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第50話 商談のそれぞれの感想


「――フゥ……」

 息を吐き、その後に深く息を吸ってから、また吐く。

 体の指先の筋繊維。

 その緊張がほぐれていく安堵感を、しばらく和成は堪能する。

 そこまでを行った和成の耳に、聞き覚えのある音が聞こえてきた。

 音のする方向は、左隣に座る久留米からだ。

 取り敢えずそちらに顔を向ける。


「……スピー」

 普通に居眠りしていた。


「…………」

 とんとん

 無言で肘で突っつき、覚醒を促す。


「……ハッ!寝てないよ」

「いや、寝てたよ。何時からだ?」

「平賀屋が同感シンパシーについて熱弁をふるっていた辺りから舟をこいでいたわ。メイドの人が何度か後ろから突いていたけど、結局起きなかったのよね。相手の方は流してくれていたけど」


「久留米さん……流石にそれは失礼だよ」

「だってぇぇ、平賀屋君ったら、私たちのことそっちのけで話してるんだもん。退屈だったんだよー。話している内容も退屈だしさー」

「私は結構面白かったけど」

「…………」

 山井が和成をフォローするような事ばかり言うので、久留米は話を変えることにした。


「それはともかく、商談の結果はどうだったのー?」

「取り敢えず、結果は上々ってところかな」

 ジェニー側が気にしていないようだったので、それ以上何か言うことを和成はあきらめた。過ぎてしまったことである以上、これ以上何かできることがあるわけではない。

 それぞれに手渡された茶褐色の龍の紋章――おそらく『モウカリマッカ商会』の権威を示す、特別な意味を持つ物品――の一つを久留米に渡しながら、商談の感想を漏らす。


(使えるアドバンテージを最大限に使ったとはいえ、この紋章がもらえて良かった。つまりこれは、粉をかけられたと考えてもいいんだろう)

 『意思疎通』のスキルが教えてくれた、その紋章に込められたジェニーの意図(商人のメッセージ)


「……すごいね。――「是非とも自分たちと取引してほしい。可能なら、自分たちとだけ取引してほしい。他のところへ行かないでほしい」――ってメッセージが伝わってくる」


「本当ね」


「ハクさんから貰った紋章と比べてハッキリ意味が伝わるのは、やっぱりこのシンボルが持つ意味の明確さなんだろな。権威みたいな不特定多数に向けられた漠然としたものではなく、特定な個人や集団に向けられた明確なメッセージ」


「なるほどー。それで、平賀屋君自身はどうするの?モウカリマッカさんの専属になるのー?」


「モウカリマッカさんじゃなくて、『モウカリマッカ商会』の、だね。個人じゃなくて商会。――ただ、一応はそのつもりだ。色々失礼なことをしても受け入れてくれたし、どういう形で売りたいか俺の意見を反映してくれたし、ハクさんという権力者が保証してくれた商会でもあるしね。特に断る理由がない」


 世界会議開催前の商談は、こうして一旦の終結を迎えたのだった。



☆☆☆☆☆



 ――和成たちとジェニーが分かれてから数時間後。いよいよ世界会議の開催を明日に控え、緊張の高まる夜。


 王城の一角。異種族の要人が滞在する客室にて、向かい合う女性が二人。

 

 一人は、墨のような艶をたたえる黒髪と、和紙のようにしなやかで手触りのいい白い肌を持つ、調和のとれた淑女。白龍の下半身を持つ、淑女と少女の要素が入り混じった美しい顔つきの女性。


 固有天職ユニークジョブ『白龍天帝』を有する、『天龍連合王国』統一の象徴。

 和成に『モウカリマッカ商会』を勧め、ハクを名乗った女性である。


「――ほんで、ウチが薦めた和成はんは役に立ちましたかえ?」

 スライム椅子に座り、扇子で口元を隠したまま話し始めるハク。

 そしてその対面のスライム椅子に座る、もう一人の女性。


 掘削機シャベルのような両手。甘い煙が伸びる煙管キセル。目元を隠す小さな黒眼鏡サングラス。乱れ髪を乱雑気味にまとめたパイナップルヘアー。チラチラとした露出の多い着物もどき。

 『モウカリマッカ商会』代表、ジェニー・モウカリマッカだ。

 ただその態度は昼間に和成たちに見せた態度よりも気だるげで、胸元が大きくはだけたギリギリ見えてはいけない部分で引っかかっているだけの状態であることもあり、夜という闇にふさわしい生々しい色気が醸し出されている。彼女の体をまとう煙管の煙と香りが、さらにそれを煽っている形だ。


「……立たんかった――とは、言えんわな。役に立った。借金を踏み倒される可能性を教えて貰えなんだら、大損しとったかもしれん」

 いつの世も、思い込みというものは恐ろしい。なんせ気が付けばそこに居て、気が付かない限りそこに居ることすら分からないのだから。

 人である以上、文化と歴史と社会に縛られない者などいないのだ。

 縛られていないとすれば、それはその者が人であることを放棄しているに過ぎない。


「まぁ既に結構貸してしもとるし、これからも一切貸さんなんてことは出来んけどな」

「それはしゃあないやろ。付き合いもあるんや。あんたの方が身分が下なんやから、まったく貸さんなんてことが出来んのはしゃあない。これからはその可能性を考慮して貸し渋れるようになるんや。その程度で済んだんやったら上等やろ」


「ほうやなぁ……そろそろ商売の本拠地を大陸に移す時かもしれん。昔みたいに、島ん中で小さく纏まっとったらいける時代はその内に終わる。政に関わる奴らが商売や金銭に興味がないままやったら、この先は世界とやっていけんで。九頭竜王国やら竜宮王国やらが、大きゅうなる異種族への反骨心から何となく集まってできたんが『天龍連合王国』。人族は買い被っとるようやけど、ワテから言わしてもろたらあんなん、単なる頭でっかちの集まりや。大したことはない」

 かなり砕けた格好で愚痴をいうジェニーだが、それにハクは気を悪した様子はない。それどころか無言で頷いている。


「――どう思う。和成はんの知識」

「かなり使いこなすんが難しそうやな。向こうの世界とこっちの世界とでは法則が違う。事情も違う。状況も環境も違う。知識がどんだけ通用するんか、ワテも『哲学者』はん自身もよう分かっとらん。と言うか分かる奴なんかおらんやろ。何事もやってみな分からんのや」


「そんなことは言われんでも分かっとりますえ。せやから、それでも尚あの人に、モウカリマッカが金を出すだけの価値はあるんか――と聞いとるんや」

「はん、大層入れ込んどるのう。そんなにアイツとのお喋りが気に入ったんか、この寂しがりめ」


「勘違いせんといて欲しいなぁ。ウチはただあの人に価値を感じたから、懇意にしとる『モウカリマッカ商会』へ助言しよるだけやで」

「ククク、まぁそういうことにしといたろか。使いこなせるにせよ、使いこなせんにせよ――粉ぁかけといた方がええやろな。この世界では手に入れられん知識。値千金と価値0の玉石混交。無条件でどっちも欲しがりそうなんは、『学術都市エウレカ』の連中ぐらいやけど――手に入りそうやのに、みすみす見逃す理由はないわな」


「そうかえ。ならウチもアンタを和成はんに薦めた甲斐があるってもんや」


 その扇子で半分隠されたすまし顔からは、彼女の本意を読み取ることは出来ない。

 それは対面に座る、数十年来の付き合いのあるジェニーにとっても同じこと。

 和成に対して自らを何故「ハク」と名乗ったのか、その真意は読み取れない。

 所有する特殊天職ユニークジョブと同じ「白龍天帝」という名前しか持てない彼女の気持ちは、自由に自分の名前を決められたジェニーでは絶対に分からない。立場を示す固有名詞そのものが、自己の名前である彼女の気持ちは、分からない。


「そういや聞くん忘れとったけど、なんでそもそも『哲学者』はんと白龍仙が会うたんや。偶然会うような位置関係やないやろ」

 この白龍仙という呼び方も、竜人族ドラゴニュートの「白蛇仙龍種」という血統からとったあだ名でしかない。


「なんでも、このアンタが世界会議用にあしらえてくれた香り袋の匂いが、故郷を思い起こさせてくれたんやと。――そういえば、この香り袋の花は何の花やったっけ」



「ああ、確か一週間ぐらい前に偶々手に入れたやつか。その角に季節ごとに異なる花を咲かせる()()()()、『森鹿しんろく』の角の白梅で作った香り袋」


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