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第34話 異世界版男女平等と『哲学者』の理屈


「この世界における男女平等は、俺たちの世界よりも進んでいるーーーと言える」

「~~~と言える、なんて、随分と回りくどい言い方するね」

「しょうがないだろう。男女平等の在り方の答えは一つじゃないんだ。男と女を生物学的に全く異なるものと認識し全然異なる扱いをするのも、女と男を同じ人間であるとみなし全く同一の扱いをするのも、どちらも極端だが一応男女平等の一種なんだ。肉体的性差と文化的性差と社会的性差はすべて違う。それらをどう扱うのかも。俺の主観による論を聞いて納得する人もいれば、そんなものは真の男女平等ではないという人も絶対いる。そして俺は、この世に真の男女平等などないと思っている。どれだけ完全に近くとも完全な制度などこの世にはない。限りなく完全に近い制度の割を食って、何らかの理不尽に会う人がいないと思えない」

 

 姫宮のツッコミが一言入ると、その倍以上の言葉が流れてくる。

 和成がノリに乗っているときの語り口。もつれることもない舌に、かまれることのない言葉。いったい何時息継ぎをしているのか、兎に角、口と頭が回る回る。姫宮に至っては、どんな言葉が、どれだけの言葉が返ってくるのかを面白がっているが故に茶々を入れたくなる程に、それは見事によく回る。


「一組の愛し合う男女がいたとしよう。この二人はやがて結ばれ結婚する。そうするとこの国の常識では、男により多くの家族を養っていける経済力があった場合、更に妻をめとることが半ば強制される。そうしないと女が男の三倍いるために、結婚できずに余る人が出るからだ。だが男女平等が徹底されたこの国では、それは何も男だけじゃない。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「え。つまり、結婚して奥さんが旦那さんよりお金持ちな場合でも、奥さんが増えることになるの?」


「へぇ」


「そんなに家族増やして―、ご飯はどうするのー?どっちかの稼ぎだけで足りるのー?」


 三者三様。和成の言葉に、姫宮は和成が望んでいたテレビの芸人のような素晴らしいリアクションをとり、慈はただ一言返し、久留米は和成が予想していなかった反応を見せる。


(・・・・皆様、私たちは目立つわけにはいかないということを忘れていそうですね・・・・)

 そんな彼らを見てメルは無表情のまま、内心頭を抱えた。

 姫宮のリアクションはどう見てもオーバーで、和成が口にしている話題は「この国と自国の男女平等の在り方の違い」という、王都の商店街でやるような話ではない。しかし和成の口はもうすでにフルスロットルに滑り出しており、ギュルンギュルンに回り始めている。他の三人も話に引き込まれていることを考えると、ここで無理に止めるのは得策ではない。

 だからメルは周囲に音が自然な形で届くよう、声に干渉する魔導具をこっそり用いることにした。


 元々は自分が動くことで発生する音の違和感を消し去る、諜報行為(スパイ活動)用の魔導具である。


(異界の方々の価値観と我々の価値観に根本的な相違があった場合、それが原因で大きな問題が起こる可能性があります。世界会議も近いですし、聞き逃さないほうがいいでしょう)


 そんなメルの判断を他所に、和成の話はどんどん進んでいく。


「この世界に於ける男女平等の在り方は、俺たちの世界に於けるそれとはまるで違う。そもそも辿ってきた過程や原因からして違う」

「そりゃあ男性と女性の割合が1:3なんだから、地球と同じようにいかないのは当然だよね」

「その通り。そしてそれを女神様が更に、この世界に於ける男女平等の在り方を幅広く多様に分岐させている。一週間後に開催される予定の世界会議。それに参加する人族領の五大国と、それと同等の力を持つ三つの都市。


・人族領最大領土を有する『世界最大国家・エルドランド王国』。

・その王国と古くから友好を築く同盟国『女神の国・ホーリー神国』。

・戦闘の要。世界最強とも呼ばれる『武と兵の国・ソード帝国』。

・同じくソード帝国と双璧をなす戦闘の要『女帝国家・レッドローズ』。

・食料供給の要『美食と豊食の国・グルメ共和国』。


・厳密には国家ではないが、国家と同等の扱いを受ける実質の独立国家『学術都市・エウレカ』。

・武器補給の要。『商人の街・ベニス合州国』。

・国旗や国名を持たぬ、何らかの事情を持つ傭兵が集まってできた国『傭兵の国・傭兵集団(仮名称)』。

これらの都市、国家における男女平等ーーのみならず男女の在り方は、女神様の宗教を信仰しているかどうかでまるで違う」


「そんな急に固有名詞をバンバン出されても整理できないんだけどー・・・」

「別に今、全部を覚える必要はない。というか女神様の宗教を国教として信仰しているのは、さっき言った国の中では『世界最大国家(エルドランド王国)』と『女神の国(ホーリー神国)』。あと一応、『美食と豊食の国(グルメ共和国)』ぐらいだな」

「この世界に大きい影響を与えてそうな女神様の宗教の割に意外と少ないんだね。三つの国だけなんだ」

「いや、そうでもないよ姫宮さん。世界最大国家エルドランド王国は言わずもがな国土面積人口共に一位で、女神の国ホーリー神国はそれに次いで二位。美食と豊食の国グルメ共和国が三位に位置している。ここに他の国にもいる信者も加えて統計を取れば、60%を超えているらしい。信者数が世界最多なキリスト教であっても世界人口における割合が確か30%と少しだから、十分に多いよ」

(よくもまぁそんな数字がすっと出てくるなぁ・・・)

 分かっていたことであるが、和成の宗教オタクの側面に触れた姫宮は(顔には出さずに)呆れた。


「その教義は一言で言うとーーー【()()()()()()()()()()()()()()()】」


「「「ーーーーえ?」」」


 女子高生三人はその言葉の意味が分からなかった。思わずそろえて声を上げるほどに。


「増やせって・・・何を?」

「人口。女神様の宗教に於ける至上の目的は人族全体の繁栄であり、つまりは領土を増やし人口を増やすこと、積極的にバンバン子供を増やすことを尊いとしてある。要は子作りを推奨しているんだな」

 姫宮の問いに対する和成の答えを聞いて、三人の中で真っ先にその意味を理解したのは慈だ。

「だったら和成君、始めからそう言えばよかったんじゃあ・・・」

「調べてみたところ、実際にこの言葉が経典に書かれていた。こういう言葉が載ってるあたり、禁欲的なキリスト教徒とかとは根本的に違うと実感できる」


「ーーーーえ、いやちょっと待って。女神様の宗教って、どんどん子供を産めって宗教なの?だからみんな、結婚するのが当たり前なの!?余裕があればもっと奥さんを増やすことを半ば強制されるの!?」

 顔を赤くして反応したのは姫宮だ。子作りの推奨。つまりは、性行為の推奨である。

「確かに、一人の男の人が複数の女の人に種を仕込むのは合理的だよねー」

「久留米ちゃん!はっきり言わないでよ生々しい!!」

「一応言っておくが姫宮さん、確かにこの国には現代日本と比べてかなり性的にオープンで積極的な側面があるが、それは決して貞操観念が緩いわけでも性に奔放なわけではない。合意を伴わない性行為は普通に犯罪だし、不倫も姦通も反社会的裏切り行為であるのは日本と同じなんだから」

「そ、そうかもしれないけどさ・・・」

 大真面目に冷静に涼しい顔で語る和成に、真っ赤に火照り汗ばんできた顔を手で仰ぐ姫宮はたじたじになる。

 (なんでこんなに冷静なんだよぅ!他のみんなも、大人しくしてて何も言わないしさ!)


 メルはそもそもこの国の住人である。思うところなど何もない。寧ろ、姫宮の行動こそ過剰に見える。


 慈は一年以上の付き合いがあるので、産婦人科医の母を持つ和成が幼少期からの特殊な環境によって、それが真面目な話題であれば性に関する会話にてデリカシーが吹っ飛ぶ少年であることを知っている。


 久留米は、昼は定食屋、夜は居酒屋を営む実家の店の常連客と父母の下ネタ(日常会話)に慣れているので、性行為なんて言葉程度では揺るがない。


「寧ろこの積極的に子供を産み人族を繁栄させるという目標によって、この国の独特な、俺たちの世界よりも進んでいるとも言える男女平等の価値観がうまれたと言える。子供を産み育て上げることを至上の善行であると捉える考え方は同時に、子供を作り育てるのに重要な存在である女と男を、対等かつ重要であるとする考え方に繋がった。

 だからこの国に於いて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「成る程、だから結婚して奥さんが旦那さんよりお金持ちな場合でも、奥さんが増えることになるんだ」

 確かに、男女平等を突き詰めてしまえばそうなるのかもしれない。と、姫宮は納得した。

(過剰反応し過ぎた・・・恥ずかしい・・・)

 同時にそうも思った。


「姫宮ちゃんのムッツリー」

「うにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 そして久留米にからかわれ、姫宮は悶えた。思春期。


「あはははー・・・・そういや平賀屋君、私ふと思ったんだけどさ」

「マイペースだね久留米ちゃん!ほったらかし!?」

「なんで男女差別ってうまれたの?」

「・・・・・・・」


 姫宮は文句を言おうとしたが、久留米の素朴かつ答え辛そうな問いに、黙らされる。


「平賀屋君、そういうことに詳しそうだなーと思ったんだけど・・・・・答えられない?」

「いや、そんなことは無い。確かに俺は、そういうことに興味があり、情報だけはそこそこ持っている。母親が産婦人科医で、性というものが身近にあったからだろうな。【男とは何か】【女とは何か】【性差とは何か】【ジェンダーとは何か】【「男はこうあるべき、女がそんなことをするべきではない」そんなことは誰が決めた?何が決めた?】。そういうものに惹かれて、それらについて情報を収集し考察しアイデンティティーの一部にしてきたから、一応は持論みたいなものもある。だからこそ俺は、『哲学者』の『職業』をゲットしたんだろうな」


「・・・・フーン。よく分かんないけど、説明してくれるの?」

「持論でいいのならな。ただあらかじめ言っておくと、俺がこれから話すことはあくまで趣味人の持論であって、専門職の方々の様に論文に記している訳でもないし、参考文献を提示することもできない雑談だ。ちゃんと何冊も本を読んで、時には人伝、テレビ、ネットといった複数の情報媒体から得た知識をなるべく公平になるよう意識しながら構築した理論ではあるが、それでも俺の主観が入っている以上偏りは存在するだろうし何らかの穴はあるだろう」

「・・・・つまり一言で言うと?」

「鵜呑みにするな。俺の持論はあくまで一つの見方に過ぎないということを念頭に置き、決して忘れるな。答えは解釈の数だけある。俺の持論を聞いて納得したいのなら、自分なりに調べて結論を出すことを忘れるな」


「「「・・・・・・」」」


「・・・・取り敢えず、平賀屋君が言うことが絶対に正しいなんて間違っても思うなってこと?」

「そうだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「・・・・わかった」

 何故そこまで執拗に繰り返すのか。

 元々和成の性格を知る慈以外の女子陣は、「語る」ことで自分たちに予断と偏見を与えることを、極端に嫌っているからだということが何となく分かった。

 

☆☆☆☆☆


「何故、男女差別がうまれるのか。俺は、それは男性優位や女性優位が自然と生まれて、それが時代が変化する際に適合できなくなり、歪みとして現れたものであると考える。要は、【元々は単なる区別であったもの】が、時代の流れによって文化や価値観、社会構造が変容し、【差別】と呼ばれるようになったのではないかということだ。

 さてここで、なぜ男性優位の考え方、女性優位の考え方がうまれたかの持論を述べよう」

「地球に【女の人の方が上】な考え方の地域ってあったっけ?」


「その辺りも含めて説明する。ザックリ持論の結論を言ってしまうと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()傾向がある。と思う。

 さてここで問題だ。【なぜ狩猟民族では男性優位の思想が一般的になったのか】」


「・・・・えーっと、狩猟民族ってのは、縄文時代の人たちを想像すればいいのかな」

「そうだよ姫宮さん。農耕という発想すら生まれていない時代の事だ。まぁ厳密には縄文時代にも農耕を行っていた者たちはいて、弥生時代と明確に線引きするのは難しいんだけどな」

「ふーん。じゃあ、それは男の人たちが獲物、つまり、ご飯を採ってきたからじゃないの」

「正にその通り。そしてその時代に獲物を採るというのは、同時に死と隣り合わせでもあった。外敵からコミュニティを守る役目も持っているしな。家族や村という共同体のために、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは、不自然なことではないだろう。

 男という存在が共同体の存続という観点に於いて重要であった。

 おそらくこれが、男性優位の思想の大本だ。

 対して農耕民族では、女という存在が共同体の存続に重要だった。農耕なら狩猟と違って安定して食料を得られるから、社会が安定する。そうなると今度は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。男も女も力を合わせて農耕に携わるから立場は対等になり、そこに子供を産むことができ、共同体を存続させていけるという付加価値が女に付く」


「ーーー狩猟民族が男性優位ってのは分かったけど、農耕民族が女性優位ってのは私的にはいまいち納得できないんだけど。だって農耕民族って日本もそうでしょ。けど、日本は昔から男性優位の社会だったんじゃないの?」

「いや、それが案外そうでもない。邪馬台国のトップは卑弥呼という女王だし、日本神話における最高神は天照大御神という女神だ。古代日本においては女性が優位に立っていたことが示唆されている。それが男性優位の社会に変化したのは、昔の中国から文化的な影響を受けていったからだ。太古の日本は当時先進国であった中国の政治形態をお手本にしていたから、自然とそういう方向に動いていったんだと思う。そして江戸時代に朱子学が入ってきたあたりからそれが加速していった。もっと言えば、現在の日本における男尊女卑の原型を作ったのは、たぶん明治政府だ」

「どういうこと?」

「ならここで質問だ。【何故、明治政府が誕生した?】」

「欧米列強諸国と渡り合うため・・・・だよね」

 念のために姫宮は、久留米と慈に確かめる。そして二人とも首肯を返した。


「そう。当時は帝国主義が蔓延していた時代。植民地を侵略によって獲得し、自国を大きくすることが当たり前だった時代。欧米列強と渡り合うためには、侵略をはねのけるためには、日本は強くなる必要があった。それが富国強兵だ。その為には兵力がいる。戦ってくれる兵士がいる。だから明治政府は、四民平等で身分差の枠組を形式上は取っ払った際に、【夫は一家の大黒柱として外で勤勉に働き、妻は家で貞淑に夫の帰りを待ち、その間お家をちゃんと守るべし】という武家の理屈を全体に当てはめたのではないか、と考えている」


「え、その考え方って武家の理屈なの」


「そうだ。逆に聞くが、農民も畑を耕すのは夫だけで、奥さんは家の中で内職でもして夫の帰りを待つだけだと思うか?」

「・・・・そう言われると・・・・」

 と姫宮。

「子供が貴重な労働力だった時代だ。夫婦ともにあくせく働き、畑を耕していたと考えるべきだろうな。他にも、例えば当時の江戸は男女比率で男性が女性より多かった。要は町民の男は結婚相手を探すのにも苦労していたそうだ」

「へーー・・・・意外・・・・」

 と久留米。


 尚、そのことを聞いて最も驚いていたのはメルであった。態度には出さず鉄面皮を保っていたが、女が男の三倍いる人族に於いて、男が女より多いために男が結婚に苦労している世界など想像もつかない。


「単純な人口比率による多数決で文化的な主流を判断するなら、日本の男尊女卑は決して一般的ではなかったという表現もできるわけだ」

「そりゃまぁ、武士が農民や町人より多いなんてある訳ないよね。支配される側がする側より少ないとかありえない」

「そういうこと。そして、それをさも一般的なものであるかのように流布したのが、明治政府なんじゃないかと思うわけだ」

「さっきも言ったように、戦わせるため?」


「想像だけどな。武家ってのは要は、戦うのが仕事な現代で言うところの軍だろ。富国強兵のために、戦う職業の理屈を全体に適応したんだと思う。兵士の数をとにかく増やすために。そして、積極的に戦える環境を作るために」

「なるほど・・・・」

「それが悪いとは言わないけどね。当時の国際情勢を思えば、日本が何時侵略されて植民地支配を受けたかわかったもんじゃないし。あと特に意識せずに、単に政府の役職に就いたのが元支配者層であった下級の武家の人たちが多かったから、つい自分たちの常識を基準に政策を行っていっただけかもしれない」


「へえーー・・・・あれ?けどその説明じゃあ、日本に残る女性蔑視の考えはどうなるの?女は穢れているから相撲の土俵に上がれないとか、入っちゃいけない山があるとか、そういうのはどうなるの?」

「ーーー実を言うと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。世界中のあらゆる民族は、どれだけ文明が発達しようと狩猟民族の側面が消えなかった。そしてそれが、世界中に女性蔑視の考え方が根深く残る原因となったんだ。と思う」


「この場合の農耕民族の定義は?」

 と姫宮。

「農耕による生産物()()を消費して社会を持続させた民族、ってところかな。そしてそんな民族は俺の知る限り存在しない」

「なんでー?」

 と久留米。


「これも授業で習ったことだから思い返してくれればいい。インダス文明、メソポタミア文明、エジプト文明、黄河文明。これら四大文明が発達したのは何故だ?」

「近くに大きい河があって、土地に栄養がたっぷりあって、農業に成功したから」

「その結果、人口が増えていったんだよねー」

「その通り。だが、狩猟から農耕へと移り変わる際、必ず起きる問題があるんだ。何だと思う」

「「・・・・・・・?」」

 二人が答えに詰まったので、助け舟を出すことにした。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「・・・・つまり、縄文時代から弥生時代に移り変わるときに起こった問題ーー・・・・?」

「・・・・----分かったぁ!!」

 頭を悩ませて一年以上前の授業内容を思い返す久留米の横で、勢いよく姫宮が飛び上がった。


「縄文時代は獲物を狩ってゲットする食べ物が不安定だったから、それをみんなで分け合ってたんだ!だから持ってる財産はみんなで共有していて、平等だった!けど、安定して穀物を生産できるようになって、その上それを貯めることもできるようになったから、貧富の差がうまれていったんだ!」

「ああ!そうだったそうだった!確かにそんな風に習った!それで確かその結果ーーーー」


「「()()()()()()!!」」


「ーーー正解だ。農耕が安定して食料を得られるとは言え、それはあくまで狩猟に比べればの話。天気の気まぐれで収穫高は大きく変わるし、土地による差異も出てくる。そうなれば困窮した貧しい人々が、他の土地の富を奪う争いがおこる。他のコミュニティの人間から搾取し、それに抗うものも当然いて、戦争になる。これは【動物】を狩っていたのが、【人間】を狩るようになっただけとも言える。人間も動物の内だしな。つまり、狩猟民族であり続けたということだ。そしてこれは世界中で起きた。日本だけでなく四大文明でも、その他の地域でもな」


「「・・・・・・」」


「これが世界中に男尊女卑の考え方が残っている原因だろうな。少なくとも俺はそう考えている。

 結論を述べるならーー【()()()()()()()()()()()()()()()】ーーってところか」


「・・・はぁーー・・・・成る程」

「結構おもしろい話だったねー」


「ーーーと、ここまでが慈さんに話したこともある、言うなれば基礎知識の部分だ」

「え、まだあるの?・・・・何か飲み物でも買ってきた方がいいんじゃない?のど乾いてないの」

 饒舌かつ多弁にペラペラと喋る和成は、ここまで一切の水分を取っていない。流石に少し心配になってきた。

「まだ大丈夫。問題ない。それに俺の所持金は少ないんだ節約しないと。キングス王からもらったこのお小遣いは、この国の国民の血税から出てるわけだしな」

「・・・・ジュース代ぐらい奢るけど・・・・」

「俺は金の貸し借りは嫌いだ。奢るのも奢られるのも嫌いだ」

 実際和成は親切から『アイテム』や『武器』を受け取っているが、それはそれらが親切が使わない、又は必要ないモノだからである。そして、金銭に関しては一切のやり取りを行っていない。


「・・・・・・・・・(和成くん、めんどくさっ)」

 端的にそう思った。


「ーーーさっきも言っただろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ーーーと」


「地球においてーーーってことは!」

 姫宮は頑張って声を張る。そろそろ相づちとリアクションをとるのに疲れてきた。


「そう、この世界には完全な農耕民族というものが存在していた。それがさっき挙げた、エルドランド王国・ホーリー神国・グルメ共和国だ。女神様の加護はステータスに関係するものを除けば大きく分けて3つ。

 1つは結界の加護。防御力に優れ外部の干渉を遮断する小型の結界ーーー王都を囲んでいるものーーーと、人族領全体を包む人族以外の亜人種のステータスを半減させる巨大な結界の加護を受けられる。ただこれはオマケみたいな側面が強い。前者の結界は女神様の宗教を特に強く信仰するエルドランド王国とホーリー神国の首都にしかないし、後者の結界は他の亜人種に対する強制バッドステータスだから個々の信仰心はあまり関係ない。

 もう1つは豊作の加護。女神様の力が注ぎ込まれた大地からは、与える水が少なくても禄に肥料を与えてなくても、大量の農作物を得られるそうだ。それによってこの国は、完全な農耕民族として発展してきた」

「質問してもいい?」

「どうぞ、姫宮さん」

「けど、私たちは狩ったモンスターを冒険者ギルドで買い取ってもらってるよね。それは狩猟民族のやり方じゃないの?」


「それは、そのシステムが生まれる前に文化的な下地が完成したからだな。

 衛生管理の壁をぶち壊す『浄化』技に、ケガを癒す『回復』技。城壁よりも堅牢な結界に、女神様の御力により生産される豊富な食料。そんな加護の下で過ごしていけば、やがて人口が増え生活圏を広げなければならなくなる。そうなってから漸く、人々は生活圏の獲得のため本格的な狩猟に踏み出たんだ。その始まりの地こそが、今いるこの王都らしい。俺たちの世界が農耕を行いながらも人を獲物とした狩猟を行なっていたのとは逆に、この国は狩猟を行いながらもあくまでメインは農耕だった。ステータスが存在するモンスターの脅威は地球の野生動物の比じゃないだろうしな。山を一つ越えるにもモンスターの存在があったから、そもそも他のコミュニティーとかち合うことが少なかった上に、女神様の教えに“人族同士で殺し合うな”って至極当たり前な教えもあった。宗教の根源的な教えってのは、当たり前のことを当たり前のように記し、重んじているもんだから当然と言えば当然か。まぁ、それがなくとも当時の人たちは、モンスターという命がけで戦わなければならない共通の敵がいるから、積極的に争うとしなかったらしいがな。意思疎通が可能なやつとはなるべく戦わずに協力して、生存率を上げようって考えが自然と主流になったんだよ。だからこの国とお隣のホーリー神国は驚くべきことに、国というシステムがうまれる前から数えれば千年以上の間、隣接する国でありながら一切の戦争が起きていない。例えばヨーロッパでは百年戦争と言って百年間も戦争していたし、日本だって隣国のロシアとか中国とか韓国とかと領土問題を抱えてるだろ。隣り合う国ってのは揉め安いんだよ。主に国境問題で。そして現在人族の主要国たちが条約を結ばれているのは、魔王軍という共通の敵がいるのもあるだろうが、それと同じぐらい国々の距離が離れているからだ。王都から見て真東に位置する『ホーリー神国』、真南に位置する『グルメ共和国』、北東に位置する女帝国家『レッドローズ』、南東に位置する『ソード帝国』。そしてこれらの大国の間に存在する地域に、さっき言った三つの都市と中小国家が点在している」

「・・・・そうかー」

 そろそろ眠たくなってきた。情報がもうお腹いっぱいだ。

 気が付けば何時の間にか陽も傾き始めている。


「・・・・そういえば、女神様の加護の3つ目をまだ聞いてないけど、それは何なの?」

 (これを聞き終わったら、そろそろ話を終わらせよう・・・・)

 そう思いながら姫宮は最後の質問を投げかける。もう、和成の語りに反応を返しているのは自分だけだ。マイペースな久留米は体力の消耗を感じて途中からリアクションを取らなくなったし、慈も静かにただ聞いている。


「最後に安産の加護。女神様を信仰する者は精子と卵子が受精し着床したその瞬間に、新たな命が誕生することが決定する。そういう加護だ。だからこの国には流産や死産という言葉が存在しない。子供は生まれてきて当たり前なわけだ」

「きゅ、急に生々しい話をしないでよ・・・・」

「ーーー母親が産婦人科医な俺からしてみれば、その加護の存在は極めてありがたいものだと思うがね。現代日本の医療技術をもってしても、全ての子供が無事に生まれてくる訳ではない。統計を取れば1%にも満たない数だが、当事者にしてみればそんなことは関係ない。祈ることで大好きな人との愛の結晶が必ず生まれてくるのなら、誰だって祈るだろうさ」

 陰る和成の顔は、いっそ悲愴と言ってもいい面持ちだった。


「・・・・急にシリアスにならないでよ・・・・和成くんの周りで()()()()()()があったの?」

「いや、あるかないかで言えばない。俺はあくまで、当事者の当事者だーーーー・・・・普段はうっとおしいぐらいに明るい母さんが、数日間塞ぎ込むことが偶にある。幼児期に偶然原因を知って、子供心に理由を悟ったよ」


「「「「・・・・・・・・・・・・・」」」」

 誰も何も言えない。


「だからまぁ、女神様の宗教に於いてその点は矢張り素晴らしい。生まれてくる命が無事であるのに越したことは無い。それ以外にも、“子が誕生するには男と女の存在が必要不可欠。互いが互いに尊重すべし”という教え。そしてそこからくる、独特な男女平等の在り方。女性優位に傾いてもおかしくない要素は多々あるが、それでもなお男女平等を築くこの社会に、俺は高度な精神性を感じたよ。一夫多妻制が主流で性に対してかなりあけっぴろげで開放的な部分があるが、それは低俗な訳でも下品な訳でも野蛮な訳でもない。単に、()()()()辿()()()()()()()()()()()()()。だから、()()()()()()()()()()。この世界には未だに見せしめの残虐刑が残っているように、日本でのみ築けるものと、この国でのみ築いたものがある。

 ただ、それだけの話なんだろうな」

「なるほど・・・・」

「まぁそもそも俺の論理には、地球における歴史的な男尊女卑を男尊女卑とみなしてよいのかの議論が残ってるんだけどな。命を懸ける連中の意見が優先されるなんて当たり前と言えば当たり前だ。戦争になれば戦場に立つ男たちが、そうでない女たちより発言力が下とか、そんな社会は回らないし筋が通っていないよねー」

「最後の最後でひっくり返した!」


 結局、和成自身にも答えは出ていないのだ。

 だからこそ一人一人が自分で考えることが重要で、そのことを最初にさんざん注意していたのだ。


「ーーーよし、綺麗にまとまったし、もう帰ろう!」

「締め方が雑だなぁ。ちゃんと俺の言葉は響いたのか?」

 終わり終わりとばかりに立ち上がる姫宮に、和成は苦言を呈する。

 尤も、姫宮たちが話を聞くのに疲弊していたことを知りながらもそのままくっちゃべり続けていた自覚が有るので、それ以上追及することも不快に思うこともなかったが。



 ーーそして、姫宮が話を切るようにまとめたのは和成の言葉が響かなかったからではなく、寧ろ強く響いていたからこその照れ隠しである。

 単純な学校の成績だけなら、和成ではなく姫宮に軍配が上がる。文武両道を地で行き、それでいて誰に対しても朗らかに明るく接する。その上で可愛いからこそモテる。男女問わず人気がある。

 だが、姫宮は今、和成との世界の広さを改めて突き付けられた気分だった。

 視野の広さ、知識の多さ、視点の多様さ。

 真面目で頑張りやな彼女は真摯に部活動と学業に取り組んでいた。

 それは褒められてしかるべき立派な行いである。

 ただ、真摯に打ち込めば打ち込むほど、それ以外に割く時間がなくなっていく。

 授業を真面目に受け、友達とお喋りし、部活に打ち込み、帰って予習復習を行い、疲れて寝る。

 その繰り返し。

 部活と勉強が趣味な状態で、家と学校を往復するだけがほとんどな毎日だ。

 それを疑問に思ったことも、不快に思ったこともない。寧ろ誇らしさを感じていた。


 だが同時に、他のことを知り、学び、自分の世界を広げる機会と時間がなくなっていく。

 ()()()()()()()()()()()()()()()


 当たり前のことだ。しょうがないことだ。

 何故なら時間は有限だから。何かをするということは、他の全てをしないということだから。

 そんな姫宮の行いは責められるようなことではなく、寧ろ称賛されるようなことだ。

 ただ、それを姫宮がどう思うかは無関係。

  

 様々な価値観を許容できる人間を。

 人のいい所を見つけられる人間を。

 誰かの苦しみを理解できる人間を。

 姫宮未来は貴び、憧れ、また自分もそう在ろうとする少女だ。


 だから、精子だの卵子だの受精だの着床だの、そんな言葉を聞いた途端に「生々しいから」という理由で脳から排除し、思考を停止させた自分を恥じた。

 そして臆面もなく見ず知らずの生命の誕生を祝福し、自分が置かれている状況の元凶である女神とその宗教をそれはそれとして高く評価する和成の「語り」を聞くことが、急に照れ臭くなった。



 そして、自分もそうなりたいと思った。




 ーーーーーだからその直後に起こった現象に、真っ先に姫宮が反応し動き出したことは、至極当然な必然であった。


☆☆☆☆☆


 ーーーー『タスケテ!!』


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