第349話 VS魔王② 『玉座の間』の激闘
ガキンと、鈍い音が鳴った。和成が骨色の床にブラディクスを突き立てるも、まったく刃が立たなかった音だ。
邪神の骸を素材とした魔王城『頭骨殿』。
その床は、レベルを上げた和成でも壊せない強度を有していた。
(硬い! 魔王が玉座から動かないなら、いっそ玉座の方から壊してみるかと思ったが――これは無理だ)
荒れ狂う黒い渦が何度も床や天井に打ち付けられるが、それにより『玉座の間』が傷つくことはない。
その壊れる気配のなさが、邪竜の鱗以上の頑丈さを和成に伝えてくる。
(強度があるだけでなく、この床は魔力を通さない。つまり即興魔法を床越しに伝えて攻撃することは出来ない。表面を舐めるように伝わせることは出来るが……それだと黒い渦でかき消されるだけだ)
玉座が鎮座するこの場所は、何もない空間だった。
一つ高い所に置かれた魔王の玉座と、そこへ上がる段差の少ない階段。
それ以外に何もない。
身を守る遮蔽物はなく、王の権威を示す装飾品もなく、骨色で四方と天井を囲まれるのみ。
簡素に開けたここは、まるで脳を抜き取った頭蓋骨内だった。
(おそらくここに特殊な仕掛けはない。そういったものを仕込む余地がない)
和成の『観察』眼は、既にそう結論を出していた。
(そして特殊な仕掛けがない以上、それを利用し裏をかくことはできない。俺が取れる選択肢は限られている。『観察』眼は……この場面では死に札だ)
まず、『哲学者』の『観察』眼。比較によって情報を探るこのスキルは、未知の種族である魔王相手では効果が薄い。今までの相手ならば、ブラディクスの不死性によって勝負を長引かせ、その行動を『観察』し続けることでこの弱点をカバーしていた。
言動、技の選択、表情。そして戦いの中で移ろい変わる、敵の心情。
それらは多くの情報を和成に与えてくれる。
不死身の和成との戦いで敵が動揺し、それらをさらけ出した時、『観察』の精度は上がりより多くを見抜けるようになる。
そうして和成はか細い勝利を掴んでてきた。
だが、魔王から得られる情報はあまりにも少なすぎた。
無言を貫き、玉座から動かず、表情も変えない。
その上で使用技は一種類。常に守りに入っている。
これでは『観察』のしようがなかった。
もしも魔王が同じ行動をとり続けるなら、和成の手札はひとつ無力化されたも同然。
そしてそれは『即興魔法』も同じだった。
(黒い渦のかき消しで、魔法の大半が打ち消されてしまう。『即興魔法』は発動直後に散らされてしまう)
(「――ふん。だから何じゃというのか。所有者殿の攻撃で一番強力なのは、魔法ではなく儂を起点とした斬撃。最高火力はこの儂、魔法の火力が低いのはずっと前からそうじゃろうが。何も変わらん。いつも通りでよいだけじゃ」)
(……ああ、それはその通りだな)
和成の視界を塞ぎ、『観察』の邪魔までこなす黒い渦。マナをかき乱し、『即興魔法』も『吸血の呪い』も妨害する『邪悪』なる力の奔流。
和成はこれを二刀流でさばきながら、遠距離攻撃に転ずる準備を開始した。
鉄の血液メルトメタルがブラディクスから滲み出し、大槍の形状へと変化する。
そのまま黒い渦の隙を突くように、ライデン=シャウトの記憶を元にした『雷』属性の『技』が放たれた。
「見よう見まね、『武雷貫』!」
槍状のメルトメタルをまとうブラディクスの突き。
それによって貫通力の高められた雷が、一直線に魔王へと向かう。
その攻撃は、黒い渦が何重もの壁になることで弱められていく。
黒い渦を躱しながら進んでも、マナをかき乱す力によって通り過ぎるだけで威力を削がれていく。
やがて魔王のもとに届いた時には、『武雷貫』は細く心もとないものにまで弱体化していた。
その攻撃を、魔王はまた避けない。
額で受け止め、雷が命中した箇所から黒煙が立ち上る。
着弾地点の肌は、薄くススがついていた。
(本当に、なぜ避けない? いや、避けるじゃなくとも、黒い渦を壁にすれば完全に防ぐこともできたはず。――なぜそうしない?)
(「何じゃアイツ、被虐趣味でも持っとるのか? いや、それじゃと黒い渦で守りに入っとる説明がつかんか」)
(「コチラを挑発して調子を狂わそうとしてる……にしても、何も喋らないんじゃ挑発になんないよな。正直ぼくら、怒りより先に戸惑いが来てるぞ」)
魔人族のステータスをあげる『邪神の結界』は、玉座に座って無ければ維持できない。あるいは、魔王城の操作は玉座に座ってなければできない。
このどちからではないかと和成は考えるが、当然全てはブラフであり、これはただの時間稼ぎという可能性も残る。
どの選択肢も切り捨てられず、かといって確信をもつには、どの選択肢も根拠が弱かった。
(自分の身を守りたいのか、守りたくないのか。それすら分からない)
「『加』」
いずれにせよ、この勝負を長引かせたくない。
そう判断した和成は、自分の内部に対し『即興魔法』を使用した。
「『走』」
体外ではなく体内、他でもない自分を対象として発動。
これにより、マナをかき乱す黒い渦の影響を抑えることが出来る。
(――効果は数秒、長くはもたないだろう)
普段と比べると、魔法陣をうまく作れない。
作れたとしても、作動した魔法は上昇したステータスに見合わないぐらい弱体化している。
それこそが、魔王が生み出す黒い渦の力。
だからこそ和成は短期決着を目指した。
「『速』!」
網のような黒い渦の中、一瞬で距離を詰め一撃で決める。
そんな決意で一歩を踏み出し、そのまま和成は駆け抜けた。
走る中、自身の身体にかけた三重の『即興魔法』が、魔王に近づけば近づくほど剥がれていくのが分かった。
魔王との距離が近いほど、黒い渦の効果が強い。
しかし、『敏捷』のステータスが上がった今、ライデン=シャウトの速度を思えば、黒い渦を避けつつ魔王へ接近することは難しくなかった。
(マナをかき乱す黒い渦が展開されている。――それはつまり、魔法を使えないのは魔王も同じということ!)
だから、近づいてさえしまえば攻撃を当てられる。
和成のその考えは当たっていた。
「『邪斬=雷電の一撃』!」
ブラディクスの『邪悪』属性と混じり、赤黒くなった雷をまとった斬撃。
その攻撃は、確かに魔王の額に正面から命中した。
そして、魔王の額が割れた。――まるで陶器のひび割れのように。
(!? 傷口が……生物のものではない!?)
真正面から斬りつけた和成と、それを見つめる魔王の目と目が合う。
この時、はじめて、魔王の表情が変わっていた。
(――殺すな。俺を殺してはいけない)
その表情はまるで、そう訴えているかのようだった。
途端に和成の脳裏に、かつて『ヒーロー』の一党に話した内容が思い返される。
(ひょっとすると……俺は思い違いをしていたかもしれない)
・「邪神の目的はただ一つ。女神の殺害。何故なら、この世の全てを手に入れるには邪魔だから」
・「何故この世界を手に入れたいのか。それはレベル上げのため。この世界の全てを取り込むことで、自身をより強大にしようとたくらんでいる」
・「そのために何度も人族に攻め込み、今回の戦争も準備を整えていた。だがここで、邪神に力を分け与えらた魔王が裏切った。魔王は邪神を取り込み、その精神をのっとった」
エルフの森で捕らえた魔王軍残党から得た情報と、人族の裏切者コアク・スライム・アンドロメダが独自に集めていた情報。この2つの情報の内、一致している部分は限りなく事実に近いのではと和成は推測した。
“邪神の目的はこの世界を取り込むこと。そのためには女神が邪魔だから排除しようとしている。しかしその過程で魔王に裏切られ、精神を乗っ取られた”
だから雄山たちにもそう伝えた。
しかし今この仮説を、目の前の魔王相手に高々と披露する気は起きなかった。
魔王の力は大きく分けて3つ。蓄積、創造、そして譲渡。専用の陣地、魔人族領の魔王城地下にてエネルギーを蓄積し、それを基に『武器』や『スキル』を創造。これらを配下に譲渡する。
コアク・スライム・アンドロメダが記した、魔王軍に対する研究レポートにはそう記されていた。きっと、そこに間違いはないはずだ。魔王軍のエウレカ襲撃を手引きし、そのまま証拠をつかませることなく逃げおおせた彼女の優秀さを思えば、情報の不正確性は疑いづらい。
更には、魔王軍七大将と呼ばれる者たちの遺体からは、特殊な波長の魔力――『魔王のギフト』と仮称するものが宿っていた痕跡が見つかっている。
(あくまでこれらの情報は、魔王と直接戦った者がいない以上、確定情報とするには早かった。だからこそ改めて、試金石として俺がここにいる)
念のためクラスメイトの一部には極秘で話しておいた、信じきるには早い情報。
それらを思い返しながら、和成は胸中に抱いた疑問と正面からぶつかることになる。
(……本当に魔王は邪神の精神を乗っ取っとれたのか?)




