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第318話 雪男族の事情と交流会


 そして、毛むくじゃらで紳士的な雪男の説明が始まった。


「本来、寒さが厳しくなるにつれて『凍』のマナは雪山を覆っていきます。普段であれば、ここいら一帯は俺たち以外が活動できないほどの極寒になるはずでした。しかしどうしたことか、今年はここしばらく気温が下がりきらないのです。

 おかげで『凍』のマナが足りないせいで、小人族の赤ん坊は産まれたのに俺たちのはまだ産まれない。大自然に満ちる神秘の力も、どうやら殆ど残っていないようでして」


「そう言えばニコラチェカ――今、俺たちが面倒を見ている天使の子も、ある地点から途端にマナ不足におちいり飢餓状態になっていました。もしかしてこの辺り一帯で妖精族の力の源が枯渇しているのでしょうか」


「そう、まさにその通りなのです! しかし俺たちは力が出ないので大したことが出来ない。最後に残った体躯フィジカルさえも、このままでは失われてしまう。なので俺たちに変わり、その原因を突き止めて欲しいのです」


「ふむ、なるほど」


 和成は山井・久留米・四谷の方を向き視線を投げかけた。そこにはニコラチェカを空に返す先約があるのにどうすべきか、という相談が含まれていた。同じことを考えていた3人も和成のように悩み、言葉を濁さざるを得ない。


「どうするべきかしら……」

「なんとかしたいけど、背負い込みすぎるのはねー」

「い、一歩間違えたら単なる無責任だよね」


 今回において一番の問題点は、ニコラチェカが雪男族を避けている点である。もしもニコラチェカが彼らに友好的であったなら、彼らにそのまま山頂まで送ってもらう方法が取れるからだ。


 同じ妖精であり、雪山の専門家。能力で応用が効くとは言え素人である和成より雪男族の方が適している。


 そしてニコラチェカを任せている間に、村の周囲から『自然』属性のマナが失われている原因を、即興魔法で調査できる和成が『ヒーロー』の一党と共に探ればいい。


 しかしそれはニコラチェカが雪男族から距離を取り、自室にこもる今、取ることの出来ない方法であった。


「せめて雪男族(あなた方)のことをもっと知り、ニコラチェカが打ち解けたなら、託すという手段を安心して選べるのですが」


「分かりました。では話はここで一旦終わりましょう。俺たちはまだ出逢ったばかり、夕飯を共に食し親睦を深めませんか? これからどうするのかは、ひとまず明日、落ち着いてからというのは」


「自分はそれで構いません」


 和成が周りを見渡すと、誰も反対するものはいなかった。



 ☆☆☆☆☆



 そして夕方。しかし曇天が空を覆い、夕焼けは見えない。

 そんな中、和成たちは村の地下に案内された。空気を多く含む雪の層には断熱効果がある。それを利用した大きな生活空間が、小人族のイグルーの下に設けられていたのだ。親睦を深める食事会はそこで行われた。


 土鍋へ変えた『魔法の大鍋』の蓋を、『料理人』の久留米が勢いよくオープン。竜車全体に白米の甘い香りが広がり、それと同時に和成が歌い出した。


「炊~きた~て、ご~飯は湯~気が、立ぁつ~♪」


 ノリで『吟遊詩人』の音羽まで伴奏を奏でだすのでメロディーもバッチリだ。

 蒸らされた炊きたてご飯がお皿に広げられ、程よい温度に冷まされる。テーブルの上には、久留米が用意した具材が大量に並んでいた。


 ツナマヨ。こんぶ。おかか。の王道だけでない。岩クジラの肉味噌、激流蛇竜シー・サーペントの竜田揚げといった異世界特有のものがあり、あわびといった豪華で贅沢なものまである。


 海苔の佃煮、塩しらす、いかなご釘煮といった通好みから、ホタテの醤油バター焼き。魚卵はトビコ、明太子、いくらの醤油漬けと数種類。

 鮭だけでも、焼鮭のほぐし身フレークと生サーモンの2種類があった。


 パリパリの黒海苔、きらめく白米。

 つまりは、晩ごはん作りと親睦会をかねた、おにぎりパーティーの開始である。そのまま、みんなでおにぎりを握る作業は手際よく進んでいった。


「囲炉裏あるぜぇーっ」

「ミソぬって焼こう! 焼きおにぎり」

「待て、醬油もいいぞ(ボソッ)」

「シラスを混ぜたや~つも握ったぞ」

「お借りしますぜ村長さん!」


 上から順に、永井・音羽・戸村井・和成・雄山。

 言うが早いか網とハケを用意し、囲炉裏を囲んでおにぎりを並べ始めた。


「久留米さん調味料ちょうだーい」

「アンタら許可とるなら、もうちょい落ち着いてとりなさいよ……」

「はっはっは、構いませぬるよ。元気があるるのは良いことでる」


 別の囲炉裏では汁物が作られ、和成の鮮魚が串に刺され傍らで焼かれている。料理の熱が人の活動の熱として、雪地下のイグルーをじんわりと温めていった。


 ポーカーフェイスながらも可愛らしいニコラチェカは、和成の隣を迷いなく陣取る。その周りでは久留米や四谷が世話を焼いていた。


 そんな彼らの対面に座るのがヒーローの一党である。特に世話焼きで子供好きな矢田は、天使の子が自分ではなく向こうにばかり懐いているのが寂しかった。小人族の子どもたちが構ってくれなければ向こうに割り込んでいたかもしれない。


 そして小人族、雪男族、クラスメイトみんなに料理が行き渡った時。


「いただきまする」

「いただきまする」

「いただきます」

「いただきまーす!」


 食事会が始まった。



 ☆☆☆☆☆



 夜も更け、悩んでばかりいても仕方がないとばかりに小人族が秘蔵の酒を持ちだした頃、すっかりみんなの仲が深まった。するとポカポカと赤ら顔な雪男が、和成の近くにいた女性陣――山井・久留米・四谷――に向けて紳士的に尋ねた。


「そちらの方々はアナタ様の配偶者でしょうか。妻、奥方、恋人、妾。そういった精神的だったり肉体的だったり、とにかく繋がりの深い関係でしょうか」


「いえ、ただの友人です」


「ではよろしければ、どなたか俺たちの子を産んではいただけないでしょうか」


 そう言われて、一斉に女性陣は和成の後ろに隠れその身を盾にした。全員和成の背中に身を寄せ合って、紳士的な雪男から隠れつつ距離を取る。物理的な壁をアピールする。


「私たち、全員この人の奥さんなんで無理です!」


 そして、久留米の口からとっさにそんな嘘が出た。


「久留米さん嘘はいけない。そういうのは妖精相手には見抜かれる」


「ごめんなさいテンパっちゃいました! けどどうすればいいんだよー、平賀屋君は私たちが雪男の子どもを産んでもいいって言うの?」


「よくはねーさ。ここは中間領域、レッドパウダー地帯の雪山。つまりは女神の『安産の加護』が存在しない場所。産婦人科医の息子として、世の中無事な出産だけがある訳じゃないと知っている以上、同級生の妊娠は絶対に肯定できん。

 それにもっと言うなら、エルフ族曰く、雪男族スノーマンの妊娠期間は十月十日ではなく12ヶ月。つまり一年ちょうど。戦争が終わったわけでもなく、いつ日本に帰るかも定かでないってのに、それだけの期間を身重でいるわけにはいかんだろう。

 まぁ、みんなの自由意志を束縛はできんがね。ここが異世界である以上、それがどれだけ地球の常識から外れたものであっても、自由恋愛を邪魔するつもりはないさ」


「つまり一言でまとめると?」

「俺はみんなに雪男の子を産んで欲しくない。個人の自由意志は尊重するがね」


「……最初の方だけもっかい言って?」

「俺はみんなに雪男の子を産んで欲しくない」


「――そっか、そうなのかー。んふふ~」


 和成にそう言われて機嫌を良くした久留米。

 その後ろでは、山井と四谷も満更ではなさげだった。


「そうですかそうですか、そういうことならば仕方がない。ご両人方、どうかしっぽりと。おじゃま虫は退散します故」


 酒に酔ったまま紳士的な雪男は笑って退散する。そのあっけなさにどこまで本気だったのかと山井は首を傾げ、妖精にからかわれたのではと四谷は顔を赤くした。


「………」


 そのやり取りを眺める矢田の目はうろんであった。

 これを見て、たまたま横にいた小人族の村長が尋ねる。


「あの四人方はアレでよろしいのでするかな? 少々複雑な気がいたしまするが」


「まぁ正直、だいぶ大概だよなとは思います。なるべく早めに結論を出したほうがいいと思うし、ぶっちゃけ平賀屋なんかは特に、何かしらスパッと決めればいいのに」


 彼女はしかめっ面で言い捨てる。

 だが村長はその言の葉の裏に、どうしてか彼らに向けられた親しみを感じてしまう。

 ハテそれは何故なのかと、尋ねてみた。


「その割には排除や拒絶の意思を感じませぬるが」

「……まぁ、たしかにどうなんだろうとは思います。平賀屋は正直気色悪い。悪いやつじゃないし、良い級友だとは思いますけどね」


 明らかに好かれてるのに友達扱い、その上で個人の意思を尊重しつつ同級生女子に孕むな宣言。状況が状況で、言ってる内容もその通りなのかもしれないが、それをハッキリ言えてしまうのがどうなんだと思わなくもない。

 それに甘んじて、どこか喜んでいる女子三人もどうなんだと思ってしまう。その関係性に、呆れ果てるような拒否感が湧いてくる。


 しかし、それだけではない。

 決して悪感情だけがある訳ではないのだ。


「ただ、確かに気色悪いと思うんですが――平賀屋みたいなやつを排斥する社会はもっと気色悪いとも思うんです。私は平賀屋を正しいとは思いませんが、アイツを非難する自分が正しいとも思えない。

 ああいうやつがいてくれるからこそ、私は取りこぼしそうになるものをきっと、取りこぼさずにいられるんだと思うから。それがたとえ大切なものでなかったとしても、取りこぼさないで済むならそれは尊いことでしょう」


 そう根幹では考えられる懐の深さが、良くも悪くもやらかす自由人2人に付き合える理由だった。


 悪い奴じゃないが色々と大概な平賀屋和成を、彼女はダメな奴だと思いながらも嫌いではない。何だかんだで見てて愉快な、排除してはつまらない奴。


 アイツがいるからこそ生まれる何かがきっとある。そしてそれはきっと大事なもので、仮に大事なものでなかったとしても――いつかは尊いものとなるかもしれない。


 それが彼女から見た和成であり、だからこそ排除せず一定の尊重を残しておく理由であり、ひいてはクラスメイトから見た和成の扱いだった。


「個人的に、男の趣味が悪いなあの三人って思ってますけどねー」


(お前が言えることか?)

(雄山相手にツンデレしてる人がよく言うよ……)

(早く認めないと王道負けヒロインだぞリーダー)


 笑う彼女に対し男子三人組はそう思ったが、口には出さなかった。出せなかったとも言う。

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