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第340話 キングス王と『哲学者』 後編


 キングス王によって語られたのは、彼自身の人生とその家族の話。

 つまりは、表に出るはずのない王家の暗部。

 エルドランド家の裏の事情だった。


「何故、我々は異世界召喚という禁忌に手を出したのか。無理矢理に別世界から少年少女を連れ込むという悪事を選んだのか。――全ては、女王夫妻という支柱を失った民草が、新たな支柱を求めたがため。そしてそれは、貴族たちもまた同様であった」


 目をふせがちに語るキングス王から、和成は罪悪感を読み取った。

 だが、後悔の念を読み取ることは出来ない。

 きっとキングス王は、あれが最良の選択だったと考えているのだろう。

 和成が6人の魔王軍七大将を倒したことも含めて。


「軍を強化し、魔王軍に抗う力を弱兵にまで与える2人の王。その力によって生まれるカリスマ性。それらが失われたことで、新たに取って代わるものを誰もが欲していた」


「それが、高ステータスを有する俺たちですか」


「そうだ。王都の空に現れた女神の映像より信託が下り、異界から力ある者を呼び寄せるよう提案された。既に準備は整えてあると。それは施政者にとって、命令以外の何ものでもなかった。故に――実行に移さざるを得なかった。君たちをこのろくでもない世界に巻き込んでしまった」


「自分で言ってしまうんですね」


「事実だからな。世界は常に英雄を求めている。誰かの献身と自己犠牲の上に成り立っているがこの世界だ。そのさまは酷く壊れやすい。――だが、それでも私が生きた世界だ。たとえどれだけ理不尽でも、たとえどれだけ残酷でも、私が生まれ育ったこの世界。

 私の、娘たちがいる世界。この世界の外に引きずり出され、別の人生を歩むことを強要されるなど――御免こうむる」


「…………」


「もしも私が和成殿の立場であったら、激怒していただろう。たとえそこが魔獣の脅威もなく、ダンジョンという災害もなく、魔王軍による侵攻を考えなくて良い世界だとしても――私の世界は、この世界だけなのだ。どうしようもなく、生まれ育ったこの場所に私は愛着を持っている。

 そしてそれ以上に大事な娘たちがいる。故にこそ、すまない。私には王としての立場がある。おおっぴらに頭を下げることは出来ない。二人っきりのこの場でしか、本当の謝罪を口にすることは出来ない」


 そして、キングス王は机に手を付き、頭をぶつける勢いで下げた。


「すまなかった。君たちに、我々はエゴを押し付けた」


「――俺だけに言っても無意味でしょうよ。その言葉は、俺だけでなく他のみんなにも向けられるべきもの。少なくとも姫宮さんなんかは、そのせいで酷い目に会ったりもしてるんですから」


 相手が『賞金首』とは言え、殺人をなしたショックで『フィルター』が外れ、心を病む寸前にまで追い込まれた姫宮未来。

 和成が『即興魔法』で再現した『フィルター』をかけ直さなければ、一生立ち直れなくともおかしくなかった。


 そんな事情がたしかにあり、それは他のみんなに起きていることかもしれない。

 それを思えば、許しますよの一言は絶対に言えなかった。


 だが、それはそれとして。

 この世界の事情、キングス王の事情。

 それらを無視する狭量さは、良くも悪くも和成にはなかった。

 例えそれが正当な怒りだったとしても、感情のまま罵詈雑言をぶつけることは、和成には出来なかった。


「……偽物という立場ながらに、今日まで奮闘なされた偉大な王よ」


 キングス王の偽物として生きる道を選んだ、名を捨てた彼。

 和成はそんな彼の自己犠牲と献身を、嫌い切ることができなかった。


「何故それを、自分なんかに伝えたのですか」


 その上で尋ねた。

 何故、その話を自分にしたのかと。


「ひとつは、王家の奥義である継承技、『王国の一撃(キングダムアーツ)』を授けるため。これから君が帰還のため魔王に挑むのなら、この力は必須であると考えた。故に、魔王軍七大将を最も討伐した功績にあわせ託すべきだと考えた。これがあれば君は――女神の暴威にも抗えるだろう。

 そしてこれを託す以上、そなたには王族の……いや、我ら家族の事情について知ってもらわねばならぬと考えた。我らの歪みについて把握していること。ただそれだけで、そなたであれば解決への糸口をつかめるだろうという考えだ」


「買いかぶり過ぎですよ」


「そんなことはない。君は、大きな器を持った紛れもない英雄だ。だからこそ最後に――娘たちを頼む」


「どうして俺に頼むんです」


「確かに、メル・ルーラーがこの場にいたなら、彼女に頼んだかもしれん。偶然出会った遠い親戚。王だからではなく、私だからという理由で助力してくれる、もうひとりの娘のような淑女レディ。だが、今はいない。ならば、今いる者に頼むしかない」


「ぐ、それを言われると確かに弱いですが……」


 王の側近にして、唯一の懐刀。それが『暗殺者』メル・ルーラーだった。

 しかしそんな彼女は今、魔王軍との交戦で負った傷のため、エルフの森で療養を続けている。

 連絡を取る手段は、キングス王にはなかった。


「だが、やはりメルには頼めない。何故なら彼女のことも――そなたに頼みたいと思っているのだから」


 そして、キングス王にとって、メル・ルーラーもまた娘の一人だった。


「私は動けない。この場で『王』として、兵士たちを強化し続けなければならない。故に、他に頼れる者がいればそちらを頼ろう。だが――ハピネスを、メルを、アンドレを託せる相手は、偽物の王でしかない私にはそなたしかいない。

 この世界に呼び寄せた張本人にもかかわらず、厚かましいことは重々承知の上。そのうえで、お願いしたい。娘たちを、どうか頼む。幸せにしてやってはくれないか。未熟な私では、家族を幸福にするという当たり前のことは――どうやら出来ないらしい」


 そう言って、再びキングス王は頭を下げた。

 これに対し、和成は言い放つ。


「……こんなこと、父親の前で言うようなことじゃないとは思いますが――俺、アンドレ王女のこと嫌いなんですよね」


「だが、かつてアンドレがあそこまで個人に執着したことはない。君に対してみせるあの子の態度のほとんどは、私の知らないものばかりだ。それはあの召喚初日の日、アンドレがそなたに調子を狂わされた時から変わらない。ハピネスにとってそなたが特別であるように、アンドレにとってもまた、そなたは良くも悪くも特別なのだ」


「……やれる範囲でやります、としか言えません。確約なんて出来ませんし、そんな無責任なことはしません。俺は――どの道いづれ、故郷に帰るんですから」


「構わぬよ。それだけで安心だとも」


 そして、キングス王は、肩の荷が下りたとばかりに微笑んだ。

 娘を心配する男親の表情。ありていに言えば、緩んだおじさんの顔。

 それを見て、和成は言いにくかったことを言う覚悟を決めた。


「キングス王。アナタの本当の年齢は。いえ、もっと言うなら本来の性別は――」


 半世紀前、すなわち五十年前の戦争で散った、『暗殺者』一族の子孫が今のキングス王である。

 一方、先の戦争は十五年前に始まり、十年前に終わった。

 その間、わずかに三十五年。その間に世代交代を挟んでから、『影武者』は生まれた。


 つまりは十年、二十年、三十年と世代が変わるのに必要な時間を引けば――残るは二十年前後。あるいはそれ以下。


 肉体を受け継ぎ、記憶までも引き継ぐのであれば――見るからに威厳に満ちたキングス王が、キングス王になったのは――和成と同年代の時。それよりも年少であった可能性すらある。


 そしてそこまでの変化が許容されるのであれば、性別すらも同一である必要はない。

 そう明言しようとした和成の言葉を、キングス王は遮った。


 アナタの人生は、それでいいのかという和成の問いに、キングス王は応える。


「大丈夫だ、和成殿。それ以上は言わなくていい。私はこれでも――女王夫妻を主君と認め、あの御二方の間にあった愛を尊敬していたのだから。2人とも冷徹で、自らが歯車となることに躊躇のない人たちだった。国のため、社会のためならば、自らを犠牲にできる人達だった。そのさまを傍らで見続け、本物のキングス王が劇的に散った時に――私も覚悟を決めた。

 だからいいんだ。

 それに私は、心身ともにキングス王となった。記憶を引き継ぎ、肉体を受け継いだ。よって人格の大半は塗りつぶされ、性自認は既に男だ。キングス王として生きることに不便はない」


「ですが、それは――」


「いいんだ、それがこの世界。ここはそういう世界。無数のきらめく献身と自己犠牲が、積み重なることで出来た世界。おぞましくも、まばゆい、大切な我らの世界なのだ」


 その言葉を最後に、王と『哲学者』の密談は終わりを向かえたのだった。

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