第316話 問十六 答:共に囲む食卓のごはん。
山井は子どもが苦手で、四谷は体力が保たない。そのためニコラチェカの相手はもっぱら和成が務めていたのだが、今回久留米が帰ってきたことで相手が一人増えた。
現在、彼女は風呂上がりのニコラチェカがちゃんと歯を磨けているかの確認をしている。その様子を見て、ほこほこと頭から湯気を立てている和成は一応言っておく。
「ニコラチェカ、10歳なら歯みがきぐらい1人でしなさい」
「あなたが言っても説得力ないわよ」
「顔にずるいって書いてあります……」
それは単に、久留米にニコラチェカが取られたのが羨ましいだけの嫉妬だった。
和成は天使の子の境遇に強い共感と同情を抱いているからこそ優しい。だがそれはそれとして、かなりの子ども好きなので構い倒している側面もだいぶ大きかった。
「あはは~じゃあ、お詫びっていうのも変な話だけど、平賀屋君に明日の献立は決めさせてあげようかな~?」
そして久留米の提案で、和成は一瞬で機嫌を直す。
「じゃあせっかくだし鍋囲もうぜ、なべ。兎に角たくさん魚介をぶち込んだ海鮮鍋パーティだ。ニコラチェカが食べられる海鮮を探すのもかねて、色んな魚介を調理しようぜ」
そんな和成の発案で、次の日の晩ごはんは決定した。
☆☆☆☆☆
昼からみんなで準備をして、ニコラチェカも一緒に包丁を手に持ってそして夜。久留米が妖精王よりもらった『魔法の大鍋』が、その機能によって土鍋に変形した。
白エビのつみれ。ホタテの貝柱。殻付きの牡蠣。
ほろほろの白身魚。肉厚な赤身魚。薄切りの鯛しゃぶ。
ハマグリ、サザエ、ちくわ、かまぼこ。
カニもウニも、タコもイカも、ふぐも鮭も全て少量ずつぶちこんだ。
何ならや伊勢エビ、アンコウまである。
鍋というものは具材が多ければ多いほどよいものだ。しみ出すエキスによるダシの深みが、食材が増えるに連れ比例していく。
無論だからこそ、野菜やキノコだって忘れていない。
白菜、ネギ、人参。しいたけ、しめじ、エノキ茸。
そしてコタツの部屋を満たすのは昆布の香り、かつお節の香り、おダシの香り。全体的な味は醤油で整え、ほかはすべて魚介のエキスを統括して作り上げる。
あくまで具材の名は全て翻訳された、厳密には地球のそれとは異なるものだが、旨み成分が凝縮された鍋が美味であることに変わりはない。
「ん。つみれ?っていうの、おいしい」
「よし、これでもう一つニコラチェカの食えるものが増えたな。それはそれとして蟹が美味い」
「そのうちもっと色んなのが食べれると良いね〜。それはそれとしてお魚美味し〜」
「ああ、お出汁のいいお味……。お鍋で一番美味しいのは個人的にはスープだと思うわ」
「はふ、ほふ。つ、ついつい食べ過ぎちゃうかも……!」
そういう鍋をみんなで囲む食事だった。
「あ~、美味しかった。さてシメはどうするか――あ」
最後に残ったスープをどうするか、捨てるのはまず論外、どんなシメにしようかと考えた時。
ふと、和成が思いついた。
「なぁ久留米さん、この鍋って食材が湧いてくる魔法の鍋なんだよな。ダグザの大釜、俵藤太の米俵、魔法のテーブルクロスかけ、海の水を塩辛くした石臼。そういった昔話のアイテムと同じ、願いを叶え食べ物が出てくる魔法の道具」
「そうだね~。厳密には無から何かを生み出すわけじゃなくて、この鍋にもとの食材をちょっとだけ入れると、かき混ぜるたびに同じものがたくさん湧いてくるんだよ~」
「おそらくこれも、女神の『豊穣』の加護、魔力を食べ物に変換する魔法陣の同類なのだろう。ただし女神の魔法陣が決められた食べ物しか出てこないのに対し、妖精王の大鍋は入れた食べ物と同じものをマナから生成、増殖させる」
「そういう、ことになるのかな? それで、それがどうかしたの?」
「いや、つまりこれなら――米が食えるんじゃないか?」
興奮を抑えられないのか、和成は周りのリアクションを待たずに即興魔法を使用。
「『米』!」
誰も尋ねていないのに勝手に説明を開始した。
「俺の即興魔法は万能だが、俺自身の未熟さとステータスの低さから微妙な性能になっている。例えば物質を創造しようとした場合、不純物だらけの粗悪品しか生成できん。おまけに量は大したことがないときた!
だが、だがしかし――極めて少量であればその限りではない。例えば米の場合、所有魔力の大半を注ぎ込むことで、一粒だけならば日本の名産と遜色ないものが生み出せるはず!」
魔法陣を包み込んだ両手の中で輝く、『米』の字が書かれた即興魔法。その中心の一点が光り輝き、純白の粒がたった1つ生まれようとしていた。
「全魔力をかけて一粒だけ生み出しても意味がないと諦めていた。しかしもしも、もしもこの大鍋がざっくざくに増やしてくれるのなら、試して見る価値はある!」
そしてコツンと、コタツテーブルの上に白米が一粒落下した。久留米がそれを手に取り、鍋に投入する。
「ではではご期待に応えまして~、お鍋の食べ残しを別の器に移動。魔法の力で一瞬で洗浄出来るから、平賀屋君のお米をお鍋に入れて~、よ~くかき混ぜるよ~」
鍋に刻まれた不思議な紋様と、同じ紋様を持つ大きな匙。魔女が大鍋で薬を作る時にでも使いそうなそれで、鍋の底がかき混ぜられる。
するとどうだろう。
大匙が鍋のふちに沿って一周する度に、溢れんばかりの米が底から沸き上がってきた。
「うおおおおおおおおおおおおッッッ!! 米じゃあああああああああ!!! 宝の山じゃああああああああああああああああああ!!!!!!!」
そして感極まった和成の大声で他のメンバーが気絶した。
☆☆☆☆☆
お米のためなら仕方ない。
ご飯のためなら仕方ない。
白米だからしょうがない。
その後、米を作り出した功績と『ミームワード』による共感もあって、満場一致で和成は許された。
ニコラチェカはその中の例外ではあるが、びっくりしていただけであまり怒っていなかったこともあり同じ布団で寝かし付けてもらうだけで満足した。
なので次の日、初めて最初からニコラチェカと一緒に寝ていた(いつもは途中から潜り込んでくる)ベッドの中で、和成は炊きあがる白米の香りで目を覚ます。
ニコラチェカと共に起きて行くと、コタツの食卓で久留米が朝ごはんの準備をしていた。山井と四谷も同じくつられて起きてきている。
そしてみんなで準備を手伝う中、『料理人』が提案した。
「ねぇみんな、今日のお昼はお寿司と天ぷらにしない?」
「やったぁ久留米さん大好き愛してる」
「こいつノータイムで告白しやがった!」
「し、しかも考えうる限り最低の告白だ……。純然たる食欲でしかないことが声だけで分かる!」
「えへへ~~」
「それで久留米、アナタはそれでいいのかしら!」
「だって私、どんな理由であれ私のご飯を褒めてくれるのは嬉しいもん。お腹が破裂するくらいいっぱい食べて、まるまる太ってほしい」
「性癖の半分がヘンゼルとグレーテルの魔女」
「純粋と邪悪が同居してません……?」
それでいいのかこの二人はと、山井と四谷は思った。
しかし同時に寿司と天ぷらじゃあしょうがないよね、とも心のどこかでは思っていた。
朝食は、ニコラチェカはクリームシチューを、4人は鍋の残りを白米にかけた猫まんまを食べた。そして午前中は和成がニコラチェカの面倒を見つつ、久留米が料理の支度。四谷がそれを手伝いつつ、山井が竜車を走らせる。
そうしてお昼の時刻がきた時、久留米が寿司を握った。隣では天ぷらが揚がっている。キッチンのカウンターに座る和成は、上機嫌でそれらが食べられるのを今か今かと待ちわびていた。
「じゃあみんな、揚げたはし握ったはしからじゃんじゃん食べてってね~」
「「「「いただきまーす!」」」」
久留米が用意した天ぷらは、多くの種類をちょっとずつ味わえる串カツ方式だった。
だからこそお出しされる具材は何十種類。
クラーケンのイカ天やシーサーペントの穴子天、キス天、えび天といった王道の天ぷらだけでなく、白子や肝といった通好みまで揃えられている。
ワカサギや鮎、ヤマメといった淡水魚に似た海洋漁の小魚天。赤身魚や白身魚のフライや竜田揚げ。ホタテ、つぶ貝、サザエ、カニの爪に足の天ぷら。
中まで敢えて熱を通さない、サーモンを使用した生カツ。子持ちししゃもだけでなく、子持ち昆布も天ぷらにする。
カサゴの唐揚げ、カキフライ、鎧魚の鱗の天ぷらなどが出てきただけでなく、クジラ肉といった海の獣肉の竜田揚げだってある。
更には豪華極まりない、伊勢エビやうなぎ、アワビの天ぷらまでもが、カウンターに並べられた。
そして魚介系だけではバランスが悪いということで、竜車で保管されていた根菜類やキノコまでも天ぷらとしてお出しされる。
また同じくたくさんちょっとずつ味わってもらうため、寿司は通常の2貫握りではなく1つの小さな手まり寿司となっていた。
サーモン、マグロ、エビ、タコ、イカ。
エンガワ、ハマチに鯛。
ホタテ、赤貝、つぶ貝、サザエ。
カニ、シャコ、クジラ、しらす、ウニ。
カズノコ、すじこ、白子に玉子焼き。
カニ味噌、ネギトロ、中トロ、大トロ。
それらが刺し身や炙りや漬けと、複数の調理法で並べられる。
細巻きも、鉄火巻き、カッパ巻き、お新香巻。キュウリとシーチキンマヨ、アボカドにエビとそろっている。
錦糸玉子で彩られているもの、桜でんぶで飾り付けされているもの。多種多様な手まり寿司が、わんこそばのように次々とお出しされた。
「口の中の天ぷらの油を、寿司のさっぱり感と一緒に飲み込む。するともう一度天ぷらを食べたくなる。そして米の甘み、揚げ物の塩気。両方が両方を引き立てる。
やはり寿司と天ぷらは黄金コンビ、唐揚げとおにぎりの別ベクトルを行く殿堂タッグまちがいなハグもがはぐハグハグ」
「ぶ、部長のIQが下降の一途をたどってる、最後はもう食べてるだけ……。いや、けどこのおいしさはそうなるのもしょうがない。私でもたくさん食べれそう、お腹壊さないようセーブしないと」
「人生で一番印象に残ってる、修学旅行の北海道で食べたチェーン店の回転寿司を思い出すわ。あそこで流れていた白身魚のから揚げは、時間が経って冷めてたのに味がしっかりして美味しかった。
きっとあの時食べたものと同じ、食材自体の味が強いからこその美味しさなんでしょうね。今食べてるお寿司が人生で一番美味しいわ」
「これは食べられない。あれも食べられない。けど、こっちは食べられる。ん、おいしい」
和成は口に食べ物を詰め込んだまま器用に喋り、四谷は食べすぎないようゆっくりよく噛んで食べ進める。
山井は「今日は例外」と体重の二文字を忘れながら箸を動かし、ニコラチェカは両手を使い右手におにぎり左手にから揚げスタイルで寿司と天ぷらを頬張っていた。
一行が久留米の料理を堪能する中、時間が平和に過ぎていく。
☆☆☆☆☆
だから事態が動いたのは、吹雪が一旦止んだ、曇り空が広がる午後からであった。
GUOGAAAAAA!!!!
突如として、雪崩を起こしそうな爆音が発生した。発声された。
竜車を引く上位竜が、突然大声でいななきを上げたのだ。
そしてさらに竜車が緊急停止。折り紙を折っていたニコラチェカと和成は、慣性の法則に従い一緒にコタツからはじき出される。
(地震か!?)
「んぇぇぇぇっ!?」
幸い、ブラディクスの呪いによる身体能力もあり、ニコラチェカを受け止めることに成功。天使の子の全身を保護しつつ、自らの体をクッションとすることで事なきを得た。
「大丈夫かニコラチェカ!」
「あうあうあうう」
「よかった、大丈夫そうだな」
その過程でニコラチェカを抱きしめる形になったのは些細なことだ。無表情のまま頬を赤くしているが、今はそちらより優先すべきことがある。
「みんな怪我はないか、特に四谷さん!」
即座に和成は立ち直し状況判断。
隣室の久留米、四谷のもとにニコラチェカを抱いたまま急行する。帰ってきた返事は2つ。
「こちら久留米、なんとか無事~」
「こ、こちら四谷、こけた時に手首をぐねりました。グスン」
安定感のある久留米には怪我らしい怪我はなかったが、受け身が下手な四谷は変に手をついてしまったのだろう。手首をねんざしてしまっていた。
「山井さん、四谷さんが負傷した! ねんざ程度なら俺でも処置できるが、そちらは無事か!」
「問題ない、私も怪我はしてないわ。してないけど、ちょっと来て!」
更に竜車の運転席へ向けて『ミームワード』を発動。すると山井が声を帰してくれた。これに応じる形で、ニコラチェカを抱きかかえる和成ごと一行は運転席へなだれ込む。
そこに広がっているのは全面的に開けた大窓であり、曇り空と山の雪原という風景がよく見える。
「アレを見て!」
山井が指差す先を同時に見る。
だから全員、すぐさま気づいた。
竜車を引く上位竜に、何体もの『毛むくじゃら』がしがみついていることに。
そして和成とニコラチェカが同時に呟いた。
「――スノーマン!」
「…… 雪男族 ?」




