第40話 舌の上の解決
巨漢騎士を見る女子陣の目は厳しい。
久留米と慈が率先して嗚咽と涙が止まらない少女を慰めている。二人とも包容力のあるタイプなので、泣く子を落ち着かせるのが得意だからだ。
メルは無言で傍観者に徹しており、同僚の女騎士は触らぬ神に祟りなしとばかりにそっぽを向いている。
そして、主に姫宮が先頭に立ち、喧々諤々の非難を行っていた。
ーーー見聞を広げたいから市井を見て回りたいというこの子の願いを何故聞いてやれなかったのか。
ーーーちゃんと自分で考えて自分なりの意見を持ってる立派な子じゃないか。
ーーー彼女が問題を起こしたのは、約束を破り続けその場しのぎで適当なことを言ったことが原因ではないのか。
ーーー自分たちの都合のいいように大人と子供を使い分けるのは卑怯だ。
ーーーこの子が世界を見たいと望むことがそんなに悪いことなのか?
ーーー今まで子供がわがままを言っていると決めつけていたのではないか?
ーーー確かに大事になった非は彼女にもあるだろうが、少なくとも自分はこの子の主張は正当なものであると思う。
ざっとまとめると、こんなところか。
それを何度も繰り返し執拗に話し続ける。怒っているからだ。
泣きながら激情のままに心情を吐露した少女が、嘘をついているとはとても思えない。
そして少女は話を聞く限り真面目ないい子で、今回の騒動を起こしたのは周囲の態度に追い詰められてのことだったのだ。
なら、怒らない理由がない。
「ーーーーまぁまぁ姫宮さん、少し落ち着いて」
「・・・・和成くんは、なんでそんなに冷静なの」
「一つは姫宮さんたちが怒ってるから。自分以外の誰かが怒ってるのをみてると逆に冷静になる。
もう一つも姫宮さんたちが怒ってるから。ここで俺まで感情に任せて怒り出せば収拾がつかなくなる。
最後に、たとえどんな理由があろうとも、あの子がしたことは褒められたものではないから。さっきも指摘したように、彼女の行動がどんな結果を招くか、想像ではあるが言っただろう」
「う・・・・」
不敬罪によって処刑されるかも。
和成の言葉が再生された。
あのチンピラたちは猫を虐め、それを庇った少女をも無抵抗なのをいいことに寄ってたかって虐めていたので何らかの罰を受けることは自業自得だとは思うし、受けなくてはならないと思う。
しかし、国家権力によって命を奪われるほどの悪党だとは、和成の言うように思えない。
所詮はチンピラ。子悪党にすぎない。
この国の法律はともかく、姫宮の価値観では、チンピラたちが殺されるのは許容しかねる。
「彼女の行動によって起きた騒動や迷惑を考慮に入れないなんてことは、俺としてはありえない」
ただしーーー
そう続けて、和成は姫宮からホッと息を吐いていた巨漢騎士の方へ向いた。
「だからと言って、あの子の訴えを考慮しないなんてこともありえない」
その言葉に彼は反論したい衝動にかられたが、味方が彼しかいない状況では安易な反論は行えない。
意見しているのが単なる村娘であれば強制的に家へ帰した後、じっくり身内だけで姫様の処遇を相談できたが、あいにく相手は『姫騎士』に『聖女』。そして『哲学者』。
救世の存在。人族の希望。
彼女らの意見は一介の護衛騎士に過ぎない彼より遥かに重い。
故に、無視することは絶対に出来ない。
だからこそ唯一の味方であり、『姫騎士』と『聖女』の双方と対等に意見を交わせられる彼の言葉を無視できない。
中立という立場から双方に意見が出来それを聞いてもらえる(両者とも無視できない)和成は、極めておいしい立ち位置につくことが出来たと言える。そしてそこは、自分の思い通りの決着を導くこともできる場所なのだ。和成がその位置につけたのは半分成り行きであるが。千載一遇の好機というやつだ。
議論においては、まず話を聞いて貰えないことには進まない。
「実を言えば、差し出がましかったやもしれませんが、護衛騎士さんが彼女に対して叱りつけたことは既に俺がだいたい言ってるんですよね。軽挙な行動で騒動を起こしたのは如何なものかーーーーって。
それが、さっき鉄仮面を中々外さなかった理由に繋がってるんでしょうね」
「・・・・と言うと」
「既に反省も後悔もしていることについてもう一回叱られると、『言われなくても分かってる‼』っていう反発心が出てくるんですよ。ある程度うちとけて親しい場合なんかは特に」
今から宿題をしようと考えている時に親から宿題をしろと言われると、急速にやる気が失われる。そんな心理と同じだ。そしてそれこそが少女にとっての、護衛騎士達の立ち位置であると和成は予想した。
「それが、仮面を取らなかった理由だと?」
「いや、あくまで側面の一つだと思いますよ。もっと主要な理由が他にある」
「それは・・・・」
尋ねる巨漢騎士を他所に、和成の視線が巨漢騎士から仮面を脱いだ(はぎとった)鎧の少女の方へ向いた。
「ーーー言ってしまっていいかな?」
・・・・コクリ。
涙で赤く泣き腫れた目へ久留米にハンカチを当てられている少女の首肯を確認してから、和成は自らの予想を口にした。
「察して欲しかったからですよ。なぜ自分がそのような行動をとったのか、自分の言葉を聞かずとも理解してほしかった。だから彼女は何も言わなかった。言いたくなかった」
「・・・それは、甘えではないのですか」
「俺もそう思います。甘えといえば甘えです。同時に信頼とも言いますが」
「・・・・・・・・」
「俺から言わせてもらえば、甘えってのは基本的にある程度の信頼関係が前提にあるんですよ。あの子自身、自分が甘えている自覚はあったんじゃないかと思います。ーーーそれに、あの子に色々と我慢させて爆発させたのも甘えと言えば甘えでしょう。あの子が自分の抱えていた鬱憤を、信頼している人に説明せずとも理解されたいと願ったことは、あなたにとって許容できない悪いことですか?」
持ち上げた上で尋ねる。やんわりとした批判とフォローを同時にすることで否定しづらくしているために、巨漢騎士は口ごもり何も言えない。
何故なら、先ほどまで姫宮に責められていたことに対して巨漢騎士は不満・反発心の類を抱いていた。当然だろう。年下の少女に責められれば、仮にそれを真摯に受け止めることが出来たとしても、一切の悪感情を抱かない大人は少数派だ。そもそも男女関係なしに、異性に反論できない状況で頭ごなしに叱られるというのはかなり癪に障る。むくむくと反発心が沸き上がるし頑固にもなる。
そんな状況で同性からフォローされ、多少持ち上げられてからやんわりと「けど、ここはちょっとどうかと思う」と言われれば、受け入れやすくなる。少なくとも、表向きには受け入れないという態度を取りにくい。
「そ、そうは言ってない」
だからそう、和成に誘導された言葉を巨漢騎士は口にしていた。
思い描いた結果を導くことに成功して和成は、心の中で安堵する。それを表に出さないよう気を付けて、この話をまとめにかかった。
これ以上欲をかいて引いた図面通りに無理に当てはめようとすれば、まとまりそうなものもまとまらなくなるかもしれないと判断したからだ。次は失敗するかもしれない。和成は常にそう考えている。たとえ多少強引であっても、成功した段階で終わらせようと判断した。
「ーーーーじゃあ、君はどうだ?この人が凄まじい剣幕で入室したのは君を心配してのこと。そんなこの人に、何か言うことはないか?」
「・・・・ごめんなさい」
「・・・・いや、我々も今までの貴女への対応に配慮が足りませんでした。怒りのままに叱りつけ、不適当な説教をしたやもしれません。申し訳ありませんでした」
少女に向けられた和成の後押しにより、双方が非を認め頭を下げた。
つまりこれで、取り敢えずこの場は円満にまとまった。
「じゃあこれでめでたしめでたしーーーーかな」
少女の肩をさする慈の声が優しく響く。空気が和らいだことで久留米も露骨に胸を撫で下ろし、姫宮も肩の力を抜いた。心なしか、メルの表情もわずかに微笑んでいる。
そして続く姫宮の言葉に、和成の目が驚愕に染まった。
「王女様も・・・・この言葉で適切なのかなんとも言えないけど、良かったね」
「ーーーーーーーえ?」
間抜けな声が響いた。その耳は確かにその言葉を捉えている。
王女様。
「・・・・王女様って、どゆこと?」
「いやいや和成くん。あの子はアンドレ王女の妹さんの、ハピネスちゃんだよ」
ぴしゃりと和成は手で額を打ち天を仰いだ。
召喚初日の、歓待のパーティーの光景が脳裏に思い出される。
(あーーーーーーーー!そう言えば白い目で見られるのが嫌で速攻逃げ出した時!キングス王の隣にいたな!!あんな感じの子ーーーーーーっ!!!)
王族が登場し周囲の目がそこに引き寄せられた際に『歓待の間』から抜け出したため、演出のために室内が薄暗く距離も離れていたこともあり、和成は二人目の王女の顔をよく見ることができていなかった。
(て言うかイマイチ似てねーーーーーーっ!金髪碧眼は同じだけど、それ以外の共通点がさほどない!!)
そして目の前の少女とアンドレ王女は微妙に似ていなかった。
全く似ていないわけではないが、その相似度は姉妹ではなく従妹やはとこに近い。
そんな和成に向けて、童顔騎士から受け取ったハンカチで涙を拭った甲冑少女ーー王女様ーーが、あらためて謝罪とあいさつを行った。
「えっと、あの、今一度、ご迷惑をおかけしたことをあやまります。申し訳ございませんでした。
――――そしてこの機会にあらためて自己紹介をさせてください。わたくし、エルドランド王国第二王女『ハピネス・クイン・エルドランド』と申します。デカルト・ハイデガーさま」
「「「・・・・あ」」」
恭しく頭を垂れるハピネス頭。そのたおやかな行動に対して女子陣が和成のものと大差ない間抜けな声を上げた。
――――そう言えば、そういう大嘘を吐いていたなぁ・・・・
その部屋にいる、事情を知らない護衛騎士とハピネスを除いた全員の内心が一致する。
「・・・・あの、姫様。デカルト何某というのは誰のことで」
「え、そこの、わたくしたちのトラブルを取り持ってくれた親切な方の名前ですが・・・」
「あの人は先日召喚した異界の勇者様の一人で、『哲学者』の和成様っスよ」
――――!?
ハピネスは愕然とした様子で和成を見つめた。そのつぶらな瞳は大きく開かれている。
「すまん。あれは口から出まかせだ。訳あって嘘を吐いた」
その後、それはそれでひと悶着が起きた。




