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第398話 平賀屋和成の告白

 

 心の中での出来事だからだろう。きっとそこに時系列は存在しなかった。まったく同時に告白されたような、順に告白されたような、判別のつかない形容しがたい感覚だった。


 しかし、どうあれ和成はみんなの告白を聞き終えた。ならば後は返事のみ。

 心情では、うなだれ目線を合わせられないでいる。だが、やがて観念したように、和成は自らの内心を吐露し始めた。


 それはどこか懺悔するような、告解に近い告白だった。



 ☆☆☆☆☆



「生と死の断絶。それが俺の根幹にあるものだ」


「医者の両親は忙しく、俺はよく祖母に面倒を見られていた。そんな祖母の死を見て――俺は悩んだ。命が命でなくなる瞬間を見たからだ。肉体は物質に過ぎず、心とは霞のようなものと知ったからだ」


「であれば、そもそも生に何の意味があるというのか」


「この悩みにひとつの決着をつけてくれたのは、祖母の法事でお経を唱えてくれた和尚様だった」


「意味などないと、和尚様は言い切った」


「人はいつか死ぬ。すべては消える。人間なんぞ所詮は肉の塊にすぎず、腹に不浄が詰まった糞袋でしかない。諸行無常、色即是空。時の流れは移り行き、この世のすべては塵芥、原子分子の集まりに過ぎない。であるならば、苦も楽も同じこと。不浄と清浄に違いなどない。誰が死んでも星は巡り、光る星もいつか消える。意味に意味はなく、価値に価値はない」


「そんな無常観は、俺の視界とよく馴染んだよ。人間の心なんてのは絶えず変化する曖昧なもの。そこに絶対が入り込む余地などありはしない」


「人の認識や主観なんてものは、信用するに値しない。それは俺にとって前提であり、常識だった。だってそういう風に見えるんだから」


「……俺の見えてる世界が全てと言うつもりはさらさらない。だが、俺は一生この主観と付き合って生きて行くしかないんだ。だったら俺が俺であるためには、この視界を基準にして生きて行くしかない」


「だからだろうな。俺は女神の事が嫌いだが、やはりどうも復讐する気になれない。人外を人間の価値観で断罪するなど、無常にもほどがある。虚しいだけだ」


「時の流れは移り行き、この世の全ては絶えず変化するもの。――俺はきっと、みんなが女神に殺されても仇を取ることはない。もしも俺が女神を殺そうとするのなら、それは女神が悪である時ではなく、害がある時だけだ」


「死者は死者、生者は生者。俺にとって、両者には言葉にできない断絶がある。だから――死者に敬意ははらうが、すでに死んだ奴を今を生きる奴より優先するつもりはない。俺はきっとロクデナシの人でなしだ。死んだ身内と生きている他人なら、絶対に生きている他人を優先する。それが誰であろうと」


「みんながしてくれた告白は、俺にとっての絶対になりえない」


「だから俺は――自分ひとりを選ぶべきなんだよ」



 ☆☆☆☆☆



「和成君。私たちは今、アナタの心の中で魂同士の話をしてるんだよ。愛は変化していくものの1つに過ぎず、私たちの告白もいつか心変わりしうるものだと、本気で思ってることは確かに伝わって来てる」


「けど、それだけじゃない。私たちに告白されて嬉しいって思ってることだって、ちゃんと伝わって来てる。必要とされて嬉しい、自分を肯定されて嬉しい、誰かの幸せに貢献できて嬉しい。そんな和成君の素直な感情だって、私たち全部わかってるんだから」


「和成君が私たちに突き放すようなことを言うのは、私たちの恋心も、それを嬉しいと思う和成君の喜びも、どちらも絶対ではなく変化していくものであり、悠久の時の果てにいつかは消えるものでしかないと思っているから」


「あなたは私たちに、罪悪感を覚えている」


「いいんだよ、和成君。アナタはそれで。みんな、そんなアナタのことを好きになったの」


「女神が私たちの命を奪ったとしても、仇なんて取らなくていい。復讐が強さに繋がらずに、恨みや憎しみではなく愛や慈しみをモチベーションにする優しさを、私は好きになったんだから」


「和成君。何度だっていうけど、私はアナタのことが好きだよ。たぶん、きっとみんなも」


「この世に絶対はなく、和成君もこれから先どんどん変わっていく。それは私たちも同じ。逃れることはできない。そんなこと分かってる。分かった上で、今、それでもアナタが好きだって告白したいからしたんだよ」


「アナタはそのままでいい。だって、そのままではいられないから」


「和成君、一緒に変わっていこう。今までの、どんな自分とも違う誰かに」



 ☆☆☆☆☆



 和成は返答した。慈愛美の魂の言葉に、魂で返事をした。

 それはまるで、どこか観念したかのようだった。


「――人を喜ばせるのが好きだ。

 俺の視界に映る感情が、俺の行動によってどのように変化するか推測する。それが狙い通りに変化した時、パズルのピースがぴたりとはまったような快感を覚える。

 俺の行動によって、誰かが喜ぶ瞬間が好きだ」


「知ってるよ。和成君が私たちを見る時の眼は――図鑑を眺める子どものような、好奇心と知識欲を満たそうとしてるワクワクした眼に近いから」


「それでいいのか。俺は……ろくでなしだ」


「そんなことないよ。仮にろくでなしだったとしても、それだけじゃない。私たちは、みんなそのことを知ってる。だから――ここまで来たんだよ、和成君」

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[良い点] いつの間にか更新再開してた! [一言] 絶対はないって聞くと毎回、じゃあ"絶対はない"のも絶対ではないってこと、矛盾してると思ってしまう。 「"絶対は無い"ということ自体を除いて絶対は無…
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