第5話 ささやかな理不尽
異世界に召喚されて数時間後、ようやくクラスメイト全員のステータス確認作業が終了した。
現在彼らは、キングス王の意向によって開催される歓迎パーティーの準備中だ。
このパーティーには二つの目的があり、一つは勇者達に国として歓迎し敬意を払うため。
二つ目は優秀なステータスを誇る貴族や歴戦の戦士、傭兵を勇者達に紹介し共に戦う仲間に加えて貰うため。
そのため現在、彼らは女神の召喚特典でステータス画面から入手できる、またはゲームのデータとして元々持っていた、周囲に分かりやすく自分の『職業』を示せる装備を着こんでいる。
例えば親切は、如何にも大魔法使いが着ていそうな荘厳な雰囲気の白いローブを身に纏っている。
ちなみに、ステータス画面から入手した衣装や装備は、ステータス画面から「装備する」を選択するだけで装備できるため、着替えにあてがわれた部屋は男と女で分けられていない。
そのせいで、ボーナスで得た装備を碌にどんな衣装か確認しなかった者が、想像以上に露出の多い服を着てしまったと云う騒ぎが起きたりしたが。
「ハァーーーー・・・・・・」
そんな中、重苦しい溜息をつきながら、自分の弱さを知った和成は着替えにと用意された部屋の角で三角座りをしながら項垂れる。その服装は学生服のままだ。ステータス画面から得られる装備がなかったため、異界の者であることを示すことの出来るこの格好のままでいることになったのだ。
「帰りたい・・・・」
それはもう酷い顔だ。絶望している顔だ。
「えっと、元気出してよ和成君。私にできる事ならなんでもするからさ」
そう背中をさすりながら慈が励ますも、和成の顔は晴れない。
そんな慈は現在、『聖女の神衣』というアイテムを装備している。普段の教室の隅で本を読んでいるのが似合う大人しそうな文学少女のイメージを覆す、白を基調としたキリスト教のマリア様が着ていそうな服。
白い神衣が光を仄かに反射することにより慈の肌の白さが際立ち、身体のラインを目立たせるその服は着痩せする慈の魅力を一切隠していなかった。
清楚と純潔を示しながらも、決して女の魅力を失わない。
それでこそ、『聖女』というものだ。
見目麗しく能力も申し分なし。
つまりは、クラスメイトや国の貴族たちが囲い込もうと積極的なアプローチをすることが簡単に予想され、それを察してさらに和成は憂鬱な気分になる。
というか、普段の慈の格好の方が好きな和成からしてみれば今の慈の格好は気に入ってないし、慈が着飾れば綺麗になることは分かっていたので特に意外には感じない。
そもそも日本にいた頃から友達だった自分とは違い、異世界に来てステータスをキッカケに慈に近づこうとする輩は端的に不愉快だ。
だからといって何も出来ないし、恋人ではなくあくまで友達なので慈の選択に口を挟むつもりもないが。
☆☆☆☆☆
現在彼らステータスの確認を終えたのだが、それはあくまで大まかな部分だけだ。
そのため、彼らは細かい部分を再確認している。
何人かいるFMSにそこまで詳しくないクラスメイト(主に女子)達は、最もFMSをやり込んでいた親切からステータス画面の見方と意味を教わっている。
その側では化野が面白くなさそうな顔をしているが、そこは無視する。
ちなみに和成は聞いていない。
一切の加護を持たず、「ミリオン」と云う呪いの様な『???』がステータスに表示されている和成のささやかな抵抗だ。
要は不貞腐れているのだ。
「和成君、あんまり気にしない方が良いと思うよ」
ポンポンと頭を軽く撫でながら、慈愛美はその名に違わぬ慈愛の眼差しを和成に向ける。
「んーーーー・・・・・・」
それでも、和成の顔は浮かないまま。
そんな二人に三人の少年が近づいてきた。
「平賀屋、そろそろ立ったらどうだ」
一人目は、『勇者』天城正義。
腰に携えた剣。身に纏った鎧。凛々しい顔立ちから佇まい。さらには髪型に至るまで、正しくゲームや漫画に出てくる『勇者』だ。
醸し出す空気がなんかもう勇者っぽい。お手本のような『勇者』。
「慈さんに励まして貰って、頭まで撫でられて、子供じゃないんだから早く立ち上がるべきだ」
「んーーー・・・・・・だがなぁ、これからを考えると最弱以下のステータスしかない身としては不安で不安で不安なんだよ。世にはモンスターがはびこり魔人族との戦争が近い。そんな中で俺は、戦う手段も自衛の手段も一切持ってないんだ。ハァァァぁぁ・・・・・・・・・」
聞くだけで気が滅入る沼の底に沈んでいくかのような溜息を、天城は快活な声で打ち払った。
「ここはゲームの世界だぞ。そんな滅多な事は起きないだろ。皆んなで魔王を倒してゲームクリア。それで終わりだよ」
「んーーーー・・・・・・」
(そんな風には思えないんだよな・・・・・・例えここがゲームの世界であっても、その中に入り込んだ以上はここが現実。そして待ち構えているのはーーーーーー戦争で、殺し合いだ・・・・・・)
ーーー嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。人が死ぬのは嫌だ。殺すのも殺されるのも嫌だ。
今の和成の心境は、治安最悪な海外の都市を丸腰で歩いているような不安に満ちている。
おまけに、自分が役立たずであることが明らかになり、その事実が周囲に否定的に思われている。
クラスメイト達はともかく、王城の人たちは露骨にがっかりしていた。
それはもう、強力なステータスを誇る友人たちが居ても恐ろしくて仕方がない。
それを周囲に露見させたところで何の解決にもならず、むしろ事態を悪化させる可能性が高いためにおとなしくしているが、出来るのなら今すぐにでも駄々っ子のように泣き喚きたい気分なのだ。
「全く、何がそんなに気に入らないんだ?言ってみろ」
腰の重い和成に、天城と共に近寄った少年が不機嫌そうに尋ねる。
特筆すべき点は、全身を包むフルプレートの肉厚で重厚な金属鎧だ。
視覚的に物々しさを強く訴える、光をあまり反射しない鈍い黒。
その鎧と一組である右手に抱えられた鉄の西洋兜もまた、相手を威嚇するような黒。
そして、左手で支えられている身の丈を超えた巨大ハンマーは鉄の色を放っている。
得た『職業』の名に違わぬ、兎に角「重い」姿だ。
彼の個性である、坊主頭・がたいの良さ・目つきが悪い強面と良く似合っている。
鋼野鉄雄。職業は『重戦士』。
野球部所属。ポジションはキャッチャー。
天城の右腕。
「ほら立て。座り込んで背中を丸めてどうする」
次に、そう言って二人目の少年が和成の腕をむんずと掴んで、無理やり立たせようとする。
特筆すべき点は、鋼野を僅かに上回るクラスNo1の高身長。
さらに鋼野と同じような、全身を包むフルプレートの肉厚で重厚な金属鎧。
ただしその鎧は鋼野の鎧とは対照的に白く、精緻に装飾された銀の文様が輝いて重々しさの中に神聖さを感じさせる。
そして、彼が有する『職業』を象徴する両手の武器。
二つ合わせなくとも持ち主の体より大きい、鎧と似た装飾の施された、壁と表現すべき二つの大盾。
守村心護。職業は『守護人』。
サッカー部所属。ポジションはキーパー。
天城の左腕。
(やっぱり、「実はドッキリで、ここは日本でーす」なんてことにはなんないか)
天城たちの装備、つまりは格好をみれば一目瞭然。
たかだか一般的日本人であるクラスメイトが、金属塊である鎧を服を着るのと同じように身に纏うことなど出来るはずがない。見渡せば腰に剣を携えるクラスメイトは少なくないが、彼ら彼女らの重心は金属の塊を全く歯牙にも掛けず一切ぶれていない。
(・・・・・少なくとも、ここは地球じゃない。地球の物理法則ではありえない)
恐怖も不安も不満もまるで理解されないまま、無理やり立たせられている状況を不快に思いながら和成は、ささやかな反抗として全然関係ないことを考えていた。
人はそれを現実逃避と呼ぶ。
「コラ!」
そしてそんな風に和成が幼児のような反抗を行っていた時、彼らに向けて可愛いらしい声が響いた。