第345話 覚醒した脳がもたらしたもの
最後の魔王軍七大将、『神槍』ことライデン=シャウトは倒された。
大自然との合一。自己とそれ以外の境界をなくすことによる、自然現象へと至る技術。その結果得た雷の体によって、彼女は死体を残すことなく霧散した。
電気として大気に散った。
これを最初に目撃したのは、まず『テレポート』によって接近し動向を見守っていたハピネス。そして彼女の『テレポート』に同行した、姫宮や慈、親切といったクラスメイト達だった。
雷電結界『ライジング・サンクチュアリ』は消え、その場に立っていたのは和成だけ。彼が勝利をつかみ、ライデン=シャウトが敗れ去ったことは明白であった。
これを受け、ハピネスから勝利の報が届いた人族連合からは歓喜が叫ばれ、天地を震わせた。
同時にかなり遠方にいた魔王軍残党は、あの『神槍』がまさか敗れるとはおののき慌てて退却を開始。後に『雷神決戦』と呼ばれる戦いは、この時点をもって完全な勝敗が決まった。
そして、力を使い果たした和成が倒れた。
(ああ、くそ、やばいな――)
身体に力が入らない。
動かそうとしても動かせない。
酷使した脳は限界を叫んでいる。
だが、その意識は残ったままだった。
消えてくれない。
頭に残る極度の負荷が気絶すら許してくれない。
音が、遅れて聞こえる。
視界が、遅く見える。
地面に倒れ込んだ視点から、ハピネスたちが駆け寄って来ているのが見える。
しかし、ひどく遅い。
何か言葉を叫んでいるようだが、間延びしていて聞き取れない。
加速した思考回路が戻らない。
昂った精神が落ち着かない。
覚醒した脳が、覚醒したまま戻らない。
(マジで、これは――、ヤバ――)
そうして、駆け寄る姫宮たちのスローモーションを視界に納めながら――
和成の意識は途切れた。
そして暗いとも明るいとも感じない音のない世界で、和成はふと現状を把握した。
(ああ、俺は意識だけでここにいるな)
それはまるで、自分は今夢を見ていると夢の中で気づいたようなもの。
今の和成には、意識と肉体が断絶しているかのように、相互のつながりが感じ取れなかった。
視覚、触覚、聴覚。体が感じているはずの情報が入ってこない。
だから、まるで体がなくなって透明になったかのような感覚がする。
手足を動かそうとしても動いている感覚がない。
肉体に命令が届いている気がしない。
今の自分は意識だけ。
見ているのでも聞いているのでもなく、ただ意識だけが漠然とそこにあるだけだった。
(なんだこれは。俺はどうなった)
そう疑問に思うと同時に、和成の意識は別の場所で、その疑問に対する答えを導き出していた。
「あれだけ脳に負荷をかければ、幻覚の1つも見るだろう。脳神経が覚醒状態にさらされ続けたため、肉体に感覚の齟齬が生まれているだけだ。感覚の辻褄が合わなくとも当たり前。不思議なことなど、何もない」
正解かどうかは分からない。どころか、夢うつつの中で適当な雑学を寄せ集めたに近い、粗の多い推論だ。もはや迷信と言ってもいい、でたらめな答えだ。
ただ、和成が一人で勝手に納得するだけなら、十二分な答えだった。
意識だけでいる今の和成は、夢を見ているようなもの。
とりとめもなく溢れる情報を、記憶を、思考を、制御することができない。
[ピコーン]
『あなたが来るには、まだ早い』
唐突に、それは明確な音だった。
ないはずの耳で、たしかに和成はその声を聞いた。
(――存在X)
咄嗟に、かつて『学術都市エウレカ』にて。
超『賢者』スペルから聞かされた魔法の原理について思い出す。
なぜ詠唱によって魔法を使用できるのか。それは魔法を使うぞという意志が、詠唱を通じて世界に伝わるから。
世界に意志が伝わることで、魔力を燃料に現象として現れる。
それこそが魔法であると。
であるなら、その意志を受け取る世界とは何ぞや。
――それこそが存在X。便宜上、スペルがそう名付けたもの。
ステータス現象の裏側に最低2ついると、超『賢者』が推測した何者かであった。
☆☆☆☆☆
「……?」
疑問符を浮かべる和成が起き上がった時、布団がはらりと落ちた。
これに反応し、同室にいた女子3名が飛びつく勢いでやって来る。
「部長、やっと起きた!」
「あなたはホント……やっぱり無茶して!」
「とりあえずごはん食べる?」
上から順に、四谷綺羅々、山井療子、久留米料理子。
後方支援の三人組だ。
『死霊術師』四谷は涙ぐみながら和成の脈を計り、『医者』山井はスキル『診察』を発動。『料理人』久留米は食事を取りに向かった。
流れるような連携で、和成の身体情報が検査されていく。
「……俺はどんな状態だった?」
「戦いが終わり次第、半身が消し飛んだまま運ばれてきてたわよ! ……血の気が引いたんだからね。普通ならどう見ても死んでるあなたを見て、四谷だけでなく久留米まで気絶したわ」
「だって! 断面が黒焦げで!色々炭化してて!あるべき右がなかったから!」
「それで山井さんが気絶しなかったのは、医者としてか」
「『医者』としてよ。私の能力はまず『天職』ありき、補正抜きで私医者だなんておこがましいわ。……情けないことに、ブラディクスの呪いで再生するはずのアナタの体が全然直らなかったことに、私だって相当取り乱したんだから」
そう語る山井の指先が、優しげに和成の額に触れた。
なるほど。
彼女が今触れているところから、自分の体は半分吹き飛んでいたのか。
憂いを帯びたその所作から、和成は察した。
「最後の魔王軍七大将が一人、『神槍』ライデン=シャウト。その槍さばきは最後の最後で、形なき呪いを完全に切り裂くに至った。その所為で、再生に時間がかかったんだろう。――強敵だったよ、本当に。無茶をした程度で彼女に勝てたのなら大金星なぐらいには最強だった」
「……1回目は敵がそれだけの相手だったって許してあげる。けど2回目はないわよ。次に無茶した程度、なんて言ったら引っ叩くから」
「ねぇ部長。部長にそう言われたら、私達みんなの心配はどこに行ったらいいの? 姫宮さんとか、慈さんとか、親切くんとか」
「それはごめん。マジでゴメン。けど――本当に、本当にそう言いたくなるぐらいの相手だったんだよ。あいつに勝てたことが俺の一生の誇りになるぐらいには、あの最後の魔王軍七大将は今まで会った中で一番強い」
極限の戦いの中で渡り合ったからこそ、到達できる何かがある。
和成はライデン=シャウトという敵に対し、確かに奇妙な共感を抱いていた。
そんな彼の様子に四谷は複雑な表情を浮かべ、久留米は持って来た料理を反省してないことへのお仕置きとして和成の口に詰め込みだした。
「モガガ」
「はい食べて食べて、どんどん食べてー」
そして山井は、馬鹿に付ける薬はないとでも言いたげな表情で、搬入直後の和成について『診察』結果を話し出した。
「アナタが運ばれてきた時、傷口にはライデン=シャウトの電気が残っていた。できる治療といえば、その電気を脱くぐらいのものだったは。治療は無事成功し、電気が除去されたことで再生が始まった。
けど再生が終わっても、アナタは3日も目を覚まさなかった。ブラディクスに聞いても原因は不明。スキルを使っても、脳に負荷がかかったことによる昏睡状態以上の『診察』結果はでなかったわ。だからずっと、みんなアナタの復活を祈ってた」
「……そうか」
「何か心当たりはあるかしら?」
「――幻覚?を見ていた。意識だけの状態で、とても大きな力の塊のようなものの前にいた気がする。そして……声を聞いた。何と言われたか覚えてないけれど、耳のない意識だけの状態で、確かに何かの声を聞いた気がする」
「そう。残念ながら、私ではその話からは何も分からないわ。『診察』のランクが低いのか、あるいは人類が解明できてない領域の話なのか、いずれにせよ私の手に余る話。ともあれ、今のあなたにはそれ以上にすべきことがあるようだけど」
「ああ、分かってる。心配かけたみんながお見舞い来るのに、ありがとうと対処しないとな」
「休息に決まってるでしょうがバカたれ」
久留米に料理をパンパンに詰め込まれた口で、器用に発声する和成。
彼の発言を、山井は的外れと斬り捨てた。
「今はとにかく休みなさい。ブラディクスの呪いで全快してるらしいのは『診察』で分かるけど――それはそれとして、あなたには休息が必要よ。時間をかけて、昂っているその精神を一旦落ち着かせなさい。
『医者』としてアナタに処方する薬は昼寝よ。そのまま大人しく寝てなさい」
和成の額――割れていた断面がちょうどあった場所――を、人差し指で強く押しながら山井は言う。その瞳が少々潤んでいるのを見れば、反抗の意思は和成にはなかった。
抵抗することなく指先に込められた力に従い、起きあげていた体をベッドに横たわらせた。
その後、山井の気遣いもあって、お見舞いが解禁されたのは次に和成が目覚めた半日後だった。
扉だけでなく窓や壁までも破壊する勢いで、集団が病室に詰めかける。
一騎当千の英雄をまとめて蹴散らしたライデン=シャウトを、単独で和成が討伐したからだろう。クラスメイトだけでなく、倒された英雄やその関係者までもが病室に押しかけたのだった。
☆☆☆☆☆
問十七「この世界の在り方は、是か非か」
答え 「是」
この世界は優しくない。
理不尽が多く、強者であっても運と相性によって死ぬ。
地球では絶対に出会わないような脅威に満ちている。
そんな優しくない世界を、人々が優しくしようともがき、その行動をもって優しいものとしている。
ならばそれは、良きものであると言う他ないだろう。
この世界は信頼で成り立っている。
であるなら、それは――肯定されてしかるべきだろう。




