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第48話  「商人」ジェニー・モウカリマッカ

 

「初めまして、やな。ワテはジェニー・モウカリマッカっちゅうケチな商人や。よろしゅうたのんます」


 焦茶色、赤茶色、黄土色の混じり合う三色のおどろ髪を、シュシュによって頭のてっぺんでまとめたパイナップルヘアー。

 肌の色は明るい茶色に近い褐色で、その額からは肌と同色の短い一本角が生えている。

 更に深い金色の瞳と、それを僅かに隠す小さな黒眼鏡。

 そして何より目を引くのが、その人間とは根本的に異なるドラゴンの手である。肘から先がとにかく竜のように巨大で、まるで掘削機のような両手なのだ。分厚い包丁の刃を一枚一枚鎧帷子の如く並べた焦茶色の鱗に、象牙のように太く鋭く、そして黒い爪。指よりも爪の方が長く、その爪は人の指2本分よりも太い。それらが5本。両手で10本。

 その右手には、爪で器用に煙管キセルを掴んでいる。

 両手に盾と剣を常に装備しているのと同じなのに、だ。少なくともその爪は和成が着る学生服ごとその肌を斬り裂けるだろうし、その鱗にはキキ・ラットを仕留めた鉈による攻撃も効かないだろう。

 それでいて、肘から肩にかけてや上半身は、衣服の下から所々に見える竜鱗以外は人間と大差なく、バランスが取れていないように感じる。


 だからこそ、その下半身は安定性の高いものとなっている。

 その足はショベルカーの掘削部分をひっくり返し鱗を装飾したかのようで、靴というものを必要とせず、剣山の上を走れば逆に剣の方がへし折れるであろう、そんな竜の足だ。脛から膝下まで鱗がびっしりと生えそろい、その上に見える褐色の太ももは二の腕と同じように人のものとそう変わらない。

 大きめな久留米のそれよりも更に大きそうな、安定感の強い大きな腰と尻。そしてそこから生える、トゲを持つイグアナのような尻尾。太く逞しく、それを大地につけるだけでかなり安定するだろう。


 そしてその人とは全く作りのことなる体を包み込む服が、まさかの着物である。紫色の襟と、黒地に金糸が緻密に織られた艶やかな布を太帯で腰の周りをまとめ、遊女のような艶と色気を持つ服装だ。その糸が織り成す絵は、勿論ドラゴンである。

 といっても、腰と足の太さの違いからズボンの履きようがないので、自然と一枚の布で出来上がった民族衣装のようなものが生まれただけだろう。

 事実、日本の着物とは異なる点が多々ある。本来和服は胸部が豊満な場合、胸から腹がほぼ一直線になるため腰のくびれが隠れ太って見えるが、彼女の場合はその爆乳を取り付けられた乳袋にしまい込んでいる。和服にはそのような構造は存在しないため、和成たちからしてみれば少々違和感を覚える。また、傍目から見れば胸がまろび落ちそうだが、彼女はあまり気にしていない。

 

 更にその巨大なドラゴンの手を通すためな脇の辺りに(これまた着物には存在しない)大穴が開かれ、横腹に至るまでを完全に露出している。少し覗き込めばへそまで見えそうだ。同様の理由で、袂や袖も存在しない。

 裾も竜鱗の上の膝までしかなく、尻尾を通すために臀部の布には隠れてはいるものの大きな穴が開いている。


 その要所要所で見える、或いは想像できる露出が、薄暗く甘い香の焚かれた室内もあって彼女の更なる色気を醸し出していた。言ってしまえば、かなり性的な印象を与える格好だ。女嫌いの城造が顔をしかめるには十分であり、極端な女嫌いである城造からしてみれば直視に耐えないものである。嫌悪に満ちた顔でジェニーからそっぽを向き続けていたので、話が拗れる前に和成によって帰された。

 しかし、わざわざ一度引っ込んで着替えてきた以上、それが彼女の公の場での衣装なのだろう。

 それで気にしていないのなら何も言うまい。文化の違いだ。

 その場にいるのは、和成・久留米・山井・メルの四人。文化の違いに対して寛容な和成とそういう事柄に疎い能天気な久留米は、彼女の格好に対して特に思うところはない。山井とメルは少々過激に見える――ちゃんと隠すべきところは隠れているが、却ってそれが想像を掻き立てる――衣服に思うところがないでもないが、城造のように態度に出すのは失礼なので何もできないでいた。


「こちらこそ初めまして。ハクさんの紹介でこちらへ伺いました。平賀屋和成と申します」

 スライム椅子座るジェニーへ、自分たちも同じスライム椅子に座ったまま、テーブルへとハクから受け取った龍の紋章を差し出した。

 ジェニーは差し出されたそれを手に取り、裏から眺め、煙管から吸い込んだ煙を吹きかけるなどして本物であるかを確かめる。

 30分前のトラブルは、双方ともに暗黙の了解で水に流し、忘れることにしたようだ。

(――それにしてもこの煙、気が散ると言うか、ジェニーさんに集中できないというか・・・)

 煙管からもうもうと立ち上がり部屋に満ちる煙と香りに妨害され、彼女の感情が読み取りきれない。

 ただ、煙草とは少し違うのか体に悪そうな嫌な臭いは全くせず、それどころか清々しいとさえ表現できる香りだ。煙たくはない。


「たしかに、これは間違いなく白龍仙(はくりゅうせん)のもんやな。――ほんで、ワテの商会に何のようや?」

「商談に参りました。ハクさんに、私の品を売ることを考えた場合、高く売るならここで売ればいいとアドバイスをいただきまして」

「ほーん・・・・なぁアンタ。ハクさんて、白龍仙とどないな関係やねん」

「茶飲み友達・・・・といったところでしょうね。ほんのついさっき、数時間の付き合いではありますが」

「・・・・そうか。まぁええわ。ほんで、何を買って欲しいんや。一応言っとくけど、白龍仙が評価したからっちゅうて、ワテが大枚はたくとは限らんで」

 スライム椅子にもたれかかり煙管を吸うその様子には、確かな大物感がある。

 歴戦の経験を持つ商人の泰然自若とした態度だ。

「えぇえぇ、そのあたりは弁えているつもりですよ。ただ、ハクさんとはこれと交換して貰えたので、自信はあります」

 そう言って和成は、メルから貰った高級そうな扇子をポケットから取り出して見せた。


「んブッっふ」

 ジェニーの鼻から煙が噴き出した。

「アホか!それはそんな風に雑に扱ってええもんとちゃうわ、ボケ!」

 そのまま、商談の場にもかかわらず声を荒げ立ち上がる。もしも間にテーブルがなければ、勢いのままに胸ぐらを掴まれていそうな迫力である。

 和成の常套手段。敢えて突飛な行動をとることで相手の動揺を誘い、自分のペースに巻き込もうとするやり方だ。人の心の機微を察する能力が高い和成は、怒らない(立場的に明確に怒れない)ギリギリの境界を見極めるのが上手い。

 つまりはメチャクチャいやらしいやり方だ。


「そしてこちらがもう一つ作った、ハクさんにあげたのと同じものになります」

「ッーーーーー!」

 実際、流れるように取り出されたドラゴンの折り紙に、ジェニーは息を飲む。

 ただし、その瞬間に和成の行動が作戦のうちであると考え、座り直す間に息を整えてしまったのは流石だ。

 相手にペースを渡すまいとしている。


 ***


「なるほどな。それは確かに売れそうや。白龍仙がワテらのことをアンタに勧めたんも分かる」

 ――「もう一つ作った」

 ――「ハクさんと交換した」

 更に言葉を紡ぎながらも、その二つの雑談から、目の前の少年がこの今までに生まれなかった新しい作品をまだまだ作れるということを察知する。

(――いや、それを教えるために、わざわざあんな行動をとったんかもしれん)

 これがもし自国の商人であったなら、今より強気な交渉に出られる。何故なら相手が白龍仙の勧めで商談のテーブルについているということは、この交渉で話がまとまらず破談になった場合、それは勧めた白龍仙の顔に泥を塗るのと同じ行為だからだ。一般的な竜人族ならば彼女に恥をかかせる態度をとれはしない。

 ただ今回の彼らは違う。白龍仙の権威が届く価値観の外側にいる。

 そのため、彼の行動が白龍仙の恥に繋がるとは限らない。

 多少の不敬が、「異界の勇者なのだから価値観の違いによる諍いも起こるでしょう。仕方がない」で終わることも十分あり得る。下手に不敬を厳しく咎めれば信頼の構築が難しくなり、得られるかもしれない利益が他者に移ってしまう。


(落ち着きや、自分。実際ペースを乱されはしたが、それは相手が強力な手札でゴリ押しに来とるからや。それが間違っとるとは言わんけど、最適解やとも言えん。言ってしまえば稚拙や――まぁ、せやからこそここで多少常識はずれな行動をとったところで、しょうがないかと考え見逃す奴は絶対に出てくるとは思うけど。それが分かっとってやっとるんか、天然なんかは分からんけどな)

 何をやっているんだと考え見下す者は出るだろうが、そういった者たちとは商談を行わなければいいだけのこと。一枚のただの紙で折り込まれた、自立するドラゴンの作品。それを欲しがる金持ちは絶対にいる。白龍仙も持っているという点も付加価値としては充分だ。


(そう考えたら、あの扇子を雑に取り出したんは、ワテのペースを乱すだけが目的だったんとはちゃうかもな。暗に白龍仙の権威は効かんっちゅーことを教えてくれよるんかもしれん)

 異界の勇者は、この世界の歴史や地理や価値観の外側にいる。

 彼らは既に――「あくまでこの世界の住人がそれを尊重している時だけ」という前提がつくが――ある種の特権階級にいる。

(ほんまに人族は厄介やな。何でか知らんけどコイツら金回させたら世界一やで。素人のくせにこすっからいわ)


「――ほんで、アンタはこれをどういう風にして売りたいんや?」

「そうですね・・・・やっぱりできるだけ高く売りたいですね。ただ、あまり高くすると売れなさそうですし、いくらぐらいが適切なのか・・・・」

「そこはまぁ、売り方によるわな。好きな奴は好きやろうから、竜の偶像作らせるんが趣味の金持ちに売ったら――ワテやったら500は堅いやろな。ちなみにこれはあくまで最低限や」

「500Gかー。折り紙だし、そんな感じかなー」

「500万Gや!ワテの腕なめとるんか!500Gでこんな格好つけんっちゅうに!!」

 天然な久留米にジェニーがツッコんだ。

「えぇー!?けどこれ、折り紙ですよ?紙をただ折っただけですよ?原価に直したら・・・・・10Gぐらい?」

「もう少し高いよ久留米さん。ステータスの補正で製紙技術は確立しているけど、日本と同じ値段ではやり取りされてない。だいたい1Gが1円かって言われると微妙だしね。まぁ俺は城造に頼んでタダで貰ったんだけど」

 日本の製紙技術は世界的に見てもかなりの高水準である。なんせ江戸の前から作り続けられ、その強度は多少雑に保管していても条件さえ適していれば百年単位で残る。


(――ステータスの補正で確立、か。異界の勇者たちがステータス画面のない世界からきたっちゅうんはホンマのことみたいやな。どんな世界なんか想像もつかへんわ)

 おくびにも出さずに思考するジェニーを他所に、二人は会話を続けていた。

「そりゃあー私にはドラゴンの折り紙は無理だけどねー。折り鶴が限界」

「・・・・なるほど。つまり、異界の勇者でこれを作れるんは『哲学者』はんだけなんか」

「おそらくは」

「そうですねー」

「そうだと思います」


「――それはつまり、この折り紙を折れるんは今この世界においては『哲学者』はんだけっちゅうことやろ」

「・・・ああ、そうなるのk・・・なるんですかー。そう言われたら、何かすごそうな気がしてきましたー」

「久留米、鈍いわよ」

「そしたら――世に二つとない作品っちゅうて売れば最低500、上限は1000前後ってところやな。それぐらい出しそうな相手に心当たりがある」

「流石は大商人ですね。そういう・・・・常連さん?みたいな固定客がいるんですか?」

「当たり前や。更に、これは白龍仙に献上されたものと同じものや――って言うて売ったら、価値はもっと跳ね上がる。倍では済まんやろな」

「正直に言えば、現物を見せるためにそこら辺の紙で作った急ごしらえの代物をそこまでの大金で売るのは勘弁してほしいですね。悪銭身に付かず。そんな大金、下手に貰ったら呑まれてしまいそうで・・・・」

「まぁそうやな。味締めて欲をかいて、、大量に売ろうもんなら価値はゼロんなる。これに大金が支払われるだけの価値があるんは、これが希少で絶対数が少ないからや。ようけあったら、こんなんただの紙やがな。せやから幾ら高う売ろう思てもこれ単体で稼げるんは5000万前後程度が限界やな」


「すごいよ平賀屋君。この人、今5000万を程度って言ったよ」

「何度でも言うけど、日本とは物価が違うから円に換算して考えるべきではないかもしれないぞ。だた、国内有数の商人ともなればそれぐらいの大金を動かすのなんて当たり前なんだろうな」

「貴方たち、雑談もほどほどにしなさいよ」

「別にかまんよ。アンタらが素人なんは分かっとる。ある程度の失礼は見逃したる。相談もしたらええ」

「「・・・・・以後気を付けます」」

「仲のよろしいこって」

(――まぁ、関わり方によったら、ワテの方が平身低頭してへりくだらなあかんかったかもしれんけどな。今の優位な状況のままで行けたらええんやけど)

「話を戻すで。さっきも言ったように、これで単体で稼げるんは5000万前後程度が限界や。せめてもうちょっとバリエーションがあったら違うんやけどな」


「――なら、もっと色々折りましょうか?」


(――やっぱりまだ交渉用の手札(バリエーション)隠し持っとったか)


「へぇ、まだあるんや。すごいやん!ほな見せてもろうてもええで?」

「かまいませんよ。そのために何枚か紙、用意して来ましたから。メルさん」

「はい、どうぞで御座います」

 後ろに立ち待機していたメルから、和成は正方形の紙を数枚受け取った。

 そのまま流れるように折り進めていく。


「そう言えば平賀屋、貴方はどうしてそんな技術をもっているの?」

「何人もいる親戚の子たちの面倒を見る時にこれをやると、受けがすげー良かったからだな。特にやんちゃな男子にティラノサウルスの自立するやつを作ると、わっかりやすく態度が変わる。ドラゴンの折り紙を複数形態覚えたのも同じ理由だ。まぁ凝り性だから、途中で飽きなかったのもあって、出来るところまで突き詰めちゃった感じだなーっと。はい出来上がり」

「スピーディーだねー」

「俺が折れる中で一番簡単なドラゴンだからな。多少雑に折った部分もあるし」


(・・・折るんが速過ぎる。何をやりよんか分からんうちに完成しとった。何のためにあるんか分からん工程も何回もあった。これ自体を一つの芸としてパフォーマンスさせてみるんも考えといた方がええかもな)

「なぁ、これってドラゴン以外も折れるんか?」

「折れますよ」

「ほな、さっき言いよったティラノサウルスっちゅうんを折ってみてくれんか?」

「分かりました」

 

 そして数分後。


「できました」

「――って、古代竜やん!」

「へー、この世界にも恐竜っていたんだ」

「けど、地球の恐竜とどれだけ共通点があるのか分からないわね。きっとこの世界のティラノサウルスは炎とか吹くのよ」

「ありそうだ」


「・・・・・古代竜は一部に化石とかを集めよるマニアがおってな。けど、偶像にするんはあんまり一般的やないから数が少ないんや」

(マニア向けに売るんなら、多少は量産しても売れるかもしれんな。ただ同じ折り紙やのに形で売り方ぁ変えて、それで受け入れられるんかが問題や)


「ハピネスにもあげたら喜んでたよ。ティラノサウルスじゃなくてペガサスのだけど」

「へー、王女様にも通じるんだ、折り紙って。日本文化って結構すごいのかな」


――ハピネス?

――王女様?

「・・・・エルドランド王国の第二王女、ハピネス王女のことなんか?」


「そうですそうです。この前ちょっtモガ」

 うっかり滑らせそうになった久留米の口を、間一髪でメルがふさいだ。

「久留米さん。そのことは緘口令がしかれてるんだから言っちゃダメだって」

「いや平賀屋、緘口令がしかれていること自体を言うのもダメだと思うけど」

「内容は言わないから大丈夫」


(―――いやらしいやっちゃでコイツぅ!ちまちまちまちま自己アピール挟みよって!しかもそれがワテにとってもやりようによったら利益が出るようなことしか言わん!上手く動いたらメリットになりそうやさかい全部無視できん!もうなめてかかったら足元掬われそうやし、手加減するん止めよか・・・・けど、白龍仙が白蛇龍仙(はくじゃりゅうせん)の家紋を渡した相手にそういうことするんは気が引けるし・・・・まぁ、こいつの腹立つとこは、その辺りを分かっとる上でやってそうなとこやけどな!)

 こめかみがピキピキと引きつりそうになるのを耐えると、どっと疲れが出たのもあって、思わずため息が漏れてしまった。

 いったん煙管の煙を吸って落ち着く。


「どうかしましたか?」

(いけしゃあしゃあと、この『哲学者』ァ!!)

「――いや、なんで人族っちゅうんはこうも商売が上手いんかと思うてな。素人っぽいのに、アンタ中々やるやん。なんでこう、商売っちゅうもんは正直者やのうて、強欲で勝手な奴が甘い汁を吸えるんかと思ってな」

 褒めてはいない。せめてもの皮肉と嫌味である。



「【()()()()()()()()()()()】――と、いうやつでしょうね」


 ――だから、和成が続けたその言葉に、あそこまで引き込まれるとは思っていなかった。


 ***


 また同時に、山井・久留米・メルの三人は思った。

 ああ、これは長くなるやつだ、と。


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