第377話 妖精王のおせっかい
大樹の洞穴を利用した御殿のようなグリーンの持ち家。その場所にて、和成のGODシステムとのやり取りは伝達されていた。
天窓から差し込む夜明け前の月光と、電灯代わりの光るキノコによって、室内は木に開いたウロとは思えない程に明るい。
「――公平じゃないとは思わないかい」
その天窓を蹴破って現れたのが、ハピネスとルルルをそれぞれ両脇に抱えた妖精王だった。蝶のような妖精王の羽がはばたき、虹色の鱗粉がオーロラのように室内を彩っていく。
予想外の登場にその場にいた全員がそちらに視線を引き寄せられた。
「どういう意味でしょうか、妖精王。自分が語った内容に何か不備でも」
切り替えが一番早かったのは、話に割って入られた和成だった。
創世の時代から存命である上位存在の1人、妖精王オーヴェイロン。和成が語った歴史における中心的人物。その登場に、誰もが身構えた。
「内容自体にはないさ。観測と記録を世界規模で行う魔導機構、『GODシステム』。そこに記されているのは事実のみで、僕らが女神と邪神にしてやられたことは間違いない。ただ、どうにも君のことが気に食わなくてね」
「ですが妖精王。黒雪の妖精を鎮めアナタからの試練をクリアした時に、多少は認められたつもりでいましたが」
死後の尊厳を辱められた、堕天使族の長エルザ。魔王軍に改造されたそのなれの果てこそ、黒い吹雪の『アンデッド・フェアリー』だった。
かつて和成は二コラチェカを故郷に帰す過程で、そんなさまよう妖精を呪縛から開放した。
「ちゃんと君を認めてるさ。『哲学者』クンは既に妖精の友。同じ平和を求める隣人だ。故に君が妖精と生きようとも邪魔などしないさ。『エルフの森』でも『サンゴ宮コーラル殿』でも『ホワイトピア』でも、好きな場所を選べばいい」
妖精王は和成を高く評価している。皮肉気な笑みを浮かべながらも、彼が妖精に悪さをすることなどないと信頼している。
だからこそ、今この瞬間において口を挟みに来たのだ。
「けどね、『ミームワード』はダメだ。それは気に食わない。
本来それは、人魚姫が恋心を伝えるために歌う特別な歌。相手の心に響く魂の歌だ。その技術を応用して生み出されたのが、言葉に魂を込め情報を伝達する技術『ミームワード』。――僕から言わせてもらうと、魂に響かせる言葉なんてのは限られた場面でのみ使うもの。一生に一度、一世一代の告白で使うぐらいがちょうどいいんだよ。その技術は、断じて普段使いするようなものじゃない」
和成は『ミームワード』を使いこなし過ぎている。
それこそが『哲学者』に送られる、妖精王からの痛烈な批判だった。
「いいかい、真心を確定で伝えるなんてのは脅迫と同じなんだよ。伝えられた側は君と違って、真心を言葉で言い返せない。その時点で会話は一方的なものに成り下がり、対等からは程遠くなる。
君は分かっているはずだ。『ミームワード』で思考を誘導するくらい、使い方次第でどうとでも出来る。女神のように認識を矯正することも難しくないと。」
和成は妖精王の批判を、黙って拝聴する。
その指摘は、図星だった。
「魂のこもった言葉による精神干渉の対策として、『至高の思考』は生み出された。分かるかい? どうあがいても君とのお話はフェアじゃないんだよ。僕はね、『ミームワード』で一方的に会話の主導権を握れる君が、さも対等な顔で会話の主導権を握ってるのが気に食わない」
童話の王子様のような顔立ちの彼が、荒い言葉を吐き捨てる。その真意は読み取れない。何故なら妖精王は『ミームワード』を使っていないから。
彼の痛烈な批判は、ただの普通の言葉である。何の仕掛けも裏もない、単なる厳しい指摘である。しかしだからこそ、そこには誠意があった。
「相手の心をいくらでも揺さぶれる言葉を持ちながら、自分は『至高の思考』という守りの中に閉じこもってる。自力で答えに辿り着いてしまったせいで、自分ぐらいなら自分ひとりでいくらでも救えるぐらいに完結している。
だから誰に何を言われようと変わらない。僕は君が未熟なくせに成熟面してるのも気に食わない。一方的に魂の情報を押し付けているだけなのに、さも魂同士で話をしているような顔をしているところが心底から気に食わない」
妖精王の厳しい言葉は、思うがままに嫌いなものを排除しようとする妖精らしさの表れである。それと同時に、年長者として、きっと和成を思ってのものだった。
「……では、何をどうすれば納得するのでしょうか」
「もっと自分を曝け出しなよと言っている。フィルターのこと、女神のこと、世界の裏側のこと。君は多くの事柄を語ったが、伝えたい情報だけより分けて、伝えて、君自身のことは何も伝えてない。ただ嘘はついてないだけで、何もかもを隠している。
結局のところ、君は誰にも心を許していない。引いた一線から先に誰も入らせず、主導権を握ったまま秘密をひた隠し、本音を語ることなく話を終わらせようとしている。そんな不公平は、君の自尊心が許しても僕のおせっかいが許さない」
そして、オーヴェイロンの手の内で魔法が発動された。
対象はもちろん、平賀屋和成。
「何のつもりです、妖精王」
「人の心、記憶、感情。――人生。魂に宿る数多の情報を統合し生まれる、君の心そのものであるもうひとつの世界。物理的に立ち入れる夢。その名も『心世界』を生み出す、妖精王の小魔法さ。ボクは今から君の心を具現化させる」
和成の体が不明瞭な虹色に包まれ、周囲の空間との境界が薄れていく。彼はその魔法に抵抗することができない。
何故なら『心世界』は妖精界の魔法。つまりはこの世界の外側の力であり、だからこそ『防御力』をすり抜ける。人魚の歌声を起源にもつ、和成の『ミームワード』がステータス値を無視するように。
「ドラゴンと妖精の属性は、『世界核』が有する『命』属性と似た性質を持つ。だからこそ我らは引かれあい、重なり合い、つながった。それはそのまま、ドラゴンと妖精の力は無から新たな世界を生み出せることを意味する。『命』属性と同様にね。これはその一端さ。――開け、夢の扉」
いつしか眠りに落ちるのと同じように、和成の意識が途切れた。同時に、妖精王の手の内より扉が出現した。鍵はかかっておらず、少しだけ隙間を覗かせている。
座り込むように眠ってしまった和成を余所に、妖精王は尋ねた。
「さて君たち、彼と本音で殴り合いたい者はいるかな?」
「待ってください、こんなことをする意味はあるんですか!?」
最初に声をあげたのは、目覚めた彼に請われるまま復活のための料理を作り、そのお礼として『魔法の大鍋』を受け取った少女。『料理人』久留米料理子。
覚醒した妖精王が、始めてコンタクトをとった人間だった。
「あるさ。だって君たち、彼に不満のひとつやふたつあるだろ?」
そして、そう言われると反論できない。
「そんなこと……!」
と誰かが声をあげるも、後が続かない。
女神から邪神の共犯者とレッテルを貼られ、アンドレ女王率いるエルドランド王国軍に攻め込まれ、そのまま消息を絶った和成が無事に発見された。
その知らせを聞いて、まず全員が安堵したこと。
――しかし、その安堵は報われていない。
和成を見つけた親切は言った。
“アイツは勝手に救われた。自分で自分を助けた”と。
その直後に、和成からの伝言が伝えられる。
“みんな集まってくれ。至急、伝えなきゃいけないことがある”
そうして一方的にこの場が設けられ、和成から世界の裏側について教えられた。当然、感謝している。GODシステムに辿り着いた和成を、尊敬に値すると思っている。
戦場で誰よりも功績をあげながら、ずっとクラスのみんなのため心を砕いていた和成。フィルターの存在もあって、彼はずっと不穏なものを隠して動いていた。
それはどれほどの負担だっただろうか。
だからこそ、より一層尊敬という感情が湧いてくる。
だが和成にとって全ては自己満足。自分がやりたいからやっただけで、恩に着せることではないと思っている。きっとこんなことでもない限り、彼は自分の行いを明らかにすることなく墓場まで秘密をもっていっただろう。
それはつまり、ずっと蚊帳の外だったということ。
彼が勝手にやったこと。ひとりよがりの、自己満足。
和成自身が、そう評価している。
……なんだか無性に腹がたった。
それではまるで、自分たちの心配も、感謝も、気遣いも。そういったものが全て、あってもなくても同じではないか。それは受け入れられない。
だって彼は、友達、仲間、或いは初恋。
大切な、かけがえのない存在だから。
確かに妖精王の言う通りである。文句ならばたくさんあった。
彼を気遣えばこそ、口にできないような文句が。
「愛より出でしその憤りを、君たちは伝えておくべきだ。『ミームワード』に主導権を取られない場所で、真心と共に」
妖精王の鱗粉は室内に充満し、空間を虹色に染め上げている。それはまるで夢の入口にいるようで、依然として妖精王が主導権を握っていた。
「『心世界』の本質は、心を世界という形で固めることで物理的に入れるようにすること。そして彼の意識は今、夢と一体化した『心世界』の内側にいる。そこでなら腹を割った魂同士の話ができる。互いが互いに『ミームワード』を使ったような状態で、殴り合いと変わらない言葉のやり取りができる」
「せやけど妖精王はん。人の心に入り込むことは許されるもんやない」
妖精族では王相手に口は出せない。人族も女神の被害者相手に強く出られない。
そしてクラスメイト達では、老獪なオーヴェイロンとやり合うには年数が足りなかった。
よってこの場でもの申すことができたのは、竜人族のハクとジェニーぐらい。
「そうだよ、実はその通りだ。他者の心に踏み入るということは、その者の人生を覗き秘密を暴くということ。そして隠し事を周知されるというのは極刑に等しい。人は絶望した時に死ぬのではない。恥をかき、自らの尊厳を傷つけられた時にこそ死ぬのだ。
――つまりは『心世界』への侵入は、そのまま命を奪う以上の罪を犯すことを意味する。ゆえにこの扉をくぐる者は、一切の咎を背負う覚悟をしなければならない。当然、僕も同罪だ」
しかしハクとジェニーでも、妖精王相手では分が悪かった。
妖精王は悪びれもせず、飄々とした態度を崩さない。
「なんやそれ、そんなんアンタの誘いに乗った時点で罠やないか。かずやんを非難したその口で、今度はアンタの提案に乗ったワテらも非難する気かいな」
「少年の側に傾いていた非の天秤は、ボクの介入によって今は君たちの側に傾いているからね。『心世界』が成立した時点で、さっきとはまた別の意味でフェアではない。有利過ぎる彼を不利にしようと手を加えれば、どうしても君たちを有利にしてしまう。こればっかりはどうしようもない。一方的に主導権を握れてしまう『ミームワード』を是正するには、これぐらいの荒療治が必要だった」
妖精だけあってオーヴェイロンの主張は気まぐれで、王らしく勝手かつ傲慢だった。みなを気遣っての提案ではある。だがそれはあくまで妖精王の個人的な価値基準によるものであり、一方的かつ強引で理不尽なもの。
しかし妖精王には、それが出来る立場と実力がある。
「――あくまで僕は君たちに機会を提供するだけだ。望まずして『ミームワード』を得てしまった彼と、『ミームワード』抜きで話をする機会を提供する。それが妖精の王としての、オーヴェイロンの裁定だ。
彼のこれまでと、これからに向き合いたい者のみ、この扉を通るがいい。覚悟を決めよ、一生罪を背負うか、一生彼に寄り添うか、今この瞬間をもって決めよ」
そしてその裏には、きっとお節介な優しさもあった。
「言っておくが君たちに時間の余裕はない。『心世界』は夢を材料とした儚い世界、眠っている間にしか効果がない。更に言うと、心は絶えず変化するもの。他者からの影響を常に受け、こうしている間にも彼の『心世界』は移ろい行く。その変化量が許容値を越えた時、『心世界』の術は解ける。――世界を無から生み出すと言えば大仰だが、この魔法は実のところそう大したものじゃない。
それでもいくかい? ただ、彼と正面から話をするためだけに」
☆☆☆☆☆
「……そうか。その言葉が効きたかった。ならば行きたまえ。精々上手くいくことを願っているよ」
『聖女』慈。『姫騎士』姫宮。『侍』剣藤。
『料理人』久留米。『医者』山井。『死霊術師』四谷。
白龍天帝ことハク、商人ジェニー・モウカリマッカ。
グリーンに、レディ・ローズ。二コラチェカ。
メイドのメル。元皇太子メルトメタル。学術都市のサファイア。
そして、ハピネスとルルル。
和成の心に踏み込む覚悟を決めたのは、彼を少なからず思う女性陣だった。
残るメンバーは『心世界』に立ち入ることなく、外で彼女たちの帰りを待つ。
やがて志願者たちが扉をくぐった後、妖精王が話し相手に指名したのは親切だった。見透かすような視線を向けながら、王は魔導士に尋ねる。
「君は行かないのかい?」
「ええ、わざわざ心に侵入してまでヒラと話すことはありませんから。……ですが、ひとつ聞かせてください。心の中に侵入することを罪と断じながら、どうして両方に喧嘩を売ってまで、みんなを和成の心に送り込んだのか」
「だって見るからにバッドエンドに進みそうだったからね。それも話し合いが足りなくて起きる、悲劇の中でも特につまらない終わり方だ。それはボク好みじゃない。あの少年は女神のことが反吐が出るぐらいに嫌いだけど、憎んでる訳じゃいない。そうだろう、親友君」
「でしょうね。ヒラは人外を人間の善悪に当てはめて裁くなんてしない。嫌悪はしても、憎みも恨みもしない。ましてや復讐なんて望むはずがない。ヒラがもし女神を討伐するなら、それはもたらされる被害が利益を大きく超え、看過できなくなった時だけでしょう」
「だから、女神討伐に先走りそうだった女の子を止めたくなったのさ。彼の復讐をお手伝いする感覚で、女神に挑んだあの子が命を落とす。それはボクが最も嫌う展開だ。誰かのためにした行動が裏目に出るのが一番気に食わない。もっとも、『ミームワード』で一方的に会話の主導権を握れる彼に、いい加減イライラしてたってのも嘘じゃないけどね」
「さすが妖精王、気まぐれここに極まれりでいらっしゃる」
「そう、妖精なんてのは気まぐれと相場が決まっている。今回のこれだって、単にきっかけがあったからこうしているだけさ。
――永き眠りについていたボクは、ようやく目覚めて妻のもとに帰った。妖精女王ティターニアのもとに。彼女は空っぽの妖精城で待っていたよ。……しわしわに干からびて固くなってなお、ボクのことを」
「………」
「ボクはひねくれものだけど、流石にアレは正面から受け止めざるを得ない。アレはティターニアの恋心で、見返りを求めない無償の愛だった。だから、誰にも心を許してない彼がそれでも振りまいた無償の愛も、女の子たちの恋も、ちょっとだけ応援してあげたい気分なのさ。例えそれがなんにもならなくても」
恋する乙女の背中を押しながらも、その結果が必ずしも良いものになるとは全く思っていない。
その上で口を挟む無責任さと、ひねくれた性根と、少しばかりの面倒見の良さを持つのが、妖精王という存在。この世界の隣人だった。
「――僕は良い方向に向かうと思いますけどね」
そしてそんな斜に構えた反論するぐらいには、親切はロマンチストだった。




