第343話 VS最後の魔王軍七大将③
槍を両断した勢いのまま、和成はライデン=シャウトの雷の両腕を切断。
質量のない軽い手応えとともに、雷の腕が宙を舞った。
同時に、柄ごと斬られた槍が落ち、穂先が地面に突き刺さる。
そのまま翻した魔剣により、更にライデン=シャウトを斬り裂く――
「今だブラディクス、喰らえ!」
と見せかけて、舞う腕に向けて和成はブラディクスを投擲した。
強制的な『装備』の解除によるステータスダウン。
突然の『武器』破壊。
そして負傷。
神経などないはずの雷の体が『邪悪』属性で痛み、ライデン=シャウトを妨害する。これだけ重なれば間に合わない。
魔剣形態から少女形態へと変化し、長さをかさ増したブラディクスの刃の手が、宙を舞う雷の腕を串刺しにした。
「何のつもりだ?」
間に合わないと理解したライデン=シャウトは、それでもせめてと和成を蹴り飛ばす。それだけで腹部が爆散しながら和成はふっ飛んだが、そのまま彼は答えた。
「俺の今までのすべてを使って、お前に勝つ。それだけのこと」
ブラディクスの刀身には、『喰』と魔法陣に記されていた。
つまりは即興魔法が付与されている。
「「『魂喰』!!」」
1人と一本の声が重なった。
精神統一によって魂と肉体は馴染み、一体化した。だからこそ、ライデン=シャウトの肉体は魂が持つ『雷』属性のエネルギー塊となった。
ブラディクスは肉体との合一を果たした魂の全てを直接吸収。それは、かつて『千里』眼で目た『ソウルイーター・キメラ』の力の再現であり、相手の魂の一部、『経験値』を直接奪う『レベルドレイン』であった。
蹴り飛ばされて爆散した腹が直る中、立ち上がる和成が宣言する。
「今までの戦いで得たもの、過程で知ったもの。全部活かして絶対に勝つ」
それは、人造の魔獣『ソウルイーター・キメラ』と、『堕天使』エルザの成れの果てから学んだ技術の総動員。魔人族との戦いの中で得たものを集結させた戦いだった。
[レベルが上がりました]
ピコーンと電子音に似た世界の音が、和成の脳内に響き渡る。
「――何度も攻撃を受け、土と混ざるほどの状態でそれを言うか」
「血と泥に塗れ立ち上がることを、恥だと思ったことは一度もないんでな」
「ク、カカカカカカッッ! その言や良し! きみは今、とても美しいぞ! だからこそ、ぼくも美しくなろう!」
見栄を切る和成と、もはや何度目かになる笑い声を上げるライデン=シャウト。
その全身から雷が迸り、彼女が手をかざした時、空に浮かぶブラディクスは弾き飛ばされたかのように移動した。
ドーム状の雷電結界の壁に、少女の姿をした魔剣は叩きつけられる。
「ぬぅぅッ!」
「『縛電磁』。金属を雷の檻に縛り付ける拘束技だ。流石のボクでも、これ以上のレベルドレインは許せないのでね」
鉄が磁石にくっつくように、少女形態のブラディクスは雷電結界に貼り付いた。
雷が鎖のようにブラディクスを縛りつけ、そのまま一切動けない。
「よって、まずは君の『武器』から封じさせてもらおう」
(すまん所有者殿、動けん!)
(いや、いい。お前は十分に役割を果たしてくれた)
「そして、『武器』が壊れようとも問題ないのは君らだけではない!」
ブラディクスと共に、和成が斬った『麒麟の槍』。
ブラディクスがいなければ斬れなかった、『神槍』の『武器』。
ライデン=シャウトが再生させた雷の両腕で柄を握り、自身の雷の力を注ぎこむと――半分になっていた槍が元の長さに伸び、穂先が復活した。
そのまま槍の猛攻が和成を襲う。
(修復機能があったのは、そちらも同じということか!)
これを『流体金属』で防ぎ切った和成に、ライデン=シャウトが語り掛ける。
「レベルが下がったとは言え、何故この槍を防げる。どうしてそれほどまで劇的にステータスが伸びている。……まさか、君――今までレベル1で戦ってたなんて言わないよな?」
「そのまさかだ。『流体金属』、起動」
距離をとった和成の手の中で、ナノマシーンの集合体である液体金属が、彼の意思を受けてブラディクスと同じ形となった。これにより、和成はライデン=シャウトと睨み合う。
「まったく君は、どこまでボク好みの相手なのだね。……ますます勝ちたくなってきた。君にだけは絶対に負けたくないと、魂が叫んでいる」
一歩、一歩を踏み締めるようにしてライデン=シャウトは歩みを進める。
それはこの最後の時間を惜しむようであった。
二人とも、この会話が終われば激戦が始まると分かっていた。
その戦いは音速を超え、言葉を交わせるはずがないと予感していた。
そして、戦いが終わった時、生き残るのはどちらかであると悟っていた。
「ボクのレベルは下がり、君のレベルは上がった。それでも数値上の『敏捷値』は、まだまだ差が開いている」
「だが、お前のスピードが数段落ちたことに違いはない。その差異は大きいはずだ。普段の数割削られた、『敏捷』、『攻撃』、『防御』。果たしていつも通り戦えるか。それで俺の不死性を貫けるのか」
「ああ、そうだな。ボクは鈍くなった自分のスピードに対応できないだろう。これほどまでに自分が遅いのは、いつ以来か。もはや思い出せないな。だからこそ、このままでは君を仕留めきるなど不可能と言える。――だがな、その程度このまま乗り換えて見せるわ!!」
高ぶっているのだろう。ライデン=シャウトの雷が迸る体が――先ほど以上に激化した雷へと変化した。その精神は研ぎ澄まされ、鋭い。
「『雷電合一』の、更にその一歩先! これによりボクの体は、更に『魂喰い』が効きやすい状態となった。この戦いで生き残ったとしても、大幅なレベルダウンを免れないかもしれん。
だが関係ない。雷速の領域にて、我が『技』を形なき物をも貫く破壊の槍へと至らせよう! 我が生涯の研鑽を束ねて君を討つ! 君にだけは――全力をもって、絶対に勝ちたいのだからッッ!!」
「……俺は、戦いなんて嫌いだ。一騎打ちなんていう戦いに引きずり込んだお前も嫌いだ。だが、それはそれとして――ライデン=シャウト。お前の研ぎ澄まされたその姿は、美しいと感じるよ」
雷の輝き、槍の冴え。
その2つを讃えつつ、和成は大地に突き刺さっていた『麒麟の槍』を手にした。
ずっと『装備』していた折れたもう一本を、改めて『装備』したのだ。『装備者』としての権限により、和成の槍もまた修復されていく。
全身に雷が流れ痺れる中、和成は『ミームワード』によって宣言した。
「これで、ステータスの『敏捷』値が更にプラス。……俺の最速を見せてやる」
「面白い。面白いぞ、本当に! 良いだろう、もしも君がこの戦いに勝ったならば、その槍をくれてやる!」
「……いざ、尋常に――」
「――勝負!!」
雷の速度で駆け出したライデン=シャウトとは対照的に、筋肉が痺れる和成は動かない。
動けないのではなく、動かないのだ。
(君のレベルは上がり、著しくステータスは上昇した。おそらく、ステータス画面に記された数値は何十倍、何百倍……いや、それ以上だろう。だがな、それすなわち『攻撃』も『敏捷』も、全てが一挙に何十倍になったということ!
そんなもの使いこなせるはずがない! パワーとスピード、どちらも想定外の出力をたたき出し、君を翻弄するだけだ!)
そうライデン=シャウトは考えた。
同じことを和成も考えていた。
自分に戦いのセンスがないと自覚している。
体を自在に動かす才能が欠けていると知っている。
単純な速度と力が増しても、自分では技術でライデン=シャウトに届くはずがない。
だから動かない。
それを訝しむまま、雷の性質を生かして空まで飛びながら、複雑なジグザグの軌道を描くライデン=シャウトが多角的な攻撃を加えようとした時。
目の前に、即興魔法の魔法陣が展開された。
(――何だこの速さは!)
描かれた紋様は『喰』。
召喚者のスキル『意思疎通』により、それが『ソウルイート』のレベルドレインであると強制的に分からされる。
和成が叩き斬った『麒麟の槍』を『装備』したのは――肉体の速度ではなく、思考回路の速度を上げるため。魔法陣の展開速度を上げるためだった。
そして、展開される魔法陣の数が増えていく。
その量、まさに無数。おびただしい魔法陣が空間を占領し始める。
「――マナゾーン展開」
このタイミングで、和成は『スペシャル技』を切る。
ブラディクスが吸い取った血液に宿る魔力、その貯蔵分を全て使い切る覚悟で。
かつて『魂喰キメラ』が膨大な魔力で空間を埋め尽くしたように、雷電結界『ライジング・サンクチュアリ』内を和成の魔力で占領。
かつてエウレカにて『悪魔召喚士』が大量の召喚陣を描いたように、何時でもどこでも、魔法陣が展開できる状況を作り上げる。
「『曼荼羅事変・魔法陣超過剰展開』!!」
和成の即興魔法は万能だが、ステータスの低さから発揮できる効果は小規模であり、高ステータス者相手では抵抗されてしまう程度だった。
しかし今は違う。
今、初めて人のまま、和成のレベルは上がった。
800万pt分の『経験値』を溜め切り、大幅なレベルアップを遂げた。
そのステータスは、この世界の上位層を屠れるまでに届いた。
つまり――
(ぼくはこれらすべての魔法に触れる訳にはいかない!)
結界内に展開された全ての魔法が、ライデン=シャウトに致命打を与えられる。
無数の魔法陣から飛び出す、それぞれ異なる魔法の数々。
ライデン=シャウトはこれを時に躱し、受け流し、真正面から打ち砕く。
針の穴を縫うように、魔法陣の隙間を流動する雷の体で駆け巡るライデン=シャウト。そんな彼女に、ただ一発を当てるがため思考回路を酷使する和成。
1秒の内に百の魔法と槍術が飛び交う、雷速の激闘が――加速を続けていった。




