第39話 家出少女にも三分の理
「・・・・全くお前は、口を慎めよいい加減に」
暫くしてようやく巨漢騎士が小柄な女騎士から手を離したが、その額には青筋が浮かんでいる。
「ううう・・・・イテぇっスよー」
そして顔面を押さえて女騎士はうずくまるが、たおやかさや凛々しさというものをまるで感じられない。
そんな彼女を他所に、改めて巨漢騎士は甲冑少女へ向き合った。
「ーーーどれだけ心配したと思っている!!貴女の行動が、どれだけ多くの人に迷惑をかけたことかっ!!!」
続いて口から飛び出た怒号は、女騎士の所為で弛んでいたコメディチックな空気を吹き飛ばすだけの迫力があった。鎧が大きく震え、メルを除く女子陣も思わず身をすくませる。
「世間知らずな甘い甘い貴女が城を抜け出したと聞いた時には、私も含め周りの者全員がひっくり返るかと思ったぞ!!!!!もしも善良な皆様と出会わなければどうなっていたことか!!!!!犯罪に巻き込まれ、二度と王都の土を踏めない可能性もあったんだ!!!!!それを理解しているのか!!!!!」
ーーービリビリビリビリ
単純な声量だけで部屋全体が細かく振動しているかと勘違いするほどの迫力だ。
「まぁまぁセンパイ、まぁまぁまぁ。そんなに大声出しちゃあ言えることも言えなくなるっスよ。ここは双方落ち着いて話し合いをするべきじゃないっスかねぇ。まずは姫さまが何であんなことしたのか、理由を聞こうじゃないっすか。うちらの今までの対応にも問題があったのかも知れないっスし、ちょっと姫さまに我慢させ過ぎたかもなーと思わなくもないっスよ」
やはり、あの態度は場の空気を和らげる意味合いがあったのかもしれない。
二人の間に割り込んで両手で制する女騎士を見て、和成はそう思った。
その声は言い方こそ軽薄なものの、言葉に含まれた感情は両者をいたわる者である。
修羅のような憤怒の相を浮かべる巨漢騎士もその意図を感じ取ったのか、一叱りした後は次の言葉を継げずに大人しく少女の次の行動を見定めようとしている。
(やっぱり、見た目ほど冷静さを欠いている訳ではなさそうだな・・・・話は通じそうだ)
しばらくの間、静寂が小部屋の中を覆う。
騎士たちが少女の言葉を待っているのだが、甲冑の少女が沈黙を保ったままだからだ。
巨漢騎士はそれを、「黙って時間が経つのを待てば、それでお説教が終わると考えた」からだと解釈する。
「時間経過で追及が止むと思わないことだ・・・・」
まるで閻魔のような凶相だ。路地裏のチンピラならその場で戦意を喪失しそうである。
それでも少女は喋らない。
「ーーー何とか言ったらどうなんだ!!!!!」
「口を開かない理由なら、俺には何となく分かりますがね」
怒巨漢騎士が吐ききった息を吸うタイミングを狙った和成の声が、鳴った直後の一瞬の静寂に入り込んだ。
(ーーあ、ここで口を挟むんだ)
姫宮は、和成が何故そこで動いたのか分からなかった。姫宮は口下手な訳ではないが、人を口車に乗せ舌の上で踊らせることが出来るようなタイプではない。それは慈も久留米も同じ。
といっても、和成の予想の的中率は高くない。色々な可能性を想定して身構えているのである程度の事態には対応できるが、どの可能性が当たるかまでは分からない。
成功する可能性と失敗する可能性の、両方を同時に想定しているだけだ。
アドリブと、結論を明言するまではどうとでも言える言い回しと、口の上手さ。
それと、知識や体験や体験談に関する引き出しの多さ。
それらを使ってどうにかこうにかやれるだけのことをやっているだけ。
つまり、普通の人間がやれることと同じことをしているだけだ。
「そなたには関係なーーー」
「ありますよ。俺たちが誰だと思ってるんです?」
ただこれが出来るのは、『姫騎士』や『聖女』の権威を利用しまくっているからという側面もある。
単に和成だけなら話を聞いてもらえなかった可能性が高く、激高され暴力沙汰になる可能性もゼロではない。だからこそ、ここで自分の意見が『姫騎士』や『聖女』と同じであるかのように語れば、取り敢えず話は聞いてもらえる。話を聞いてもらえるのなら、何とかなる。
一応明記しておくと、和成は嘘をついてはいない。少女に対して同情的で、少しはフォローしてあげたいというのは女子陣と同じである。友達の権力をかさに私欲で行動するつもりはさらさらない。
今の状況は口の上手い和成が、姫宮と慈の二人にできないことを代弁しているだけともいえる。しかしあくまで、和成の口から流れる言葉は全て和成自身の言葉である。
自分の言葉の責任は自分でとる。その覚悟はある。
「ぬぅ・・・・」
巨漢騎士の瞳が和成を睨みつけた。立場の都合上、『姫騎士』と『聖女』の連れの言葉を無視できない。
「ーーならば、その理由を教えてもらおうか」
「いやでーす」
「 」
「 」
あまりにも軽い和成の拒否により、その場にいた全員が一瞬何を言ったのか理解できなかった。
故に起きた一瞬の間の後に、巨漢騎士の額の青筋が、割けるのではないかと感じるほどに膨張し浮かび上がった。
「・・・・どういう意味ですかな?」
ただそれでも、怒りが溢れそうな声色であるものの、即座に掴みかかるようなことはせずに尋ねる。
その様子から和成は彼が見た目から受ける印象ほど粗暴ではないことと、沸点が低い分そこまで本気で怒らず怒りも持続しないタイプであることをほぼ確定させた。
元々の相手の感情を察する特技を『観察』のスキルで強化したプロファイリングの一種である。
「それを口にしてしまえば、この子の尊厳を傷つけてしまうおそれがあるからーーーという意味です」
「何を根拠に」
「積み重ねた経験から。親戚が多くて多くて、年下のいとこにはとこにエトセトラーーーは、十本の指では足りないほどでして。子供が好きなこともあって、よく面倒を押し付けられてたんですよ。だから、年下の子が拗ねている理由は何となく予想がつきます。しかしながら貴方方の見本例はこの子だけでは?」
「・・・・確かに、私は姫様以外の少女と接したことは皆無といっていいが・・・・」
「じゃあ確認してみましょうか。もしもこの子が考えていることが俺の予想通りなら、この子は俺の問いに全て、YESを返すはずです。外れていれば謝ります」
そう言って和成は、騎士から甲冑の少女へと向きを変えた。
「問一。君が今考えていることを俺が教えてしまうことは、君のプライドを傷つけることだ」
・・・コクリ。
と少女が頷き、YESの意を示す。この国のジェスチャーは、首肯がYES、首振りがNOを意味するのは日本と同じだ。
「問二。自分が考えていることを教えるのはやめてほしい」
・・・コクリ。
またYESだ。
「問三。出来るなら分かってほしい」
・・・コクリ。
これで、少女は和成の問いのすべてに、同意を示したことになる。
「これで、俺の予想はほぼ当たっていると考えてもよさそうですね」
「ーーーーならば、どうしろというのです」
「分かってあげる努力をすることーーーですかね。何故この子が黙ったまま何も話さないのかを、ちゃんと考えてあげることが重要なんですよ。ねぇ、君。この人は何も分かってないんでしょ(笑)」
そして嘲笑うかのような和成の問いに、甲冑少女が首肯を返した。
「ーーーー!」
それを見た瞬間、巨漢騎士が激怒する。
叱られている立場で、この男の小ばかにするような物言いに同意するとは何事だ。
「いい加減にしろ!貴女はもう子供ではないのです!鎧の中に閉じこもって、甘えるんじゃない!逃げずに、自分のやったことの責任を取りなさい!!」
少女からの返答はない。その全身を覆う鎧は小刻みに揺れていた。
それが怒りによるものであることに、頭に血が上った巨漢騎士は気付かない。
「貴女には、その立場に相応しいだけの責任というものがあるんです!それを自覚もせず、わがままで周りを巻き込むのはやめーーー」
バギィ!ガシャン!
説教を中断させる二つの金属音が鳴り響いた。
一つは、少女が鉄仮面と鎧をつないだ金具を力づくで引きちぎった音。
そしてもう一つは、引きちぎった鉄仮面を巨漢騎士の足元に叩きつけた音だ。
その下からは金髪碧眼の美少女の顔が現れる。
ただその金のシルクのような髪は振り乱され、青い瞳には涙が溜まり、更にその顔は興奮によって紅潮し息はハァハァと荒れていた。
「いい加減にしてください!みんなにとってわたくしは、大人なのですか!?子どもなのですか!?」
端的に言えば、キレていた。
(とうとう爆発したか。この子みたいな素直で、人の言うことをちゃんと聞く、よく反省する我慢しいなタイプの優しい子は、気を遣っておかないとその内、貯めてた不満を爆発させるんだよな・・・・)
少女は巨漢騎士に詰め寄りフーフーと獣のように息を吸い、幼さを残しながらも、女性特有の甲高いヒステリックな声をあげる。
「いっっつもそうです!何かにつけて責任が責任ガ責任ガー!立場というものを理解してそれに相応しい行動をとれ自覚を持って行動しろ!貴女はもう大人なんですからーーーーと!」
「だから、今私がそう叱っ」
「ですから常々、見聞を広げたいから市井を見て回りたいと申していたではありませんか!何度も何度も繰り返し言われて、あなたの言う通り大人になろうとしていました!わたくしの日々の生活が皆さまの税金から賄われていることも、だからこそわたくしたちは有事の際前線に立たなければならないことも、何回も言われて理解しております!そこまで馬鹿ではありません!」
「なら」
「そこで!市井の暮らしを直接自分の目で見たいと何度も言って来たではありませんか!それなのにみんなその度に病気だから治ってからと却下して!成長してもう治ったのに、それなのに病気が治ったことを認めず、まだ子どもだからダメだまだ早い、もっと大人になって健康になってから丈夫になってからーーーと却下し続けてきたんじゃないですか!ですからわざわざこんな鎧を着こんで歩き回ったのです!重い鎧で全身包まれたまま日中歩きましたがこれこの通り、わたくしはピンピンしています!わたくしはもう健康なのです!」
「しかし―――」
「では教えて下さいませんか!何故ダメなのです!?わたくしが子供だからですか!?しかし、あなたはもう大人なんですからと、いったい何度言われたことか!!今のわたくしは一体、子どもなんですか!?大人なんですか!?」
「それは―――」
―――そのように泣きじゃくりながら駄々をこねるのは子供だ。
そう言って仕舞えば、ヒステリックながらも理性的に会話が出来ている今の状態が話も通じない状態になることが簡単に予想され、巨漢騎士は何も言えない。
そうでなくとも、彼女がここまで取り乱すことはかつてなかったし、彼には目から涙をボロボロと零しながら叫ぶように言葉をぶつけてくる少女の相手をしたことなどない。
だから、どう対応すればいいのか分からない。
隣の小柄な女騎士に目で助けを訴えるも、目線を逸らされてしまった。同僚なのに。
「人と話しているときは、ちゃんと相手の目を見なさい!」
少女から、かつて口にした自分自身の言葉を投げつけられた。
―――子供扱いが、不服なのか。
巨漢騎士はそう考えた。
「――――なら、何故この人に、この子この子と子供扱いされて何も」
「そうじゃないんです!!」
ドゴス。
少女の地団駄によって、部屋の床が踏み抜かれた。その足は怒りのままに引き抜かれ、大きな穴の跡とヒビが残る。
ちなみに、床の材質は石である。
「結局あなたは何も分かってない!わたくしは子ども扱いされるのが嫌なのではありません!都合よく大人扱いと子ども扱いを使い分けるやり方が気にくわないのです!!外に出たいと言えば、子どもだからダメだ大人になるまで待て!!息抜きがしたいと言えば、あなたはもう大人なんだからダメだ!!
どっちなのですか!人によって場合によって、何故ころころ変わるのですか!?統一していただきたい!わたくしは一体、いつになれば大人になれるんですか!?
あなたがたにとって、大人とはなんですか!?子どもとは、なんなんですか!?」
ベキャア。
そう言いながら叩きつけた拳によって、木製の机が半壊する。
フー、フー、フー、と。
少女の呼吸が獣のようになるにつれて、零れ落ちる涙の量が増えていった。
「いや、それは・・・・」
「わたくしは、もっと広い世界を見てみたいのです!わたくしを支えてくださる、人たちのことを、ヒック、自分の目で確かめて、ぃっく、知りたいのです・・・・!お父さまに言われたような、お父さまのような、っ、他の人の大切さを感じられる立派な人間になりたいのです!っく、実感が、持てないんですよ・・・・わたくし、は!国民の皆さまに支えられて、いる、っく、戦争が近く、て、みんな不安を抱えてる・・・・ひっ、だがら、上に立つ者が、ちゃんとしなくてはならないって・・・・言われて・・・・!
しかし自分の目で見ずに、自分の意思で判断せずに、どうやって自覚しろと言うのです!持てないのです!持ちたいのです!実感というものを!話を聞かされただけや本で読んだ知識だけで、どうして自覚を持てると思っているのですか!!
大人になれというから体が育つまで待ち、病が癒えるまで待ち、精神的に成長しようと努力しました!それでもまだわたくしが子どもだと言うのなら納得もできます!
しかしそんなわたくしを大人だと言う人もいて、大人だからこそ我慢しろと言う!
いったいどっちなのですか!!どうすればいいのですか!!なぜなのですか!!」
――――うえぇええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!
そこまで一息に言い切って、少女はタガが外れたように大声で泣き叫んだ。
「う、ああ・・・・」
たじたじになって、巨漢騎士は周りを見渡し助けを求める。
下手にソッと言えば、ギャッと返ってくる状況だったために碌な反論が出来なかったとは言え、いい歳をした大の男が少女に論破されてしまったのだ。その顔に覇気はなく、先程までの迫力もない。
そうなれば、女子陣が恐れる理由はない。姫宮たちが少女の味方に付き、一斉に巨漢騎士を非難し始めた。
(あの子のフォローは俺がやる必要は無さそうだな)
女子陣に責められる巨漢騎士を気の毒そうに見つめながら、和成はこれからの展開を計算している。巨漢騎士は目配せで助けを求めた同僚からは目線を逸らされーー壁として売られーー、メルからは冷たい視線をお見舞いされていた。
(円満解決のためには、逆にあの人のフォローが必要になりそうだ。もっとも、そうなれば中立の調停役として場の流れをある程度コントロールできるからーーーー)
溺れる者は藁をも掴む。
実際に巨漢騎士は、その場にいる唯一の男性である和成に対して目で助けを訴えている。
先程まで部外者として扱っていたにも関わらず。最後の望みが彼にとっては和成しかいないのだから、女子の集団に責められる――その中の二人は自分以上の権力持ち――恐怖の中ですがるのはおかしなことではない。
それはつまりもしここで和成が巨漢騎士をフォローする発言をすれば、それが巨漢騎士にとって頷きたくないものであっても反論することは難しいということだ。
これでこの問題は、イレギュラーの起こらぬ限り、和成の舌先三寸の上だ。
(さてさて、どういう言葉を選べば、上手くこの場を治められるかね――――っと)




