第350話 VS魔王③ 援軍参戦
「魔王、お前は何だ。何を隠している。その裏に、どんな事情を抱えている!?」
和成は『ミームワード』を用いて訴えかけるが、それに魔王が答えることはなかった。初めて変わった表情は、すでに元の無表情に戻っている。
そして、手の内で渦巻く黒い『邪悪』属性が和成に襲いかかった。
黒い力の奔流が、和成の体を削り取ろうと向かって来る。
「――『太陽の一撃』!」
その攻撃から和成を守ったのは、クラスメイトの1人。『姫騎士』だった。
「姫宮さん!?」
2人そろって一旦距離を取りながら、和成は彼女に尋ねる。
「こちらはまだ何の情報も送っていない。戦力の追加には早いはずだが、気づかぬうちにかなりの時間が経っていたのか?」
「ううん。和成くんの言う通り、本来なら私たちはもっと後に来る予定だった。けど予定を前倒しにするべきだと、スペルさんが判断したの」
こうして、姫宮から外の状況が説明された。
「和成くんがここに飛んだ後、実は何回かここに魔法の流れ弾が飛んだの。けど全部効かなかった。遠見の魔法も、スキルも、弓矢とかを使った遠距離攻撃も全部届かない。途中で無力化されてるみたいに、魔王城の頭蓋骨にはじかれた。そこで和成くんの『千里』眼がかき消されたことから、スペルさんが“魔王の能力は何かしらの無効化”だって判断したの」
「正解だ。魔王が生み出してる黒い渦が、空間のマナをかき乱してる。つまり魔法であれスキルであれ『技』であれ、マナの影響を受ける全ての現象は、魔王の妨害で弱体化ないしは消滅させられてしまう。……だがそうか、外の攻撃が何発もここに当たっていたのか」
「気づかなかった? てことは、魔王のかき消しはそれだけ強力ってことだよね。そして和成くんは――普通に戦えてた? 戦えてたのなら、それだけ強くなってるってことじゃん」
「……レベルが上がったのに即興魔法が機能してない、と思ってたが、そうじゃなかったか。アレでも十分機能していたんだ。――ダメだな、想像以上に新しい感覚に慣れていない。ステータスの上昇に俺がついていけてないらしい」
和成にとって、これはステータス急上昇後の初戦闘。
自分の即興魔法が起こせる現象について、まだまだ理解が足りていなかった。
「ともかく、魔王がいるここに攻撃は届かない。通信もジャミングされて、和成くんと話も出来ない。それはそれとして、魔王城の侵攻は激しさを増している」
「だから来たのか、姫宮さんと――天城が」
そう語る和成が姫宮から視線を外すと、2人を庇うような位置で魔王の攻撃を捌き続けている『勇者』天城の背中が見えた。
チラリとうかがえるその表情は、感情を見出せない無表情。一言もないままに、天城は命令された人形のように、ひたすらに2人を魔王の攻撃から守っていた。
そのおかげで、和成と姫宮は余裕をもって状況のすり合わせが出来ていた。
「人族連合に余裕がある内に、和成くんの地図だよりに頑張って登ってきました! それで和成くん、魔王の攻略法は何かある?」
そんな『勇者』を余所に、『姫騎士』は話を続ける。
和成が知る姫宮なら天城を持って気にかけるはずだが、その様子はない。
クラスメイト2人に対し、認識矯正への思うところがふつふつと湧いてくる。
(――ああ、クソ。こんな天城も姫宮さんも見たくない。……だが、どうしても後回しだ。優先順位は間違えられない。今はそんな場合じゃない……!)
心の中で悪態をつきながらも、和成はこの戦いを終わらせることを優先した。
魔王を倒せば元の世界に帰れるという……信用できない約束を思い返しながら。
「魔王の能力は、マナをかき乱す『マジック・ジャマー』。あの黒い渦だけだ」
「だけ!?」
「そうだ、魔王はあれ以外の行動を起こしてくれない。だから俺が知ってる魔王の能力はアレだけだ」
「手札を隠してるってこと?」
「あるいは――魔王自身、黒い渦を展開している間は魔法が使えないのかもしれない。黒い渦の妨害は、『技』やスキル、呪いにまで及ぶ。だから魔王も、『ジャマー』使用時には他の全てが使えない」
「それって対処が楽そうに見えて、実は真逆のすごく厄介なヤツじゃない?」
「そうだ。魔王も黒い渦の妨害から逃れられないということは、この妨害には抜け道が用意されてないということ。つまりカラクリを見抜き、魔王の真似をして黒い渦を攻略する……といった手段がとれない」
物量と質量に対しては、邪神の骸である魔王城で薙ぎ払う。そして王道を行く正面からの攻撃も、邪道を行く搦め手も、等しく黒い渦で無力化する。
この2つを組み合わせることで、徹底的に守りながら攻め続ける。
魔王の戦い方は、その簡潔さ故に付け入る隙がなかった。
「全て魔王1人でやっているから、仲間割れによる空中分解も同士討ちによる自滅もない。しいて言えば、1人だけだから持久戦に持ち込めばいつかは力尽きるだろうが――」
「そんな時間はないよ和成くん! 私たちでも一週間ぐらいなら飲まず食わずで戦えるんだよ!? 魔王レベルともなると――」
「だよな。つまり魔王城を止めるには、著しく弱体化した攻撃を魔王に叩き込み、その上で倒すしかない。……今集まってる情報では、これが結論になるだろう」
「けどけど、黒い渦があるのに、何で魔王は城を動かせているの――あ、玉座に座ってるからか!」
「おそらく。もしかすると魔王は、座っているどころか物理的に魔王城と繋がっているのかもしれない。ここが頭蓋骨の中で、本来脳があるべきはずの場所だとするならば、魔王が座る玉座は脳と脊髄の接触点だ」
「じゃあ魔王を倒す以外にも、玉座から離すか、壊すかすれば!」
「魔王城は停止するのではないか。それが俺の推測だ。……問題は、この部屋の壁も床も頑丈すぎるってことだが」
そう言われて、姫宮は聖剣の斬撃を床に叩きつける。
結果は和成と同じ。ガキンと鈍い音が鳴るだけだった。
「ホントだ、全然攻撃が通らない。つまり――」
「玉座も同じだとするなら、壊すにはハピネスの剣術が欲しい。空間ごと何もかも斬り裂く『次元斬り』が。ハピネスは今どこに」
「外で暴れてる魔王城を、その『次元斬り』で削ってる。『ヒーロー』雄山くんや『魔法少女』魔美華ちゃんと一緒に、邪神の骸を攻撃してる」
「なら何処かで連絡を取って、息を合わせて魔王を攻撃する方針になるか――ッと!」
すると、黒い渦の勢いが加速し出した。
『勇者』天城でも抑えられないほどに増した渦の猛攻に、やむを得ず和成と姫宮も分断されてしまう。
やがてほんの数秒で、黒い渦は傷一つつかなかった頭骨殿の壁を破壊するほどに至った。
つまりは一撃必殺。黒い渦の猛攻を受け止めれば、同じように壊される。
よって全て躱すしかない。
一切のスキルも魔法も使えない中で、和成・姫宮・天城は素のステータスのみで渦を回避し続けた。
それと同時に、『玉座の間』そのものが激しく上下に動き出す。
ジャンプで空中に回避していた和成は、慣性の法則に従い一時的に天井へ貼り付けにされた。
(邪神の骸の魔王城が本格的に動き出した! おそらく激しく頭を振って、直接俺らを妨害してるのだろう。人数が増えたこの状況が、魔王にとって都合が悪いから!)
和成の隙きを狙い集まる黒い渦に対処しながら、同時に一瞬で結論を出す。『思考』のスキルを用いる和成は、次の瞬間にはもう行動に移していた。
自身はライデン=シャウトの雷をまとい、魔王の玉座に接近。
そしてそれとは真逆、つまりは『玉座の間』の出口方面にブラディクスを投擲。魔剣形態から少女形態に変えたブラディクスを、出口から外ヘと向かわせる。
すると、明らかに和成とブラディクスに対し攻撃の苛烈さが増した。
他の2人に向かっていた分の渦が網のように重なり、より確実に当たるよう多くの面積で削りに来る。
(つまり、それだけどっちも嫌ってことだ。玉座を壊されるのも、援軍を呼ばれるのも嫌。どうやら魔王は、俺たちを閉じ込めて時間稼ぎしたいらしい)
和成とブラディクスは、共に回避に成功した。
だが止まっている暇はない。音速を超えた攻防は続いている。
そしてそれは、同時に言葉による連携が取れないことを意味していた。
和成は『ミームワード』も即興魔法も封じられた状態で、姫宮・天城と共に魔王を倒さねばならない。
(だったら――『邪斬雷鳴』!)
魔王の攻撃、黒い渦。その苛烈な波状連撃を、和成は受け止める。
短く三回、長く三回、短く三回。
・ ・ ・ ーーー ・ ・ ・
雷を宿した黒い刃が、ドンドンドン、ドーンドーンドーン、ドンドンドンと、爆音を鳴らす。
つまりは、モールス信号。S・O・S。
異界の勇者限定スキル、『意思疎通』の応用による増援信号である。
意思によって現象が変わるこの世界では“そう思えばそうある”。
教えずとも身振り手振りで意味が伝わるなら、習わずとも社会記号が読み解けるなら、事前の打ち合わせがなかったとしても、ただ音を鳴らすだけを合図にできるのが道理。
和成は『意思疎通』をそういうことができるスキルであると、王城にいた時点で把握していた。そしてその話は当然ハピネスにもしており――
「『次元斬り』!」
応じた彼女が『瞬間移動』で駆けつけ、頭骨殿の壁という壁を破壊しだしたのは、順当な結果であった。
 




