第35話 路地裏のゴタゴタ
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ーーーー『タスケテ!!』
突然、頭の中に声が響いた。
(ーーーなんだこの声?)
高速道路のトンネルを通過する途中に、或いは飛行中の飛行機内で感じるような耳鳴りと共に、パソコンで合成したかのごとき無機質な音が流れ込む。しかしその無機質さに反して、聞こえる声には言葉で表せない漠然としたものでありながらも、明確な感情が込められている。
周囲を確認してみれば、メルを除いた全員が同じ反応をしている。
(召喚された奴にだけ聞こええているのか?)
「ーーーー!」
そして最初に動き出したのは姫宮だ。助けを呼ばれた方向に向けて即座に走り出すという迅速な対応を見せる。
「姫宮さん!?私たち、和成君たちの護衛でここにいるって忘れてない!?」
元々姫宮が立ち上がったタイミングでちょうど声が届いたこともあり、慌てて声を荒げた慈の声が、既に届かない位置にいる。極めて迅速。途轍もない速さだ。行き交う道の婦人方が、巻き起こった突風でめくれないようにスカートを押さえている。
「あれは完全に頭からすっぽ抜けてる感じだな・・・・」
「どうする、和成君!?」
「取り敢えず、追ったほうが良いとは思う」
「しかし、それよりも何が起きているのかの説明を先にお願いしたいのですが・・・・」
「頭の中に、急にタスケテって声が響いたんですよー」
「久留米さんに同じく」
「わ、私もです」
「――――了解しました」
メルは冷静に状況判断を下す。彼女にとって想定外の事態など想定内だ。
全方向にハイスペックかつ、冷静に臨機応変な行動をとれることが評価されているからこそ、和成という爆弾の護衛を彼女は任されたのだ。
「しかしメルさん。あの切羽詰まった声を聞く限り、荒事が起きそうな臭いがプンプンするんですが。非戦闘員の俺と久留米さんを抱えて行くには、色々と危険ではないでしょうか。俺はみんなの足手まといなんかには絶対になりたくないです」
「あー、そう言われてみればそれもそうだよね」
「冷静だなーみんなホントに。慌ててるのが私しかいない・・・・・・」
姫宮を追うべきなのかどうか。追うなら早く追う必要があるが、敏捷のステータスが低い(つまり足が遅い)非戦闘職二人をどうするべきか。慈はそんな二つの要素の間でせめぎ合い、答えが出ないために動けない。その為とても焦っているが、現段階で焦っているのは慈だけだ。
メルが冷静なのは、自分だけでも冷静にあろうと努めているから。そしてもともと感情の起伏に乏しいため。
和成が落ち着いているのは、自分の弱さと脆弱性を思い知ったことから「他者に戦闘を任せてしまうのはしょうがない」と結論を出しているのと、自分が慌てたところで事態は好転しないと厳しく捉えているから。
久留米がマイペースなのは、彼女の心臓に毛が生えているから。同時に極端にマイペースなのんびり屋なので、先日の和成のような目の前で人命が失われかける状況でようやく取り乱す。
「ですので、これを使いましょう」
そう言ってメルは、ポケットに見せかけた魔道具ーー『収納』のスキルと類似の機能を持つーーから、植物が人型に編まれ、顔の部分に石がはめ込まれた魔道具を取り出した。
「呪いの藁人形みたいですね。誰かのダメージを肩代わりさせる魔道具ですか?」
「その通りです。この顔の部分が白い魔石と黒い魔石のものと二つで一組でして、白い方を持った者が負うダメージを、黒い方を持った者が肩代わりするという代物です。そこそこ貴重なものなので多用は出来ませんし、パーティ編成をした者同士でないと効果が発動しないので味方内でしか使えませんが」
そう言ってメルは四体の、計二組の人形魔道具を取り出した。パーティ編成は王城を出る前にしておいた。
「なら!早速!姫宮さんを追いましょう!」
マイペースな三人に対して、慈の言葉が切実に叫ばれた。
☆☆☆☆☆
「ーーー着いた!」
日本で出せた全力疾走時以上のスピードを、日本で出せた体力持続時間以上の時間走り続けた姫宮は、声を頼りに幾つもの角を曲がり裏路地の奥の一画に行き着く。
そこに居たのは、五人の女チンピラ達と路側にうずくまった小柄な騎士だ。
五人のチンピラはそれぞれ武器を持ち、嫌な笑みを浮かべながらギラギラとした目を向けている。誰もかれも汚れた衣服で、風呂に入っていないのかな嫌な臭いがする。生ごみの詰まったシンクの臭いだ。
対して全身が甲冑に覆われた騎士は武器を持っておらず、防御を重厚な鎧に任せて反撃しようとする気配すらない。道端に体を伏せているだけ。その鎧に、女チンピラ集団の頭目らしき少女が足をかけ踏みにじっていた。
「ーーー寄ってたかって弱い者いじめ?それは見逃す訳にはいかないんだけど」
「ーーーッ、カンケーねぇだろ。部外者が出しゃばるなよ」
汚れたターバンを巻いた女が、気迫に怯みながらも反論する。日本ではそうそう手に入らない無骨なナイフの鋭い刃先を向けて。そこには赤サビと、サビではない赤色が付着している。
血液だ。
それを見た一瞬で、姫宮はブチ切れた。
しかしそれで姫宮が怯むことはなかった。
「関係ない。部外者だろうがなんだろうが、この状況を見過ごす訳にはいかない」
その言葉は、引く気配を感じさせず確固たる意志を感じさせる、そんな言葉だった。
そして『姫騎士』は、武器を向けられたことに対して、『道具袋』から『聖剣サンシャイン』を取り出し応戦の意を見せる。
「ーーー姫宮様、それは少々やり過ぎです」
ドスン!
その直後、上からメルが落ちてきた。
いや、降りてきた。
和成をお姫様抱っこしたままで。
「え、えーっと・・・・」
「この方法が最も速いので選択しました」
戸惑う姫宮にすました顔でメルが答える。
そもそもの話、姫宮は速い。敏捷の値が高いので、久留米や和成では到底追いつけないほどだ。
だから姫宮が走り出してしまっては、結論を出してから後を追っても追いつくことは難しい。
なのでメルが運んだ。幸い頭に謎の声が響き続けていたので、声のする方向へ屋根の上を走り最短の直線距離で現場へと向かったのだ。
メルが和成をお姫様だっこしたまま。
それができるほど彼女のステータスは高い。現段階では姫宮や慈を上回るほどに。
「しかしメルさん、どうせ降りるなら俺を屋根の上でいいので、下ろしてから降りればよかったんじゃないでしょうか。足手まといの非戦闘員を連れてきてどうするんです」
「・・・・申し訳ありません。うっかりしておりました」
「「「・・・・・・」」」
なんだこいつらは?
小柄な鎧の騎士と、女チンピラ集団の心情が一致した。
なにをやってるの?
姫宮は心底呆れていた。
その場から毒気が抜け、緊迫した空気が何処かへ飛んでいく。
「では」
「あ、ちょ、」
姫宮が何か言う前にピョン、ピョン、ピョン、と。
路地裏を作り出す壁を左、右、と跳びはねて屋根の上に上ったかと思うと、和成を下ろしてまた直ぐに降りてきた。
「・・・・・・」
何をやってるんだ。
姫宮は再びそう思った。
「姫宮様、聖剣をお使いになるのはやり過ぎです。ここにいる彼女達にそれほどの力は要りません。そのままそれを振れば、相手を確実に殺めてしまうかと」
「地球でもー!格闘技のスポーツ選手の暴行罪は罪が重くなるみたいなヤツだよー!」
そのまま淡々と言葉を続けるメルと、屋根の上から顔を出して子供のように声をかける和成。
そのどちらもが正論で、改めて言われてみると確かにその通りだ。
「え、あ、はい、そうですね」
それ以外、何も言えない。
展開が怒涛すぎる。
「ーーな、なんなんだよ、お前らはぁ!?」
聖剣?確実に殺める?コイツら一体何者だ?
この時点で既に、チンピラたちは腰が引けていた。
「申し訳ありませんが、貴女方に名乗る名前は御座いません。ただーーーーやると言うならやりますよ」
その瞬間、音を立ててリーダー格の少女の足元の石畳に、一筋の亀裂が入った。
しかもメル自身は一切の動きなしである。
ーー飛び道具?
ーー不可視の攻撃?
ーー超高速の斬撃?
ーー勝てる?
ーー勝てない。
「撤退!」
リーダー格の少女が地面に打ち付けた煙玉から吹き出る煙が消えるまでに、チンピラ集団は蜘蛛の子を散らすように逃げ出していた。視界が晴れた時にはもう誰も残っていない。
「お、追いますか!?」
「いえ、おそらく地の利は向こうにありますし、散り散りに逃げている可能性が高いでしょう。それに彼女らは小物です。追う意味はあまり無いかと」
そこまで言い終わった途端、メルは再び壁を利用して屋根まで飛び和成を迎えに行った。
手持ち無沙汰になった姫宮は、未だにうずくまったままの小柄な騎士を立たせに向かう。
「あ、大丈夫ですか?」
(あれ、思ってたより小さい?)
差し伸べた手を握った騎士は、立ち上がってみると想像以上に小柄で、姫宮の胸ぐらいまでしかない。
大人ではなく、子供の背丈。
「・・・ご、ごこーい感謝いたす」
そしてその甲冑の下から聞こえてきた声は、少女が無理やり大人の男の声真似をしているかのような珍妙な声だった。
そしてその手の内に大切に抱え込むように、体に赤い線の走った一匹の猫を抱き締めている。
その猫は、全身に傷を負っていながらも美しい猫だった。
滑らかなアメジストのような体毛に、サファイアを埋め込んでいるかの様な左目と、ルビーを埋め込んでいるかの様な右目。
そしてその額には、エメラルドの様な宝石が埋め込まれている。
更にそのなだらかな臀部には何もなかった。あるはずのものがなかった。
一ミリたりとも、尻尾というものを持っていなかった。
和成がメルに抱えられて(お姫様抱っこされて)降りた丁度その時、猫はスルリと金属鎧に包まれた両手から抜け出し、自分が助けてもらったことを理解しているかのように礼儀正しく頭を下げてから、路地裏の影、建物の隙間へと消えていった。
「あの猫を守ろうとしたの?」
「そ、そうなのである!」ガチャガチャ
褒められた甲冑少女の返答は金属音が動くたびに鳴るため聞き取りずらかったが、嬉しそうに弾んでいることは分かった。しかし、そのことが尚更少女の言動の違和感を強調する。
その顔は西洋風甲冑の仮面に余すところなく覆われており、まるで分からない。
「しかし不思議なのは君がこんな裏路地にいたことだ。なんだって表通りから、こうも外れた何もない場所にいる?」
「あ、和成くん」
何時の間にか、メルの御姫様抱っこから降りようとする和成が後ろにいた。
「・・・・・・・・・・」
そして甲冑の奥からは何の音もしない。無言だ。
「道にでも迷ったか?」
「・・・・・・そうなのである」
「そうかい。ならば袖振り合うも多生の縁。道案内をしよう」
言うが早いか、すぐさま和成は歩き出した。
「ーーーえ?あ、ありがとうございます・・・」
唐突な展開に戸惑いの声を上げる甲冑少女の横で、姫宮も話に付いていけていなかった。




