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第38話 二人の護衛騎士


「・・・・沈んでるね。平賀屋君に叱られたのが効いてるからかなー・・・・(小声)」


 甲冑少女と和成が向き合って居るちょうどその頃。久留米は慈の隣から少女を見つめ心配していた。

 慈もまたその呟きに答える。

「和成君のお説教は正論を淡々と突き付けてくる上に、和成君自身弁が立つタイプだからね。何を言ってもやり返されちゃう。おまけに怒れば怒るほど冷静に追い詰めてくるタイプだから、容赦がないし論破するのも難しいんだよ・・・・子供とかは特に(小声)」

「それって、怒らせると一番めんどくさい人間じゃない?(小声)」

「そう。そして同時に一番怒られたくない人間でもあるんだよ。声を張り上げることはあっても基本的に怒鳴りつけるようなことはしない。暴力も振るわない。振るうこと自体きらいだしね。だから和成君の説教は、一回怒鳴られたり殴られたりするだけじゃ終わらない。相手が何について叱っているのか分かって反省するまで、時間の許す限り真っすぐ向かい合って叱り続けてくるから・・・・(小声)」

「淡々と?(小声)」

「淡々と」

「・・・・いやだなぁ~~・・・想像するだけで怖い(小声)」


 ただ、和成の言いたいことも理解できる。久留米も慈も、少女の行為は立派なものであると思うが、その結果チンピラたちが殺されると聞かされてはちょっと待ってと言いたくなる。

 少し前に聞いた通り、この世界に見せしめとしての残虐刑があるのなら尚更だ。


 だから二人は見守っている。和成の問いに対して、甲冑少女がどのように答えるのか。

 そして少女は、自分の行動を後悔した。自分の所為で人が死ぬのは嫌だと言い切った。


「私たちも、姫宮ちゃんと一緒にフォローした方がいいかな?」

「ーーーううん、たぶんその必要はーー」

 和成君なら、その答えを聞いた時点であの子の味方をすると決めたはず。


 爆音のような怒声が轟いたのは、慈がそう口にしようとした時と全く同じだった。


☆☆☆☆☆


 鴨居の下にて立つその男は、鎧と体格を扉を開けた際にできる空間に、ぎゅうぎゅうに詰め込ませているように見える巨漢である。まるで扉と肉体の間に隙間を感じさせない。厳格な鎧や二メートルを超える巨躯、そして精悍な顔立ちを持つ益荒男だ。

 部屋の端に立つだけで室内を圧迫しているように感じる。それほどまでに大きく、密度を感じさせる鎧と肉体だ。

 そしてその顔は、泣く子も黙る鬼のような凶相。それを見た和成は、阿修羅、閻魔、不動明王といった面々を想起する。

 明確な怒りの形相である。元々の顔つきも人を和ませる類のものではなく、その対極の顔つきなのだろう。非常に恐ろしいことになっている。

 久留米と慈が無言で部屋の端に逃げた。姫宮と和成は巨漢の前にいたので逃げられない。

 しかしあくまで、男の目的は姫様と呼んだ甲冑の少女のようである。真っすぐに彼女を見つめているだけで、熊に睨まれているかのような姫宮と和成には目もくれない。

 そんな巨漢が少女の元へ、床を踏み抜きそうな勢いで一歩を踏み出した。

 走り出すのを堪えようとしていること。度し難い怒りを覚えていること。

 歩き方だけで、二つの情報が簡単に得られた。


「・・・・その兜を脱ぎなさい」

 目前に迫り静止した巨漢騎士の言に反し、少女は小刻みに震えながらも両手で鉄仮面を掴み、逆に絶対脱がないとばかりに握りしめる。手甲と鉄仮面が擦れ合う嫌な音がした。

「・・・・・・・」

 男は無言で額に青筋を浮かべ、少女の鎧に囲われた両腕を掴み、ひきはがそうと試みる。



「脱ぎなさいと言っている!大勢の人に迷惑をかけ心配させ、自分は安全圏に引きこもるのか!!!」



 再び怒声が響く。さっきまで少女の近くにいたために巨漢の騎士のすぐ近くにいた和成は勿論のこと、姫宮や慈もびくりと肩を震わせた。怒鳴る人が苦手な久留米に至っては、涙目になりながら慈の背中に隠れている。更に部屋の外では、不憫な若い騎士の心労が更に積み重なっていた。平気な顔をしていたのは、唯一人メルだけである。


 ただ和成も普通にビビってはいたし決して平気な顔は出来ていなかったが、久留米ほど恐怖を感じることはなく意外と落ち着いて男を見ることが出来ていた。

 何故なら、男がちゃんと加減をしていたからだ。

 金属兜をひっぺがすのは布の帽子をはぎ取るのとは訳が違う。

 一歩間違えば血が流れる怪我を負うだろうが、ガチャガチャと金属がぶつかり合い喧しく音が鳴るだけで、それによって少女の体勢が崩れ倒れることも、無理やり兜を脱がされて怪我をすることも無さそうである。

 つまり、この恐ろしいまでの凶相をした男が怒っているのは間違いないだろうが、外見から受ける印象ほどブチ切れている訳ではないのだろう。

 そう和成は予想した。

(この人、怒髪天を衝く勢いではあるけど声を荒げる時は理屈ありきだし、怒りと理性に一定の線引きが出来るタイプかもしれない・・・・。なら、俺が口をはさんでも、多少は話を聞いてくれるかもしれないな・・・・)


「・・・・ねぇ、和成くん・・・・(小声)」

 揉み合いの金属音に紛れさせるように、姫宮がこっそり話しかけてきた。

「分かってる。あの子は反省も後悔もしてるみたいだし、自分が仕出かしたことの重大さも理解した。人死にが出るかもしれないことを重く捉えて、決して人命を軽んじていない。出来るだけのことはやってみる(小声)」


 姫宮の「何とか叱られるのを軽くしてやれないものか」という問いを察し、「(無理かもしれないけど)やれるだけやってみる」と返答する。


 ついさっき。少女が後悔し反省した態度を取り、(擦り傷すら負うことは無かったとはいえ)自分を痛めつけたチンピラたちの命が失われることに抵抗と嫌悪を示した時に、和成は(出来る範囲で)彼女の味方になろうと決めた。

 和成はチンピラたちは何らかの罰を受けるべきだとは考えているが、命を奪われるほどだとは考えていない。不敬罪による処刑がこの国の共通認識や法によるものであるのなら否定も反発もする気は無いが、それでも絶対に納得することは無いだろう。

 平賀屋和成は現代日本人なのだから。この国の法を尊重する気はあるが、17年向こうで積み重ねた価値観を捨てるつもりは無い。自分たちの価値観を尊重してくれないのなら、相応の態度を取るつもりでいる。日本人であることを和成は捨てない。彼の故郷は日本しかない。たとえ異世界に召喚されようとも、彼の魂は日本にある。

 もしも彼女がチンピラたちを下賤な者と認識し、その命が失われることに対して何も感じなかった場合、和成はそれを「価値観の違い」と判断してそのまま帰るつもりであった。

 が、彼女はそうでなかった。どういった要因があるのか情報が少ないので判断のしようがないが、少女の身分差からくる選民意識はかなり弱いようである。


(村人ABCDEの設定でいた俺たちに対する態度から、何となく予想していたことではあるがな。この子の意識が果たしてこの国全体での共通認識なのか、この世界全体の共通認識なのか、それともこの子が特殊なのか・・・・・)


 そんなことを考えながらも、少女をフォローしようとそこから更に思考を深めようとした時だった。



「ちょっとセンパーイ。センパイの凶悪面で暴れたら、みんな怯えちゃうっスよー。姫さんも頑なになってるっスし、外じゃここの騎士さんがお腹おさえてましたよ。胃に穴でも開くんじゃ無いっスか」



(((((・・・・・・・・・)))))



 緊迫した空気が一気にぶち壊してしまいそうな、軽くて薄い軽薄な言葉が聞こえてくる。 

 というか既にぶち壊された。

 声の聞こえてきた入り口を振り返ると、そこにいたのは鎧を着た小柄な女性であるが、和成はその女性を女性と呼ぶことに違和感を覚える。

 童顔だからだ。一目見ただけではおかっぱ頭と間違えそうになる眉の上で一直線に切りそろえられた髪型も相まって、女性という言葉がふさわしくない童女のような女性である。口さがなく評価すれば、老け顔に見えるために上限が読み取り難く年齢が分からない巨漢騎士とは対照的に、小柄な騎士は下限が読み取り辛い為に年齢不詳である。


(・・・・よく見てみると、髪の毛から眼の色まで対照的だな)

 緊迫していた空気がぶち壊されたために、そんな今考えるべきでないズレた考えが頭をよぎる。


 巨漢騎士は、焦げ茶色の短めの髪に山吹色の瞳。

 小柄な騎士は、水色のおかっぱ風の髪に藍色の瞳。

 全てが対照的な外見だ。

 よく見ると鎧のデザインは同じなのだが、大きさと見た目から受ける印象が違い過ぎて違和感が凄い。

 見れば見るほど、逆に同じデザインの鎧であるとは思えなくなってくるから不思議だ。


「無理くり叱りつけても反発されるだけっスよ。まずは目線を合わせて、なんでそうしたのか聞かなきゃダメっス。押さえつけて子供の成長を邪魔しちゃダメって知り合いが言ってたっス。そういう親を毒親って言うらしいとも言ってたっス。つまりセンパイは毒親って事っスねアハハハハハハイデデデデデデデデッッ!!!」

 どう見てもバカにしているとしか思えない態度に、巨漢騎士が凄まじい形相で童顔騎士へアイアンクローをくらわせた。その手甲の嵌められた武骨な手は野球グローブのように巨大で、童顔騎士の顔を半分以上覆っている。


「アァァァァァァ!!!ミシミシいってるっスミシミシいってるっス!!アァァァァァァ!!!」

 どう考えても自業自得だった。


「・・・・ブフっ」

 その漫才めいたやり取りに、思わず久留米が吹き出した。

 そのまま巨漢騎士に睨まれて、慌てて慈の後ろに体をより縮めて隠れる。

 これには盾にされている慈も苦笑いだ。場の空気が、シリアスなものから喜劇のようなものへ変わっていく。


「アァァァァァァ!!アァァァァァァァァァァァァ!!!」

 そんなやり取りも露知らず、滑稽な叫びをあげ続ける童顔騎士に姫宮も失笑しかける寸前だ。唇を無理やり固く結んで何とか堪えている。

 童顔騎士の行動をギャグとしてとらえた場合、一つ間違えればダダスベりになって場が冷え切りそうにも思えるが、笑いを誘う絶叫によって上手い具合に間抜けな空気がうまれている。


(・・・・あの子の緊張を解くために、わざとやっている・・・んだろうな。仮にも貴族・・・・・俺の推定だけど・・・・・の護衛騎士ってことはエリートな訳だし、この状況でこんな間抜けな事を素でするほどアホじゃない・・・・はず・・・・多分)

 しかし、童顔騎士の叫びは本気で痛がっている者の叫びに聞こえる。これが演技だとしたら、相当に迫真の演技だ。

(・・・・わざと・・・・だよな?)

 巨漢騎士の手が顔の上半分以上を掴み覆い隠し、下の方で僅かに見える口は本気で痛がっているように見えるので、どうにも感情が伺えず判別が出来なかった。

 彼女の真意が和成には確信できない。


 そして、そんな滑稽さがにじみ出る空気の中でも、甲冑少女は肩を落としたままであった。

 空気が緩めば緩むほど、寧ろ殻に閉じこもってしまいそうな様子で。


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