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第312話 天使の子との生活


 そこから数日が経ち、ニコラチェカの体からギプスの半分が取れた。神秘を内包する妖精族だけあってか傷の治りがかなり早い。まだベッド生活ではあるが、数日後には竜車を歩き回れるだろう。


「さてニコラチェカ、今日は何をしようか」

「ん、昨日のつづき。もっと、おり紙の練習する」


 そしてそんな天使の子を退屈させないよう、和成はほとんど付きっきりで遊び相手になっていた。これにはニコラチェカの性格や性的なパーソナリティを把握する目的がある。


(2人とも仲いいな~)


 もっとも様子を見に来た四谷は、単に子ども好きな和成がニコラチェカを構い倒しているだけなのではと思う。

 子どもと遊ぶ大人には2種類いるが、和成は遊んでいるのを見守るタイプではなく同レベルで一緒に遊ぶタイプだ。


 一方、四谷は一緒に遊ぶ体力がないため、見守る以外の選択肢がないタイプと言える。特に最近は雪山の寒さで体調を崩しやすいのため、ニコラチェカの相手は山井の仕事が多いこともあり和成が大半を占めている。


 なので彼女は彼女なりに、天使の子と目線を合わせようと歌のお姉さんムーブを取る。似合わないなと自嘲しながらも、ちょっと無理をして二人に話しかけた。


「お、おり紙ってことは、早くケガが治りますようにって千羽鶴でもおるのかな~?」


「うんにゃ、折るのはティラノサウルスとかの恐竜だ」

「思ってたよりすごいの出てきたーッ!?」

 すぐに崩れてしまったが。


「え、いや、嘘。部長このレベルの折れたんですか? こんなの子ども大好きじゃないですか。子どもじゃなくても、うちのクラスだと欲しがりそうなの何人かいるやつですよ。

 雄山(『ヒーロー』)くんと愉快な仲間たちとか……」


「まさに子どもに好かれるための技術だからな。子どもが多い親戚が年末年始に集まるとき、面倒を見るのはだいたい俺の役目だった。騒ぐ子どもたちに言うことを聞かせるには、こうやって物で釣るのが一番愉快、いや簡単だった」


「つまり半分は趣味なんですね」


「そう趣味、だから俺はけん玉もメンコもあやとりも、大体できるし大体うまい」


 そう言って和成は『道具袋』から色々取り出した。

 けん玉、お手玉、あやとり紐。独楽コマや万華鏡、おり紙といった、子どもの気を引けそうなものが一通り入っているらしい。きっとどこかのタイミングで城造に作ってもらったのだろう。


「それはまぁ悪いことじゃないですね。それじゃあえーと、しりとり、探し絵、手遊び、トランプ。色んなことして仲良くなってるわけですか」


「いや、しりとりだけは出来ん。『意思疎通』はあくまで翻訳のスキル。誤訳もあれば意訳もある。しりとりだと前後の単語がめちゃくちゃになるから成立しない」


「そ、そうでした。すいません私ったらウッカリ……」


 空気が少しだけ妙な雰囲気に変わる。

 それを察して、明確に和成は話題を変えた。


「例えばステータス画面に書かれてある天使族なんかもそうだ。この世界の天使はあくまで妖精。地球の人類史における天の御使い、従順なる神の使徒としての天使とは違う。

 その本質は、天気使い。空に住まい気流を読み、天候を自在に操り使う。だからこその天使族、誤訳ではないが強引な翻訳だろうさ」


「な、なるほどそうですね。てことはニコラチェカくんは凄いことが出来るんですか?」


「背中の雲毛自体が、天使族の固有魔法で生み出された局地的気象コントロール装置みたいなもんだからな。そしてだからこそ俺たちじゃあ、しりとり1つ出来やしない。――真なるコミュニケーションとは何なんだろうな」


 そう呟く和成の言葉が寂しそうだと、四谷は思った。

 これに対し、何も察してなさそうなニコラチェカが空気を読まずに答える。


「ん、裸のつきあいだと思う」

「唐突に脱ぐな小学生男児」


 すでにスカートと一体化した天使服を器用に脱ぎ、天使の子は下着姿になっていた。トイレでズボンとパンツを下ろすときのように、膝のあたりまで下ろされた天使の一枚服がくしゃくしゃになっている。


「まぁ分かりましたよ。また体を拭いて欲しいのね」

「……そっ、そんなに急に!?」


 やれやれと呆れながらも受け入れる和成と対照的に、四谷はどもり赤面する。清潔を保つために毎晩と毎朝、一度づつ行っていたのは知っていた。


 しかしかと言って唐突に始まるとは思わない。

 あわてて後ろを向く彼女に、淡々とした無表情でニコラチェカは言う。だがそれは、どこか得意げなものだった。


「ん、ふとんの中は熱いぬぐと寒い。だから汗をかく、だからふいてもらう。ぬれタオルでゴシゴシされるの好き。きもちー」


「寒がりなのに暑がりってのは難儀なもんだよなぁ」

「わ、分かるよ私もそうだから! じゃあねっ!」


 そう言い残し、天使の子の体が濡れタオルで拭われていく衣擦れの音を、恥ずかしがりながら聞いた四谷は耐えきれなくなり退出。

 2人の距離感を「看護師と患者なら普通」と言い聞かせながら、ニコラチェカの病室を後にした。


「ん。ねぇ、はやくお風呂はいりたい」


「まだダ~メ。もうちょっと我慢しろよ~」



 ☆☆☆☆☆



 次の日、和成と四谷は竜車の操縦を行う山井の横で地図を見ながら相談していた。

 竜車の進行自体が全体に係る内容であるため、乗組員である和成と四谷も一緒に行う会議を兼ねているからだ。


「ねぇ、ひとつ提案があるのだけど」

「なるほどいい考えだ。個人的には賛成だな」

「だ、だね。早く治すに越したことはないよね……」


 この時、和成をきっかけにニコラチェカの回復速度と現在地から1つのアイデアを思いつく。

 二人がそれに合意したことで、『医者』の提案はニコラチェカに伝えられ、患者自身と相談した上で進められた。


「はい、あーん」

「ん。あ~ん」


 このとき朝ご飯の時間であったため、和成はニコラチェカにご飯を食べさせてあげていた。端的に甘やかしていた。


(じ、自分で食べさせるべきでは?)

(アイツ、子ども相手だとあんな感じなのね)


 思うところがありながらも、ニコラチェカにはずっと同じ病人食ばかり食べさせていることに負い目がある。

 このままなら文句なく食べてくれるので、スルーで行こうかと二人はアイコンタクトで通じ合う。


 そして会議が開始、『医者ドクター』山井が切りだした。


「食事中でいいから聞いてちょうだい。現在、自然治癒だけであなたの怪我はかなり良くなっている。妖精の特性からか、周囲のマナを取り込むことでだいぶ回復が早いわ。

 だからこそ、ここで一気に回復させる方法を提案させてほしい」


「ニコラチェカもずっとベッドの上は退屈だろうし、治るんならとっとと治った方がいいだろ」


「ん、ん。そだねー」


 和成の背中を押す言葉に、言葉の軽さとは裏腹に天使の子は治った首で激しく肯定を示す。

 それだけでよっぽどベッド生活が苦痛だったのだと見てとれた。無表情なのに何故か感情が読みやすいのがニコラチェカだ。


「けどそれだけが理由じゃないわ。ニコラチェカの故郷である『ホワイトピア』が、山頂に差し掛かるタイミングで近くから合図を発信。それに気づいた来た天使族に迎えに来てもらうことで、私たちはニコラチェカを帰そうとしている。

 だけど山頂にホワイトピアが差し掛かるタイミングは完全にあなたの天気予報だよりでしょ?」


「ん。」


「天候を自在に操る妖精が天使族。ステータス画面にもそう書かれてる。だから予報が外れるとは思ってない。だけど天気なんて毎日細かく変化するもの。だから最低でも毎日、雲の流れ大気の性質から空の様子を見てもらう必要があると思うのよ。

 今は病室の窓から見てもらっているだけだから、早く治ってもらった方が正確な予報ができるんじゃないかしら」


 山井の説明を大人しく聞いていたニコラチェカは、食べた病人食を飲み込んでから答える。


「ん、それはそう。外に出て見たほうがマナも感じられるし空のこともハッキリわかる。ボクも早く治るなら、そっちのほうがいい」


「そうね、けど妖精には薬の効きが悪い。なので竜車の進行方向を変えて、この辺りの温泉で自然治癒力を高める湯治をしようと思うのだけど――」


「温泉!!」


 表情のみならず喋りの起伏も薄いニコラチェカが、山井のアイデアに珍しい反応を見せた。

 食べさせようとしてスプーンを差し出してくれている和成よりも、山井に向かって身を乗り出して急接近。顔を詰めた距離で食い入ってくる。


「ホント? ホントに温泉? 温泉あるの? 入れるの?」


「え、ええ、ほんとにあるしはいれるわよ。湯治っていう治療の一環で、天然の秘境温泉に満ちるマナで怪我の治りを早くするのよ。かつて同じ温泉で同じような治療を施したこともあるわ。……そんなに好きなの?」


「大好き。はいろ、はいりたい。みんなではいろ?」


「「「………」」」


 そうか、そうなるのか。どうしよう。

 山井の顔にそう書いてある。

 四谷の顔にもそう書いてある。


 勿論、それは和成も一緒だった。


「ニコラチェカ以外、集合」

 なので緊急会議が始まった。


「何であの子はみんなで入る前提なのかしら」


「両性だからだろうな。男女で分かれてないんだから混浴という概念すらないと思う。性別が一種類で混ざってないんだから風呂が分かれてるはずがない」


「じゃあなんで集団で入浴できるのよ。性別が一種類ってことは、全員が全員、互いにそういう目で見れるってことじゃない。冷静に考えるとある意味、混浴以上に混浴じゃない」


「妖精の基本理念が“かくあれかし”だからだろうなぁ。あるべき場所であるべき様にふるまうのが妖精族だ、理性的であることが本能に染み付いている。

 温泉は入浴を楽しむ場所と認識しているなら、”かくあれかし”のもと、それ以外を行う気にすらならないんだと思う」


「けど言うまでもないけど混浴は論外。分かってると思うけど、4人全員で入るとかありえないからね平賀屋!」


「言われるまでもない。しかし二コラチェカの怪我が完治してない以上、一人で入浴させるも同じく論外だろ」


「し、心配だよね。転んだり溺れたりするかもだし、誰か一緒に入ってあげないとダメだよね。どうする?」


 歩けるようになったばかりのニコラチェカを、ひとり雪山の温泉に放置するわけにはいかない。

 かと言って今まで淡々と過ごしていた雪ん子が、珍しくわがままな願望を口にしたのだ。湯治も兼ねてその願いを叶えてあげたいとも思う。


「「「………」」」


 そのため三人とも沈黙。少し悩んだ。


 一緒に風呂に入る。


 看護師と患者と見れば不適当。しかし、保護者と子どもという風に考えれば問題ないような気がしないでもない。親戚の子を年長者が入れてあげる。そう考えれば最近はあまりないことだろうが、ありえないことではない。


 10歳という年齢も、ギリギリセーフと言えなくもないラインな気はする。しかしほんの一週間前に出逢ったばかりの人懐っこいだけの子ども相手だ。

 自分たちが高校生である以上、事案にはならなさそうな、ギリギリセーフなラインな気もする。


 そしてニコラチェカはあくまで妖精、人間じゃない。体の作りからして根本的に違う。

 であるなら、どうなのだろうか。

 答えは出なかった。


「よし。ここは一旦めんどうな部分について考えるのを止めよう。確認だ、温泉に入りたいやつ手を上げろ」


 なのでこんがらがった頭をほぐすため、和成は別の観点から話をまとめようとする。

 ニコラチェカの湯治を行うことを決定事項(仮)として、自分たちはどうなのか、どうしたいのかを全員で自問自答した。


「はい」

「はい」

「俺もはい」


 結果は満場一致。異世界に召喚されてから実に一年近く、天然温泉に入れる機会はほとんどない。そのため欲求として三人とも温泉に入りたかった。


「じゃあ次。10歳の子どもをお風呂にいれられるやつ、手を上げろ」


 続く和成の確認に対し、手を上げたのは和成自身だけだった。そんな彼の挙手も、単に田舎に親戚が集まった時に子どもの面倒を見慣れているというだけである。


「私は嫌よ。仕事ならおっさんの尻の穴だろうが見てやるけど、プライベートで男の子と一緒にお風呂に入るのは嫌。

 ニコラチェカは厳密に言うと男の子じゃないけど、女性に興味を持ち始めてる一歩手前なのは一緒。裸の付き合いとか論外! あの子が意識してなくても私は意識するし、そもそも子ども相手でも他人には絶対肌を晒したくない」


「わ、私も嫌かな。貧相な体だし、じ、自意識過剰とか思われちゃうかもだけど、……ニコラチェカくんって女の子だけど男の子じゃん! 特に正面からパッと見だけじゃ男の子じゃん! 直視とか恥ずかしすぎるし、あと単純に私だとパワーが足りない」


「なら、結局は俺がやるしかないんだな」

「ええ。という訳で平賀屋、お願いするわね」

「ま、任せた部長!」


 そしてこの時、ここは和成が適切だろうと女子二人は考えていた。


 性欲がまだ芽生えてない彼ならば、万が一にも間違いは起こらないだろう。彼が間違いを起こすやつであるなら、自分たちはそもそも悩みを抱えていない。


 そしてもしも疑惑が生まれたとしても、彼なら『ミームワード』で潔白を主張できる。強制的に伝達できる。

 もしもその心に動揺や嘘があれば、それすら伝わってしまうのが『ミームワード』なのだから。


 以上の理由から、二人はニコラチェカを和成に任せることを決める。


「体格的にも筋力的にもあなたが入れるのが一番でしょ。

 それに外見的には少年とお兄さんだもの、ぱっと見の絵面は問題ないはずよ」


「ぶ、部長なら表面上じゃない奥の方の部分でも大丈夫だと思うし、二人が入浴してから私たちが入るのが、人数的にも時間的にもバランスがいいと思う」


「はいはい分かった、分かりましたよ。じゃあ俺がニコラチェカと一緒に入るよ」


 そして竜車は、秘境温泉に到着した。

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