第339話 キングス王と『哲学者』 前編
人族連合の陣地にある、作戦本部が置かれた区画を和成は訪れた。
全てはキングス王に呼ばれたため。
「――何の御用でしょうか、キングス王」
「まずは、座りたまえ」
時刻は夜。
王居の2階のバルコニーからは、人気のない外の景色を見渡せた。
そんな場所で一対一。
つまりは、開放的な空間での私的な会話ということだった。
「ようやく時間を作れた。君と話せるのは、きっとこれが最後になるだろう。……ここから先の戦いは、私が命を落とす可能性が飛躍的に高まるのでな」
魔王軍七大将は最後の1人を残すのみ。
それが終われば、人族は魔王城攻略に向けて情報を集め出す。
やがて最後には、魔王の首を獲る。
つまりはこれから先、よりリスクを伴う道を選ぶということ。
王はすでに死ぬ覚悟を決めていると、その静かな表情を見て和成は思った。
そして、王が語り出す。
「君に伝えておきたいことがある。この世界の外側から来た上で、女神様の干渉を受けてない君にしか伝えられないことだ」
「その内容とは」
「私は本来、王家に連なるものではない」
まずその一言に、和成は殴られたような衝撃を受けた。
だが、それを表に出さずに堪えた和成を見て、さらにキングス王は畳みかける。
「私は、とある希少な『天職』の才能を持っていた。それ故に、それ専用の人生を送ってきた。その『天職』の名は――『影武者』」
「まさか、それはつまり……」
「『国王』という『天職』持ちに何かがあったとき、次の『国王』が育つまでのつなぎ役。緊急時の予備。それが私ということだ」
語られ始める物語は、彼自身の人生とその家族の話。
つまりはアンドレ王女について。
ハピネス王女について。
そして、2人の母親である――先代女王についての話だった。
☆☆☆☆☆
「そもそもエルドランド王国は代々女系国家。国王ではなく、女王が君臨する国。アンドレとハピネスの母こそが、かつてこの国を統治していた者。最も統治者としてふさわしい者だ」
そのことであれば和成は知っていた。
エルドランド王国が女系の国であることも、その統治者が女性であることも。
なにせ人族の男女比は1:3で、その上女神を信仰対象としているのだ。
統治者が女系である方が自然と言える。
では何故、現在の国王は女王ではないのか。
――それは、十年前の戦争で女王が命を落としたから。
そのことを和成は知っていた。
そして、キングス王の人生が語られ出す。
「まず第一に、『天職』とは才能のように遺伝するもの。そして才能のように、合わさることで別次元の変化を遂げるもの。『剣士』と『魔法使い』の間に産まれた子の中に、やがて『魔法剣士』が誕生したように。そして『魔法剣士』もまた代を重ねるごとに洗練され、『賢者』や『聖騎士』の血も混ざることで『高位魔導騎士』となった」
「私の『影武者』という『天職』は、かつて王族の暗部を任されていた、専任の『暗殺者』一族の手で人為的に生み出されたものだ。全てはその一族が“半世紀前の戦争”で壊滅したことから始まった」
「度々攻めてくる魔人族との攻防の末、ダンジョン化現象・ハザード現象の連続もあり、当時のエルドランド王国は戦力が枯渇していた。その結果、国の暗部を任せていた、『暗殺者』一族まで表に出さざるを得なくなった。その結果、一族は命じられるままに王国の礎にならんと特攻し、作戦成功と共に壊滅した。彼らは王と共に前線に立ち、戦争の勝利と引き換えに大半が行方知れずとなった。ほとんどはその時に亡くなったはずだ」
「おそらくメル・ルーラーは、生き残ったその一族の末裔か、かすかに血の繋がる先祖帰り。そして、かく言う私もその一人。生き残った『暗殺者』一族の末裔だった」
「当時の王が華々しく討ち死にしたことで、わずかな『暗殺者』一族の生き残りは静かに歴史の裏へと消えていった。主君の最後が美談として語られる以上、後ろ暗い『暗殺者』一族が公になっては汚点となってしまう。そう判断したからだ」
「たとえ政治を行う際の暗部を押し付けられようと、先祖と王の間には従者と主君の絆があった。だからこそ次代の王となった、女神から統治権を任されただけの偶々生き残っただけの貴族を、正当な血のつながりなどないとし主君だと認めなかった」
「しかしその絆は、長い年月と貧しい生活の末、子孫たちには残らなかった」
「母や祖母の代には妄執ばかりがあった。かつては国を裏から支配していたのだという、誇張された口伝でで満ちていた。そんな時に偶然生まれた、たったひとつの『固有天職』。『影武者』をもって産まれたのが、この私だった」
「その性質は単純明快。予め合意のもと専用スキルを対象に使用。するとその対象が命を落とした時、記録された『魂の情報』をもとに、自動的に全ステータスをコピーする。ただそれだけの、予備としての価値しかない『天職』。それが『影武者』だった」
「この時期に“半世紀前の戦争”の生き残りである最後の一人が亡くなった。これをきっかけに暗殺者一族は、現在のエルドランド王族に仕えることを選んだ。私の希少な『天職』を手土産にな」
「結果は上々、一族はまとめて王家に仕えることとなった。十五年前の“先の戦争”が始まる少し前、王族側が魔王軍の動きを察知し、戦力を欲していた時期のことである。そして“先の戦争”にて、皆喜んで命を散らしていった」
「その“先の戦争”で、もうひとり命を落とした重要人物がいる。それこそがハピネスとアンドレの母、『デウス・ミストレス・エルドランド』。――歯車のような、優秀な女王であった」
「当時のエルドランド王国は、人族連合という枠組みを必要としないほどに軍として強かった。前線に立つだけで味方数万を強化する固有天職、『王』の『天職』を有する者が2人もいたからだ」
「女王とその伴侶、キングス・エルドランド。女王夫妻という2人の『王』が健在である限り、エルドランド王国は不敗。民草のみならず、冒険者や騎士団、他の貴族までもがその無敵神話の虜となった」
「故に、並び立つ2人は何が何でも維持しなければならない。もしも夫妻のどちらかが命を落とそうものなら、それだけで国が荒れてしまう。それが私の『天職』、『影武者』が欲された理由だった」
「――今の私の姿は、本来の姿ではない。『影武者』の力が発動し終わった時点で、この身は女王の伴侶であるキングス王そのものへと変化した。その身、その力、その記憶。全てを揃えなければ、『天職』まで含めたステータスをコピーすることは出来ない」
「つまり、こういうことだ。戦争が始まる前の情報戦の段階から、女王デウスは命を投げ出していた。歯車のように役割に徹し、己を削りながら前線に立ち続けた」
「キングス王はそれに喰らい付こうとした。愛する伴侶だけ戦場には置けないと、その隣で懸命に戦い続けた。だが、女王デウスには戦場を離れなければならない瞬間が確実にあった。――アンドレ王女を妊娠した時だ」
「しかし既に“先の戦争”は始まっている。結果、女王デウスの分も戦場を駆け抜けたキングス王は、先に限界が来てしまった」
「不幸なことに、アンドレの誕生日はそのままキングス王の命日となった。しかし戦争は始まっており、そのためあの子はろくに母親と接することも出来なかった。ひとり戦場から離れた王城に帰り、動乱の日々を過ごした」
「そして私の役目が来た。『影武者』としてキングス王の力を使い、私は戦場を盛り返した」
「だがその事実が、夫を失った女王デウスを救うことはなかった。元から歯車のようだった彼女は、キングス王を失った時点で更に歯車に徹するようになった」
「『王』の『天職』を継ぐアンドレ王女の予備として、偽物の伴侶である私との間に強引にハピネスをもうけたのがそのひとつだ」
「そして二度目の出産直後に、命を削るスキルを使用した。その効果により、魂の奥底から湧き上がる『スペシャル技』の力を常時開放。日に一度であるはずの『スペシャル技』を連打し続け、先代の魔王軍七大将のうち、半分を討ち取った」
「これにより女王の死と引き換えに、魔王軍を撃退。五年続いた戦争は終わった」
「その後、私は本物の王として帰国した。女王が亡くなった以上、アンドレが次の女『王』として活動できるまでは、お飾りであっても存在せざるを得ない。つまり、偽物である私が名目上のトップになってしまったということだ」
「そんな状況に対し、迷いながらも帰還した私にアンドレは言った」
――よるな、けがらわしい。お前なんか父さまじゃない。
「あの子は、一目で見抜いたのだ。わずか5歳という幼さで、私が偽物であり女王と歪んだ関係を重ねたことを見抜いてしまった」
「ハピネスとアンドレは共に母親似で、種は違うが同じでもある。よってよく似た顔つきの姉妹だが――それでも、一目見ただけでハピネスは種違いの妹だと見抜かれてしまった。その生まれ持った観察眼は、和成殿を超えているやもしれん」
「その後、アンドレは赤ん坊であったハピネスにキツく当たり始めた。あの子は決してハピネスを妹だとは認めなかった。だから、私はハピネスとアンドレを離して育てるしかなかった」
「そして、私という偽物が混じったからか、ハピネスは『王』の力に対する適性がなかった。全く別系統の、『最高位魔導騎士』の『天職』に目覚めてしまった」
「その上であの子は強すぎた。王以上に前線に立ち刃を振るうべきだと誰もが主張するほどに、空間を裂けるあの子の力は、殺傷という点において規格外だった」
「ハピネスの王位継承権の放棄が何故認められたのか。それは、あの子が私の子だったからだ。貴族たちはハピネスが王位を継ぐべきではないと考えていた」
「私もまた、別の意味でハピネスは女王にすべきでないと考えた。――女王デウスの最期を目の当たりにしたからだ。ハピネスにあのような最期を遂げて欲しくない。女王というシステムになる人生を、歯車の生き方を、我が子には歩ませられなかった」
「それがアンドレには気に食わないのだろう。私の、アンドレであれば強かに女王の役目を全うできるはず――という考えが、彼女と私の溝をさらに深くしてしまった。最初の出会いに失敗したあの時から、私はあの子の父親になれていない」
「王の偽物という立場。不貞に近いことをしたという罪悪。それら全てを抱えて、私は生きて行くしかない」
「だからこそ、それを見抜く異常なまでの観察眼を持つあの子を――我が子として可愛がることが出来なかった。子ども扱いすらできなかった」
 




