第338話 2人のパパは同級生
「出前一丁、へいお待ち。人魚の国の豪華寿司、玉手箱盛りのお着きでーい」
「頼んでもないのになんか来た。なんだよお前そのノリ。テンション上がり過ぎでキャラ変わって……はねぇか」
「そういや元からこんな奴だったな。確か文化祭と体育祭もだいたい一緒だった。お前、どんちゃん騒ぎは取り敢えず一緒にはしゃぐ奴だろ」
「晴と褻のメリハリは実際大事なんでな。しかしそーかそーか、お前らはそういう態度を取るのか。だったらこの寿司桶は持って帰って俺が食う」
「食わないとは一言も言ってないんだが?」
「お前がそれを持って帰るなら俺たちは『武器』を抜く……」
喜劇、寸劇、茶番劇。
そんなある程度の信頼関係がなければ出来ないやり取りを交わした後、寿司を食べながら2人――『剣聖』御剣と『神槍』綿貫と言葉を交わす。
この時、和成もまた自分用に持って来た寿司をぱくついていた。
「なぁ平賀屋。こんな感じのアレするほど俺らとお前て仲良かったか?」
「良くも悪くも薄いと言うか、召喚直後のアレでマイナス側だと思ってたんだが」
2人が思い返していたのは、召喚二日目の朝のこと。
姫宮と談笑を交わす和成に絡んでいった時のことだ。
改めて考えると、我ながら調子に乗っていたと自嘲したくなる中々の黒歴史である。よって二人は和成に対し、多少の気まずさを覚えていた。
これに対し、和成は淡々と答える。
「思うところがないではないが、あの程度のトラブル、そこまで気にするようなものではないだろ。第一それはそれ、これはこれ。おめでたいことはおめでたいテンションで祝うべきなんだ。だからこそ、まずはこう言うべきだろうよ。――おめでとう」
彼の最後の言葉には、『ミームワード』によって様々なニュアンスが含まれていた。その込められた情報の複雑さが、独特の重量となって高校生二人にのしかかる。
そこまで深い付き合いのない相手の、子どもができたことへの祝福ではあるが重たい言葉。素直には喜びづらいそれを受け取って、2人はまず困惑の表情を浮かべた。
その上で、彼らは最初にこう返した。
「……ありがとよ」
「何とも言えない気分だが、おめでとうと言ってくれたのなら、ありがとうだわな」
「――そうか。お前らはそう言えるのか」
「そりゃそうだろ。子どもが出来たのをとりあえずは祝ってくれてるわけだし」
「ならお前らは、共に父性が芽生え始めているということだ。素晴らしいことだ」
「そうかぁ? そんた大層なことじゃないと思うんだが」
「いや、子どもが産まれても父親の自覚が芽生えない大人はいる。そのことを思えば、産まれる前から自覚が芽生えてることは評価できるだろうよ。少なくとも俺はそう考える」
寿司を頬張りながら、真剣な眼差しで語る和成。
何故に和成がそのような表情をしているのか、キョトンとした二人はまったく分からない。彼らは自身が少年から父親へと変化していることを、意識すらしていなかった。
(もっとも、このあたりは女神の認識矯正が一枚かんでる可能性もあるがな。この世界の文化・価値観に対する嫌悪感を減らし、適応しやすくするもの。本来であれば心にのしかかるはずのストレスを削る、精神干渉の類い。これにより二人は――おそらく父親になることへの不安が、ほとんど軽減されている。レベル上げでモンスターを殺す際に、精神的な負担を感じていないように、良くも悪くも子育てや扶養に対する気負いがない)
和成は祝福している。クラスメイトが父親になることを、クラスメイトが父親になる覚悟を決めていることを。
しかし同時に、唯一認識矯正がかかってない者として、分析を続けることもやめない。そんな『哲学者』は2人に対し、なるべく公平かつ中立であることを意識しつつ尋ねた。
「――帰るのはどうするつもりだ」
子どもと相手を残して日本に帰るのか。
和成の問いに対し、クラスメイトでもある2人の父は即答した。
「どうするもこうするも……こうなった以上、帰るのは無理だろ」
「こっちで結婚して働いて、面倒見てかないとな」
「つまりお前らはこっちに永住するわけだ。……ご家族はどうする。女神いわく、俺たちは元の時間軸である、召喚されたあの朝に戻るそうだが――お前らが帰らないとなると、最低2人のクラスメイトが行方不明になってしまう。さて、みんなにはどう説明する?」
「ホンッとーにスマンが、帰った奴らでなんとかしてくれ。迷惑をかけるのは承知の上でが、優先順位は間違えられん」
「男が選ぶべきは、添い遂げる妻たちと間にできた子どもたちだ。そう俺らはこっちで学んだ」
(……本当に、認識矯正は良くも悪くもアレだな。どうしようもなく俺たちの選択に影響を及ぼしている。だがこれがなければ、この世界でレベルを上げることも出来ず生きてられたはずがないだろう。――俺たちを召喚した女神が元凶、ということに目をつむれば、フィルターの存在は有益な場面のが多い……と言えなくもない)
「ひとつ聞いておこう。こっちに永住するお前らのことを、帰った時代わりに説明してやるから教えてくれ。養育費の目途は立っているのか」
2人の男の覚悟を聞いた。認識矯正によって良くも悪くも、それが嘘偽りであるということはなく、実現可能ではあるのだろう。でなければ今までレベルを上げ続け、魔王軍相手に戦闘を続けられたはずがない。
だからこそ次に和成が尋ねた内容は、彼らの将来設計について切り込んだものだった。これに対し、2人は自分たちでも確認をするかのように、たどたどしくも順を追いながら説明する。
それは理路整然とした、既に自らの答えを持っていた者の返答だった。
「一応は将来設計を考えてるつもりだ。貯金だけじゃなく、王都の土地とか宝石とか装備とか、色々リスクを分散させて貯蓄してある」
「つーか女神のお膝元なら、食っていくだけならどうとでもなるからな。『豊穣の加護』があるから申請すれば国から食料が支給される。家族がどんだけ増えても飢え死にだけはしないから、全力であてにするつもりだ」
「そもそも、いつどこでダンジョン化現象が起こるかわからないせいで、土地とか家にあんま価値がないからな。衣食住のうち食と住にかける金が少ないんだ。俺と結婚する予定の奴ら……家族みんなで稼いでいけば普通に暮らせるさ」
この世界における一夫多妻制は、夫一人が家族全員を養うものではない。男女問わず稼げるやつが稼ぐ、働けるやつが働く。そうやって支え合う。ただそれだけだ。
「そうか。将来の目処が立っているなら、部外者がとやかく言うことはないな」
聞きたいことをは聞いた。切りのいい所で寿司も食べ終わった。ならばこれ以上、自分が介入することではないのだろう。そう判断し和成は立ち上がる。
「それまでに戦争が決着せず、日本に帰れなかったらの話だが、今度は出産祝いを送らせてもらおう」
「……そうかい、ありがとよ」
「じゃあ一応、こっちからも言っとこうかな」
そして最後に、気まずそうに、気恥ずかしそうにしながら、二人は和成に向けて言った。
「お前らが立っている場所が、本当にお前らの意思で立っている場所なのか。そうお前が言ってくれたから、今の俺達がある」
「パーティメンバーとも色々あってが、最終的にみんなとくっつくトコまで行けたのは、お前の言葉の影響でずっと考えてたからだ。――俺達は今どこに立っているのか、誰の意思で立っているのか」
「俺たちは今この場所に、自分たちの意思で立っている。この世界に立っていくことを自分たちで決めた。だからまぁ、そのきっかけをくれたお前には……一応言っておくべきなんだろうな」
「「ありがとよ」」
☆☆☆☆☆
そしてまた帰り道。
2人の同級生が自身の将来を決め、重いものを背負う覚悟を決めたことに和成は思う。
(2人は父親になる覚悟を決めた。複数の相手からの好意を全て受け止め、全員とくっつく未来を選んだ。……俺に出来ないことをしてのけた)
愛は分かっても恋を知らず、他者の告白を突っぱねることしか出来ない和成にしてみれば、御剣と綿貫の選択は自分に出来ないことをなしたという点で尊重の対象だった。
だからこそ思う。
(女神のフィルターと、俺の言葉の影響……か)
声を媒体に魂をつなげ、情報を一方的に共有することで拡散・増殖させる『ミームワード』。それはつまり魂に響く魂の言葉ということであり、『哲学者』としての自分の言葉はただそれだけで相手の心に残りやすい。
その後の人生を大きく左右させてしまうほどに。
改めて和成は思う。自分の『ミームワード』には、他人の人生をどうとでも歪ませられる力があるのだと。
(女神のフィルターと『ミームワード』に、いったいどれだけの差があるのだろうか)
人生とは、絶えず変化しながら続くもの。
いつだって誰かと誰かは影響を与え合うもの。
ならば『ミームワード』で他者の人生に影響を与えても悪ではあるまい。
で、あるなら、女神のフィルターもまた――完全な悪とは言えないのではないか。
(……やめよう。これ以上考えても、分からないものは分からないんだから分からない。答えは――まだ出せない)
そうして帰路についた和成が悩みながらも数日後。
人族連合からその功績を讃えられる、賞与授与式のちょうど前日。
和成はキングス王に呼び出された。




