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第51話 『女神の国・ホーリー神国』の来訪

 

 人族領には女神の力により結界が張られている。その広さは、この世界に一つしかない大陸の3分の1を占め、その中では『人族以外の種族のステータスを2分の1にする』効果がはたらくという、強大な力を持つ。

 そして王都には更に、それとは異なる女神の結界が張られていた。

 害意を阻み攻撃を退ける鉄壁の守り。始まりの場所であるここを守り続けた無敵の結界。たとえどれだけ戦争が激化しようとも、エルドランド王国建国以来王都が攻め込まれたことはない。


 そんな結界が一時的に外されるほどの大事が、この世界会議である。


 場所は王城の中心。結界の天頂に開いた穴の真下。 

 つまりはこの王都の中心でもある。

 時刻は、いよいよ数時間後に世界会議を控える朝。

 朝食を終えたクラスメイトたちが、エルドランド王国の官僚たちと共に歓迎のため集合していた。

 空中に開いたあの穴から、ホーリー神国の法皇たちが来訪するためである。


「何度見てもすごいんですよ!」

 興奮冷めやらぬ様子で、和成と久留米の間で二人の手を握りしめるハピネスが解説を行っていた。両手がふさがれているのに、全身を使ってその凄さを過剰なほどにアピールしてくる。

「それは大きい建物が瞬間移動の魔法で現れるってことか?それとも・・・」

「内緒でーす」

 ただ、解説といっても事細かに説明してくれているわけではない。むしろ悪戯を仕掛けようとする子供のような笑顔を見せてはぐらかすだけで、ほとんど何も教えない。

 和成が『浮遊する大聖堂』言葉以外の情報を仕入れていないと聞くやいなや、それ以上の情報収集を禁じたほどだ。


 ハピネス曰く、

「初めてあれを見た時の衝撃を、和成さまたちにも味わってほしいのです!」

 だそうだ。

 ほんの数日の交流ではあるが、ハピネスは既に和成や久留米、姫宮に慈といった面々によく懐いていた。

 それだけではない。手作りしたサーターアンダギーを配る際に、山井や姫宮友達4人組たちとも親しくなっている。

 『哲学者』和成、『料理人』久留米、『姫騎士』姫宮、『聖女』慈、『医者』山井、『魔獣使い』熊谷、『女蛮族』森山、『踊り子』伊豆鳥、『騎乗者』乗山らは全員が子供好きということもあり、距離が縮まるのは早かった。

 なお、そこまで子供好きではない『錬金術師』化野や、愛想のない『処刑人』裁、極端な女嫌いである『職人』城造はそうでもない。

 が、心の底から楽しそうに、自分が覚えた感動をみんなに提供し共有しようとするその姿をほほえましく見ていたことは、クラスの全員が同じであった。

 三者三様にもいつも通りの仏頂面ではあったが、それだけは間違いなかった。



 ――そして時間を迎え、ハピネスが和成たちに見せたがった光景が始まった。


☆☆☆☆☆


 ShaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaN

 ShaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaN

 ShaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaN


 鈴の音色の繊細さをそのまま残した、透き通るような轟音が響いた。

 単純な音量だけで考えるなら、腹の底まで振動が透過し震える感覚から、和太鼓の爆音を間近で聞いているようなものと判断できる。だが、不思議と鼓膜にダメージを与えられている感じのしない、優しい爆音だ。


 ShaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaN

 ShaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaN

 ShaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaN

 ShaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaN

 ShaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaN


 それは音が近づき、大きくなっていくのが分かっても同じ。

 ただ、その音源の姿は未だ見えないでいた。

 視認できることは、天頂の穴の先に円環状の輪が顕現していることだけである。

 城一つが簡単にその中に入ってしまうであろう大きさだ。


 SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAN!!

 SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAN!!

 SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAN!!


 そして一際大きく鳴り響いた瞬間、円環状の輪(サークル)の中に魔法陣が刻まれた。


「《ゲート》が今、開きますよー!!」

「あれが瞬間移動テレポーテーションの魔法とは異なる、俺たちを読んだ召喚術に近い魔法。異なる空間の移動を可能とする秘術・・・!」


 (マンジ)状の門が開き、中から淡く黄金に輝くベールのような、幻想的かつ美しい光の幕が下りた。


「来ました!あれです!あれが『ホーリー神国』の大聖堂です!!」

 テンションを上げたハピネスが指差した先へと見上げた和成の視界に、文字通りの大聖堂が飛び込んできた。

 青い空。白い雲。輝く太陽。

 そして、輝く空飛ぶ大聖堂。


「『空飛ぶ海賊船』と同系統のーーいや、神秘さという点においてはそれ以上か」

 その光景に圧倒され、ハピネスのように興奮する余裕すらない。心臓が早鐘のように打つことと、硬直して動かない表情を、冷静な頭だけは理解している感覚だけがある。


 ShaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaN

 ShaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaN

 ShaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaN


 大聖堂のベルが鳴る。

 中央の空洞に吊るされたものが一つ。左右の空間に浮かぶものが二つ。

 三つの鐘の音が重なり合うように鳴り響き、荘厳としか言いようがない。

 決して音の種類は多くなく、音階の幅も狭いというのに、まるでオーケストラを聞いてるかのように錯覚するほど、その音は複雑かつ遥かなる深みを有していた。

 その音が響く度に微かな発光がカーテンのように周囲に振りまかれる、実に神秘的な光景である。

 ハピネスが調べるなと制限した理由が今なら分かる。


 これほどのサプライズがあると分かっていれば、立場が逆の時、自分もきっと同じ行動をとったと確信できる。

 そう断言できるほどの光景だった。


 ズゥゥゥゥゥン・・・・・・・


 大聖堂の着地する振動により、やっとクラスメイト達は我を取り返す。

 そして誰かが意識するでもなく言い出すでもなく、自然と群衆から拍手の音が響き始めた。

 その万雷の音を浴びながら大聖堂より現れ出たのは、一人の品のよさそうな笑みを浮かべた老婦人だ。


 ほのかに大聖堂の発光を反射する、透き通るように淡い白の貫頭衣には何層にも白絹シルクが編みこまれ、押しつけがましくない重厚感に満ちている。その衣装は腰の部分で貫頭衣を縛る青いリボンも含めて、一切の装飾のない無地である。編みこまれた絹の複雑な構造だけで、服の表層に芸術的な模様を生み出しているのだ。

 対照的に頭にかぶる神官帽や手に握る杖には、女神のシンボルである知恵の輪で組み立てたルービックキューブのような模様が飾られていた。金糸や螺鈿、宝石細工が多用され国宝の輝きを放っている。


「――異界より訪れし救世の勇者様。皆様の歓迎、たいへんに嬉しく思っております」

 杖を目前に構えて語られたその言葉は、溢れんばかりの拍手の中でもころころと転がる鈴の音のような声と共に届けられる。おそらくはあの杖に、『伝達』か『拡声』の魔法でも込められているのだろう。

 ホーリー神国大聖堂『最高神官』、『マリア・ホーリー・ヴェルベット』。

 米寿を過ぎてなお、現役の地位を保ち続ける傑物である。

 その後、粛々と階段を下り立った後は、一人一人クラスメイトの名前を見ながら真っすぐに目を見て握手を交わしていく。悪い気はしない。


 そしてその握手は、女神様の失敗の象徴であるとも言える、平賀屋和成にも求められた。


「――!」

 和成からしてみれば、端的に言えば意外であった。今まで向けられた悪感情を思えば、自分だけ握手を求められないものであると考えていた。

(俺にそういうことをしたら一部のクラスメイトから不興を買うと考えて、それを避けるために・・・・?)

 疑いの眼差しを隠して最高神官である老婦人の顔を見つめるが、柔和で品の良い笑顔を向けられているだけである。

 悪い気はしないし、悪意のようなものも感じない。

(分からん。女神様の失敗の象徴である俺には、安易に触れないのが一番無難な選択じゃないのか?)

 この世界の女神という存在に対し、誰がどのように捉えているのか、和成は掴みかねている。

 それはおそらく、何のために生きるのかという問いと同じくらいに難解で、答えの存在しない問いであることは承知の上で。


(もしかすると、これはこれで篭絡作戦の一種なのか?エルドランド王国が不信感を募らせ、そこをホーリー神国が優しくすることで懐柔するような・・・)

 それでも彼は、柔和な表情の老婦人を疑った。


☆☆☆☆☆


「和成さま。それは少々、疑う心が強すぎると思います」

「うーん、やっぱそうかねぇ・・・・」

 場面が変わって、着陸した『浮遊する大聖堂』の中。

 その一室で待機する間を利用して、和成は思いついた懸念を(少女とは言え)一国の王族であり政治的な位置に立つハピネスに尋ねてみた。

 にべもなく否定されたが。

 尤も和成自身、あまり本気でそう考えていた訳ではない。


「意外と和成さまは疑り深い性格をしていらっしゃいますよね。警戒心が緩いのはわたくしのような子供か、同郷の方々だけな印象があります」

「巻き込まれて戦争が近い他国・・・それも文化、歴史から世界そのものまで違う異世界に引きずり込まれて、周りの人間をそう素直に信じられるか。個人的な要望を言わせてもらえるなら、「信じて欲しいならまず元の世界に返せ。話はそれからだ」って感じだな」

「それは・・・むずかしいと思います。女神様であっても」

 かなりズケズケと言ってのける和成にハピネスは苦笑いしかできない。今ここに防音の魔道具がなければ、王都の何処であったとしても、とても言える内容ではない。

 ただハピネスは、ほとんど愚痴ではあるがそんな内容を話してくれたことに関しては、自分のことを信じてくれているようで嬉しく感じていた。対等に話せる存在など今まで一人しかいなかったのだから。


「それで、結構待たせるんだな」

「もうそろそろだと思うのですが・・・」

 コンコン。

 そういい合った時に丁度、扉を叩く音が響いた。

「ああ、来ました」

 自然と二人の背筋が伸び、姿勢が整えられる。

 その来客はホーリー神国大聖堂『最高神官』の係累に並ぶ、国の権力者。

 ハピネスと同等の立場を有する、希少職業『姫巫女』の少女。

 ハピネスが唯一対等に接せられる友人であり、彼女ら二人の仲睦まじい交流は、エルドランド王国とホーリー神国の友好の象徴とも言われる。


「前回の交流より青葉繁れる好季節を迎え、大地を照らす太陽の光も程よい塩梅になってまいりました。再びこのようにしてお会いできることに女神様へ感謝の意を捧げると共に、皆々様のますますの健康を願っております」

 扉の向こうより現れた少女は、要約すると「久しぶり!元気そうでよかった!」と一言で終わりそうな挨拶を長々と語り出す。国の、それも神職の挨拶というものはそういうものであろう。これも大事なことである。


「初めまして、『哲学者』平賀屋和成様。偶発的なものであり、また貴方様にとっては不本意なことなれど、こうして貴方様と出会えた事実を女神様へ感謝することをどうかお許しください」

「・・・どうぞ」

 恭しく貫頭衣の裾をつまみ持ち上げ、頭を垂れる少女に対する返答として、どういったものが正解であるのか、和成の辞書には載っていなかった。


「お初にお目にかかります。わたくし、ホーリー神国大聖堂『姫巫女』が一人。

『ルルル・ホーリー・ヴェルベット』と申します」


 そしてその瞳は、黒革の目隠しによって囚人のように覆われていた。


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