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第397話 慈愛美の告白

 

「――私にとって、和成君との出会いで一番印象に残ってるのは、高校入学直後の入部した時のこと。読書が好きだった私は、文芸部を選んだ。他の部員は全員、私と同じ地味で大人しいタイプばっかり」


 “あの、文芸部は女子しかいないんだけど……?”


 “別に男女で別れている訳でもなく、男女平等の世の中で女子限定という訳でもないでしょう”


「その時に、一緒に入部しに来ていたのが和成君だったよね。一切空気を読まなかったから、当時の部長さんはすっごく迷惑そうな顔をしてた。その後も何度か押し問答があって、部長は入部の辞退を促したてたけど、結局和成君に押し負けた」


「まぁしょうがないよね。正論なのは和成君の方。女子しかいないだけで男子禁制な訳じゃないし、本人が入部希望してるのに、素行不良ってわけでもないなら入部させないことはできない」


「ずっと和成君はマイペースだったね。うちの部活動は、週に一度、会議で決めた本を一冊読んでおいて感想を語り合うぐらい。けど最初の方は、男子がひとり混じることを嫌った先輩たちが、和成君だけに感想会の存在を伝えてなかった」


「私も伝えなかった」


「だってそんなことをしなくとも、和成君は顧問の先生と仲良くなって普通に知ってたからね。なんなら私なんて、先輩方より先に和成君から教えてもらったし」


「そして何度も感想会を繰り返していくうちに、いつの間にか和成君はなじんでいた。独特な切り口から、どこから仕入れて来たのか分からない謎知識を交えて語られる和成君の感想は、みんなに独特の刺激を与えていった」


「私も和成くんと自然に仲良くなれた。話す内容は、主に読んだ本に関すること」


 “草枕、どうだった?”


 “冒頭の文は気に入った。「とかく人の世は住みにくい。たが住みにくいからと言って、人でなしの国へ行く訳にもいくまい。人でなしの国は、人の世よりもなお住みにくい――」というのは胸に残った”


 “どう解釈した?”


 “人として生まれた以上、結局人は人として生きて行くしかない。どれだけ住みにくかろうと、人の世こそが人には一番ふさわしいのだろうと、そう思った”


 “最後まで読んだ感想は?”


 “途中で飽きたから読んでない”


 “おいおい”


 “一冊の本を、ただ一文のために消費する。そんな贅沢も許されることこそ、読書というものがもつ豊かさでしょう”


 “もう、それっぽいこと言っちゃって”


「本当に、いろいろな話をしたよね。そうして一年後、先輩方が卒業し新しい部長を選ぶことになって、和成君が部長になった」


「文芸部は大人しめの子ばっかりだからね。率先してリーダーシップを取るタイプはいなかった。だから和成君が立候補しちゃえば、誰もやりたがらない部長の座にそのまま収まっちゃう」


「立候補した理由は、文化祭でやる出し物選びの主導権を握りたかったから」


「その年の文化祭は、大変だったけど楽しかったよ。和成君が新しいことをやりたがったおかげでね。折り紙っていう意外な特技を見せてもらった。まさか図書室が恐竜の折り紙でジュラシックパークになるとは思わなかった」


「――その時のことで、印象に残ってることが2つある」


「ひとつは、文化祭でちょっとしたトラブルが起きた時のこと。よそ見していた部の後輩が、太ったおじさんとぶつかって両方転んだ。他の部員たちが転んだ後輩に駆け寄る中、和成君だけはおじさんが立ち上がるのに手を貸しに行った」


「その行動の違いが頭に残って、私は聞いたよね。どうして、おじさんの方を助けたの?って」


「そしたら和成君はこう答えた」


 “今回のあれはコチラが悪い。あの人は道いっぱいに広がってお喋りしてる後輩を避けてすれ違おうとしてた。なのに周りを見てないアイツらが、道を塞ぎに行ってぶつかった。あの場合は普通に自業自得だ。たぶんアイツらも自覚してるだろ”


 “あとは、あっちの方がダメージが大きそうだったから。あの人は明らか太ってて重そうなのに、怪我させまいと無理に避けて派手に転んでたからな。病み上がりかリハビリ明けか、特に骨にガタが来てそうだった。頭は打ってなかったみたいだが、脳の血管でも切れてたなら医救急車を呼ばなきゃならん。だから一声かけといた”


「よく見てるなって思ったよ。和成君は視野が広い。それもきっと、特殊な共感覚による独特の視界からなんだろうね」


「けど、一番印象に残ってるのはその後の台詞」


 “そもそも女子に俺の助けはいらんだろう。どうせほっといても他の誰かが手を貸すんだ。だったら俺はおっさんの方を気づかっておくさ”


「その時にちょっとだけ和成君を理解できた気がした。親切だけどシビアでドライ。それがアナタ」


「ご両親がお医者さんだからかな。より多くを助けるために、効率的に人を助けることに躊躇がない。心の中に踏み込んだことで、もっと確信がもてたよ。和成君は手助けが不要そうな人は助けないし、助からなそうな人も助けない」


「人を効率的に助けるために選別することに迷いがない。助ける相手に優先順位をガッツリ付けて、その順番で助ける。助けられない相手は助けない。和成君の場合、きっとそこに罪悪感はない。ドライでシビアだ。世の中どうにもならないことはあると割り切っている」


「けど、だけどやっぱり――和成君は優しいと思う」


「文化祭で印象に残ってるもうひとつのことはね、文化祭に来た子どもちゃんたち相手に、和成君が折り紙を折ったり教えてあげてたりしてたことだよ。目線を合わせて、言葉使いを合わせて、楽しそうに一緒に遊んでたことを覚えてる」


「他には、歌のお兄さんばりのテンションで凄まじく気合の入った読み聞かせもしてたよね。子どもたちにはすごく好評だった。そこで知った和成君の子供好きな一面と、そんな楽しそうな光景を見て、胸の奥がじんわり温かくなったんだよ。ギャップ、だよね。ギャップ。ドライでシビアだけど――確かに和成君は優しい」


「だって、助けられる人は助けるから。どっちも助けられるのなら、きっと和成君はどっちも助けようとするし、最後まであきらめない。ただ見捨てるだけじゃない。助けられるなら助けるが前提にあるからこそ、和成君は罪悪感を抱かない」


「子どもたちに向けてた慈しみと、おじさんに向けた優しさ。そして後輩ちゃんたちに見せた冷たさ。――変な話かもしれないけど、私はその時の和成君に、人としての強さと誠実さを感じたの」


「あの状況でおじさんの方を気づかうのは、すごく勇気がいることだと思う。周りから顰蹙を買ってもおかしくなかったし、部のみんなとの関係が悪化する可能性だってあった」


「それでも真っすぐに助けに行った優しさが、私には魅力的なものに見えた」


「だからきっと、私と和成君の愛のキューピッドはあのおじさんなんだよ。太ってて、不健康的で、足腰にガタが来てそうな、自分から人にぶつからないよう事前に避けようとする、良識的にマナーを守るどこにでもいる普通のおじさん」


「たとえ誰に笑われようとも、あのおじさんが私にとってのキューピッドだと言い切れる人間こそ、誠実で高潔なんじゃないかと私は思ったの」


「――そんな自分になりたいと思った。和成君となら、そんな自分になれると思った」


「だから好きです。和成君、結婚を前提に私とお付き合いしてください――って、文化祭が終わった後に告白したよね」


「きっと、どっちもただの切っ掛けなんだよ。私は多分、文化祭のずっと前から和成君のことを好きになり始めてた」



 ☆☆☆☆☆



 リスクを負ってでも助けがいのない誰かを助けることに美点を見出せる精神性。

 それこそがきっと、『聖女』の『天職』の適性が慈愛美にあった理由だった。


 そんな慈を前に、心の中で和成はうつむいていた。

 告白を終えた彼女たちを前に、うなだれ目線を合わせないでいた。


 しかしやがて、観念したように自らの心情を吐露し出す。


「――生と死の断絶。それが俺の根幹にあるものだ」


 それは一見関係ないように見えて、何より重要な告解だった。

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