第356話 VS邪神④ 封印と治療
世界に開いた穴から突き出ていた邪神の腕が、ハピネスによって両断された上でコマ切れにされた。斬撃は腕のみならず邪神の本体にまで及び、その体は肉塊としてバラバラにされる。
この程度では、当たり前のように邪神は死なない。
だが、斬り刻まれた肉塊ひとつひとつを和成の封印が弱体化させていった。
分厚いステーキは中まで火が通らないが、ミンチであれば話は別。それと同じ理屈で、邪神の芯にまで届いていなかった和成の封印が、ハピネスの斬撃によりに一気に邪神の全身へ広がった。
そこに、ハピネスの力を再現した和成の『スペシャル技』が突き刺さる。
和成の魂の叫びが、『スペシャル技』の使用宣言として世界に対し述べられた。
「『落ちろ、堕ちろ、墜ちろ! こちらに来るな悪しき者、頭下足上の無様をさらせ! 暗き大地の最下層、別の世界の果ての果て。地獄の底まで落ち続けろ!
『奈落事変・阿鼻叫喚』!!」
真っ暗な柱状のブラックホールが、邪神を深淵の最下層、魔界の大地にまで叩き落とす。そのまま邪神は本体ごと、順当に向こう側目掛けて落ち続けた。
「――――゛ッ!!」
もはや声は聞こえず、気配も遠ざかっていく。
やがてマナを通じてのフィードバックなくなった。
それほどまでに、邪神との距離が離れたということだった。
(穴の中にいた邪神はこれでいい! ようやくこれで――門を閉じられる!)
『神聖』、『自然』、『龍』。3種の属性を重ねた封印に、さらに空間や力のベクトルに干渉する『不思議』属性が加えられた。
魂の奥底から湧き上がる、この世で最も純粋な力。
『スペシャル技』のエネルギー。
魔王が残した最後の魂のエネルギーを、4つ目の属性へ変換し和成は使用する。
「『四乗封印・境界閉結界・宇聖龍精』!」
☆☆☆☆☆
コチラとアチラをつなぐ穴がふさがれ、空間の歪みはなくなった。
重力の強さも向きも一定となり、一歩ごとに距離が変わることもなくなった。
「あとっ……少し! あと少しなのに……」
その上で、追いかける姫宮はハピネスの上半身に追いつけない。
邪神の貫手と討ちあった結果、空高くまで突き上げられたハピネスは、はるか高々度で両断された。
姫宮は『七星の剣』を足場に少女の救出に向かうが――
「届かない! 足が、……重い!」
全身が思うように動かなかった。
邪神との激闘により溜まった疲れに加えて、ここは上空、生物が本来なら活動できぬ場所。
気温は低く、気流は激しく、酸素だけでなくマナまで薄い。
そんな状態で重力に逆らいながら、激しい気流と落下の勢いに翻弄されるハピ/ネスを救出せねばならないというのは――今の彼女には少々酷だった。
「ハピネスちゃん、お願い! 死なないで!」
暴れる気流、落下の速度。狙い済ませるのは一瞬のみ。
互いが交差するのは一瞬のみ。
それでも何とか力を振り絞り、姫宮は短い好機をつかもうと手を伸ばす。
そして、ハピネスが姫宮の手をつかみ返そうとしたならば、届いていた距離まで詰められた。しかしハピネスにそのような力は残っておらず、姫宮の手は悲しくも空を切った。
ハピ/ネスのハピ/は、そのまま落ち続けた。
「ハピネスちゃぁぁぁぁぁぁんッ!!!」
「――――間、に、合っ、た、ぞぉぉぉぉぉ!」
間一髪。
それを、『ヒーロー』が助けた。
「雄山くん!?」
「そうだ! 『ヒーロー』雄山、ただいま合流! 事態が急変しすぎて何がなんだかだが、ようやく助けにこれたぜ!」
マントを翻す彼もいるなら、当然、翼をはためかせる『魔法少女』もいるはず。
姫宮のその考えは当たっていた。
『七星の剣』を足場に見渡すと、『魔法少女』法華院がハピネスの下半身を回収していた。
「何が起きたんだ姫宮! 鎌首をもたげる魔王城頭部が爆散したと思えば、空間に穴があいた! かと思えば、天空に向けて巨大な手が伸ばされた! やばいと思ってきてみれば腕は両断、からのさいの目! 斬り刻まれなかった片方はそのまま伸び続け、斬り刻まれた片方は穴に吸い込まれそのまま閉じた! どういう状況だこれは?」
「魔王と邪神が実は敵対関係にあって、裏切り合ってたの! けど私達が魔王を倒しちゃったから、邪神が復活してこっちに来ちゃった! 和成くんとハピネスちゃんが頑張って、邪神を向こうに押し返して穴ごと封印してくれたんだけど――」
「ほんの半時間のうちに事態が動きすぎだなぁ!」
「早く、早くハピネスちゃんを治療しないと! というか和成くんだって――」
「安心しろ、救援は俺たちだけではなーい! 平賀屋のもとにはすでに頼れる2人が向かっている! そして! ここには慈がいる!」
そう胸を張る雄山が指さした先に、『聖女』慈がいた。彼女は雄山たちと下半身を回収した法華院との、ちょうど中間にあたる位置を確保している。
飛行能力をもつ2人にハピネスの救出を任せた上で、自分はどちらもすぐ治せるよう両方との距離を一定に保ち続けていたのだ。
結果的に、雄山・慈・法華院が一直線上に並ぶ形となる。
「よし、ちょうどいい場所にいるな!」
それを確認した上で、雄山は振りかぶった。
同じ行動を反対側で法華院も取っていた。
「「――え?」」
嘘だろ? まさかやるわけない。
反射的に慈と姫宮はそう思ったが、自由人2人は当たり前のようにそのまさかを実行した。
「慈! 出番だ!」
「回復魔法お願い!」
上半身と下半身が、両側から慈に向けて一直線に投げられた。
「ふッッざけんなこのっ、ボッケナスーっっ!?!?」
「やるかと思ったけどホントにやるんじゃないよーっ!?」
その蛮行に、めったに暴言を吐かない2人から直球の罵倒が飛び出した。
しかし『ヒーロー』と『法華院』の高ステータスをもって投げられた以上、受け止めるだけでハピ/ネスに負担がかかる。
なので文句を言ってる暇はなく、回復魔法を使うしかない。
「ああもう! あとであの2人絶対叱る!
『聖域:ヒーリング・サンクチュアリ』展開。
『クリエイト・オブ・エリクサー』ッ!!」
慈を中心に広域へ展開された、球体の空間。そこにハピ/ネスが飛び込んだ。空間全体に適用される高位の回復効果により、かっ飛びながらもハピ/ネスの治療が進んでいく。
同時に、かざされた『聖女』の手杯の中で、回復薬の頂点『神薬』が生成。溢れ出る神薬は大きな水球となり、飛んできたハピ/ネスを優しく受け止めた。
(うわぁ、ジャストミート。なんでこんなにコントロールがいいんだろ)
このとき、慈はまったく動く必要がなかった。立ち位置を変えるまでもなく、彼女がいるちょうどの場所にハピ/ネスは飛んできた。
もはや怒りより先に呆れがくる中で、慈はあんなの2人のリーダーである矢田に同情しながら、自らの役目を完遂。
患部をひたす神薬の水球により、ハピネスの治療を完了させた。
「だらっしゃァァァァァ!!」
それはそれとして、光り輝く姫宮の拳が仮面越しに雄山をぶん殴る。
同時に『七星の剣』を操作し、その柄で法華院の頭をどついた。
☆☆☆☆☆
ハピネスの治療が完遂された一方、和成のすぐ側で『スペシャル技』の使用宣言が唱えられた。
「咎の楔、魂の礎。『処刑人』の名のもとに判決を下す。
――死は汝に値せず。生きよ!
『魂鎖の監獄牢』!」
すると透明な鎖が『処刑人』裁の断頭斧より伸びたかと思うと、和成の体に突き刺さり、そのまま吸い込まれるように巻き付いた。
魂と肉体を縛り付ける特殊な鎖が、ブラディクスの呪いと同じ役割をはたし、和成の体から魂が離れるのを防いだのだ。
「……無茶をしすぎだ、馬鹿者」
「平賀屋、まったくお前はというやつは!」
和成の救出にやって来たのは、『処刑人』裁と『侍』剣藤。二人は崩れ行く魔王城から和成を回収し、離れた場所で応急処置を行っていた。
どちらも和成に対し好意的な態度をとってはいない。
特に剣藤の場合、胸から下が消失し、さらに左半分までもが消失した和成を真っ先に抱きしめながらも、明確な怒りの表情を見せていた。
「昨日の今日だぞ、お前がボロボロになったのは! それなのにまたッ、またこんな……いや、今回は前回より悪い! ――今回は今まさに、死にかけだったじゃないか!」
「すまなかった。邪神の復活を止めるのに、『神聖』属性を使いすぎた。今回ばかりは確かにヤバかった……言い訳のしようがない」
激しく動く機械が熱を持つように、封印に『神聖』属性の力を送り続けた和成の体も、その余波を溜め込んでいった。
結果、ブラディクスの封印は大半が解呪。
呪いが完全に解ける一歩手前まで来ていた。
毛細血管一筋分の呪いさえ残っていれば、そこからでも完全に修復できるブラディクスの呪い。その力を持ってしても極めて回復が遅くなるほどに、ブラディクスの封印は大半が残っていなかった。
「龍脈術・応用編。『龍開脈々』」
四分の一となった和成を抱きしめる剣藤が、その刀を大地に突き刺し、竜人列島の方向へ向けて振るった。すると和成に『龍』属性の力が流れ込む。
「龍脈の通り道を斬り開いた。これで多少、回復が早まるはずだ」
「ああ、そのようだ」
このタイミングで、合流に来た姫宮たちの姿が見え始める。
――そして、こちら側に残った邪神の左腕の上半分が本格的に動きだしたのも、このタイミングでのことだった。




