第308話 エピローグ 其の四
吸血真祖編はこれにて完結! 次回、十五章後編「雪山の妖精」編でお会いしましょう!
「お手を煩わせて申し訳ありません。しかし、アレ以外に勝てる方法が思いつかなかったもので」
和成はスペルの怒りを感じ取るが、しかしそれはそれとして。
和成に謝る気はあまりなかった。
心配をかけてしまったことは謝るが、龍脈術の外法『竜魂転生』を使ったことを謝罪するつもりはない。
何故ならあの状況で他に方法がなかったのは間違いなく、結果として吸血真祖の討伐に成功したのだから。
自分の行動が正しかった、と誇るつもりはない。だが、間違っていたと卑下するつもりもない。
――自分ができる精一杯をやりきっただけ。
それが和成の己の行動に対する評価であり、結論だった。
無論、それはそれとして、お説教は甘んじて受けるが。
自分が間違っているとは思ってないが、怒られるようなことをした自覚はあるのが和成である。
心配をかけて申し訳ないと思っている気持ちも、一応は本当なのだから。
「はぁ、君は本当に……この世界に染まって行っているな」
ここにいるのは2人だけ。『聖女』が席を外したことで、和成とスペルだけの2人きりだ。
荒野に腰を下ろしている『哲学者』と、その対面に座る超『賢者』。
スペルの口が軽かったのは、それが理由だったのだろう。
「なぁ、和成殿。逃げてもよいのじゃぞ。この世界を救う義理など、決してそなたにはないのだから」
「……そんなこと、人族連合・総司令官のひとりが言っちゃっていいんですか」
和成の苦言に対し、遠い目をしてスペルは答える。
それは何処か、見据える空に己の視線を託し、世界を俯瞰するかのような言葉だった。
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「――この世界は厳しくも優しい。しかしけれども、やはり厳しいという他ない世界じゃ。人族の社会とは、常に誰かの犠牲を前提として成り立っておる。力ある者に魔獣と戦ってもらわねば、村も国も維持できん。
じゃから自然と一夫多妻制になっていった。アレは結局の所、強き者の血を途絶えさせないがための手段に過ぎんのじゃ」
「ステータスの上がり安さや傾向、体術のセンスに魔法への適正。例を上げれば様々あるが、強さというものは往々にして親から子に引き継がれることが多い。
魔獣を屠れる戦士の子は一角の戦士となることが多く、ときに竜を仕留めることもある。
しかしてここは魔獣・迷宮で満ちる世界。夫婦の片割れが亡くなることが、一家が全滅するのと同じぐらいの確立で起こる世界。よって一対一では足りんのじゃ。生まれた子供が確実に強くなると決まっておるわけでもないからの」
「妻を失った夫だろうと、夫を失った妻だろうと、強き者であるなら戦ってもらわねば困る。ステータスが高いなら戦場に出てもらわねば困る。その血脈が途絶えられても困る。
操を誓われ、あの人以外の子供なんかいらないと高ステータス者に言われては都合が悪い。じゃからこそ儂は社会のあり方に従うように、複数の妻を娶り、不幸にも彼女らが全滅した際には後妻をそれ以上に迎え入れた。――この世界は君たちの世界とは違う。再婚など珍しくもない」
「そして君たちの世界の歴史を知り、君たちの世界の実情を知れば知るほど、強き者に献身を強いるこの世界の厳しさが身に染みる」
「じゃが、儂は英雄に助けられた。幼い儂を命をとして守ろうとして散った無名の英雄、英雄譚に語り継がれることのない名を聞くことすら出来なかった彼らがいる。
その背中を儂は知っている。その背中を見て、儂は儂なりに生きてきた。魔導の道を歩み、空間操作のやり方を見つけ、それを一般に普及させた。『瞬間移動』による魔導インフラを確立し、そこから得た利益でエウレカを作った。そんな儂の背中を――子どもたちは見てくれたんじゃろうな」
「皆、命を賭けて突き進み、そのままじゃった。我が生涯における最高傑作、空間の断絶による絶対防御を誇るエウレカの大結界。あの中にいれば安全だったろうに、皆そこから飛び出していきおった。
守るためのアレから、誰も彼もが巣立っていった。」
「儂は息子たちが、娘たちが、孫たちが誇らしい。その全員が、己の命をかけるに足る尊いものを見つけた上で散っていけたのだから。
彼らの人生を儂は肯定する。彼女らの選択を儂は尊ぶ」
「――じゃがな、儂は、それでも……皆に逃げてほしかったよ。皆に逃げろと言ってやりたかったよ」
「儂より先に、死んでほしくなかったよ」
「しかして君たちは違う。異界より召喚されしクラスメイトの君たちは違う。君たちはこの世界の外側から来た存在、人族の社会の外側にいる者たち。
じゃから君たちになら言ってやれる。じゃから言うのじゃ、――逃げたいなら、逃げてもよいのじゃぞと」
「ここは剣と魔法が支配する英雄の世界。命をかける者たちによって紡がれてきた世界。故にこそ儂はこうして生きておる。
しかしな、それ故こそ思うのじゃ。己の命を大事にすること。自己の生存を尊重すること。
安寧と秩序に彩られた平和な世界から来た君たちには――そのことをどうか、忘れないで欲しい」
「この優しさと厳しさで満ちた世界には、君たちの甘い在り方を受け入れるだけの余裕がどこかにあると――儂は思いたいのよ」
「君たちが逃げた先に、その選択を肯定し受け入れる誰かが居て欲しい。叶うことなら、儂がその一人になりたかった」
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和成は、言わずには居られなかった。
たとえ言い負かされると分かっていても。
「スペル先生であれば、結界を鳥かごにすることも出来たはず。しかしアナタはそれをしなかった。エウレカの大結界は、どこまでも皆んなの家だった。ですから、アナタの子どもたちは――健全に巣立っていった」
「儂はもう少し、あの子達に子供で居てほしかったよ」
「…………」
子供である彼に、父親であるスペルに敵うはずがないのだ。
「和成殿、君はどうかね。君は――」
「確かに、俺はもっと子供でいたいと考えてます。まだ高校生で、就職するまでは大学生で、もっとユルく遊んでいたかった。もっと親の好意に甘えていたかった。大人になるのは不安で、子供のままゆっくりと――大人になりたかった。
だからずっと不満がありました。召喚されて、無理やり大人になることを強要されるのが不快だった。生き死にを押し付けられるのが嫌だった。生存のために他者を殺すなんて選択を――選びたくはなかった」
「……やはり、そうか。ならば――」
そう言って、スペルは和成の胸元の『死霊伯爵のペンダント』を指差した。
「今なら、そなたは何処へなりとも逃げていける。ここに集まりつつあるクラスメイトらを連れて、何処へなりとも逃げられるのじゃぞ」
暗にそうするといい、とささやく彼の声を聞く中で、向こうの方からクラスメイトらがやってくる声が聞こえてきた。それは『騎乗者』乗山の駆動音であり、『魔獣使い』熊谷の四神型モンスターであり、『竜騎士』竜崎の眷属たちであった。
きっと、それらを足にして『聖女』以外の皆んなもやって来ているのだろう。
しかしそんな中で和成が着目していたのは、深いシワが刻まれたスペルの細い指先だった。
か細い老人の、骨ばった人さし指だった。
「俺は―――」
そして、『哲学者』が思い悩んでいた時。
追いかけ合流できた『ヒーロー』雄山が、開口一番こう言った。
「大ッ変だぞ和成ィ!! 久留米の奴が妖精にさらわれたそうだ!!」
「……マジか」
すると和成の体は灰色のモヤのような、『死霊』属性の力に覆われていく。
「じゃあ――メンバー的に、俺が行くのが鉄板か」
「………」
『ペンダント』の発動を見つめるスペルと、和成は目を合わせられなかった。
「クラスメイトの中で一番妖精と縁があるのは、多分俺でしょうから」
「………」
「この『ペンダント』に宿るのは幽霊の力。思い描いた場所にふっと現れる、空間を無視する力。――どうやら俺が思い描いたのは、クラスメイトの安否のようです」
「……そうか」
消えていく和成にそれだけ言って。
よっこらせとスペルは立ち上がった。
「君らしく生きなさい。君らしく行きなさい。それがきっと、一番大切なことだから」
「――ありがとう、ございました」
それを聞いて、何だか泣きたくなりながら。和成は完全に消えた。
何だかもう二度と会えない気がしたので。
さよならだけは、決して言おうとしなかった。
☆☆☆☆☆
その後、スペルはクラスメイトらと協力しながら、吸血真祖のダンジョン跡地を見聞。
するとその過程で奇妙なものを発見した。
「むむ……」
「スペルさん、これは――」
「地下室、か」
和成が発見した疑似ブラックホール発生装置は、蒼血迷宮『カズィクル・ペイル・キャッスル』の最上階にあった。中の放射線爆弾を炸裂・拡散させることを思えば、空中で爆発させるべきなのだからこれは当然だ。
そしてその真逆に位置する地下の方に、まるで部屋のような大穴が開いていた。迷宮を構成した蒼血が吸血し尽くされたことで、大穴だけが残ったのだろう。なら、問題は――
「一体何のために作られたんでしょうか」
「……もしかすると、ここにも1つ研究室があったのやもしれんな。羽を生やせるヴァンパイア・ロードであれば、巨大な柱の内部に直通の孔を設ければ移動は難しくないはず」
「和成はこれについて知ってたんでしょうか」
「いや、おそらくは知らぬはず。迷宮を維持するダンジョン・コアは、同時に疑似ブラックホールの維持に使われていた。だからこそ和成殿に、一直線にそれを狙うよう我々が依頼を発注した。そうなれば、他の場所は中間にあるもの以外スルーしたと考えるのが妥当じゃろう」
「まー真面目なアイツならそうするでしょうね」
「寄り道してる余裕とか、絶対なかっただろうしねー」
「……そう、和成殿ですら最上階のブラックホール装置に気を取られた。それが最も目立つものだったから。それが最も優先順位の高いものだったから。
ならばその真逆に位置する場所に、吸血真祖が秘密の研究室をこしらえたのは――」
隠すため。
きっと、みんなの頭に浮かんだ答えは同じものだった。
「……彼は働きすぎじゃと思っておったが、どうやら更に働かねばならんかもしれんのう」
そんな、“一番はたらいているのはアナタでしょう”と和成に突っ込まれそうなことを言いながら。
うなだれるスペルの背は小さく丸まっていた。
――そして彼の脳内では、既に何が作られていたのかのアタリがついていたのだった。
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問十五「あなたの好きな食べ物は?」
答え「吸血真祖の好物は、他者の生き血だった」
他人を食い物としてしか見られなかったから、討伐対象とみなされ吸血真祖は討たれた。それは害獣が人を退治するのと、何も変わらなかった。




