第385話 剣藤道花の告白
「和成、私はこれから慣れないことをする」
「生まれてはじめての告白だ。どこかズレているかもしれないし間違っているかもしれない。だが、お前がそれを嘲ることなどないと知っている」
「だから緊張こそすれ恐怖など抱きはしない」
「――好きだ、平賀屋和成。婚姻を前提とした交際を申し込ませていただく」
「理由は明確、かつ複数存在する。順を追って話させていただこう」
「もともと、私は誠実な男が好みだった。酒を飲まない、タバコもしない、賭け事もしない。借金もない、浮気もしない、嘘もつかない。求めるものはそれぐらいだ」
「面白みがないとよく言われたが、そういう男が私の好みだ。だからずっと、和成は要項を満たしていたと言える」
「私にとっての理想の夫婦とは、両親であり祖父母だった。家父長制がほのかに残る、古臭く堅苦しい大家族での暮らしだ」
「それが時代遅れなのだと小学生の頃に気づいたが、しかし私はそんな暮らしが嫌いではなかったよ」
「祖母は祖父の後を三歩下がって歩む貞淑な淑女で、祖父は祖母にそう扱われるに足る高潔な人物だった。地元の名士として周囲からの信頼厚く、誰よりも恐ろしい気迫を持ちながら声を荒げたことなどない」
「祖父は私に剣道を教えた師であったが、指導においてももちろん、一度たりとも暴力を振るわれたことなどない」
「そんな祖父に認められた父と、支える母。両親と祖父母が見せた関係性こそ、私にとっての日常であり理想であった」
「だから君への好意が決定づけられたのは、あの『死霊の館』事件でのこと。悪霊に襲われなされるがままだった私を、和成は遥かに弱いまま助けてくれた」
「お前であれば、アレはジェニーさんの結界のおかげだの、運が良かっただけだの色々謙遜するのだろう。好きにすればいい」
「あの時、私が和成と同じ能力を持っていようと悪霊に負けていただろうことが変わらないように、和成の言葉があの時、どれほど頼もしく私を励ましたかも変わらないのだ」
「その口から発せられた言葉がレギオンを打倒した。真言に乗せられたお前の怒りが悪霊を霧散せしめた。力なくとも力を尽くし、手札を尽くし、私のために動いてくれた」
「その光景は私にとって衝撃で、胸が震えた。ああ、人間とはこんなことも出来るのかと」
「あの瞬間をもって、お前は私にとって強者となった。私を助けに来てくれたその背中に安堵を覚えた。単純な力ではない知恵と工夫を駆使するその姿が、私にやすらぎをもたらした」
「そしてその後、音楽祭で私はお前の歌を聞いた」
「胸が熱くなったよ」
「何度も聞きたくて足を運んだ。その度に観客が湧く姿を見た。エウレカが活気づくのを感じた」
「その時に思ったんだ。ああ、こいつはとても――」
「だから、そんなお前を力及ばずブラディクスから守れなかったときには忸怩たる思いにかられた。何もできなかった自分が悔しかった」
「その後も邪竜、邪竜教団と、何もできないことが続いた。悔しかった」
「それを理由に師匠との修行にのめり込んだ。頑張って、頑張って、頑張って。迷いの中で剣を振るっていた」
「そんな自分を変えてくれたのも和成、君だった」
「暴力ではない暴力を見た。蹂躙ではない蹂躙を見た。血の刃は食龍植物を駆逐したが、吸い尽くした命によって竜人族は救われた」
「そのときに分かった」
「暴力ではない強さこそが、君の強さ何だって。誰かのために動いてこそ強い。それがお前なんだって」
「――そんな和成を、私は支え甲斐のある男だと思った」
「私が祖父母を尊敬しているのは、もしも祖父がつまづいた時、祖母は三歩先に出て祖父の前に立って手を差し伸べるという確信があるからだ」
「時に一緒に歩き、時に後ろに付き、時に前を行く。そういう夫婦に私はなりたい。それができる相手と結ばれたい。それが私の願望だった」
「だから私は誠実な男が好きだ。和成の誠実さが好きだ。誠実な和成が好きだ」
「真面目なところも、真面目さを行動に移すところも、行動に移そうと努力するところも全て好ましい」
「結婚を前提とした私の告白を、お前ならば重いとも古いとも言わずに受け止めてくれるだろう。そんなところも嬉しい」
「私は共に笑いあった青春と、異世界に召喚されてからの日々の積み重ねとをもって、私は君を生涯背中を預けるに足る、夫婦という名の戦友になれる男だと思った」
「そしてかつて尊敬する祖父は教えてくれた。一緒にいて楽しい相手ではなく、離れていて寂しい相手を選びなさいと。どれだけ愛せるかではなく、どれだけ許せるかで選びなさいと」
「私は君と離れ修行に励む間、ずっと寂しかったぞ。時々ダメなところも見え隠れするが、それすらも愛おしいと思えたぞ」
「失敗してもいい、間違えたっていい。そんな君の側にいたい」
「だから平賀屋和成、君のことが大好きだ、結婚を前提に付き合ってくれ」




