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第328話 さらば、小人族の村よ


「和成、どうしたの!!」


 青い顔の和成に、山井は慌てて駆け寄った。

 もしも死産だったら、そのまま腹を切って詫びてそう。そう感じるほどの危うさを、手洗い場で突っ伏している和成から感じたからだ。

 苦しげに丸まった背中をさすると、うめき声混じりの声が響く。


「……ああ、山井さんか……」


 地底の空洞に、声が反響する。


「アナタ、まさかずっとそうしてたの!? 終わってからずっと!?」

「まぁ、そうなる、のか……」


 即座に山井は『診察』するも、肉体に異常は見られない。

 よって原因は精神にあると判断し、山井は手洗い場の壺からを水をすくった。雪山の冷気でよく冷えたその水で、和成の顔を洗ってやる。


「大丈夫? 話せるかしら」

「一応、な。……やっぱり俺に医者は無理だと、改めて思ったよ」


 かつて、和成は言った。

 医学とは科学であると。そして、科学の前では死はデータであると。

 だからこそ医学とは、次の命を生かすために死体の山を積み重ねるもの。その上を踏み締めて進むもの。

 死という情報データを積み重ね、次を生かすため発展を目指すもの。

 失われた命によって、生を語ろうとする行為。


 だからこその神職であると、彼は言った。


 その後にこう続けた。

 自分にはその覚悟が持てない。だから医者にはなれない。

 あの時そう語られた言葉が、今なら分かる。


「確かにアナタは――医者には向いてないわ」


 責任感が強い。その上で、感情移入が早すぎる。

 だから死によってダメージを受けすぎる。

 それは……命を扱うのに向いていない性格だった。


「そういう意味では、俺より山井さんの方がすごくて強いんだろうな」


「……まぁ、ね。『国境なき医師団(仮称)』の活動を続ける中、助けられた命も助けられなかった命もあった。かつて助けられなかったからこそ、今度は助けられた命もある。けどそれは――アナタのアドバイスのおかげで、積み重ねられた経験なのよ」


 彼女は自身の『収納』から小瓶を取り出した。

 山井が『医者』として積み重ねた経験が、小瓶の中で集結する。

 今まで積み重ねた、『経験値』ではない経験。体験と努力によって習得した、『製薬』のスキルだ。そして何の薬をどういった分量で調合するかもまた、彼女が積み重ねた『経験値』ではない経験値によって導き出されたものであった。


「いちご味よ、飲みなさい」

 弱々しい和成に『製薬』スキルで生み出した鎮静剤を飲ませて、山井はその肩を貸した。

「……ん、ありがと」


 たかぶっていた精神が落ち着くと共に、和成を眠気が襲って来た。

 疲労していた心が休息を要求する。

 山井に肩を借りるまま歩き出す和成は、次第にまどろみの中へと沈みだす。


「……ごめん、めいわくを……俺は、重いだろう」

「いいわよ、これぐらい。アナタにもらった言葉の方が、ずっと重いんだから。これでも仕事で力はついてきてるのよ」


 和成が布団に辿り着くまでの数十歩を、噛み締めるように山井は歩むのだった。



 ☆☆☆☆☆



 それから数日後、無事に全ての子ども達が産まれた後のことである。小人族の村を後にする時が来た。山井が他2人、久留米と四谷と荷造りする中、合流した矢田が最終確認をしだす。


「あれ、男どもは?」


「外で雪合戦やってる」


「手伝えや! これだから男子は!」


「ちなみに法華院も一緒よ」


「あんの小学生組め! ホントにうちのクラスは半分ぐらい子どもなんだから……。つーかズルい! アタシだって雪合戦やりたい! そういやこんなに雪があるのに全然遊べてないじゃん!」


 良くも悪くも、感性が小学生時代を忘れていない。

 そんな連中が半分を超えているのが、和成のクラスの特徴だった。


「まぁいいんじゃなーい。特に平賀屋君なんか、雪合戦やりたいがためにテキパキ自分の分終わらせちゃったわけだしー」


「た、たぶん、雄山くん達もやるべきことはすませてると思う……」


「まったく、ホント2人はみんなを甘やかす……。そりゃあ、そういう所は意外とちゃんとしてる連中だけどね?」


 フォローをし出す久留米と四谷に苦言を呈したその後、結局外に出て矢田も参戦した。

 その内に小人族や雪男族まで乱入した雪合戦は、まるでお祭り騒ぎのように長く続いた。


 なので予定が後ろにずれて、昼を過ぎて雪の中。暖まった体で寒空のもと、皆で『料理人』久留米の食事を囲んだ。


 ごちそうさまは言い終えて、午後の再戦を終えてから別れの時。

 午前中には村を出るつもりだったが、いつの間にかもう夕方になっていた。

 竜車に乗り込んだクラスメイト達は、小人族ハーフリング雪男族スノーマンに名残り惜しくも別れを告げる。


「良い体験をさせていただきました。楽しかったです」


「こちらこそ、人魚姫の幸をいただきありがとうございまする。共に食べたアレらは、まことに美味しゅうございまするた。巫女たちも、雪男族スノーマン様の神子らも、みな無事。本当に、ありがとうございまする」


「コチラ、『哲学者』殿に取り上げていただいた赤ん坊です。どうか最後に抱いてやってください」


 1人の雪男が、和成に雪だるまを手渡した。

 冷たいが柔らかい妖精の雪の中には、毛むくじゃらの赤ちゃんがスヤスヤと眠っている。

 よしよしと自然な動きで、子どもをあやすように和成の体が揺れ始める。


「かわいいねぇ。ちっちゃいねぇ。君はどんな雪男になるのかなぁ」

「――平賀屋、そろそろ終わりの時間よ」

「『哲学者』殿、ではそろそろ……」

「ぷイ」


 差し出した雪男の手からそむけるように、和成は赤ちゃんごとそっぽを向いた。


「とっとと返しなさい」

 べし、と山井が和成の頭をはたく。


 代理母でもない、あくまで取り上げた立場の少年が、抱きかかえた赤ちゃんに親子の情を抱いていた。その感情移入の早さにクラスメイトらは呆れながら、赤ちゃんを和成から引きはがし雪男族に返還する。


「自分で産んだわけでもないのに……ホントあなたは、愛が早すぎなのよ」


 濃く、重く、強い思いを、抱くまでが早い。

 それが和成の良い所であり、悪いところだよなと思いつつ――ドラゴンを操舵する責任者として、山井は竜車を動かしたのだった。



☆☆☆☆☆



 雪山をこえた先には、砂漠が悠然と広がっていた。

 そこを巨大ドラゴンのパワーで突き進む。

 砂漠の山を乗り越えると、最中には眼下には密林が広がっている。


「マジで環境がめちゃくちゃだな。こんな光景、地球だとありえねーだろ」


 この光景に思うところがあったのは、『狩人ハンター』として自然に敏感な永井だった。彼のつぶやきに和成が答える。


「かつて龍帝と共に、妖精王は女神と邪神を相手取った。その時の激闘の影響は、傷跡としてこの辺りに残り続けている。大『自然』の神秘を司る妖精の力。その王である『オーヴェイロン』が使用した魔法は、残滓だけであっても多様な環境を生み出すほどに根深いという訳だ」


「たしか、そんな自然に適応して進化したのが獣人族だったか」


「……そうだな」

(女神が妖精王と戦ったこと。その影響で獣人族が生まれ、レッドパウダー地帯の紛争につながっていること。当たり前のように、この辺りはスルーするか)


“かつて龍帝と共に、妖精王が女神と邪神を相手取った”。

 このフレーズを当たり前のように聞き逃した同級生の反応に、和成は認識矯正フィルターの存在を改めて強く認識した。


 と、そんな彼らの話題に割って入る者が現れる。


「――『国境なき医師団』代表、山井療子殿一行とお見受けする」


 それは、日が傾き始めた砂漠地帯の夜に紛れた、漆黒のコウモリ男だった。

 敵意は感じられない。人族連合と同盟関係にある、獣人族の関係者であると和成は瞬時に判断。

 即座に返答した。


「いかにも! 『料理人』久留米料理子の保護に成功し、現在連合の基地へ急行中。ついでに勝手に遭難していたクラスメイト、『ヒーロー』の一行とも合流した!」


「なんと、また行方不明になっていた『ヒーロー』の一行と!? これはありがたい、連絡が取れず困っていたのだ」


「何時ものことながらすいません……」


 竜車に降り立ったコウモリ男に対し、とりあえずその場にいた永井が頭を下げる。きっと矢田がいたならば、妖精王にさらわれた久留米を助けに突発的に飛び出した、お騒がせな雄山の頭を無理やり下げさせていただろう。


「それで――何かありましたか」

「はい。可能であるなら、皆様方には即刻、進路を変更していただきたい」


 そして、和成の問いに対し、コウモリ男は真剣そのものな表情で告げた。


「ホーリー神国『姫巫女』、ルルル・ホーリー・ヴェルベット様が魔獣に捕食されました。ですがまだ、生存か蘇生の可能性は残されています。そのためギルド所属の冒険者に捜索と救助の『緊急クエスト』が出ております」

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