第359話 VS邪神の端末③ 成し遂げた偉業と、もたらされる絶望。
一週間分の『スペシャル技』によって具現した、『ヒーロー』と『魔法少女』の巨大ロボ『英雄将機』と『魔法将機』。
2人はそれぞれ胸部のコックピットに搭乗し、動く魔王城となった邪神の左腕と激闘を繰り広げる。
「『弾々幕撒』!」
デフォルメの強い、ずんぐりむっくりした『ヒーロー』の愛機『デッカダイオー』。頭身の低い全身からは、無数の砲身が展開されていた。
そこから光弾の爆撃が放たれ、邪神の体を削ると共に身動きを許さない。
「『マギカ・マクルカ』!」
そして、『魔法少女』の『マミカロボ』が持つステッキからは、光線が発射され邪神を貫く。その貫通の後には、邪神の後方で山をも崩す爆煙と爆音が発生した。
どちらの攻撃も、幾度となく邪神の体に傷をつけている。
その上で、邪神の左腕に致命傷を与えられている感覚はなかった。
ダメージは与えられている。きっと、痛みもあるはずだ。
だがそれでも、攻撃が命に届いていない。
そんな感覚がぬぐえなかった。
「『将機巨拳』!」
太い腕に、短い足。だからこそ分厚い、頑丈な機体。
ロケットエンジンにより一瞬で接近した巨大な拳が、邪神の左腕の右ストレートと激突した。
「『フェザー・ブラスト』!」
丸みを帯びた魔法将機の背中から広がる、鋭角輝く金属の翼。
それは青空のエネルギーをまとったことで、ブレードとして邪神の左腕の胴体を斬りつけた。
しかし、気づけば邪神の傷はふさがっており、いつの間にか背中からは肉々しい黒羽が生えていた。
次の瞬間には始まる高速戦闘、熾烈を極める空中戦。
ヒーローの愛機はエネルギー状のマントを生やし、魔法少女の愛機は機械の翼で応戦する。
共に、スピードを補うのはロケットエンジン。
ビームを放ち、弾幕の雨を降らせ、マントや翼で羽と斬り合う。
更には代わる代わる、或いは時に同時に、殴り、蹴り、叩く。
大質量の空中戦が、目で追えないほど機動性高く繰り広げられた。
そんな中、雄山と法華院は気付く。
(コイツ、『邪悪』属性を使ってこない……?)
(本体じゃないから、上手く使えないのかな?)
ランダムにあらゆる不純物を生み出す最悪の創造力。それこそが『邪悪』属性の性質であり、最も凶悪な本質だ。
特にこの力は、生物や機械の様な繊細なものに対し天敵となる。
余計な手足が生まれる、本来の機能を阻害する新しい部品が生えてくる、シンプルに異物が生じる等々。ただ触れ合うだけで、あらゆる異常が発生するためである。
どんな異常が発生するか、事前に分かるすべはない。それは邪神すら把握していない領域だ。よって対処が難しく、『神聖』属性で予め打ち消すか、発生した不純物ごと消し去るのが最も効率が良い。それが『邪悪』属性というもの。
そんな最も使われて欲しくない能力を、邪神の左腕は使わない。
(この世界に残された端末、左腕)
(つまりは邪神の一部で、『邪悪』属性の大本)
(なのに使わないって、ひょっとして――)
(使えない? 左腕の『邪悪』属性は、枯渇している?)
そして2人は答えに辿り着いた。
使わないのではなく使えないのだと。
邪神の左腕が今、エネルギー切れを起こしていると。
(そうか! 平賀屋に封印されながらもハピネスの超重力に抗い、無理やり邪神はコチラに来ようとした! その時に邪神は左腕を膨張させることで、無理やりコチラに自分をねじ込んだ。なら、どうやって膨張させた?)
(それは当然、『邪悪』属性の創造の力を使ってだよね! これで邪神は自分の体を膨らませた。だから次元の壁を越える過程で――使い切っちゃったんだ、左手に宿る『邪悪』属性を!)
和成たちが繋いだ頑張りによって、自分たちは優位に戦えている。
その事実に気づいた時、2人の心臓が高鳴った。
熱き血潮が全身を駆け巡る。
「――その頑張りを無駄にしてはいけない」
「――繋がれた努力は次に繋がないと」
「「次は、俺らの番!」」
魔力が時間経過で回復するように、『スペシャル技』のチャージが1日でたまるように、邪神の力も時間経過で回復する。戦闘が長引けば、いつかは『邪悪』なる創造の力を左腕が使い出すだろう。
そうなる前に、2人は短期決戦を選択する。
「――転送はすでに、終えている」
「『鋼・鉄・全・奮・具』」
「『聖堂の音を刃に変えて』!」
「『王はまず民ありき』!」
人族連合の意地が、『スペシャル技』という形で加勢されたのは、ちょうどこのタイミングでのこと。
エウレカの頭脳が邪神の左腕を彼方へと追放し、世界最大の剣が重しとして動きを封じる。その全身に、各国各種の『スペシャル技』が叩き込まれた。
その後ろに『ヒーロー』と『魔法少女』も続く。
溜め込んだ一週間分を結集させた、『今週のスペシャル技』。
その力全てを、今ここで使い切るつもりで。
「『必勝爆熱! デッカキャノン・V』!」
「『必勝魔法! マミカーマジクル・M』!」
2つの機体から放たれる渾身の光線が、邪神の左腕を飲みこんだ。
その上で――
「GAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
邪神の左腕は、まだ耐えている。
攻撃を受け流しながら、受け流せない部分の攻撃は受け止めながら、再生と変形を駆使して自身への被害を最小限に留めようとしている。
「ここまでやってまだ手ごたえがない! この不死性、平賀屋と同じかそれ以上!」
「だけど流石の平賀屋くんでも、呪いのエネルギーが切れた状態で全部消し飛べば復活できないはず!」
「だからあと一押し、あと一押しでいい! このバラバラの力をひとつにまとめられさえすれば!」
「という訳で――」
そして、2人はそろって別の方を見た。
そこに『勇者』がいた。
彼が握る『勇者の剣』に、受け流された全てのエネルギーが集約されていく。
「どこに行ってたのか知らないが、いけ、天城! やっちまえ!」
「ちゃっかりしてる気もするけど、そのまま美味しいトコ持ってっちゃえ!」
この時。
遠すぎる距離と交戦の奔流のため、2人には天城の表情は分からなかった。
その顔は、どこまでも無表情だった。
「『合一の一撃』」
☆☆☆☆☆
「やった、直撃した!」
爆心地からかなり離れた位置。
そこで、一連の戦いを見守っていた姫宮が歓声をあげた。
隣では慈と剣藤もホッと胸をなでおろし、寡黙な裁も珍しく気を抜いている。
「天城はどこで何をやっているのかと思っていたが――おそらくは和成たちが失敗した時に備えて、コチラに来た邪神を討つために待機していたのだろう」
剣藤に抱きかかえられている4分の1の和成は、彼女の呟きに言葉を返せない。極限まで集中するあまり、近くにいなかった天城に気を配る余裕がなかったからだ。彼から眼を離し、何をしていたのか把握していない以上、軽々には剣藤の言葉を否定できなかった。
しかし気になるのは、やはり何故天城が戦場を離脱していたのかという一点。何故、天城の裏にいる者――アンドレ王女――は天城という駒をそのように動かしたのか。それが和成には解せなかった。
(邪神の封印にオールインせずに、失敗を警戒し戦況を見極める。……その判断が間違っているとは思わない。実際、今こうして上手く行っている訳だし)
邪神の封印に際し、姫宮は和成に強化と癒しと付与していた以外は蚊帳の外だった。封印は和成しかできず、ハピネスが重力で邪神を押し返していたため不用意に手を出せなかった。
強化も癒しもない天城にできることは、言葉を選ばずに言えばそれ以下。あの瞬間において、彼は状況が動くまで見守ることぐらいのことしか出来なかっただろう。
だから、戦場を離脱し待機していた判断を責めるつもりはない。
ないのだが――
(ハピネスがやられた時、あいつが動いていれば)
天城に指示を出しているであろうアンドレ王女。彼女が妹の危機に天城を助けに生かせなかったことが、棘のように和成の胸に刺さっていた。
「――ガッ!?」
しかし、それ以上思考を深掘りすることができなかった。
その体が突如として、消滅を開始したからである。
「和成くん!?」
「なっ、おい和成、どうした!?」
「『ヒール』!」
姫宮と剣藤が慌てる中、慈の回復魔法が発動し、和成の消滅は一旦の停止を見せる。
だがその全身からは、白い煙が薄く立ち上っていた。
「邪神の攻撃か!?」
「……い、いや、違う。これは邪神の仕業ではあるが、攻撃ではない。これはただ、結果的にこうなっただけ……」
自身のダメージが伝わらないよう『ミームワード』を抑えながら、息も絶え絶えに和成は語る。意識が飛びそうになる中で、自分の身に何が起きているのか、この戦場で何が起きているのかを伝えようとあがく。
「何が起きている!?」
「めが、『女神の結界』だ。『神聖』属性の力で構成された『女神の結界』が、このあたり一帯を飲み込んだんだ……。その、せいで呪いが弱まってる俺は、それだけで魔剣の呪いが解呪されようとしている……」
「そんな! それじゃあ女神が和成くんを攻撃してるってこと!?」
「ち……違う、違うんだ。これは結果的にそうなっているだけ。原因は、――あくまで……邪神の左腕!」
そう、和成が叫んだとき。
遠くで轟音が2つ鳴った。
一斉にそちらの方を見ると、空中でエネルギーを使い果たしていた2つの機体、『デッカダイオー』と『マミカロボ』が大破。胴体は何かに殴られたかのようにクレーター状に陥没し、壊れた機体が崩れ落ちていた。
「え、なに!? 何が起きたの!?」
「――戦争が、終わった……」
「どっ!? どういうこと!?」
朦朧とした意識の中、まとまらない思考のまま和成は答える。
「ひ、人族に加護を与える『女神の結界』の対、魔人族のステータスを倍にする『邪神の結界』が消えた。そのせいで押し留められていた『女神の結界』が一気に広がり、俺たちを飲み込んだ。いびつながらも保たれていた……中間領域の均衡が崩れたんだ」
「…………だとしたら、確かに戦争は終わりだろう。魔王軍が壊滅した以上、魔人族に戦争を続けられる戦力はない。『邪神の結界』までも消えたのなら、『女神の結界』がある人族に魔人族は勝てない」
「そうだ。そして魔人族が攻めてこないのであれば、人族に魔人族領へ侵攻する理由はない。……ハザードやダンジョン化現象といった、他に対処すべき大災害があるのに、瘴気に満ちる不毛の地へ割ける戦力などないからだ。地理的に攻め込めない以上、和平はなく、協定もなく、けれども物理的に戦争は終わった」
「……ならば、何故――なぜお前は、そんなにも絶望した顔をしている?」
和成に言葉を返せていたのは、もはや裁ひとりだった。
他の面々は皆一様に、同じ一点を見つめている。
そこでは、人の大きさにまで縮んだ――圧縮された――邪神の左腕が、四肢に頭に胴体という人の形をとり、2つの機体をそれぞれ拳の一撃で粉砕。中から飛び出た『ヒーロー』と『魔法少女』を、空の彼方まで殴り飛ばす光景が広がっていた。
「……『邪神の結界』を構成していた膨大なエネルギー。その全てが、あの左腕に収束したからだ!」
強い光が輝いて、『勇者』もまた邪神の左腕に斬りかかる。
その光は、すぐに消えてしまった。
彼もまた、邪神の左腕によって空の彼方へ殴り飛ばされる。
そして、こちらを向いた左腕の三つ目と目があったとき。
すでに、邪神の左腕はそこにいた。
つまりは、圧倒的なステータス差によるただの移動だった。
そのただの移動が瞬間移動にしか見えないほどに、左腕の速度は上昇していた。邪神の左腕は強い圧迫感と共にたたずみ、悠然と和成たちへ歩み寄ってくる。
「――誇るがいい。諸君らは偉業をなした。その行いは碑文に刻まれ、人族の歴史において語り継がれるだろう。長きに渡り女神と邪神の領域を二分し続けた、『邪神の結界』。その消滅に成功したのだから。
だが、諸君らは最低でも全滅だ。そしてひとつ、あえて諸君らの言葉で言い表そう。――現在の我がステータスは、先ほどの100倍であると」
それは、絶望以外の何物でもなかった。




