的な態度が雑になる傾向が強い」
「そして、好感度が一定に達すると中々それ以上に上がらないんだよね。にもかかわらず他人に簡単に感情移入する」
「アタシ以上にめんどくせー奴だよ」
「・・・・・・・・・・・・」
一方、姫宮たちは。
「――で、山井さんは何を怒ってる?」
「察しのいい貴方なら、私がわざわざ言うまでもないんじゃない」
「健康に気を使え、みたいな感じか?」
「・・・・貴方のそういう、一発で正解を引き当てるところが私は嫌い」
「まだまだ俺は若いんだ。最長七徹したこともある。問題ない」
「そういう問題じゃない」
「ならどういう問題だ」
「心配をかけるなって問題よ!」
「――ふぅむ」
声を荒げる山井の姿に、和成はしばし沈黙した。
「・・・・分かったよ。以後気を付けます」
「そう。分かればよろしい」
「できる範囲で(ボソッ)」
「オイ、今小声でなんて言った」
話がこじれる前に和成は、話題を逸らすことにする。
「――で、さっき、"色々さがした上に待ってた"といったよな。姫宮さん、何があったんだ?」
そして、話は漸く本題に入るのだ。
☆☆☆☆☆
その後、和成達は一旦着替えを終え、朝食を取りながら話を聞くこととなった。
と言っても、一日以上連絡がつかなかった和成以外は概要を把握しているので、実質二人が質疑応答するだけであったが。
「私のパーティは最初は五人で組んでたんだけど、後で一人追加したんだよね」
「ああ、そういえば何時ぞや慈さんと二人で来た時にそんなこと言ってたな。確か四谷さんをパーティに加えたんだったか」
「そうそう」
四谷綺羅々。
性格は内気で消極的。病弱で度々学校を休むことも少なくない、見ていて不安になるほどに華奢で肌の青白い少女。いつもクラスの隅で影に紛れているような、そんな印象がある。
「最初は、『騎乗者』、『踊り子』、『女蛮族』、『魔獣使い』たち、いつものメンバーだったの。けど、きららちゃんが何時も一人でいるなーって思ってたら単独でプレイしてるって言うから、六人目として加えてあげたの」
「まぁそんなことだろうと思ったよ。四谷さんが自分から姫宮さん達を誘う姿は想像できない。もっとも、快活で積極的でスポーツ少女でクラスの中心人物な姫宮さんたちと彼女では、そりが合わなさそうな気もするけどね」
姫宮たちからの善意の御誘いを前に、断ることも出来ずに戸惑い、おどおどと流されるままに加入する彼女の姿が目に浮かぶようであった。和成が普段の態度から判断するに、四谷綺羅々という女子は文芸部のメンバーたちと同系列な、自己主張に乏しく押しに弱いタイプである。自分から進んで姫宮たちのパーティに入れてもらおうと動けるタイプではない。と、和成は考えている。
それに幽霊部員とは言え、彼女も文芸部員であることに違いはない。
「そうかな?」
「あくまで主観だけどな。で、その四谷さん関連でトラブルが起きた、と」
そこまで言って和成は朝食のパンをひとかじりした。
「そういうこと。和成くんは覚えてる?きららちゃんの『職業』」
「確か、『死霊術師』だったか」
「その通り。そして、ある人がお願いしてきたんだよ。“亡くなった妻を蘇らせてほしい――”って」
その言葉を聞いて和成は、無言で咀嚼するパンを飲み込んだ。
その目が無言で細められる。
「・・・・そんなこと出来るのか?」
「きららちゃんのステータス画面には『反魂の法』っていうのがあってね。魂を遺体に戻して、意思や記憶を持ったまま動かせるらしいの。“使ったことがないから分からない。だけど、他の『技』とか『呪法』と同じに考えていいのなら、できると思う”だって」
「だが、倫理的な問題が残るだろう」
「うん。その辺りは和成くんの方が詳しいでしょ。そういうのを積極的に調べていたぐらいだし」
「まぁそうだな。既に色々と調べてある。ただそれはそれとして、蘇らせると言っても、話から察するに生者として蘇る訳じゃないだろう。それなら『死霊術師』や『反魂の法』とは訳されない。もっと別の言葉があるはずだ。それはあくまで死者としての蘇生で――つまりは人ならざる不死者としての蘇生だろう」
「そうだよ。『反魂の法』はアンデッド系モンスターを生み出す『呪法』なんだ。だから蘇った奥さんは年を取らないし、術が解ければ元に戻っちゃう。そんなことをしても奥さんは喜ばないって私でもすぐに分かった。少なくとも、私が奥さんの立場なら嬉しいとは思わない」
「うぅん・・・・誰か説得する人はいないのか?世界会議のパーティーに参加してアプローチと言っていいのかは分からんが、そういうことが出来る立ち場にいる人なんだろ。なら結構な権力者なはずだ。止める人の一人や二人ぐらい・・・・」
「いや、そういう人たちは何十人単位でいるんだよ。けど、その人たちでも説得は出来ないんだ」
「んー?」
和成には彼らでは説得できず、自分なら説得できる理由が思い当たらない。
「精神干渉系スキル『威圧』。きららちゃんに依頼してきた偉い人は、歴戦の猛者な騎士団の元重鎮らしくてね・・・・。家族が説得しようとしても、精神的にかなり追い詰められているその人が無意識のうちに『威圧』を発動しちゃって何も言えなくなるんだよ」
「それで何で俺に・・・・いや、分かったぞ。そうか、俺の『哲学者』限定スキル『至高の思考』か」
「そういうこと。和成君なら弁が立つし、召喚初日にアンドレ王女ちゃんと口でやり合ったみたいに度胸もあるから。――私は今回の件は、和成くんが一番適任だと思ってる」
「う――――――――――――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん」
しかし姫宮の期待に反して、和成はがしがしと一際強めに頭をかいた。
その顔は苦虫を嚙み潰したような渋面だ。
「すごく乗り気じゃなさそうだね」
「当たり前だ、荷が重い。出来るとは言えない。自信がない。説得して欲しいと言われてもなぁ・・・・どんな言葉を選ぶべきか、どんな言葉なら成功するのか、答えがない」
「うう、つまり、可能性が低いからやりたくないってこと?」
「違う。可能性や確率の話をするなら、そもそも俺はどれだけ成功する可能性が高くともやりたくない。たとえ99%の確率で成功するとしても、残りの1%を最初の一発目で引く可能性はあるんだ。そしてどんな事象も、それが最初で最後の一発目なんだったらそれは100%だろ。今回みたいな失敗がその人の人生に大きく影響を与える場合は特にな」
「つまり、結局のところは失敗するかしないかの二つに一つで、確率はあんまり関係ないってことか・・・・」
「そうだ。五分五分なんだよ。50%の確率で人様の人生を狂わせるような真似はしたくない」
「――けどそれって、成功する確率が五割もあるってことだよね!」
言葉を紡ぐ姫宮のその顔は、まるでパンドラの匣の底に残った希望を、発見したかの如き笑顔であった。興奮しているのか、身をテーブルに乗り出している。
「だから何だ。そういうことじゃない。分が悪いことには変わらない。当たりくじが引けるのなら喜ばしいことだと思うが、それ以上に俺は外れくじを引きたくないんだ。何か起こった時に、責任なんか取れないんだぞ」
和成がそう言った時だった。
食事をとっていた部屋の扉が開かれ、その向こうから巨漢の騎士が現れる。
「ならば、責任は私が取る、と言えば承知してくださいますかな」
「・・・・・どうしてここでプチョヘンザ護衛騎士が出てくるんですか――って、あ。そういうことなんですか?」
和成は察した。察してしまった。
「はい。四谷綺羅々殿に妻の蘇生を頼んだ人物とは、私の父、ライオンハルト・ガオーレのこと。そして父が蘇らせてほしいという妻こそ、私の母上なのです」
その死神を退散させることすらできそうな凶相を曇らせて、ハピネス王女の護衛騎士、プチョヘンザ・ガオーレはうつむく。
その隣では護衛対象であるハピネスまでいた。その青い瞳に懇願と期待の眼差しを込めて、何も言わずに和成を見つめている。
「父上の醜態には目に余るものがあります。しかし、私共では苦言を呈することも出来ぬのです。たとえどのような結果になろうとも全ての責任は私が取ります。父上の目を覚まさせてやってください」
プチョヘンザ護衛騎士は深々とその巨体を折り曲げ、騎士らしい堂々たる態度で頭を下げる。それを見て、和成の顔が纏めて百匹の苦虫を嚙み潰したような渋面に変わっていく。
そして発散できない憤りと共に、和成は立ち上がった。
「おいオダ!さてはお前が今回の全てを仕組んだな!!」
『魔導士』親切友成を指さして叫ぶ。
「俺が断りにくい状況をわざわざ!」
「それがヒラのためだと思ったんでね」
しかめっ面のままの和成とは対照的に、親切はすずしい顔をしている。
「けじめを付けさせてもらったのは、ヒラだって同じだろう。確かに、お前は失敗すれば後悔する。けどな、それを嫌って何もしなくとも、結局お前は後悔するだろうさ。お前が経験し学んだことで、知り合いの家族が救われるかもしれない。お前が動かないことで、その人はもう救われないかもしれない。そんな可能性が残るのを、お前は嫌がるはずだ」
親切の言葉を、その場にいる誰もが理解できない。
和成を除いて、なぜ今その言葉を使っているのか分からない。
ただ二人の間には積み重なった時間があって、自分たちが知らない深い情報を彼らが共有していることは理解できた。
それはそれとして、彼氏の親友に嫉妬して不愉快そうな化野については全員が知らないふりをした。
「――ああ、もう!分かったよやるよ!!お膳立ては整えられて、背中も押されたんだからな!だがまずは情報収集が先だ!やる以上は、やれるだけのことをやった上で臨むからな!!少し時間をかけさせてもらおう」
自分に求められるハードルが徐々に上がり始めている気がして、和成は少し憂鬱だった。




