第371話 再会 凍て雲の妖精、鉄の女、新緑の風
GODシステムとの会話。その終わりは、夢から覚めた時に似ていた。
和成が目を開けば見覚えのある緑が広がっている。大樹に住まうエルフ族の、青々と茂る枝葉の天井だった。同時に、自分がエルフ族の木の葉の布団で寝かされていることに気づく。
「んぴー、んぴー、んぴー」
そして何やら、左側から身に覚えのある冷たさを感じた。子供1人分の重みも同時にある。そちらに目を向けると、かつて雪山で助けた妖精ニコラチェカが、和成の左腕に抱き着くように眠っていた。
和成の太ももに挟み込むように絡めた白い足。和成の腕と体で挟み込んだ白い手。更には、全身を隙間なく密着させに来ている。
つまりは、子どもが寒い布団で寝るときに親で暖を取ろうと甘えている寝方である。要は冷え性なニコラチェカの、抱きまくら兼湯たんぽ扱いだった。
一方、右側はさらに重い。
同じく誰かが和成を抱き枕代わりにしている。
なので和成は反対側にも目を向けた。
「スリープモード、スリープモード……」
「んな寝言があってたまるか」
思わずツッコんでしまう。
しかし二コラチェカと違い、隣の彼女に見覚えはない。
ないのだが――
「メルトメタルさん?」
和成は一目で正解を言い当てた。
そしてその言葉を受けて、メルトメタルは起動する。
「保存。この驚異たる再会を保存。音声記録として当機の記録野に刻み込む! ――ああ、ヒラガヤ・カズナリ。我が運命、我が戦友、我が半身! 君ならば気づいてくれると信じていた! 事実、そのようになった!」
死別からの再会によるものか、メルトメタルは見たことがないほどに感情をあらわにしていた。
鉄の国『ソード帝国』の皇太子、アイアン・ソード・メルトメタル。『ソウルイーター・キメラ』との戦いで共闘し、激戦の末に命を落とした鉄の女。
しかしてその正体は、バックアップされていた彼女の人格が、死後に機械の体へダウンロードされた存在。古代文明の技術で作られた『機械人形』であった。
「んぴ?」
メルトメタルの大きな声に反応し、ニコラチェカも目を覚ます。
目ぼけ眼で目をこする彼にして彼女は、まだ周囲の状況がよく分かっていない様子。そのまま図太くも和成にしがみつき、二度寝に突入した。起きる気配はない。
そんな凍て雲の妖精を上手く避けつつ、詰め寄る鉄の女は和成に馬乗りになる。
ニコラチェカの密着と比べても遜色ないほどに、彼女との距離が近くなる。
ソード帝国の皇太子だった彼女とは、顔の細部が変わったことで印象も異なるものになっている。しかし、彼女の中性的かつ非人間的な色気は変わっていなかった。
美少年と見紛う切れ長な流し目で、メルトメタルは和成を覗き込む。
「歓喜。またあえて嬉しいぞ、カズナリ」
「――記憶に損傷もなく新しいお体が出来上がったんですね」
メルトメタルの人格も記憶も、彼女そのもの。オリジナルと何ら変わりない。
ただ、その体は金属の塊であった。
そのため出会った当初、彼女は心と体に食い違いを抱えていた。
「その体は馴染んでいますか」
「肯定。試作品ゆえ戦闘はできぬが、以前と比べればよほど快適だとも」
しかし今は違う様子だった。
和成との出会い。ともに超えた激闘。その際の生死の狭間で命と魂を強烈に意識し、生きるため死中に活を求めた。
そこで掴んだ、“命とは何か”。
言葉にしては逃げてしまうような、あやふやな答えである。
けれど確かに、メルトメタルの心が機械の体に馴染むには充分な答えだった。
「力作。この体には、古の名を冠する『鉱人族』たちの魂が込められている。妖精の祭りのため訪れた『エルフの森』。そこに残る古代遺跡より部品を収集し、彼らの技術の粋を集め組み立ててもらった。全ては我が戦友、我が半身、我が命。――君と再会するために」
「……友はともかく、半身だの命だのというのは言い過ぎでは」
「否定。あのキメラとの戦いにおいて、当機はカズナリと同時に『スペシャル技』を使用した。心と魂をつなげて放った、2人でひとつの合体技。あの瞬間から当機の電脳には深刻な不具合が生じ続けている。――君を、当機の一部と認識している」
「それは何と言うか……すいません」
「拒絶。その謝罪は受け取らない。謝らなくていい。この不具合こそ、当機が命である証。記憶野に記録された鮮烈な体験こそ、当機は当機であるのだと定義する何よりのもの。――ありがとう、友よ。君と出会えた全てに感謝を。故に今はただ、こうさせていて欲しい」
人肌を恋しがる寂しがりやの子ども、二コラチェカ。そんな凍て雲の妖精を超えるほどのスキンシップを、メルトメタルは和成に要求していた。
そして既に実行していた。
ひしと上から抱き着いたまま、どうやら離れる気はないらしい。
「ソード帝国の皇太子は死んだ。当機はもはや、ただのメルトメタル。アイアン・ソードの名を持たぬ存在。故に以降は、ただメルトメタルと呼んで欲しい」
「メルトメタルさ――」
「メルトメタル」
「……はい。メルトメタル」
そうして名前を呼び捨てさせることに満足したのか、メルトメタルは再度まぶたを閉じた。二コラチェカと同じく二度寝に入り、和成を動かさせない。
「どういう状況だこれは」
「君を拘束するための状況だニャー、『哲学者』」
「やっぱりお前の仕込みか」
2人を振りほどけない和成の顔を、虚空よりフラリと現れた妖精猫がしたり顔で覗き込んだ。オッドアイの両目と額の第三の眼で、猫は和成を見つめている。
「情報記録担当、世界図書館こと『不思議』属性の源獣。通称『知恵梟』。
かの端末を経由したGODシステムとの接続は、処理のため肉体と切り離した魂であっても多大な負荷がかかる。『思考』のスキルによってそれらを軽減できる一部の『天職』持ちであっても、世界の裏側にある魂の領域に意識を飛ばされる以上、帰って来れなくなる可能性はある。故に1日の接続時間には限界があり、次の接続まで休憩を挟まないといけないわけだニャ」
「だから俺が起きたときに動けないよう、接続中にこれを仕組んだわけだ」
「こうでもしないと、君は最低限の義理だけ果たしてすぐ行方をくらましそうだったからニャ。君との再会を望んでいる者たちがいるのだから、そこはちゃんとしとかないとニャー」
ケット・シーの指摘は当たっていた。和成はあまり妖精族のお祭りに深入りすることなく、古代遺跡の調査を終え次第、早めに立ち去るつもりでいた。
人族を追放され気分の沈んでいる自分が、お祭りというめでたい日に参加し楽しく騒げられる気がしなかったからだ。
そうなれば妖精たちは自分を気づかってくれるだろうが、かといって事情を話す気にはなれない。自分が置かれている状況を知れば、善良で素朴な妖精たちは怒ってくれるだろう。
――それこそ祭りに水を差すというもの。和成はそんなことしたくなかった。
「誰にどこまで喋った」
「君を祭りへ招いた者たちに、女神と敵対しコチラに来るまでの経緯を全部。君は君が楽しんでいないと幸せになれない者たちが結構いることを、ちゃんと自覚するべきだニャ」
世界を見通す第三の眼――GODシステムと接続された、世界図書館の記録を閲覧できる額の魔眼――を通して、ケット・シーは何もかも見透かして来る。
何を考えているのか、何が目的なのか。尋ねたところで、人工知能と違い教えてはくれないだろう。
「和成、また無茶をしたらしいな」
そして、森人族のグリーンが、水分補給用の果実を持って現れた。きっとただの偶然だろう。しかし、まるで狙いすましかたのようなタイミングだった。
彼女は果実を一旦横に置き、自然な所作で和成の頭を持ち上げ膝枕をする。
そのまま顎と頭に手を添えて固定。年長者が子どもを叱る時にするように、和成が逃げ出さないよう力を込めて動かないようにした上で、和成の顔を覗き込んだ。
「私が何を言いたいか分かるはずだ。どうして真っ先に相談してくれなかった」
「ですがねモガっ」
反論は許されなかった。
和成が口を開くと、グリーンはそこに果実をねじ込んだ。
「んふぇー、んふぇんふぇ」
「言い訳は聞きたくない。……というか、そこまでされて反論するんじゃない」
しかしこんな状態だろうと、声にならない音でも出れば『ミームワード』で会話できるのが和成だった。
「いいか、忙しなく生きる定命の者と違い私には時間が有り余っているのだぞ? 高々100年、私が君のために費やせないとでも思ったか」
「んふぇんふぇ(グリーンさん1人を、女神と人族全体との抗争に巻き込む気になれませんでした)」
「私だけではない! 相手が女神なら、他の妖精族だって――」
「んふぇんふぇ(それこそあり得ない。せっかく魔人族との戦争が終わったのに、人族と妖精族とで戦争するなんて馬鹿げてる。俺一人の屈辱のために戦争が起きるなんて、そっちの方がよっぽど屈辱だ。世のため人のためグッとこらえられないほど未熟なつもりはない)」
「……ああ、そうだな。君はそういう男だよ。たとえ自分が傷つくと分かっていても、見知らぬ誰かのためにそれを許容できる。そしてそれを、自己満足の一言で終わらせてしまう。そんな君を尊いと思うからこそ――和成が怒らない分、誰かが代わりに怒らないといけないと思うのだ。それは私であるべきだ、ともな」
そう言うと、グリーンは和成の髪を撫で始めた。
何度も何度も、髪一本一本の隙間に指を差し込むように、どこか執拗に。
「君はメルにも会うつもりなのだろう? ……少しだけ大人しくしていろ。ちゃんと休憩を取ったら、彼女のもとに案内する。これは妖精の約束だ」
それはどこか、聞き分けのない弟を姉が窘める姿にも似ていた。
☆☆☆☆☆
「――メルさん。調子はいかがでしょうか」
そして和成はメルと対峙する。
邪神の端末を倒して散った、キングス王について語るために。




