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第324話 VS黒雪の妖精 戦闘4/5

 

(失敗゛、した……!)


 割れた雪山のクレバスに、氷の牢獄ごと和成は放り込まれた。彼は今、闇の中にいる。既にクレバスは閉じられ、地表は遠く光は届かない。全身は黒い氷で固められ、微動だにできず冷気で震えることさえ押さえつけられている。


(問題はこの位置゛、クレバスの底、雪の傾斜の奥深く゛。もしもここから脱出しようと高熱や爆発を利用したが最後、雪崩が起きて一体どうなることか゛。それだと山の中腹あたりにいる、竜車まで巻き込むかもしれない゛)


 魂から湧き上がる命の力、『スペシャル技』のエネルギーは膨大だ。ニコラチェカがすぐ側にいる状況では、マナをかき乱す黒雪の存在によりコントロールを乱されるため、使用に踏み切れなかったほどの威力がある。


 それらを熱に変え放出した場合、脱出するだけならできるだろう。しかしそれではクラスメイトたちが雪崩に巻き込まれてしまう。『軍師』が残したものが雪の檻に閉じ込めたのだ、そうなることを狙っていると分かってしまう。


(きっと゛、全部想定の内なんだろう。ずっと俺たちは見られていた。この辺り一帯から妖精の力を奪ったのもアイツの仕業で゛、みんなから離れたこのタイミングを好機と見て攻めてきた゛。

 だが、向こうの手のひらの上というのは……()()()゛)



 ☆☆☆☆☆



ーー《脱出は不可能》


 『軍師』ウノメが残した『アンデッド・グラキエス』を操る呪符は、演算の結果そう結論を出す。あとはここで永遠に見張るだけ。それができるように、堕天使の遺体と魂をアンデッド化に悪用した。


 氷の牢獄に閉じ込め、永遠に監視する。

 それが呪符に刻まれた、200の封印方法のひとつである。


 そのために呪符は製造され術式に命令を刻まれた。よって呪符は状況に応じた命令を命令どおりに出すだけだった。


ーー《積雪下より高熱感知。対象は炎熱の『スペシャル技』を開放したと思われる。同時に、雪崩の気配……()()


 だから、もしも想定外が起こっても、慌てるなどという構造はない。ただ現状を分析し、適切な命令をアンデッドに注ぎ込むだけだ。


 そして分析の結果、和成の行動の正体が判明。それはスペシャル技の連続使用ではない、完全な同時使用だった。


()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()。 ()()()()()()()()()

 『熱血事変(冷血事変)業火絢爛(摩訶鉢特摩)』!!」


 2つの言葉が同時に重なることで、世界に対する使用宣言が成立。閉じられたクレバスの奥深くで、他者を閉じ込めることに特化した氷漬けの呪いが破られた。


 黒水晶のごとき氷塊の檻は、2種の『スペシャル技』により内側から弾け飛ぶ。


「来たれ鮮血巨人ネフィリム!」

 そして地上に、2種の鮮血巨人が完全同時に飛び出した。


 片や『熱血事変・業火絢爛(ごうかけんらん)』。燃え上がる血液は黒煙を上げ、焼けた鉄色を放ち活動する。その熱は氷の檻を熔かし、雪原の積雪を水に変えた。


 片や『冷血事変・摩訶鉢特摩(マカハドマ)』。血しぶきは周囲を冷やす赤い血吹雪となり、黒雪すらも大紅蓮の華氷で塗りつぶす。その冷気は極寒をもたらし、溶けた積雪を血色の氷へ凍結させた。


 魂の力、『スペシャル技』のエネルギーを、熱気と冷気という2つの属性に変換。それらを宿した鮮血巨人ネフィリムをそれぞれ疑似再現し操作する。

 それこそが和成が咄嗟に考案した、一番強い『スペシャル技』の使い方だった。


《問題なし、障害なし。命令執行に支障なし》


 しかし演算を行った結果、呪符はそれを驚異に値しないと判断した。確かに、それは命令の中にない。『スペシャル技』の完全同時使用など前例にはなく、当時の和成には使えなかった『軍師』すらも知らないものである。


 脱出する際に熱血で溶かした雪を、冷血で凝結させ雪崩を防ぐ。どこから持ってきたかはわからないが、2発分の『スペシャル技』の力、魂のエネルギーを用いればそれぐらいは可能であると呪符は分析する。


《標的は、それを攻撃に使用できない》


 しかし同時に、そう導き出す。『アンデッド・グラキエス』の肉体は、和成ターゲットの庇護対象を取り込み成立しているもの。その時点で攻撃できないからこそ、どれだけの攻撃があろうと倒せない。


《問題なし。ただ、何度でも凍らせるのみ》

「『 ブラック ・ ロック ・ ブリザード 』……」


 堕天使の成れの果て、『アンデッド・グラキエス』の黒い雲毛から、黒い吹雪が生み出された。6枚羽から放たれる6の吹雪が、6の方向から和成を襲う。


 これに対し和成は、『熱血事変』と『冷血事変』、それぞれの鮮血巨人ネフィリムを防御に使用。半分を熱血の高温で溶かし、半分を冷血で凍らせることで無効化。技と技がぶつかり合うことで、互いの攻撃は均衡状態へともつれ込む。


(ここから゛ニコラチェカを助け出すにはどうすれば゛)


 そして脳まで凍らす呪いの氷が、未だ溶けていない和成は考える。このまま均衡状態が保たれ続けば、先に『スペシャル技』を使用した和成からエネルギーが切れてしまう。


 そうなれば押し負け、再び吹雪で凍らされてしまうだろう。しかし過剰な攻撃は取り込まれたニコラチェカを傷つけ、取り返しをつかなくさせてしまう。


 では、どうすべきなのか。そう和成がカチコチの頭で考える中、()()()()()()()()()()()()()


「おーい和成! いや、所有者殿ーっ!!」


(ブラディクス゛!? なんで、どうし――いや、何でもいい。今はこの状況が好転するなら゛――)


 と、和成が考え、呪符もまた吹雪の中現れた魔剣へと意識を移した。


 しかしブラディクスは『アンデッド・グラキエス』には脇目もふらずに和成へ突撃。黒い吹雪と2種の『スペシャル技』がぶつかり合う中へと果敢に飛び込みんだ。


「オラァぁぁっ!! あっつあつのクリームシチューを食らえぇぇぇぇッッッ!!!」


 そのまま『魔法の大鍋』をダンクシュート。

 熱々のシチューを、頭から和成の全身にぶちまけた。



 ☆☆☆☆☆



 時を少し巻いて戻そう。


(「ぬあァァァ!? 飛ばされるぅぅぅ!!」)


 悲鳴をも塗りつぶす黒い吹雪の中、ブラディクスは飛ばされていた。その体を閉じ込める氷塊に、黒雪が付着するたび雪の結晶は溶けることなく一体化。氷となって厚みを増していく。


 そして彼女は魔剣だ。刃であるため凍死しないが、肉の体を持たないため恒温ではない。金属が人の形をとっているだけのその体は、冷やされれば冷やされるだけ冷たくなっていく。

 だからこそブラディクスを覆う黒い氷の体積は、加速度的に増していった。


 これは同時に、彼女の重さが増していくのと同じである。


(「お、落ち、落ちるー!」)


 魔剣ブラディクスには浮遊能力があり、空に浮かぶことができる。しかしそれはあくまでオプションであり、オマケの能力だ。

 よって、その飛行速度はあまり速くなく馬力もない。大したパワーはないため、例えば柄を握る和成を浮かせることはできないし、吹雪の暴風に抗えずそのまま飛ばされていた。


 そのため吹雪で運べないほどに重量が増してしまえば、分厚い氷の重さに抗えず落ちていくしかない。ブラディクスは地上に向けて落下を開始し――とある結界に引っかかる。


 そこは無風地帯。吹雪が防がれている場所。だからこそ魔剣は真っ逆さまに、その侵入してしまった結界に向けて落ちていく。


 ドスン☆

「うわっ!!!」

「なんか落ちてきた、なんか落ちてきたよー!!」


 その正体は雪男族スノーマンの『防雪』の結界だった。

 それは同時に、因縁の相手である『ヒーロー』の一党がいることを意味する。


 和成が凍結されたのと、時を同じくしてのことである。


「こ、コイツは魔剣」

「ブラディクス」

「平賀屋がいない、何処へやった!」

「全員警戒態勢!!」


 ジャキン。


 と、おかしな黒い吹雪が降り出したことで、必然的に外に出ていたヒーローの一党が、結界に引っかかったことで落ちてきたブラックアウトを一斉に取り囲む。


 『ヒーロー』雄山は拳を、『魔法少女』法華院はステッキを。他の面々も各々の専用装備を、倒すための『武器』を魔剣へと向けている。


 たとえ全身が氷漬けであろうと関係ない。彼らはブラディクスが少女の形をしているだけの魔剣であることを知っている。

 そして、魔剣が和成に何をしたのか知っている。どう呪ったのかを知っている。和成の体と魂を作り変え、その肉体を操作し自分たちを襲わせたまさにその現場に立ち会ったのだから。


 その上でここは小人族ハーフリングの村、出産が滞っている巫女(妊婦)たちがいる場所だ。国境なき医師団(仮称)の竜車も滞在する、非戦闘員が多い場所。


 間違ってもこの吹雪の中で暴れられては敵わない。特にブラディクスの流血の刃は、弱者をまとめて狩る際に凶悪な性能を発揮するのだから。


「待てっ! 話を聞いてくれ! 今は貴様らと争っている場合ではないのじゃ!」

「ならそのまま話しなさい。不審な行動を取れば、その瞬間ぶっ飛ばす。雄山がね!」


 氷山のような氷塊に綴じ込まれた中で、魔剣状態のブラディクスは慌てて喋った。

 これに対し、『弓使い』矢田は毅然とした態度で対応。

 決して武器を降ろさず、警戒したままブラディクスから目をそらさない。


 だが、それで良かった。それが良かった。

 以前ならば兎も角、ブラディクスに彼らと敵対する気など皆無であったのだから。


「儂らはニコラチェカを説得後、雪山でモンスターと遭遇エンカウントしたんじゃ! かの存在は『アンデッド・フェアリー』、この黒い吹雪を起こしとる魔王軍の改造アンデッドじゃ!」


 そして何が起きたかを伝達。

 相性が悪く、ニコラチェカを庇いながらの戦いであるため苦戦。現在追い込まれて大ピンチであることを伝える。


「それを信じろって言うの」

「……そうじゃ。儂にはそれしか言えん」


 だが、矢田を筆頭にメンバーは懐疑的であった。『吟遊詩人』音羽は楽器を構え、いつでも音爆弾を奏でられるようにしている。同じように『狩人』永井は十字弓クロスボウを構え、『祈祷師』戸村井は髑髏の魔杖を構えている。


「みんなは、どう思う」

「正直あやし――」

「「信じよう」」


 だからそうでなかったのは、『ヒーロー』雄山と『魔法少女』法華院の2人。自由人2人は矢田の問いかけに対し、ただ静かに即答する。


「俺は平賀屋を信じる。平賀屋と共に過ごしたブラディクスの日々を信じる。たとえ凶剣の言葉だろうと、『哲学者』が側におき続けたブラディクスの言葉であれば、ニコラチェカを助けるために動いたというその断言を信じる」


「ニコラチェカちゃんを助けた平賀屋くんの側に、ずっとブラディクスはいた。その過程できっと、何か大切なものを手に入れたんだと私は思う。だから因縁のある魔剣であっても信じる。信じたいと思う」


 それを受けて、リーダーとして矢田は決断を下した。どうやら時間がないらしい。他のパーティメンバーも、それが分かっているのか仕方ないなとばかりに頷いている。


「まぁ、アンタ達ならそう言うとは思ってた。分かった、そう言うなら信じるわよ。なら兎に角この氷を壊さないとだけど」


「『熱拳パンチ』! ダメだ、逆に拳が凍りついた」

「『天使(エンジェル)キック』! 同じく私の足もカチンコチン」


「つまり触っただけで黒い氷に侵食されるわけか。こんな所で『スペシャル技』を解禁するのは危ないけど、といって持ち運びはできない。どうしようか」


「いや、『ヒーロー』と『魔法少女』が凍っとるのはスルーなのか?」


 右手が氷に包まれながらも、平然としている『ヒーロー』雄山。同じく右足が氷漬けだが、特に気にしていない『魔法少女』法華院。

 自由人2人に対するパーティーメンバーの態度は、実に平然としたものだった。それに魔剣はつい突っ込んでしまう。


「アイツらの『装備』は、あらゆる呪いと状態異常を無効化する。触り続けでもしない限り、呪いの氷だろうと『装備』の力に侵食され返して溶けるさ。

 けど、そうか。お前はそこでアタシらを気遣うんだな」


「魂を共有する所有者殿の影響じゃ。もしもアヤツが『哲学者』でなければ、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 呪いで繋がり魂を共有しているがため和成が『邪斬』を使えるように、ブラディクスもまた『哲学者』の『ミームワード』を使用できる。当然、本人が使うものと比べれば拙いものだが、正直に話していることを、嘘をついていないことを伝え分からせることは出来た。


 その上で魔剣は断言した。もしも和成でなければ、呪いは間違いなく凶行を招いていたと。それを聞いて『ヒーロー』の一党は理解した。


 ブラディクスは、変わった。

 まだ警戒を解くつもりはないが、一点だけ。リーダー矢田を筆頭に、全員そこだけは疑わないことにした。


「よし音羽、永居、戸村井! 何か思いつくことは!」

「……なら、俺から1つ」


 そして、『祈祷師シャーマン』戸村井が挙手をして進言する。


「『祈祷師シャーマン』の力で調べてみた所、この黒い氷は『邪悪』属性と、それ以上の『自然』属性の作られている。黒く染められた雪の結晶の結合力を、妖精の力の源である大いなる自然の力で大幅に強化。これにより高温でも溶けない極寒の黒水晶を生み出しているらしい」


「ならどうすれば溶けるのじゃ!? はよう出してくれ、所有者殿は正直いつピンチになってもおかしくない!」


「簡単だ。同じく大自然の力、妖精の力を使うしかない。油性マジックの汚れに水をかけても落ちないように、妖精の呪いを解くには妖精の力で(そそ)ぎ、浄化するが一番だ」


「なら戸村井が『祈祷師シャーマン』として祈れば、精霊たちが神秘の力を貸してくれてそれで」


「いや、無理。汚れた黒い吹雪のせいで、この辺りの精霊は逃げてしまっている。精霊に訴えて力を行使する俺では、このレベルの呪いの氷は解かせない。

 妖精の力と、熱。この2つを用いなければ、呪いの氷は監獄のままブラディクスを解放しない」


 彼の分析を聞いて、ブラディクスを閉じ込める氷塊の隣で一行は頭を悩ませた。雪男族の結界で風が弱まっているとはいえ、周囲は寒く黒い吹雪が止む気配もない。


 しかしそんな冷え冷えとした空気は、ある者の善意によってほだされる。そしてそれは、同時に解決策の登場でもあった。


「お~い、みんな~。そろそろ見張りは休憩して、一旦美味しいシチューでも……って、何これどうしたの?」


 妖精王より受け取った、後から後から食物が湧き出る『魔法の鍋』。『料理人』久留米が運ぶ大鍋には、ニコラチェカを満腹にした熱々のシチューで満ちていた。

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