第341話 VS最後の魔王軍七大将①
瞬間移動で飛んで来たハピネスが、ライデン=シャウトに関し情報を伝え、和成が動く。
夜間にしか使えない『神出鬼没』のデメリットを、即興魔法『夜』で誤魔化しながら。
たったそれだけの時間で、集結した英傑集団の殆どが打ち倒されていた。天城、雄山、法華院らが立つ他には、かろうじて攻撃の直撃を避けた英雄たちが、まばらに残るだけである。
しかし、ライデン=シャウトの攻撃を受けて倒れた者たちの、その全てに息があった。最後の魔王軍七大将との戦いにおいて、命を失った者は誰一人としていなかった。
これは偶然でも奇跡でもない。
ただライデン=シャウトが殺さないよう手加減していただけであり、それほどまでにステータスの隔たりは大きかった。
「……なんでだ。どうしても誰も殺さない! いや、殺さないでいてくれるならそれが一番いいんだけども!」
「助かると言えば助かる! 攻撃してきた本人に言うことじゃないけどね!」
倒れていない者のうち、『ヒーロー』雄山と『魔法少女』法華院が尋ねた。
これに対し、ライデン=シャウトはこう返す。
「世の中には2種類の猛者がいる。復讐を理由に強くなれる者と、なれない者だ。君ら二人は見る限り、怒りや憎しみで変な力が入るタイプだろう。目が曇り、本来の強みを失ってしまうタイプ。だがしかし、逆に守るためならば強くなるタイプ。そう判断したまでのこと。――こんな風に」
そう言ってライデン=シャウトは技を放った。槍を振るった瞬間、その穂先から太い雷が光線のように『ヒーロー』と『魔法少女』に突き刺さる。
あまりに速いその一撃を、避けるという選択肢はない。二人の後ろには倒れた多くの人たちがいる。まだ息のある彼らを死なせないため、二人はライデン=シャウトの攻撃を正面から受け止めた。
そして見事受け止めきった2人に対し、ライデン=シャウトは拍手と賞賛を送った。
「その強さこそ、ぼくが欲しがっているもの! より強きと戦ってこその人生! でなければ、わざわざ戦う意味などあるはずがない! そもそも、ぼくに負けるような奴らを殺したところで今更レベルなんて上がらないんだ。殺して他の者がパワーアップするならそうするが、でないなら無意味な殺生はしないさ。ああ、ついでに言うと――」
ここで、『勇者』天城の不意打ちが入った。
背後からの奇襲。
しかし、ハピネスが『瞬間移動』を組み合わせ、狙いすました一瞬に最高速度を叩き込んだ不意打ちと比べれば、それは雑な不意打ちだった。
その効果は薄く、簡単にライデン=シャウトに対処されてしまう。
「君は論外。その全てについて話すに値しない。同情するよ、色々と残念だ」
ある種、罵倒よりも屈辱的な冷たい哀れみの視線が、『神槍』から『勇者』に向けられた。これに対し、『勇者』天城は虚ろな目で無言を貫くのみ。
彼女の評価の一切に価値を感じていないかのような、或いは最初から言葉全てが聞こえてないような、人形じみた無反応であった。
その態度をおかしく思いながらも、『ヒーロー』と『魔法少女』が構えたとき。
戦場に、奇妙なまでによく響く声が聞こえた。
「ならば俺がお相手しよう」
やたらとはっきり頭に残る、妙に通りの良い声。
その場にいた意識ある全員が、その言葉に反応し同じ方を向いた。
「強い奴と戦いたいなら、その二人はこの状況では役不足。『ヒーロー』だの『魔法少女』だのは仲間とともに戦ってこそ、だがその仲間はこの場にいない。だからここは俺が適任だろうよ」
灰色のモヤのような、『死霊』属性の力をまとって現れた和成。
これを見てライデン=シャウトは、まず笑顔を浮かべた。
「そうか、君が『軍師』が言っていた『哲学者』か!」
「さてどうだか。ともかく、我が名は平賀屋和成! 魔王軍七大将のうち、6人を討伐した最多記録者! 故に魔王軍七大将、最後の一人。ライデン=シャウト。貴様に今、一騎打ちを申し込む!」
「よくぞ言った! 面白い、その話乗った!」
次の瞬間、和成の言葉が言い終わるや否や、ライデン=シャウトの『麒麟の角の槍』が和成に突き刺さった。
その突き刺す勢いは止まないまま、ライデン=シャウトは和成を連れ去るかのように突貫。
地形を破壊しながら開けた場所に向けて、和成を突き刺した飛びさって行く。
「……無茶するなよ、平賀屋。絶対死ぬな」
「できればケガも一切してほしくないんだけど……」
残された者たちはその様子を心配そうに見つめながらも、和成に託された自分たちの役目に向けて動き出す。
“俺が時間を稼ぐから、みんなの治療と戦力の立て直しを”。
予め『ミームワード』で伝えられていた内容に従い、『ヒーロー』や『魔法少女』を筆頭に英雄たちは他の倒れた英雄たちを助け出す。
人族連合本部へと緊急の連絡を伝えながら。
☆☆☆☆☆
大地の表層を削るようにして、ライデン=シャウトは突き進んでいた。
彼女が進むほど地形が破壊されていく。
そして彼女の雷槍に貫かれている和成は、感電によって動けない。全身を焼かれながら、大地と共に削れていった。
やがてライデン=シャウトが止まった時、ようやく和成は解放される。
「どうだ、中々にぼくの手加減は上手だろう? 泥のように脆い君を、そこまで崩さずに運んで来たんだから」
原型の残っていない和成に対し、槍を肩に担いだ彼女はケラケラと語り掛けた。
実際、和成とライデン=シャウトのステータス差を思えば、地形と比べはるかに脆い和成の肉体を、あれだけの攻撃を当てた上で残すのは神業だった。
内心、素直にそれを認めつつ、ブラディクスの呪いにより和成は再生。
巻き戻しのように元の形へ戻っていく。
ライデン=シャウトはその様子をただじっと見ていた。
そして、蠢く巻き戻しが終わってから改めて言葉を発した。
「やはり中々の不死身だ。普通あそこまで壊せば、だいたいの再生の許容量を超えるのだがな。実に倒しがいがあるというもの、『雷神宮・大結界』」
彼女がまず使用したのは、自身ごと相手を閉じ込める雷の結界技だった。
槍から放たれた迸る電流が、周囲一帯をドーム状に取り囲む。
それは和成にとっては十分な広さだったが、雷速で動くライデン=シャウトにとっては狭すぎる空間といっていいだろう。
(俺を閉じ込めるためにそこまでするか)
そう和成が目で訴えると、ライデン=シャウトは決闘とは不釣り合いなほどに朗らかに、しかし血を目の前にした鬼としてギラついた顔で返答する。
「せっかくの一騎打ちを死霊の術で逃げられてはかなわない。今まで殺したことのないものを殺すのが、結局一番生の実感を得られる。未知への挑戦、新たなる己の開拓!
感謝するぞ、タイトルホルダー。きみを殺した時、ぼくはきっと昨日より強い。
だからまずこれで行こう。ゾンビしかりスライムしかり、ヒュドラしかり。肉を焼かれてなお不死身でいられるものは限られている。『武頼電』」
ぐちゃぐちゃから再生した和成を、殺しきるためライデン=シャウトが動く。
刹那の瞬間彼女が構えた直後、槍から落雷が放たれ和成を炭に変えた。
瞬時に芯まで焼き尽くす電撃が、たっぷり数秒。
雷の閃光が終わった時、燃える箇所がもう残っていない和成の体は、ほのかな発火と共に崩れ落ちた。
それでも彼は、死んでいない。
「死ににくさで名高いモンスターでも、これだけ焼けば普通は死ぬはず。だが君の体はまだ治っていく」
幾何学的な赤い刺青のような、ブラディクスの呪い。
そこからバチバチと邪悪なるエネルギーがあふれだす。
その奔流は発火の炎を飲みこみながらで、和成の血肉を再生させていった。
その一連を改めてじっと観察しただけで、ライデン=シャウトはキッカケを掴んだ。
和成の魂と、その呪いを見抜いた。
「なるほど理解した。魂を肉体に縛り付ける死を許さぬ呪いか」
(俺と同じく魂の知覚を、ブラディクスなしで習得しているのか……!)
「どれだけ物理的に破壊しようと、治る体に魂が戻され復活する。であるなら、ゴーストの霊魂を葬るがごとく、君の魂を破壊しようか。雷が直撃すれば砕け散るのが人魂というもの。『武融電』」
その名に反して、融けるを通り越して蒸発にまで至る雷撃が和成を襲った。
雷というよりレーザーに近い高密度のエネルギーが、肉体のみならずその魂までも当たると同時に蒸発させた。
この瞬間、ブラディクスの呪いが発動。魂の隅々にまで刻まれた呪いが、散り散りに蒸発した魂を一所に集め再生させる。
それに伴い、和成の肉体も復活を遂げた。
「そうか。きみの呪いは魂までもがんじがらめか。散り散りになろうと寄り集め、あらゆる意味で死を許さぬか。何とも反則なまでの不死性だな」
和成が姿を見せた瞬間から、鬼人ライデン=シャウトは笑顔を絶やさない。
瞳孔が開くほどに見開かれた目、同じく耳まで裂けるほどに吊り上がった口角。その結果見える鋭い八重歯。
一本角の鬼の彼女は、それらを隠しもしない。
まるで獲物を前にして浮かべる、野獣の舌なめずりのような破顔だった。
「まさかズルいとは言うまいな」
「ああ、言わぬさ。不死身がズルなら、ぼくもまた不死身だ」
彼女は和成の問いに対し即答する。
全身から電気をほとばしらせながら、全身を雷電に変えながら。
「相手にとって不足なし。ぼくがきみを殺せたならぼくの勝ち、それ以外の全てが時間切れでぼくの負け! ああ、久方ぶりの分の悪い死合というやつだ! 楽しくなってきた!
――改めて名を名乗れ、最多記録保持者」
「……『哲学者』平賀屋和成」
「ぼくは魔王軍七大将が1人、鬼人族の『神槍』。
ライデン=シャウト。
いざ尋常に――勝負!」




