第37話 談笑終了と、少女と和成たちの溝
先日初めて確認していましたが、誤字脱字報告が届いておりました。今後も注意はしていきますが、何分個人で行っている上、人間である以上はミスがどうしても生まれるとは思います。
その時の温かい見守るような態度は小説を執筆する上での大きな励みになります。今後ともお互いを高め合うような関係を、所望しております。
私の小説のために時間を使っていただけたことに、まことに感謝感激であります。
そんなこんなで雑学などの様々な話をして、ぶらぶらと黄昏時を迎えて落ち着いてきた商店街を巡り、とうとう目的地の騎士駐屯所ーー日本での派出所ーー付近に何も知らない少女を誘導することに成功する。
「・・・・あれ?」
おかしいと思った時には、既に慈と姫宮の高ステータス二人に両側から抑え込まれていた。
メルは護衛として和成の傍にいる。
「―――だ、だましたのですか!?」
「いいかいお嬢ちゃん。さっき歩きながら話した怪談噺でも言った通り、黄昏時はオバケの時間。子供は家に帰る時間だ」
「わ、我はお嬢ちゃんでも子供でもない!それに、女神様の結界の効果でゴースト系のモンスターは王都には入れません!!」
「・・・・うーん、難しいなぁ・・・・どうしても幽霊・妖怪とゴースト・アンデッド系モンスターを分けて考えてしまう。同一に捉えてしまう人には一体どう説明するべきか・・・・」
「なんの話ですか!?」
「ああいや、単なる独り言。気にしないでくれ。一般的な常識人の倫理に基づき君を保護者に引き渡した後は、それでもうお別れだ。善意の第三者としてこのまま帰る。俺たちもそろそろ帰らないといけない時間だしね」
「ううぅ・・・・」
素っ気ない和成の物言いと振りほどけない両脇の二人の存在に、がくりと甲冑の金属仮面がうなだれた。
そのまま駐屯所の騎士に事情を説明し、手続きを終えてから引き渡す。
「ご、ご協力、感謝します。さるお方から捜索の要請が出ておりましたので、ぶ、無事に保護できて何よりです」
そう言って、年若い鎧を着こんだ騎士が敬礼を決める。この国に於ける敬礼の作法は必ず左手で行い、手のひらを相手に向けるという点以外は日本のものと大差ない。
そんな彼が改めて保護した甲冑の少女に触れようとする手は、細かく震えていた。まるで弾ける寸前のポップコーンのようだ。おそらく緊張によるもの。
そしてさるお方と表現したということは、緘口令がひかれているだろうということ。
同時に、この少女がそれだけの立場にいるということでもある。
そこまで考えたところで、緊張で心臓が早鐘を打ち始めたので、和成は落ち着こうと息を深く吐いた。
「それでは、書類に経緯を記し保存しなければなりませんので、別室でお話を伺ってもよろしいでしょうか」
「かまいませんよ。というか、そういうことはキッチリしておかないと駄目でしょうしね」
そこまで言って、和成は女子陣を一度見渡した。
プルプルと震える甲冑の奥で、少女特有のうわずった泣き声が聞こえてくる。
「うぅ・・・・ヒっ、うっ、うえぇぇ・・・・」
それを無言で見つめる姫宮の目が、和成の視界に入った。
「・・・・すいません。事情聴取の前に、この子の話を聞かせてもらえませんか」
鎧越しに少女の肩に手を置いた彼女を見て、和成は思う。
(・・・・まぁ、姫宮さんならそう言うだろなぁ・・・とは思ってた)
泣き出す少女の声に、姫宮の優しさや正義の心というものがうずきだしていた。
☆☆☆☆☆
場所を移して駐屯所の一室。
メルが若い騎士に耳打ちしたことで得られた、少女の話を聞ける最後の機会。
和成としては少女以上に、自分たちの正体を知って青ざめていた騎士の方が気になるが。気の毒でならない。おまけに退室してもらっているので、彼は実質蚊帳の外だ。
やんごとなき身分の少女の保護に加えて、その少女を連れてきたのが救世の存在となりうる異界の勇者たち。
心労で胃に穴が開かなければいいが。そんなことを思いながら和成は、一歩引いたところから俯瞰的に姫宮たちを眺めていた。後々甲冑少女の保護者から少女を庇うことを想像すれば、久留米や和成が口添えするよりも、慈と姫宮ら高ステータス二人に任せた方が話の通りが良くなると考えられるからだ。それならば、話を聞くのは二人に任せておいてもいいだろう。
ヒックヒックと語尾をしゃくりあげながら語られる少女の話は要領を得なかったが、姫宮が聞き上手なこともあって和成の想像より短時間で大体の事情を知れた。
経過した時間はおよそ30分。
まとめると、「昔は体が弱く、ずっと城から出たことがなかった。だから家の者たちは彼女を決して家から出そうとせず、少女は世の中というものを見たことがなかった。だから、どうしても世間のことを知りたくて、家が所用でドタバタしている隙に甲冑で顔を隠しながら抜け出してきた」ということらしい。
「そうかぁーー・・・・」
少女の話に姫宮はコクコクとうなずきながら、あらゆる作品に於いて使い古されたその展開を察し共感する。
久留米と慈も、既に相当彼女側によって行っている感じだ。同情し、肩を持ちかけている。
「・・・・分かった!お姉ちゃんがあまり叱りつけないように、迎えに来た人に行ってあげる!」
「・・・・・・・・」
(まぁ、姫宮さんならそう言うだろうなー・・・とも思ってたけどね)
無言でいる和成を他所に、慈も久留米もすっかり乗り気になっている。
「ねぇ、和成くんもそう思うよね!」
「いや別に」
「なんでよー!籠の中に束縛されてた小鳥が、自由を求めて逃げ出しちゃったってだけでしょー!!」
「これはそんなに軽い案件じゃないと思うが・・・・・いや、それが、さっき言った、巻き込まれた俺と召喚された姫宮さんとの違いに繋がるんだろうな」
「さっき言ったって、どういうこと?」
慈が訪ねる。
「・・・・ま、巻き込まれた?召喚・・・・?」
その横で、甲冑の少女が首を傾げていた。
「さっき二人っきりで話した雑談、ということだ。
俺にとってこの世界は現実。学校で本を読んでいたと思ったら召喚されていた。日常と地続きのまま、何時の間にか異世界にいた。
しかし、みんなは非現実を体験してから召喚された。予め女神様と出会い、現実と虚構が断絶した状態でゲームの世界に吸い込まれた。みんなにとって、この世界はゲームの中だ」
メルと甲冑の少女を置いてけぼりにしながらも、和成の話は進んでいく。
「これをゲームのイベントと捉えるなら、みんなの行動はそうおかしなものでないと思う。だいたい俺達が偶然街を視察している時に偶然やんごとなき身分の子が家を抜け出していて、そんな二組が偶然出会うなんてことが起きたと考えるよりは、ゲームのイベントに首を突っ込んでしまったと考えた方が自然な気がする」
「むう・・・・別に私は、ゲーム感覚でこの子に関わってるわけじゃないんだけど!ちゃんと真剣に考えてるんだけど!!」
「けど、現実感を感じてはいないんじゃないか?この子と出会った状況を無理やり日本に当てはめて考えてみると、身分制度が残っていた江戸時代の大名の子息に偶然会った――――みたいなもんだろう」
「――――だから?」
「・・・・・そうだな・・・・ここは丁度分かりやすい例があるから、それを使うことにしよう」
そう言って和成は、視線を姫宮から甲冑の少女に向けた。
それに伴い、室内の者たちの視線も両者に向かう。
「さっき君は、猫を庇ってチンピラたちから暴力を振るわれただろう」
「・・・・え、えぇ・・・・鎧とそのステータス上昇もあって、かすり傷すらありませんでしたが・・・・・」
「そのチンピラたち、君の身分如何によっては不敬罪で国家権力に殺される可能性があるぞ」
その和成の嫌な一言で、姫宮たちは急速に現実感を引き戻された感覚を覚えた。
「・・・・あぁ、」
先ほどまで威勢の良かった姫宮も、一気に声から力が抜けている。和成の言葉に納得したからだ。
「そう言われてみれば確かに・・・・身分制度って、そういうものか・・・・」
そんな彼女らを他所に、和成は当たり前のことを当たり前のように語るかのような態度を崩さない。
「確かに、君や猫に暴力をふるったアイツらは何かしらの罰を受けるべきだと思う。無抵抗な小動物を傷つけ、それを止めに入った君に暴力をふるう。無傷だったとはいえ、何らかの罪に問われるべきだ。
―――が、権力に命を奪われるほどの悪党だとは思えない。単なる小悪党だろ、アイツら」
その語り口は実に淡々としたものだ。
かつかつかつかつ。
もたれていた壁から背を放し、淡々と少女の前へと歩を進める。
その雰囲気を察して、姫宮たちは道を開けた。
「そのことについて、君はどう考えている」
ズズィ
甲冑の、鉄仮面の溝から近づけられた和成の無表情な顔を見て、少女はビクリと体を震わせる。
「・・・・え、あ・・・・」
「君はそれだけの立場にいる。この駐屯所の騎士さんのように、君の小さい両肩には大の大人が右往左往するだけのナニカが乗っかっている。望む望まぬに関係なくな。結局人間は、持っているものしか持ってないんだよ。持っているもので生きていくしかない」
「わ、わたくしが間違っていた、と・・・・」
「さぁね。俺はこの国の身分というものがどれだけのものか、十全に理解しているとは言い難いからな。もしかすると俺の想定は全くもって的外れかもしれない。君が間違っているのかどうか、俺には分からない。君のことを正しいと肯定する気は全くないがね。
間違っていたかどうかは君が知っているんじゃあないか?
君を虐めたアイツらがその為に死ぬかも――――いや、殺されるかもと聞いて、君はどう思った?
俺は君じゃないから分からない。知らない。世界中でただ一人、君だけが知っている」
無表情な顔を極限まで近づけた上での淡々とした語りは、和成の顔が凡庸であることが一層その異常性を掻き立て、傍から見ている姫宮はあの少女が自分でなくて良かったと思ってしまった。
どこにでもいそうな普通の人間が、全く普通でない行動と言動をとることに対する違和感と、そこからくる嫌な迫力がそこにはあった。
「―――ご、ごめんなさい・・・・・」
「そのごめんなさいは、何に対するごめんなさいだ?」
一番「厭な」返しだ。
一番「怖い」返しだ。
「・・・・わた、くしは、自分の行動がそれだけの影響を持つことを・・・・忘れていました。もうしわけ、ありません・・・・・わたくしのせいで、人がなくなる・・・・殺されるかもしれない事態になって・・・・ごめんなさい・・・・」
そう呟いて、より一層大きな嗚咽の声が甲冑の鉄マスクから漏れ出てきた。
鼻から深く息を吐き、和成も顔を極端に近づけていた前傾姿勢から通常の背筋を伸ばした体勢に戻る。
「・・・・ふぐっ、・・・・うぐっ・・・・えぐ、・・・・・うぅぅ・・・・ふひゅぅぅぅ・・・・」
泣き過ぎた際に喉から出る独特の呼吸音。
ゴチン
仮面の存在をわすれたまま目からあふれた涙を拭おうとして、手甲がぶつかり響く金属音。
悲痛な感じすら漂わせながら、少女は唯々泣いていた。
「・・・・・・・」
姫宮はそのことに、いまいち納得できないでいた。
――――ねぇ、和成くん。
あまり声をかけたくない雰囲気の和成に、それでも少女をフォローしようと話しかけかけた時だった。
ガチャチャガチャチャと、鎧の金属がけたたましくぶつかり合う音が。
どんどんと、怒り混じりに床を踏みつける音が。
そして最後にドン!と、乱暴に扉を開ける音が鳴り響いた。
その音の末尾に含まれるメキィと蝶番がへし曲がる音も聞きながら、室内にいた一同は駐屯所の一室に踏み入った大男へと視線を集める。
「姫様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
そしてその場にいた全員がその容姿に注目するよりも先に、爆音のように轟いた怒声に感覚のすべてを塗りつぶされた。




